Michael 2
ダンから条件を付けられたものの、車を増やすというレオナの提案あっさりと承諾されたのは、実に的を射た指摘だったからである。
どんなコロニーや星に行っても車には必ず世話になり、仕事にも当然使う。だが仮に張り込みに車を使っていれば、その間、その車は使えないわけだからアルバトロス号からは陸の足がなくなってしまい、そうなれば必然的に買い出しとうも不便になるから、レンタカーで代用することが増えてきていた。
こういった点を考えてみると、車の購入は遅すぎるくらいであるが、如何せんこれまでは台布に余裕がなかったのである。しかし、石油王アズィズの依頼によって改善された、慢性的金欠状態から回復したアルバトロス商会ならば、車を一台増やすことが叶うのである。
これには内心、ヴィンセントも喜んでいた。
レンタカーにはレンタカーの利点があり、それを失うのはちょっと惜しいような気もするが、それを差し引いても、壊れたその場でボンネットを開けて修理が可能になったほうがいい。異様に蒸し暑い火星の熱帯地域で、ダッシュボードに備え付けられているエアコンがイカれれば誰だってそう思うだろう。
火星に降り立ったヴィンセントたちは、さしあたっての調査として、尋ね人マイケルが研究室、兼自宅として使っている屋敷を目指していた。
正規の手順で入星し、正規の手続きで入国し、後々別行動ができるように港の近くの店で車を借りて、さぁ出発――……、してから30分で灼熱地獄に放り込まれれば自然と不満は口を突くのだ。
「あっちぃ~……」
ダンが運転しているピックアップを追走しながら、ヴィンセントは額の汗を拭う。
窓を全開にしていても、抜けていくのは肌に纏わり付くようなぬるい風。火星の人口の八割ほどを締めている獣人達は――例えば歩道から人間であるヴィンセントを物珍しげに眺めている子供の獣人なんかは――いったいこの暑さをどうやって凌いでいるのか不思議である。
気温と湿度が相まって不快指数はレッドゾーンを振り切りそうなのだが――
「あぁ~、くそあちぃ……」
とぼやきつつ、ヴィンセントは横目で助手席のレオナを見遣っていた。無論、彼女がこの暑さにやられているかを心配してのことではない。
理由はもっと単純で、彼女の様子がおかしいのである。
いや、おかしいといっても、何かを企んでいたりとか怪しいといった類いのおかしさではなく、なんというか落ち着きがない。どことなくソワソワしているし、かと思えば上の空だったりといつもの彼女らしくないのだ。
普段のレオナであれば、この暑さに文句を言ったりだとか、レンタカーの店主をどうやって締めてやろうかを考えているはずなのに、いまの彼女は、船を出発してからというものネット中毒の女子大生よろしく、ずっとケータイを弄くっている。
「おいレオナ。お前、ダンの方に乗り換えたらどうだ? その毛皮じゃ暑いだろ」
「ん~……」
「あっちにはエリサも乗ってるし、喜ぶんじゃねえか?」
「あ~、うん……」
――ダメだ、聞いちゃいねえ。
虚無ばかりが込められた返事にヴィンセントは諦めたような溜息を付き、仕方なく質問の矛先を変えることにした。
正直なところ、彼にはレオナの様子がおかしい理由が分かっているのだ。プライベートな内容だからこれまでは触れてこなかったが、ここまで注意力散漫だと仕事に響いてしまうので、屋敷に到着する前に、お空に舞い上がった彼女を地上にたたき落としてやる必要があった。
だからまぁ、ヴィンセントの問いかけは矢のように鋭く、そして平手打ちより不意を打つものになっていた。
「お前、ロクサーヌと付き合ってんだろ」
「…………ッ⁈」
レオナは何も言わなかったが、彼女の身体が見せた反応だけで確信を得るには充分である。
表情は固まり、毛並みは逆立ち、ひっきりなしにケータイを弄っていた指先も、ショートしかのように動かない。
脳味噌が強制再起動でもしているのだろうが、ヴィンセントは構わず問いかけを続ける。
「うまくいってんのか?」
「ハァ⁈ いや、ちょ、意味わかんないだけど、マジでッ⁈」
「ん~、説得力あるな」
特に気にした素振りもなくヴィンセントがハンドルを操っていると、レオナから観念したような、或いは恨むような声が漏れてきた。
「どうしてバレたんだよ、クソ……」
「逆にバレない自信あったのかよ。いまじゃ『アルバトロス商会の人食い虎』って呼ばれてるお前が、ケータイ眺めて四六時中ニヤニヤしてりゃあ、勘ぐるなって方が無理な相談だ。お前のあんな顔、誰かの頭を吹っ飛ばしてる時以外で見たことねえぞ」
「……みんなにバレてんの?」
「俺が気付いたんだ、ダンは知ってるだろうな。エリサはどうだろ」
レオナは溜息とともに頭を抱えた。
「はぁ~、道理で、趣味の車を選ぶなって言ってきたわけだ。ダンにバレてんじゃん」
「都合よくデート用に車買おうとしてたのか。そりゃあ止められるわな」
「うっせえ」
虫がよすぎると責められたレオナは窓の外へと視線を逃がし、肩を怒らせ口を噤んだ。しばらくの沈黙の後に、ヴィンセントが再び問いかけるまでは――
「――んで?」
「…………なにが?」
「だからロクサーヌと。上手くいってんのかって?」
「忘れたのヴィンセント。『他人の便器に――」
「――首を突っ込むな』暗黙のルールだ、忘れるわけがねえ。でも無関係ってわけでもねえしな、俺は。二人の出会いには俺も関わってるんだから、経過を知る権利はあるだろ」
「アンタは無関係」
窓枠に肘を突いたままレオナは流れていく景色を眺めていた。徐々に人通りが少なくなっていた外の景色は、いまや林道らしき道に変わり無遠慮な羽虫が車内に侵入してきていた。
まぁ無遠慮さでいえば、ヴィンセントの方が上手だろう。
「いいやそれは違うね。ロクサーヌとの接点が出来たのは、俺とレオナがいるのを見つけて俺の方に声をかけてきたからだ。そこで連絡先を渡されて二人の関係が始まったんだから、これはもう、俺が二人のキューピッド役を務めたと言っても過言じゃねえだろ」
「黙んないと矢の代わりに鉛弾を受けることになるよ。っつか、どうしてアタシの恋愛関係が気になるのさ。女同士で付き合うのがそんなに珍しい?」
「……相棒が幸せな恋愛出来てるか心配なだけだ、うまく回ってるならそれでいい」
前を見たままヴィンセントは呟いた。
長く同じ船で寝起きし、死線だって並んで潜ってきたが、長く一緒にいるからこそ、そういう関係をなんと表現すればいいのかが曖昧になってくる。
仲間なのか同僚なのか、それとも家族なのだろうか。
いいや、きっとそのどれもが正解で、どれもが不正解なのだろう。明確な線引きも組み分けも難しく、全てが綯い交ぜになった関係性。その言葉に出来ない繋がりが心地よく、ヴィンセントはいつだってその距離感を保ち続けていた。
そしてそれは隣にいるレオナも同じことで、彼女は冗談めかしてこう答えた。
「なぁ~んか、真面目に心配されてるなんて思ってなかったよ、てっきりロキシーとのセックスについて訊かれると思ってたから。女同士のセックス談なんて珍しいしね」
「そんなん好きにヤればいい、毎日毎晩どうぞお好きに。女同士なんだからどんなにエッチしたってうっかり妊娠する心配もねえからな」
「アタシが子供産むって、自分でも想像できないんだけど」
「……まさか孕ませる側か? ロクサーヌ妊娠させた?」
「セックスライフに興味ないんじゃなかったの?」
「訊かれたから答えただけだ。相棒のセックスライフに興味はない、おわかり?」
鬱陶しそうに応じたヴィンセントに、レオナは「ふぅ~ん」と鼻を鳴らして――
「……ホントは?」
「ちょっと気になる、ちょっとな」
「ハハッ! だと思った」
レオナは大声で笑い、ヴィンセントの横顔をからかい顔で見つめる。
彼の少し軽薄な部分は、レオナにとってむしろ弄りやすいポイントなのである。
「まっ、そんなに知りたいなら酒飲んでるときにでも教えてやるさ。気が向いたらね」
「甘いなレオナ、奢らせようったってそうはいかねえぞ。お前が満足する前に、俺の財布か俺が潰れるのは目に見えてるしな」
「勿体ない。興が乗るまで頑張れば、おいしい話が聞けるかもなのにさ」
「はいはい、言ってろ。――おっと、着いたみたいだな」
前を走るだダンが車を停めたのは山を少し登った先にある邸宅の門前だった。周囲を木々に囲まれているためか思いのほか静かで、なるほど研究に打ち込むのに適した場所に思えてくる。
だが、ダンに呼ばれて門の方へと車を降りてみれば、人目に付かない場所に暮らすことの危険性を知ることになる。
「どうしたんだ、ダン?」
「ヴィンセント、レオナ、これを見てみろ」
そう言いながらダンが門を押すと、ロックされているはずの門が軋みながら開いていった。
……どうやら先客があったらしい。
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