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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verse Michael
261/304

Michael 1

 宇宙船での移動の際――、特に星間移動ゲート内では適度な運動が推奨されている。


 なにしろ、ゲート移動中に船窓から見える物といえば代わり映えしない圧縮空間ばかりで変化などなく、自然の光を拝むことさえ叶わないのだ。そういった閉鎖空間がもたらすストレスというのは存外に影響が大きく、些細なことで苛立ったり、過去には客船で暴力事件に発展したこともあったという。


 石油王ことアズィズから依頼を受け、クレイドル・オブ・ヴィーナスを発って一週間。目指す火星まではまだ数日かかるだろうが、意外にもアルバトロス号の面々はいつも通りの退屈な日々を過ごしていた。こういう長期の移動が発生する場合には、宇宙輸送船が有している広い格納庫が色々と役に立つのである。


 走ってよし、鍛えてよし、戦ってよしといいことずくめ。

 無駄に広さがあるのでアメフトボールだって周りを気にせず投げられる。


「う~ん、やっぱりヴィンスはパス上手なの!」


 何回投げてもらっても、正確に胸元へと放られてくるパスにエリサは感動していた。お互いに向かい合ってのキャッチボールだが、短い距離でも中々どうして難しく、彼女はまだ納得できるパスを投げれていなかったのである。


 しかし、ヴィンセントに言わせれば彼女は十分に上達していた。

 ゼロドームでタッチフットを遊んでからこっち、どうやらハマったらしいエリサの練習に彼は付き合っているのだが、パスが苦手な点以外に欠点らしい部分は見当たらないのだ。


「ボールの縫い目に小指と薬指引っかけて押し出すように投げてみろ」

「えいなの!」

「おっ、いいじゃねえか」


 回転軸がブレたために弾道は暴れているが、それでもヴィンセントまで届いているしコースも悪くない。不慣れなパスにしては上出来であるがしかし、エリサはもどかしそうである。


「むぅ~、キレイに投げるのむずかしいの」

「手が小さいから仕方ねえさ、肉球だと指のかかり具合も難しいしな。俺はむしろ、すぐにキャッチ出来るようになった方がスゴいと思うぞ? 普通にキャッチするだけでも苦労するのに、少し練習しただけで走りながらパス受けてたろ」

「そんなにスゴいの?」

「当たり前だろ。同じことやれって言われても、おれには出来ない。キャッチの才能あるし足も速いんだから、レシーバーの方が向いてると思うんだけどな。それにタッチフットは役割が分かれてるスポーツなんだから、全部出来なきゃいけないってわけじゃねえんだぞ」

「でもエリサも投げてみたいの!」

「随分拘るな、どうしたんだ?」

「だってヴィンス、かっこよかったんだもん!」

「……じゃあ、練習だな」


 そう言って投げたヴィンセントのボールは美しい螺旋回転で飛んでいき、やはりエリサの手元にすっぽりと収まった。

 ――と、


「あっ、レオナー!」


 丁度格納庫に入ってきたレオナに声をかけてから、エリサは彼女めがけてパスを出した。まぁ、声の元気さとは対照的に、エリサ史上最長のロングパスの軌道はぐにゃんぐにゃんだったが、そこは受け手の処理が見事だったといえよう。


 レオナは、回転が暴れているボールを片手で受けたのだ。がっしりとボール中央を掴んでいる様は、さながらウサギを狩る猛禽類の足である。


「お前も大概、器用だよなぁ。片手キャッチはそうそう出来るもんじゃねえのに」

「別に、掴むだけなんだから難しくないでしょ」


 レオナは素っ気なく答えると、ヴィンセントの隣からエリサにボールを返す。彼女もちょこちょこ練習に付き合っているのである。


「エリサ、大分パス上手くなったンじゃない?」

「でもヴィンスみたくキレイに投げられないの。レオナはどうやってるの?」

「アタシに訊かれてもね、投げやすい投げ方してるだけだし。そういうのはコイツに訊いた方が――、って何してンのさ、アンタ」

「ん? 一服する間は任せる。選手交代だ」


 かれこれ二時間近くキャッチボールをしていれば少しくらい休憩がほしくなるというもので、レオナから数歩遠ざかったヴィンセントはすでに紫煙をくゆらせていた。とはいえ身体を休ませながらでも練習を見てやることは出来るから、彼の視線はエリサへと注がれている。


 ただし、言葉だけはレオナの方を向いていた。


「……正直なところ、どう思った?」

「依頼のこと? それとも依頼主?」

「もちろん後者だ。友人捜しに30万だぜ?」


 はっきり言って大金だ。一般的なサラリーマンの年収なら十年分である。


「ボロい仕事だってアンタも納得したンだから、今更ガタガタ抜かすなっての」

「俺が気になってるのは、友人捜しにポンと大金出せる人間がどういう奴なのかってトコだよ」

「アンタが単に金持ち嫌いってだけでしょ。そりゃアタシだって気に入らねえけどさ、今回は客で羽振りもいいし、特に嫌味ってワケでもなかったろうが」

「分かってっけど、野郎は強かだぜ? フーチの本職が海賊だってことも知ってやがった、優秀な情報網を持ってる証拠だ」

「……だから?」

「腑に落ちねえ。どうしても言えない理由ってのも気になるし、姉貴を同席させたのもな」

「オリガは仲介役だ、別に不思議でもないでしょ」

「二人の感じからして、たぶん姉貴はアズィズの秘密を知ってる。ただの仲介役として同席したんならいいが、もう一つの考えられる可能性があるだろ」


 レオナはボールを胸元で留めてヴィンセントを見遣った。彼女もまた荒事の世界に身を置いているから、この手の可能性はすぐに思いあたる。


「……人質? それとも手綱代わりの脅しだって? 考えすぎでしょ、流石に」

「だがゼロじゃない。金持ちってのは銃を持った子供と一緒だ、次の瞬間にどこ撃つかなんて予想もできない。突飛かも知れねえが、もし下手を打ったら殺し屋雇って俺らを消しにくるかもだぜ? 金は十分持ってるしな」

「――かもしンないけどさ」


 レオナはそう呟きながらエリサへとボールを投げ、それからもう一度ヴィンセントに視線を戻した。その眼光に、拳銃遣いの矜恃を宿して――


「そン時ゃ、そン時でしょ?」

「……だな。たられば言っててもしょうがねえか」


 結局のところすでに依頼を引き受けてしまっているので、最善を尽くすほかないのがヴィンセント達の現状である。その結果として、またはその過程でアズィズが馬鹿な気を起こしたのならば、自らの浅はかさをとっくりと教えてやるだけの事。後手に回るかも知れないが、売られた喧嘩はとことんまで買うのも彼等の流儀なのである。


 といった具合で、閊えていた悩みを解決したヴィンセントであったが、今度はレオナの方から話を切り出してきた。

 しかも彼女らしからぬ歯切れの悪い切り出し方である。


「……なぁヴィンセント。ちょいとアンタに相談があンだけど」

「金なら貸さねえぞ」

「違うよ馬鹿。もう一台、新しく車買わないかって話さ」


 ヴィンセントに唸りながら、レオナはノールック、そしてワンハンドでパスを受ける。

 ――死角から飛んできたボールを掴むなんて、どうなっているんだコイツは?


「……まぁいいか、それで? 車買うなら勝手に買えばいいだろ、誰も止めやしねえよ」

「アタシが買うんじゃなく、便利屋として買おうぜって言ってンの。あのピックアップ一台だけじゃ、ぶっちゃけ不便でしょ。三人も転がせる人間がいんのにさ」

「それはそうだけど、便利屋業として買うなら尚更ダンに相談しろって。会社として必要かどうかは、あいつが決めるんだし。……どうして俺に訊くんだよ」

「アタシが言ったら怪しまれそうじゃん」

「なにを怪しむんだよ、馬鹿馬鹿しい」


 ヴィンセントは煙を天井に吹き上げると、格納庫の向かいに駐機している戦闘機へと声を張り上げた。まだ機体の整備は終わっていないから、ダンは傍に居るだろう。


「おーいダン、そこにいるかーッ⁈ 提案があんだけどーッ!」

「ん? 一体どうしたッ?」


 案の定、ダンのモヒカン頭が機首の横から生えてきた。


「陸の足が少なくて不便だから車増やそうって、レオナが!」

「ちょっと、アタシの名前出すなっての」

「平気だっつの、マジで必要ならダンだって買うさ。――どう思うよ、社長としては!」

「ああ、構わんぞ! しばらく前から考えてもいたからな!」


 不安を他所にあっさりと了解を得られたのでレオナからは、「よし」との小さな歓声が漏れていたが、そこはアルバトロス商会のボスであるダンである。

 釘はしっかりと刺してきた。


「車選びは二人に任せよう。ただし趣味に走るのはナシだぞ、あくまでも仕事で使うための車ってことを頭に置いておけ。いいか、レオナ?」

「…………」


 レオナは振り返ることはせず、ただ口を結んでエリサにボールを投げ返していて、そんな彼女を励ますように……、或いはその浅はかさを煽るようにヴィンセントは彼女に囁くのだった。


「お見通しだってさ」


 そして、そんな彼に対するレオナの返答は、ボールを腹めがけて押しつけてやるという、極めて原始的な肉体言語であった。

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