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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verse Michael
266/304

Michael 6

 腹の脂肪を揺らしながらエントランスまで戻ってきたダンは、すこぶる億劫そうに口を開く。ただの人捜しというお題目は、とうに幻となって消え去ってしまった。


「こんな辺鄙へんぴな邸宅までご苦労なこって、一体どこのどいつだ」

「ンなこと考えるだけ時間の無駄さ。敵なら撃つだけ、シンプルにね。――エリサは?」

「地下室に隠れてる、キッチンにある缶詰の棚の裏だ。あそこなら流れ弾を喰う心配もない」

「そいつはいいね。アタシ等も好きに暴れられるってワケだ」

「頼もしい限りだがレオナ、まだ敵だと決まったわけでは――」

「――レオナ、ダン! 聞こえてっか⁈ 客は八人、武装してる。全員人間だ!」


 階段の上から伝ってきたヴィンセントのくぐもった声に、ダンはやれやれと首を振る。億が一にあった穏便に済ませるという選択肢があっけなく消えた瞬間なのだから、彼が唸るのも無理はない。


「まったく、ままならねぇな……」

「陰気な顔してたって始まンないでしょ、弾は向こうから飛んでくンだからさ。折角のドンパチなんだし、愉しまなきゃ損ってやつさ」

「レオナよ。お前さんも歳喰えば、修羅場で胃もたれしたいとは思わなくなる」

「はいはい、ベテラン爺さん。文句垂れ終わったンなら裏口の警戒してくンない? 正面はアタシが抑えっからさ」


 とかなんとか言っている間に二階から聞き慣れた銃声が鳴り響き、外からは応射の鉛弾が飛び込んでくるようになった。見張りに付いていたヴィンセントが口火を切ったなら、敵はもう邸宅の周りに集まっているということ。


 そう考えたダンの思考を読み取ったかのように、またしても階段を伝ってヴィンセントの声が二人に届く。


「正面から三人、西側から二人回ってくるぞ!」

「だってさダン。裏に回った二人はよろしく」

「仕方あるめぇ。おいレオナ、危なくなったら呼ぶんだぞ」

「誰にモノ言ってンのさ、ロートルは自分の心配だけしてりゃいいンだよ」


 渋々と言った様子で邸宅の裏口へと向かっていくダンを見送ってから、レオナは一層研ぎ澄ました眼光で正面入り口を睨む。壁に隠れた彼女の手には、その大きな手に見合うだけの大型拳銃が握られている。


 およそ人を撃つには過ぎた破壊力を誇るその銃は、レオナとダンが持っている浪漫と技術力が合わさった結果として生まれた怪物である。威力はまさに規格外で、扉を破って突入してきた男の頭に拳サイズのトンネルを開通させた程である。


「アタシの前に立とうってンだ、遺書はこさえてきたろうね⁈」


 物陰に身を隠しながらレオナは吼えた。先頭の一人は殺ったが、後続の二人はすぐに外へと引き返したため撃ち漏らしてしまっていて、珍しく的を外した彼女は眉間に皺深く相手の動向を探る。

 相手はやはり、獣人ではなく人間らしいが戦闘力は中々のものだろうとレオナは読む。というのも、突入時に連中がとった動きはそこら辺のストリートで見かけるようなチンピラと異なり、明らかに訓練されたものであったからだ。


 そして同様の脅威は、二階の窓際で鉛弾のやりとりをしているヴィンセントも感じていた事だった。無論、彼にも相手の正体は掴めていないが、それでも素人ないことは明白なのである。


 ツーリストらしい服装に反して、短機関銃やら突撃銃で武装した八名は降車してから一言も発することなく、ハンドサインで意志を交わして行動を始めていたのだ。

 ツーマンセル単位で移動し、窓への警戒を怠らずに邸宅を包囲。それ故に、連携を崩すには不意を打つほかないとヴィンセントは階下への警告よりも先に、近づいてくる奴らに一発目を叩き込んだのである。


 一応、彼の目論見はうまくハマった。

 初弾はポイントマンの身体に命中して行動不能させたから、不意討ちは成功と言えるだろう。ただし……というか当然というか、二階から正面を臨める窓にいるということはつまり、敵からも狙われやすいということで、ヴィンセントは火蓋を切った次の瞬間に、鉛弾の倍返しを受けることになっていた。


 木造の壁はあっという間に穴だらけ。

 銃口を向けられるなり飛び伏せたヴィンセントは、床に這いつくばりながら鉛の雨が止むのを待っている。


「くそ、こんな事ならライフル持ってくりゃあよかったぜ……!」


 悔やんでも仕方ないがぼやきたくもなる。なにしろ、車には自前の短機関銃が積んであるのに、いざ必要な時に手元にないのだから。


 室内戦ならば拳銃の方が有利な場面もあるが、こと外との撃合いをしているヴィンセントにおいては、射程の長い銃がほしいところ。拳銃よりも短機関銃の方が、同じ弾を使っていても銃身が長いだけ精度が増し、精度が増せば無駄な弾薬消費を抑えられるのだ。


 ……そう、ヴィンセント達が抱えている一番の弱味は武器の差ではない。

 なによりも弾薬。籠城戦をするには弾が心許ないのだ。


「つってもどうすっかな。こう好きに撃たれてちゃあ頭も上げられねえし、かといっていつまでも寝っ転がってる訳にいかねえしなぁ……。いくらレオナでも、正面から全員入ってこられたら支えきれねえよな」


 正面切っての撃合いは考えるまでもなく分が悪い。そもそも銃の数、質で劣勢であるから、この場を切り抜けるには、こちらの手札を勝てる形で場に出していく必要がある。そうなると、危険な役目を引き受けるべきは誰なのか……。


 これもまた、考えるまでもないことであった。


「……はぁ、なぁ~んか損な役回りばっかりしてる気がするぜ」


 またもぼやき、だが腹をくくったヴィンセントは「しゃーねえ」と身体を起こして別の窓まで移動する。拳銃二挺を携えた彼の仕事は、敵の注意を逸らしてレオナが各個出来るくらいまで相手の注意を集めることであり、そしてその役目はイヤになるほど簡単に成すことができた。


 難しいことなど何一つないのだ。ただ窓から外にいる連中を撃てば良いだけ、注意点があるとすれば一〇倍返しで飛んでくる向こうの弾を喰らわないようにすることくらいだろう。

 複数の銃口に狙われながらも、ヴィンセントはよく抵抗し、遅滞戦闘としては充分な時間を稼いだ。とはいえ、精々二人を足止めするのが関の山で、援護を受けて前進してくる残りの数人はどうしたって止めようがない。


 だが、焦れば負ける。より役割を明確にするならば、ヴィンセントのポジションはあくまでもディフェンスで、彼にとってこれは我慢比べの勝負でもあった。


 しかし、それは相手にしても同じ事。

 ヴィンセントが時間を稼ぎたいと思うならば相手はその逆を望んでいて、彼等にはその為の駒も手段もあった。例えばヴィンセント達が立てこもっている邸宅は広く、窓からでは死角も多いため、侵入ルートはいくらでもある。


 一度ヴィンセントの射線から逃れてしまえば、壁伝いに邸宅の脇を進み、寝室のバルコニーに上がるくらい容易く、そうやって二階に侵入した襲撃者の一人は、足音を殺しながら銃声が続く書斎へと近づいた。


 今度は逆に不意を打つって仕留めると、彼は殺意を漲らせる。

 そして一気に扉を蹴破り突入したのだが――


 光学サイト越しに見えるのは、穴だらけの壁と千切れ飛んだ紙片ばかりで、先程までいたはずの男の姿を捉えられず、彼は一瞬戸惑った。


 その戸惑いが、彼の運の尽きであるともしらずに――


 銃声が二つ鳴った


 それは扉の正面に置かれている書斎机からで


 男は足に激痛を感じて倒れ込んだ


 『撃たれたのだ』と、気が付いたときにはもう手遅れで


 俯せに倒れた男は、書斎机と床の隙間に5.7㎜の銃口を見た


 そして銃声――


 男が身体を震わせてから動かなくなると、ヴィンセントは悪運に感謝するように長い息を吐いて身体を起こす。


 冷や汗ダラダラ。

 はっきり言ってしまえば、いまの反撃は偶然の産物だった。


 突入される数瞬前に、窓の外から至近弾を見舞われた彼は、よろめいて積まれていた本に躓いたのである。そうして倒れた先が書斎机の影で、扉側からは見えない位置を取れていたのだ。


 まったくの偶然が分けた生死ではあるが、鉄火場においては過程はどうあれ生きている方が勝者で、ヴィンセントは射殺した男からそそくさと短機関銃を奪うと、窓から撃ち下ろした。

 長く鉄火場に身を置いているから身についた直感というか読みというか、とにかく積み重ねてきた経験が、彼に形勢が傾きかけていることを告げている。


 これ以上の増援を一階に突入させてはならないという直感。

 階下から聞こえてくる豪快な銃声はレオナの生存を伝えてくれているのだが、どうにもリズムがおかしいのだ。いくつも危ない橋を共に渡ってきた必然として、どんな状況でレオナがどんな行動を取るのかを、ヴィンセントはおおよそ読めるようになっていた。


 背中合わせで戦ってきたからこそ知る、武道で言うところの『呼吸』に近いもの。

 それは殴るとき、避けるとき、銃を撃つときに刻む癖のようなものであり、調子の良し悪しによって変調したりもするのだ。だからいつでも完璧にハマるリズムであるとは限らないのだが、今日ばかりはあまりにもノリが悪すぎる。



 まるでそう、ド素人がやるフリースタイルのラップでも聴かされているような気持ちわるさは、誰よりもレオナ自身が感じていることであった。

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