Michael 4
マイケルの邸宅はどこもかしこも荒らされていた。棚という棚の中身が床に散乱し、ソファはひっくり返され、クローゼットもひどい有り様。二階が荒らされていれば、当然一階も滅茶苦茶にされていて、家の中に台風が発生したと言われても信じたろう。
ただし、なにか重要なものが隠されているような印象は受けない。
ダンはエリサと一緒に一階フロアを調べていたが、明らかに生活空間としての役割が強く感じられ、秘密のにおいはしなかった。それに元々は整理整頓されていた上に、家具も少ないことから、なにかを隠すにしても場所に困ったはずだ。
割れた皿を踏みながら、ダンが思考を言葉にする。
「ふぅむ……。侵入者は複数で一階も徹底的に探している。だがここでは見つからなかったか」
「ねえダン。エリサはなにを探せばいいの?」
壊れた家具に心痛めながらエリサが尋ねた。
「そうだなぁ。侵入者が探していた物が見つかれば御の字だが、それが何かはおれにも分からん。だから、なにか気になる物や、違和感を感じたことを教えてくれればいい」
「う~ん、エリサにはむずかしいの。ダンみたいに出来るかな?」
「おれやヴィンセントは経験と観察眼で捜し物をするが、お前さんには獣人ならではの鋭い感覚がある。そいつを使ってやってみるんだな、頼りにしてるぞ」
「りょーかい! エリサがんばるの!」
そうして二人は一階を調べて周り、だが特に発見をすることもなく最後にキッチンへと踏み入った。ここも荒らされててはいたが、他の部屋に比べれば大分マシに見えた。
強いて気になる点といえば、無駄に大きな冷蔵庫があるくらいのものだが、ダンは何故だかその冷蔵庫に違和感を覚えて中を覗いている。
「なにも無しか。だが何かが妙だ……」
「ねえねえダン」
誰しもが持つ直感というのは中々どうして馬鹿に出来ない。ダンが感じた違和感もその例に漏れず、エリサがその後押しをした。
「ここの棚がね、ひゅーひゅーいってるの」
「なんだと?」
エリサが示したのは缶詰が並んでいる食料品の棚である。一見しただけではなんの変哲も無く、またエリサの言う音もダンには聞こえていないが、人間と獣人では感覚器官に大きな差がある。つまり、エリサが聞こえたというからには、なにかしら音がしているのだろう。
「この棚……、いやこの裏から聞こえるのか、エリサ」
「うん。なんなのかな、風の音みたいなの」
「どれ、調べてみよう」
ダンはそう言うと棚の外側に手を這わし、その手が棚の底面に回ったとき、彼は片方の眉根を持ち上げた。
「なにかあったの?」
「お手柄だエリサ、上手く隠してあるが車輪とストッパーがある」
カチリと小さな音とともにロックが外れ、棚が石床の上を滑っていく。その裏側には――
「……壁なの」
「やれやれエリサよ。早合点するとは、誰に似てきたんだろうなぁ」
コンコン
コォンコォン
壁の二カ所をノックしてダンはエリサを振り返った。
違うのは音の響き方、低く伸びのある音からして二回目の方は壁の後ろに空間がある。
「もっと自分の感覚を信じるこった。そうすりゃあホラ、魔法の扉が開くんだぜ」
「開けゴマ~なの」
呪文に合わせて壁に偽装された扉を押し開けば、地下へと続く階段がぽっかりと口を開く。裸電球がぶら下がるだけの照明は、窓のない地下には心許なさすぎた。
立て付けが甘いせいか、一歩踏むたびに軋む階段。エリサは慎重に地下へ降りながら、前を行くダンに尋ねていた。
「……ねえねえ、下になにがあるのかな?」
「さっぱり見当も付かん。危険な物か、大事な物か……。いずれにせよ、隠しておきたい代物であることは確かだろうな。でなければ、わざわざ地下室を作ったりせんさ」
そう。この地下室はアズィズから渡された見取り図にはのっていなかったのだ。そうなると考えられる理由は二つ。アズィズが抱えている秘密に関係しているのか、もしくはマイケルが何かを隠すために地下室を増設したかだ。
「恐らくは後者だ。建物の外観を見た限り、元々地下室があるようには思えん。倉庫にしても表に別のが建っているからな。……どうかしたのか?」
「勝手にのぞいちゃってもいいのかなって、思っちゃって……」
「別に盗み働こうってわけじゃあねえ。マイケルの行方を知ろうにも情報が少なすぎるから仕方なくだ。トラブルに巻き込まれてるのは確実だしな」
「隠し事のせいなの?」
「この手の地下室ってのは麻薬の精製なんかで使われることも多い。しかも後から作った地下室と来りゃあ、誰でも裏の仕事を怪しむさ。ここに精製場があったとしても驚かんが、たらればよりも目で確かめてみよう」
階段を下った先には扉が一枚あるばかりで、ダンはその扉をゆっくりと押し開けた。
部屋には窓がなく完全な暗闇。
しかしダンは慌てず騒がず、扉脇を探ってスイッチを跳ね上げてやる。
すると灯った照明でパッと視界が白飛びし、次の瞬間にはエリサから感嘆の声が漏れていた。
「うわぁ~、すごいの! ヘンなのがいっぱい! ねえダン、これってなにか分かるの⁈」
「多分、遺物……なんじゃあねえか。専門外だから詳しいことは言えんが、マイケルが発掘したり、研究している物なんだろうよ」
地下室を埋め尽くしていたのは所狭しと積まれた本に壁中に貼り付けられたメモ書き、それに研究対象らしき石器や人骨、見たこともない文字が書かれた石版。そのどれ一つとしてダンにもエリサにも価値を見いだせないものばかりであるが、ただし、それらの放つ独特の古びた匂いや雰囲気は確かに伝わっていた。
「……こいつはぶったまげた、まるで博物館だな」
「――? ねえねえ、アレなんだろう?」
エリサが見つけたのは、様々な資料に囲まれて机に置かれている『ナニカ』である。鉄っぽい質感の楕円形で、汚れているがあまり古い感じはしない。
「金属のフットボールみたいなの。……触ってみたらダメかな?」
「お前さんの知的好奇心を満たしてやりたいところだが、やめておけ。俺たちには遺物の価値も石版の意味も分からんし、探してるのはマイケルの居場所に関する情報だ。だから調べるなら、この部屋中に張ってある本やメモ、俺たちに価値があって意味が分かるものだ」
「……読むのにジャマになったら触ってもいいの? 動かさないと読めないときとか」
「はぁ……。段々ヴィンセントやレオナに似てきたな、お前さん」
そうして二人は地下室にある物から、マイケルに関する情報を見つけ出そうと文字の山に潜り続けた。
本を見て、メモを読んで、また本を手に取ったら一度目を通したやつだったり――
とにかく端から端から少しずつ、歩みは遅くとも二人は着実に調べを進めていたのだが、その調査は唐突に終わりを迎えた。
静かな地下室にいながらも、エリサの耳がぴくりと震えたのである。
「ダン。ダン!」
「む? どうした、なにか見つけたのか」
「ううん、ちがうの。レオナがね、呼んでる声がするの」
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