Michael 3
マイケルの邸宅に着いたヴィンセント達は、とりあえず敷地内に車を入れてから周囲の確認にあたり、無人であることを確かめるとエリサを車から降ろした。レオナが見つけた轍から察するに、ここ数週間は人の出入りはなさそうである。
「ね、ねえダン。エリサもいっしょにいっていいの?」
「買い出しのために連れ出したが、まさかいきなりトラブルを踏みそうになるとな。こうなっちまったらお前さんを一人にするほうが心配だ。――ヴィンセント、レオナ。二人で一階を確かめてきてくれるか」
邸宅は二階建てでそこそこの広さがある。事前にアズィズから貰った資料のおかげで内部構造も分かっているから、クリアリングもやりやすい。
ヴィンセントは二挺の拳銃を、レオナは大型拳銃をそれぞれ抜いて玄関前で待機していた。
「鍵も、壊されてるみたいだな。二人とも警戒していくんだぞ」
「何もないと思うけどね。じゃあ入り口はダンに任せるよ。ヴィンセント、アンタが前」
「オーライ、手早く済ませよう」
鍵の壊された玄関から侵入したヴィンセントとレオナは、恐ろしく静かな足運びで一階のクリアリングを進めていく。やはり内部構造を知ってることは大きく、一階の全部屋を見て回るのに二人で一分と掛からなかった。
「レオナ、そっちは?」
「キッチンもクリア。争った跡があるだけで誰もいないね」
「残りは二階だな。――ダン、次はどうする?」
宅内に入ってきたダンに問うと、彼は二階へ続く階段を見上げながら指示を出した。
「引き続き二人で二階のチェックを。書斎は上にあるから済んだらそのまま調査を始めてくれ、マイケルの居場所に関する手掛かりがあるかもしれん。俺はエリサと一階を調べる」
「エリサもがんばるの!」
「うむ、頼りにしてるぞ。それじゃあ始めよう」
小さな握り拳でやる気を表したエリサに笑いかけてから、ヴィンセント達は二階へと上がっていく。一階に比べると二階の廊下は狭く一本道であるためツーマンセルでの行動になり、二人揃って一部屋ずつ確認していく形になった。
書斎、資料室、客室は荒らされている以外は問題なしだったが、主寝室のドアに近づいたときにレオナが顔をしかめ、少し遅れてヴィンセントも顔をしかめることになった。
鼻を鳴らす音が、廊下をねっとりと伝っていく。
「あぁ……、この臭い……」
「階段辺りからそんな気はしてたけど、こいつは強烈だね」
もうすでに嫌な予感しかしないが、それでも目視で確かめる必要があるので二人はヤケクソ気味に主寝室のドアを開く。
息を止めて突入した寝室は無人。
しかし、その奥にあるもうひとつのドアをヴィンセントは指さした。勿論、酸素を節約するためにボディーランゲージで。
――レオナ、お前が開けろ
――アタシが⁈ アンタが開けなよ!
――次はお前の番だろ!
息を止めたまま交わされる不毛な身振り手振りは、結局持ち回りでドアを開けてきた順番に従いレオナが譲ることになった。向こうにある物が何なのか大方の予想と覚悟を決めた上で、彼女はそのゴツい手でドアノブを回して――
「うっわぇ……ッ⁈」
開けた瞬間レオナは鼻を抑え、うめき声を上げながら後ずさった。凄惨な光景なんて見慣れているし、なんなら作る側にいる彼女だが、今回ばかりは流石に強烈に過ぎたらしい。
まぁ無理もない。
虎の獣人であるレオナの嗅覚は、犬猫に及ばないまでも人間の数十倍。そんな感覚を有した状態で、炎天下の密室で熟成された腐乱死体の一番香を浴びたのだ。人間のヴィンセントでさえ思わず顔を覆ってしまう程の腐臭は、さながら粘性の腐液を鼻の穴から胃袋までねじ込まれたような感覚さえ覚える。
「ヴィンセント、わるい……。これ、アタシにゃあ無理だ……!」
「だろうな、おれでもキツい……。お前は書斎を頼む、こっちは俺が」
「悪いね」
「ああ。敏感すぎるのも考えものだな、いいから早く行けって」
さっさとレオナが部屋を出て行くなか、ヴィンセントは近場の窓を全開にする。
こんな死臭に塗れていては呼吸も出来ない。死体があることは予想出来ていたから、先に空気を入れ換えてやるべきだったと後悔はあったが、まぁ後の祭り。
過ぎたことは置いておいて、彼は死体の検分を始めた。炎天下で放置された死体は腐敗がかなり進み損傷も激しいが、それでも分かることはある。




