Danger Zone 10
ピリリとした緊張感には自然とアズィズも身体を強張らせる。
すると、ダンの低い声がヴィンセントの意を次いだ。
「あいつが訊いてるのはなぁ、アズィズさん。宇宙レベルでVIPな貴方が、何故一人で、安物のダイニングテーブルに座ってるかってことだ」
ダンの問いは静かながらも圧がある。
サングラス越しの眼光は、瞬きせずにアズィズを射貫いているのだろう。
「俺たちに依頼をするつもりなら隠し事はなしだ。オリガの友人だろうと、国を買える金持ちだろうと。仕事として受ける以上は、こちらのルールに則っていただきたい」
有無を言わさぬダンの言葉に、アズィズの顔から笑みが消える。前議はとっくに終わり、場はすでに真剣勝負の商談へと移っているのだ。
「……分かりました」
「では、一人でいらした理由からお伺いしましょう」
「それは……、今回の依頼は、至極個人的なものだからです。私個人の問題に、会社や家族を巻き込みたくはないのです、その点をよく理解してもらいたい」
「我々も信用で飯を食っています。依頼に際して知り得たことは他言しないと誓いましょう。書面を必要とされるのであれば用意しますが?」
「いいえ、必要ありません。皆さんを信じます」
「……ふむ、そうですか」
ダンは両手を組み、唸りながら親指同士を何度も合わせていた。
小さな便利屋なんかでは口約束で守秘義務を語ることもあるが、アルバトロス商会では基本的にその都度書面を用意している。後々トラブルになった際に、言った言わないの押し問答をするよりも、形として残しておく方が確実なのが理由の一つで、秘密保持契約書の作成を断わられたことは、これまでに数える程度しかない。
それもそのはずで、そもそも秘密保持契約は依頼主の情報を外部に漏らすことは致しませんという内容だから、むしろ依頼主には必要不可欠な契約なのである。
ところがだ。ダンの向かいに座っているこの石油王は、その大事な大事な契約を口約束で済まそうとしている。
そこには一体どんな理由があるのか。
この依頼に関する証拠は、一切残したくないと言うことだろうか?
今回の依頼から漂う危険な気配。それを察したダンが沈黙を続けていると、ソファに座っているヴィンセントが、アズィズを値踏みするように手をあげた。
「――? なんでしょうか、ヴィンセントさん」
「どうして俺たちなんだ?」
ヴィンセントの質問は単純明快だったが、すぐに返事がないとみるや、彼は続きを語り出す。
「――俺たちはいい仕事をすると思うが、どちらかと言えば得意分野は荒事だ。規模で言ったら零細もいいとこで、大所帯の便利屋だって探せばいくらでもいるし、そいつ等の方が腕利きなことくらい、お宅だって知ってるはずだ。なのにどうして、俺たちみたいに小さな便利屋を選んだんだ?」
問いかけるヴィンセントの眼差しは空戦中のように冷淡かつ鋭く、アズィズは助けを請うようにオリガの方を一瞬見た。しかし、彼女に援護を求めるのは筋が違うと思い直したのか、すぐに自分の口を動かし始める。
ただし、その声は僅かに震えていた。
「……それについては、申し訳ありませんがお答えできません」
「隠し事があること前提で依頼受けろって? 虫のいい話だな」
「まあ待たんか、ヴィンセント」
警戒心が敵意へと変化しそうなヴィンセントを見かねてダンが口を挟んだ。要警戒だが必要以上に荒らすなとな、その眉根の皺が言っている。
「誰にでも秘密はあるものだし、これまでの依頼人でわざわざ初体験の相手まで教えてくれた奴がいたか? 多少の隠し事はむしろあって然るべき、石油王ともなれば尚更だ。他人にゃあ言えない内緒話の一つや二つあるだろう。――俺が確かめておきたいのは、その程度だ。美味いレモネードのレシピとか、花壇に死体を埋めたとかならよし、俺たちには関係ない、仕事を受けよう。だがヨハネが裸足で逃げだすような代物なら、悪いが他所を当たってくれ」
「私にとっては猛毒となり得るが、貴方たちにはいかなる害を及ぼすことはありません。これは、お約束しましょう」
「……なるほどねぇ」
ヴィンセント達からの反論を待ち、ダンは数瞬の間を設けたが否の声は上がらなかった。
「よろしい、では依頼内容を伺いましょう。ただし、まだ引き受けると確約はできませんので、そこはご了承ください。不服であれば退席はご自由に」
「構いません。依頼自体にやましい点はありませんので」
そう言うと、アズィズは懐から一枚の写真を取りだした。
「彼を、探していただきたいのです」
「どちらさんで?」
「私の友人です。名をJJ・マイケルといいます」
ダンが捜索対象の男を観察していると、彼の背後から手を伸ばしたレオナが写真を摘まみ取っていった。引き受ける可能性が上がったことで、彼女も少しは興味が出てきたらしい。
「……アンタのダチ? コイツが?」
「レオナ、俺にも見せてくれ」
ソファで新しい煙草に火を点けているヴィンセントのところまで、レオナは写真を――持っていくはずもなく、『アンタならそっからでも見えンでしょ』と、ただ表を向ける。
「――ンで、感想は?」
「なんか地味だな」
「だよな。――ホントにダチなのかい?」
友人関係や馴染みの顔ぶれというのは、不思議と似通った部分が多い。共通項は性格だったり好みだったりと様々だが、とにかくどこかしら似ている部分があるものだからこそ、レオナは胡乱な声をあげたのである。
アズィズと写真のマイケルには、共通点があるようには思えないのだ。
アズィズは大金持ちの石油王で、コスプレだと言い切った民族衣装でもきっちり着こなす優雅さ持ち、同時に知的な雰囲気を漂わせているのに対し、マイケルはというとダサくて小汚く貧乏臭い。かけている丸メガネもダサさに拍車をかけていた。
この二人が本当に友人であるならば、野良犬もドッグショーに出られるだろう。
なんて皮肉がレオナの頭をよぎっていたが、流石の彼女もこれは自重して、アズィズの説明に耳を傾けていた。
「マイケルとは学生時代からの付き合いなんです。当時からファッションなどよりも自分の研究に熱心な男でして、そのせいか、そんな写真ばかりなんですよ」
「研究といいますと?」
「考古学です、火星考古学」
聞き慣れない単語に、アルバトロスクルーの頭には『?』マークが浮かんでいた。字面からどういう学問なのかなんとなく想像は出来るが、詳細は謎である。
ただ一人、意外にもエリサを除いては――
「エリサ知ってるの! 火星にもね、むかし人がいたかも知れないって研究なの!」
「なんや、白毛玉は知ってるんか」
「うんなの。……えっとね、エヴォルは自然にできた物じゃなくって、おおむかしの『ろすとてくのろじー』が作ったんじゃないかって、まえにテレビで言ってたの!」
「ほう、お嬢さんはよく勉強されているみたいですね」
アズィズは、自慢げに尻尾を振っているエリサを褒めると、彼女の解説を引き継いだ。
「エヴォルを初めとして、火星にはまだまだ多くの謎が残されています。最近では、我々のような地球の人類が誕生する遙か以前に、火星では知的生命体が生活していたのではないか、という論文が発表されたくらいでして、マイケルはその発掘に携わっています」
「発掘ねぇ――」
門外漢の火星考古学に浪漫を感じながらも、ヴィンセントは訝るような口調で続ける。
好奇心はそそられるが、いま訊くべきは別の事だ。
「――なにを探してるんだ、その学者先生は」
「それが、お恥ずかしながら私にもさっぱりなんです。『火星に眠る超古代文明』という浪漫にオタク心が疼いて彼を支援していたまではいいのですが、専門的な話となると付いていけずじまいで」
「おいおい、パトロンになっておいて分からねえのか? アンタ、相当金だしてるんだろ」
「マイケルは単独行動を好むので支援といっても少額です、支援している理由も、私がミーハーだからに過ぎませんし。その所為で、彼は進捗報告の際に苦労していたんですが、近々私でも興奮できるような大発見を届けると連絡があったんです。しかし……」
「消息を絶った、と……」
ダンがぽつりと言葉を次いでやると、アズィズは苦々しく首肯した。
「ええ、最後の連絡からもう二ヶ月になります」
「……なるほど」
不思議と響く重低音でダンは呟く。
依頼人が浮かべている不安の色が本音か否かを見極めるべく、彼はしばらく黙したままでじっとアズィズの目を見つめると、長年修羅場を潜り続けてきた便利屋の観察眼で商談を進めることにした。
「依頼料はいくらを考えておいでですか」
「――! 引き受けてくださるんですか⁈」
「落ち着いてください。捜索を引き受けることは可能です、ですが捜索範囲が絞れなければいつまで掛かるか分かりませんし、そうなると経費も予想がつかない」
「金銭面での心配なら、私とは無関係な代物です」
弱さを覗かせていたアズィズの目に希望が戻ってきたのが分かる。残る問題が金銭のみであれば、彼にとっては無いに等しい障害なのだから。
再びアズィズは懐から一枚の紙を取りだした。堅苦しいフォントと無機質なデザインをしたその用紙には、銀行の文字が見て取れる。
それと、沢山の0(ゼロ)も――
「報酬は30万ドル。前金で10、残りはマイケルが戻った後に」
金銭感覚の違いからくる衝撃。
さらりと提示された目の飛び出るような大金にレオナはらしからぬ口笛を吹き、しかしダンは動ずることなく条件を詰めていった。
ぬかりなく、強かに――
「経費は別かい?」
「もちろんです。糸目は付けませんので、あらゆる手段を尽くしてください」
ダンはまたも低く唸った。
彼の中ではすでに答えは決まっているが、きな臭さが完全に消えたわけではない。なので独断を避け、彼は現場に出張るであろう二人の方を振り返ると――
「アタシは乗った」
レオナは即答し、すぐにヴィンセントへとお鉢を回す。
「アンタはどうすんのさ?」
「そうだなぁ。――よぉダン、取り分はする?」
「む? 額が額だからな。エリサの分と雑費を引いて、そこからきっちり三等分だ」
返答を聞いたヴィンセントは吸いさしの煙草を灰皿に押しつけると、ソファにもたれかかって天井を仰ぐ。渋々という態度が露骨に滲んでいた。
「……オーライ、俺も乗った。どのみち二人は受けるつもりなんだろ? だったら乗らなきゃ損だしな。それに一人頭10万弱ならボロい仕事だ」
「なら決まりだな。――Mr.アズィズ、その依頼引き受けましょう」
「おお! ありがとうございます!」
安堵の声を上げて握手を交したアズィズは、ダンに何度も礼を言ってから他のクルーにも頭を下げた。まだ捜索を依頼しただけだというのにこの喜びよう、よほどマイケルという友人が大切なのだろう。
彼は帰り支度をしながら、情報提供は怠らないと付け加える。
「では、私の方で持っているマイケルの情報は今夜中に届けさせましょう。二ヶ月前の物ですが、なにかの役に立つはずです。――それからヴィンセントさん」
「ん? なんだ?」
「貴方を含め、先程の戦闘で大きな戦果を上げた方々に、ボーナスとして当船一のスウィートルームを用意させていますので、よろしければ今夜はそちらでおやすみください。もちろんクルーの方々もご一緒に」
この申し出に、エリサの狐耳が敏感に反応しているのをヴィンセントは見逃さなかったが、残念ながら少女が夢見たスウィートルームは夢のままとなった。
彼の視界の端で、ダンが小さく首を振っていたのである。
「……ありがたいが遠慮しとくよ。情報を受け取ったら出発するし、それまではダンを手伝って機体の整備がある。どのみち船から離れられない」
「そないに急がんでも、一晩くらい泊ってたらええやん」
「デカい仕事だ。それに引き受けた以上は仕事モードってことだよ、オリガ姉」
「真面目なトコは真面目なんよなぁ~」
そう言って微笑むオリガはどこか誇らしげで、ヴィンセントもそんな彼女に笑みを返すと、ふとした思いつきをアズィズに尋ねた。
「なぁ、どうせ俺等は使えねえんだし、その部屋オリガ姉にやってもいいか?」
「えっ⁈ ちょ、なに言うてんねん」
「ええ、別に構いませんよ。お礼として用意した物ですから、誰に渡そうと貴方の自由です」
「じゃあそういうことだから、オリガ姉が使えよ。一つ貸しってことにしとく」
「……なんや、お姉ちゃんへのプレゼントとちゃうんかい。素直に喜んで損したわ」
「そう言うなって、打算と感謝で半々だぜ?」
「打算がジャマやわ~。……せやけど、ありがとうな」
「いいって事よ、こっちは仕事した分払ってもらえりゃあ満足だからな。――アズィズ、俺は結構いい仕事してたろ?」
「護衛戦闘での報酬は、戦闘データを精査した上での支払いになるので少し時間が掛かりますが、私個人の感想としては大変満足しています。ですのでマイケル捜索の方も、是非ともよろしくお願いします」
「あいよ」
深々と頭を垂れるアズィズに、ヴィンセントはただだらしなく、片手をあげて応じるだけ。 ところがだ。いざ退室しようとしているアズィズを彼は呼び止めたのである。しかも――
「ヘイ、【ウェッジ】」
「……なんでしょうか?」
「今日のエースは【ビッグズ】の野郎だったが、奴にも撃墜分の報酬を出すつもりか?」
突然コールサインで呼ばれたことにアズィズは戸惑っているようだったが、ヴィンセントの意図を察するや、彼の疑問に対して明確な回答で応じる。
その滑らかな語り口は、訊かれるであろうことを予想していたのかも知れない。
「ええ、彼もそれだけの働きをしてくれましたから。……貴方の言いたいことは分かりますが心配はいりません。この船にいる間、彼は一人のオタクですよ。――それでは、失礼します」
「ほなな、ウチも帰るわ」
「ありがとうございましたなの~!」
明るく見送るエリサに反して、ヴィンセントは目を細めて二人の後ろ姿を眺めている。
どうにもイヤな気配が、足下に薄い膜を張っているような感じがするのだ。
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