Michael 8
マイケルの隠し部屋から持ち出した資料の山。ダッジの荷台に積めるだけ積んできたそれらが役立つかは分からないし、そもそもこの中にマイケルの行き先に関する情報があるかさえも不明である。
見つかる確証のない情報を漁る作業は根気がいる。しかし、徒労に終わるだろうと思いながらも続けなければいないのだから、気分は暗中模索そのものだ。
「おはようなのダン。ずっと起きてたの?」
徹夜で本の山を掘り進めていたらしいダンに、エリサは熱いコーヒーを出す。彼が夜通し何かしらの作業をしているのは別段珍しいことではないのだが、僅かばかりの成果さえ得られていないというのは、エリサの知る限り数えるほどである。
そんな時、エリサはいつも熱々のコーヒーを彼に届けていた。
「あぁイカン、もう朝か。……おはようエリサ」
「うん、おはようなの。でもね、ダンはおやすみなさいしたほうがいいの」
マイケルの資料を調べ始めて二日が過ぎ、しかし情報収集が上手くいっていないことはエリサでも分かっている。一度請け負った仕事だからこそ、ダンが根を詰めているのも同じように理解していた。
でも無理はしてほしくないというのが、彼女の本音でもある。
「お腹空いてるならなにか食べる? サンドウィッチならすぐに作れるの」
「……そうだな。じゃあ、一つ貰おうかね」
「うん! ちょっと待っててなの!」
「すまねえな、エリサよ」
ダンはソファの背もたれに身体を沈めると、目頭を揉みほぐしながら呻めていた。座りっぱなしでの調べ物というのは、老体に堪えるものがある。
散らかったリビングに漂うコーヒーの香り
小気味よい包丁の音
疲れ切った身体でそういった柔らかい環境にいると瞬き一つが時間を飛ばす
ことり――、と硬い音に気が付いた時には、テーブルの上にサンドウィッチが置かれていた。
「あ、ごめんなの。起こしちゃった?」
「お前さんが言うとおり、疲れが溜まってきているようだ。少し寝たほうがいいかもな」
そう言うと、ダンは両手を合わせて食材に礼を捧げてから出来たての卵サンドに手を伸ばす。空いている場所に座ったエリサも同じように手を合わせると、サンドウィッチを食べ始めた。
「ねえねえダン、なにか分かったことあるの?」
「成果はあるにはあるんだが、胸を張って教えられるもんでもなくてな。……これを見てみろ」
「……えっとぉ、日記かな?」
ダンが開いて見せたのは染みだらけの手帳で、内容はエリサが首を傾げたとおり日記のように思える。だが、ダンは息を吐いて続けた。
「一見するとな、そう見えるように書いてあるのさ。ところがだ、よぉ~く目を通してみると文章のおかしな部分があったり、同じ単語が何度も繰り返し出てきている。早い話がなぁエリサ、こいつは暗号化されているのさ」
「あんごう?」
「秘密を誰にも知られないように、自分だけが分かる書き方をしてるってこった。科学者や研究者ってのは、頭のなかで組み立てた理論で生計を立ててるからな、手柄を横取りされないように暗号を使ってるんだろうよ」
その説明を聞きながら手帳を見つめるエリサは、なんとか暗号を解いてみようと試みてみたが、そんな簡単に解けるならばダンの表情はもっと明るいだろう。確かに文章として不自然な部分はあるが、これをどうやったら読み解けるかなんてサッパリである。
「ぜんぜんわからないの! すごいね、エリサには日記にしか読めないの」
「マイケルが聞いたら喜ぶな。いずれにしろ、これは俺たちには解けねえ。まぁ、アズィズにでも頼んでみるさ。あいつなら答えを知らないにしても、解ける奴を知ってるだろうしな」
そしてダンは卵サンドを完食してから、思い出したようにエリサに尋ねた。
「……ヴィンセントから連絡はあったか?」
「ううん、まだなの」
食べ終えた二人分の食器を集めながらエリサは首を振っていた。
「襲ってきた連中が入れてたタトゥーから、正体が掴めりゃあいいんだがなぁ」
「連絡あったら起こしたほうがいい?」
「二、三時間で起きるつもりだが、そうだな……。ヴィンセントが緊急だと言うなら、手間だろうが起こしてくれるか」
「うん、わかったの!」
そうしてエリサはいつも通りの家事をこなしつつ、ヴィンセントからの連絡を待つ。時には一人で船に残ることもある彼女にとっては電話番も立派な仕事の一つとなっているので、最早慣れたものである。
洗濯中に電話が鳴っても、慌てず騒がず、駆け寄って受話器を取った。
「も、もしもしなの。えっと、こちらはアルバトロス商会なの」
『おや? その声は白狐のお嬢ちゃんかな?』
電話の相手は、依頼主のアズィズであった。
「あ、アズィズさん。こんにちわなの」
『まだ幼いのに立派じゃないか。きみもしっかりとアルバトロス商会の一員というわけだね、まるで僕の秘書顔負けだよ、ははは!』
「えっと、えっとぉ……ごよーけんはなになの? 緊急なの?」
エリサはとりあえず、確かめるべき事を尋ねていた。電話対応に慣れてきてこそいるが、まだまだ対応可能な範囲は狭いので、想定外のことが起きると簡単に緊張してしまうのである。
『いや、そういう訳ではないよ。こっちにも新たな情報が入ったから知らせておこうと思っただけでね。詳細についてはメールで送っているが、そちらの状況も聞かせてもらえたらと思い連絡させてもらったんだ。――エリサちゃん、他にだれかいるかな?』
「えっと~……」
瞬間、エリサの脳細胞が現状を整理すべく輝きを放つ。だが、体のいい言葉や適当なあしらいなどはまだ彼女には早かったらしく、言葉になるまで随分と掛かった。
「ダンはね、近くにいないの。でもね、がんばってるの」
『そうなのかい、それを聞けて嬉しいよ。ヴィンセント氏はどうしてるのかな?』
「ヴィンスたちは――……」
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