Michael 9
「おいヴィンセント。いきなり連絡寄越しやがって、ふざけんじゃねえぞテメェッ」
火星圏にあるコロニー。そこにある公園の、背中合わせになっているベンチに座るなり、厳ついマスティフ犬の獣人は背後に向けて唸り、そのまま不満を呟き続ける。
「この前言ったはずだぜ、この一ヶ月のために俺は生きてるってな。その生きがいをジャマするって事は、ぶち殺しても構わねえってことなんだよなァ?」
「カッカすんなよフーチ、目立って困るのはお前の方だ。この辺りじゃお宅は有名人だろ」
「ケッ、海軍が怖くて海賊が務まるかってんだ」
フーチが吐き捨てたなんとも悪党らしい面の皮の厚さを鼻で笑うと、ヴィンセントは本題に入る。うだうだと世間話をするために、宇宙海賊の頭目を呼びつけたわけではないのだ。
「――調べはついたのかよ?」
「決まってんだろ、火星の悪党なら俺様の耳に入ってくる。届かねえ連中はザコか二流だ」
「まるで自分が一流みてぇな言いようだ」
「黙って話を聞けねえのか、テメェって野郎はよ。情報いらねえなら俺様は帰るぜ」
「コスプレ写真バラまかれたきゃ、ど~ぞご自由に。これまで信じて付いていったカシラの趣味が、アニメキャラの女装だと知ったら乗組員はさぞショックだろうが」
腰を浮かしかけたフーチは、口を真一文字に結んだままヴィンセントを睨め下ろしている。
そう、つまるところヴィンセントは、フーチの趣味をネタに脅しているのだ。
「…………お前、最低だな」
「知ってる。んなことよか情報だ」
フーチは大きく舌を鳴らすと、嫌そうに尻をベンチに戻した。どうやら宇宙海賊にも恥じらいというものがあるらしい。
「……テメェが送ってきたタトゥーな、ありゃあ火星を拠点にしてる傭兵どものモンだ。テメェが知ってるかどうかは知らねえが、火星ってのはどこのよりも危ねえ場所なのさ。人間と獣人で戦争おっぱじめてからはますますな。おかげで小国でも戦力を欲しがるようになり、そこに宇宙中の戦争マニアども群がってきたのさ。火星はさながら、傭兵達の見本市だぜ」
「戦女神の面目躍如ってとこだな、燃えてるほうが火星らしい」
「気楽に語れるのは部外者だからだ、巻き込まれる身としちゃあ冗談じゃねえや」
「政治信条は他所に放っといてもらいたいね。おれが聞きてえのは連中がどこの所属で、いま何処にいるかだ」
フーチは肩越しにヴィンセントを睨んで鼻を鳴らす。話してやる分には構わないが、秘密は
果たして守られるのか。彼にとってはそれこそが重要で、それだけが心配なのである。
「……確認しとくが、教えてやれば口を噤むんだな」
「こんな狡いネタ、そう何度も使えるか。そんなに不安なら念書でも書いてやろうか。まぁ書いたところで信用するかは別だけど、お宅が黙ってれば秘密は漏れる。それは請け負うぜ」
ヴィンセントのあまりにも無関心な口ぶりにフーチは牙を剥いて唸っているが、普段からもっとおっかない虎女と過ごしているヴィンセントからしたら、精々小型犬の威嚇といったところである。
「好きにすりゃあいい。謳って秘密を守るのか、黙って全部失うか。さてどうする?」
「あぁクソが! 教えてやりゃあいいんだろ、畜生ッ」
フーチにとっては、選択肢などあってないようなもの。
ヴィンセントからの連絡を受けてしまった時点で、彼が事態を丸く収めるには出された指示に従うほかなく、その苦悩は深い溜息として表れていた。
「お前が送ってきたあのタトゥーはな、ウォーロックの連中が入れてるモンだ」
「ウォーロック? 聞かない名だ」
「暴れ出したのは10年ほど前だが、その筋じゃ有名だぜ。人間のみで構成された、火星に本拠を置く傭兵派遣会社でリーダーの名前はたしか……、イゴール・サバノヴィッチ」
「サノバビッチ?」
「サバノヴィッチだ。まぁ、クソ野郎には違いねえが……。傭兵派遣会社とは言っても表向きの話で、本質はテロ組織だからな。標的は言わなくても分かるだろ」
「獣人ばかりの火星に来て獣人殺しやってんのか、ビョーキだねそいつ等。――規模は?」
「宇宙船はないがかなりの規模って話だ、軍規格のヘリや戦車も揃えてるとか。連中の後ろ盾を考えれば当然なんだがよ」
「……スポンサーでもいるのか」
「火星にある人間主体国の中でもとくに過激なトコだ。ウン千万キロ離れてようが、アメリカ資本主義を嫌ってる連中はいるってこった。百年前の北朝鮮やイラクみたいにな、ちなみに連中は最近、スポンサーの懐に収まって大人しくしてるようだぜ」
「屋根を貸してるのは?」
「マーズライフ・アソシエーション自治国。通称、MLA。ハッキリ言ってクソ国家だ、なんてたって国ぐるみで獣人排斥をぶち上げてるトコだからな」
獣人であるフーチには、やはり気に入らない国なのだろう。吐き捨てる彼からは明らかな嫌悪と侮蔑が漂ってきていたがしかし、数瞬の沈黙で気持ちを切りかえて彼は続けた。
「おめぇが何のために情報集めてるのか知らねえがよ、ウォーロックの連中とケンカするつもりなら、悪いことは言わねえから手ェ引くこった。どう考えても勝ち目はねえぜ、MLAは小国だがそれなりに軍を持ってる。MLAの領土内でウォーロック相手に騒ぎを起こせば、確実に軍もやってくるはずだ。いくらおめぇが腕利きのパイロットでも、たった一隻の宇宙船と、戦闘機一機でなにができる? 便利屋がケンカふっかけていい相手じゃねえぞ」
「……まぁ、うまいこと考えるさ。情報提供に感謝する、もう行っていいぜ」
フーチは「ああそうかよ」とつまらなそうに腰を上げるが、立ち去ろうとしてから数歩でヴィンセントを振り返った。
「なぁおい、そういやぁ訊いてなかった。どうやって俺様の連絡先を知った?」
「イベント会場でエリサとアドレス交換してたろ」
「俺様はあの嬢ちゃんに教えたんだ、お前にじゃねえぞ。……ん、待て。まさかお前、勝手に他人のケータイ覗いたのか」
「…………」
ヴィンセントは唇を尖らせて、頭上にある街並みを見つめるばかり。エリサに対する後ろめたさがないのかと言えば嘘になる。
「お前、マジで最低だな。子供にもプライバシーってもんがあるだろうよ。バレたら絶対嫌われるぞ、ざまあみろ」
「俺からすりゃあ宇宙海賊と知り合いってほうが悪夢だよ、とっとと失せろ」
別れの挨拶としてヴィンセントは中指を立て、そのまましばらくベンチに座ったままだった。去り際に浴びせられたフーチからの罵声は右から左ですでに彼の頭にはない。……というより、他に考えることが多すぎるといったほうが正しいかもしれない。
とはいえ、流石に耳に挿している無線機の音には反応する。
『アイツ、マジで一人だったみたいだね』
「監視、サンキューなレオナ」
公園の外にあるビルの屋上に向けて、ヴィンセントは控えめに手を挙げた。万が一に備えてレオナを狙撃位置に配していたのである。
『それより、これからどーすンのさ。クソめんどくさい事になってる気ィすンだけど?』
「やることやれば、なるようになるさ。とにかく一度船に戻ろう。話がデカくなってきてるし、ダンに相談しなけりゃあ始まらねえよ。場合によっちゃあ嵐を避ける方に舵を切るべきだしな」
『ドンパチなら、アタシは歓迎だけどね。じっと座って本やらメモやらと睨めっこしてるより、よっぽどマシってモンさ。――じゃあ、下で待ってっから拾いにきな』
「食い物でも買っていこうか? 監視しつづけて腹減ってんだろ」
『じゃあケバブ、Lサイズで』
「ソースは?」
『辛口』
「了解。一〇分で行く」
そうして、のそりと立ち上がったヴィンセントは、車のキーを弄びながら公園を気怠そうに歩いていった。その足取りが重たいのは、待ち受けているであろうトラブルを予期してのことだろうか。




