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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
1st Verse Danger Zone
255/304

Danger Zone 5

「OK。そうしたら最後は、変身ポーズでいってみましょうか!」


 楽しそうな二人の獣人がポーズを決めれば、シャッター音が幾度も鳴る。

 その撮影会の様子を、ヴィンセントは数歩退いたところから複雑な心境で眺めていた。とりあえず一段落するまで口を挟まないようにと決めていたが、だからといってフラストレーションの蓄積が収まるわけでもなかった。


 原因はそう、あの魔法少女のコスプレをした宇宙海賊のボスであるが、問い詰めるのはもう少し待ってからである。水を差すにしてもタイミングが寛容なのだ。なにも盛り上がっている最中に、バケツをひっくり返すこともない。


「う~ん、二人ともバッチリです。いい写真が撮れましたよ」

「見せて見せてなの!」


 あの三人は、撮ったばかりの写真をその場で確認しては、黄色い声で盛り上がっているのだが、その中にマッチョな犬獣人が――しかも何度も空で銃火を交えたパイロット――がいるという違和感が半端じゃない。素性を知っている筈のヴィンセントでも、いや素性を知っているからこそ、彼の眉根には自然と皺が寄っていた。


 とはいえ幸いにも、そろそろお開きになりそうな気配である。


「えぇ~、おにいさん。もう行っちゃうの?」

「エリサちゃん、無理を言っちゃあいけねえよ。予定があるんじゃ仕方ねえさ」

「本当に申し訳ない。ボクとしても、出来れば撮影を続けたいんだけど、どうしても外せない予定なんだ。……えぇっと、そうしたら写真のデータはあとでメールするって形でいいかな」


 エリサもフーチも二つ返事で了承すると、互いにブレスレットに登録されているアドレスを交換する。普段使っているアドレスと連携させていれば、数秒触れさせるだけで交換が済むのだから便利な物だ。


 つくづく、スムーズに事が運ぶように練られたイベントなのだとヴィンセントが感心していると、そんな彼の横をオタクが通り過ぎていく。どうやら予定に遅れそうなようで、歩きの歩幅で走っていた。


「……器用なもんだな」


 なんて、見送りながらヴィンセントが独りごちっていると、今度は近づいてくる人影が目に入った。こっちは急ぎ足なのに、徒歩程度の速度しか出ていない。

 まぁ、歩幅は身体の大きさに比例するから、オリガの体軀じゃどうしようもないだろう。


「オリガ姉、店番はいいのか?」

「心配無用や、今日の配布分は全部捌()けたから」


 売り切ったのならばきっと喜ばしいのだろうが、姉が描いたR指定本が世に出回っているとも考えられるので、ヴィンセントの表情は渋い。


「とりあえず、おめでとうとだけ言っとく」

「おう、サンキューやで。それにしてもジブン、さっきは散々言ってたくせに、楽しんどるみたいやんか。買ったバッグを同人誌でパンパンに膨らませて、しかもコスプレエリアで撮影なんて、立派にオタクの一員やで」

「俺は違うぞ」

「分かっとる、あっち(・・・)の事や」


 オリガが顎でしゃくった先ではエリサとフーチが熱を込めて語り合っているが、オリガは狐幼女と語り合っているコスプレ犬獣人に対して、微塵も違和感を感じていないらしい。


「どや、白毛玉? 楽しんどるか?」

「うん! お友だちもできたよ! このおじちゃんはね、アレックスさんっていうの!」


 新しい友人を紹介しているエリサだが、それを聞かされているヴィンセントは、瞬きすることなく【アレックス】を自称する犬獣人を捉えていた。

 偽名であることは、名乗る前からバレているのだ。こいつの正体は宇宙海賊フーチ一家のボスだ、魔法少女のコスプレをしていようがいまいが、それは変わらない。だがヴィンセントも、どう切り出すのが正解なのか、まったく見当が付かずにいた。


 そして、思わぬ邂逅に固まっているのは彼ばかりではない。

 何を隠そう、オリガもフーチも、お互いの姿を見た瞬間に緊張して目を見開いていた。彼等は彼等で、仕事のなかで出会い一悶着あった仲なのだ。互いの仲間に死人こそ出なかったが、銃弾も交えた最悪の相手と、まさかSCMの会場で再開を果たすことになろうとは、誰が想像できただろう。


「…………? みんなどうしたの? アレックスさんのこと知ってるみたいなの」


 不思議そうに首を傾げるエリサの問いに、ヴィンセントとオリガの口からは時間を稼ぐような呻り声がするばかり。かたやフーチの方はというと、もう全てを諦めた様子で、いっそ穏やかな表情浮かべながら、スッ……と天を仰いでいた。


 その往生したような表情を見ていると、なんだか気の毒になってくる。

「アレックスさん、知ってるの? ヴィンスもオリガもさっきから変なの」

「……いやぁ、初対面だ。知り合いに似てるだけで」

「せ、せやな。ウチも初めて会うわ」


 話を合わせてやると、フーチの瞳にあからさまな感謝が浮かぶ。涙でも流しそうな雰囲気だが、そんなことをされたら折角のウソがエリサにバレてしまう。

 なのでヴィンセントは、とにかく話を繋いでごまかした。


「えぇっと、フ……いやアレックス。こっちはオリガだ」

「あ、っと、どうも。アレックスです、レイヤーやってます……」

「……ウ、ウチはオリガ・カラシニコヴァや」


 なんともぎこちない、異常なまでの他人行儀。

 これには当然エリサの首も傾いだのだが、オリガが続ける自己紹介が、すべての疑問を消し去ってくれた。


「一応、ヴィンセント(コレ)の姉や。まぁ狭い世の中やけども、以後よろしゅ――」

「なに⁈ 姉だって⁈」


 頓狂な声を上げたフーチの両手がヴィンセントの肩に置かれる。驚きからなのか、かなり力が込められていた。


「冗談だと言ってくれヴィンセント。こ、こんな小さくて可愛い子が、お前の姉だと⁈」

「同じ孤児院育ちで、先に施設にいたから姉貴って事になってるだけだ。血は繋がってねえよ」

「つまり義理の兄妹みたいなもんってことか?」

「せやで。あとついでに教えとくと、ウチの方が年下や」


 フーチはぎょろりと目を剥いて、ヴィンセントとオリガを交互に見遣る。施設育ちの兄妹で血のつながりはなく、しかも姉と名乗っている方がじつは年下……。普通の感性を持ち、かつ本人達を前にしていれば、まずは気まずさに言葉を濁すことだろうが、オタク脳がスパークしていたフーチの口を突いたのは、もっと純粋な呟きだった。


「…………羨ましすぎる」

「フーチてめえ、倫理観ぶっ壊れてんのか」

「ウチ等の身の上話聞いて、その感想が出てくるあたり、アンタも筋金入りのオタクやな」

「お前がタフな人生送ってきたってのは分かるぜ? でも、設定として美味しすぎるだろ。新作アニメのキャラ設定だって言われても納得するね、俺は」

「設定っていうな。人の過去を何だと思ってんだ」

「そないカリカリせんでもええんか、とっくに笑い話になってんねから」


 なんて宥められてもヴィンセントの苛立ちが完全に収まることはなかった。好奇心任せに踏み込んできたコスプレ野郎に芝生を踏み荒らされれば、皮肉の一つも言いたくなるのが人情ってものだ。


「つぅかフーチよぉ。ドラッグクイーンじゃあるまいし、その格好は正直かなりキツいぜ。いい年したおっさんが、子供向けアニメの、しかも魔法少女のコスプレするってどうなんだよ」

「うるせえな。俺が好きでやってることだ、誰に迷惑かけてるわけでもなし」

「そうか? 少なくとも、俺の視界は著しく汚染されてるがな」


 ヴィンセントが苛立ちのままの毒を吐いていると、その脛をオリガが蹴りつけた。剣呑な雰囲気に彼女は聡く、とにかく冷静になれと言う。


「はいはい、そこまでや。身内の話振ったんはウチやから、悪いのはウチってことで収めぇ。――フーチもええな? (コレ)は身内をイジられんのごっつ嫌いやねん」

「勿論だ。それに、おれもちょいと軽率だった。おれも立場があるからよ、身内を色々言われるとむかっ腹が立つのも分かる」


 宇宙海賊のボスであるフーチもまた、部下を家族と見なしており、彼等を侮辱する者を許しはしないし、また許した試しもない。言うなれば、譲れぬ一線とでも呼ぶべきプライドだろう。

 そうしみじみと呟いたフーチは、これまでとは違った視点でヴィンセントを評価する。


「意外と、似てるのかもしれねえぞ、俺たちは」

「一緒にすんな」

「そう照れる事ぁねえさ。この俺様に似た矜恃の持ち主だって褒めてるんだぜ」

「屈辱だって言ってるのが分からねぇかな」


 苛立ちを通り越して、ヴィンセントは呆れ始めていた。しかもその『呆れ』はフーチに対してだけでなく、彼が好んでいるオタク趣味も含めてであるが、無理もないことだ。そもそもとして、コミュニケーション互いの意見が交わって成り立つもので、にもかかわらず人の話には耳を貸さず、ひたすら自分の意見ばかりを通そうとしてくる相手に好印象を持つ方が難しい。


 そうして苛立ちは呆れに、やがて呆れはその者が属する全てへの嫌悪に変わっていく。元々縁遠ければ尚更だ。『これだからオタクは――』と一纏めにして、こっちが意識から追い出してしまった方が、精神衛生的にもいい。


 しかし、である。

 エリサの健気な声が、彼等の別離に異議を唱えた。喋りかけるタイミングを待っていたエリサは、あわあわしながら言葉を紡ぐ。


「エ、エリサね! おじちゃんのお洋服、キレイだと思うの!」


 フーチは彼女を見たが、返事は見送っている。

 エリサが言葉を伝えようとしている相手は、ヴィンセントの方だからだ。


 彼が映画好きなことをエリサはよく知っていた。むしろ毎週のようにアルバトロス号のリビングルームで一緒に昔の映画を観ているのだから、気が付かない方が難しい。勿論、彼の膝に座って映画鑑賞しているだけでも、エリサには十分楽しかったが、彼女が一番楽しみにしていたのは、作品を見終わったあとに感想を話しあっている時間だった。


 まだエリサには難しい内容の作品であっても、尋ねればヴィンセントが分かり易く説明してくれるので、つまらなかったと感じた映画は今のところないくらいだ。逆に言うと、エリサがアニメに嵌った原因は、ヴィンセントにあったとも言える。


 彼は映画が好きで、そういう娯楽の楽しさ、大切さも知っている。だからこそエリサは、ヴィンセントに娯楽を嫌いになってほしくなかったのだ。


「あ、でもね? コスプレってね、アニメだけじゃないの! さっきね、ヴィンスとみた映画の人もいたの! ホラ、あそこあそこなの!」


 彼女が指さす方向にいるのは、黒スーツを着た集団である。一見しただけはセレブのSPに思えるが、よく観察してみると彼等はいくつかのグループに別れていた。まぁ、映画に疎いオリガには何がなんだかサッパリだろう。


 ただ、ヴィンセントには伝わっていた。あの集団がなんの作品のコスプレなのか、そして、エリサが何を伝えたかったのかも……

 ヴィンセントはもじもじしているエリサに向けて口角を緩ませてみせると、それから黒スーツを観察しているオリガとフーチに声をかけた。確かにここは祭りの会場だ、口喧嘩で空気を悪くするよりも、可能な限り楽しんだ方が得なのである。


「オリガもフーチも、マジで分からねえのか? あんなに分かり易いコスプレってないだろ」

「ウチにはどれも同じに見えるわ。――アンタは?」

「おれもだ。どこが違うのか、見当もつかねえ」


 そんな諦め加減の二人に対するヴィンセントの返答は、ひたすらに深い、腹の底から吐き出されてきた溜息であった。


「言いたくねえがマジで、ガッカリだ。フーチはともかく、オリガ姉には失望したぜ」

「めっちゃ上からくるやんけ。そこまで吹いたからにはジブン、全部当てられんねやろなッ⁈」

「当たり前だろ」


 ならばやってみせろと息巻いて、オリガとフーチが交互に示す黒スーツのキャラクターを、だがヴィンセントは的確に言い当てていった。


「映画ジョンウィックから、主人公のジョン・ウィック。あれは三作目のスーツだな。隣はマトリックスのネオで、話してる相手は同作の敵役エージェント・スミス。その奥にいるのが十二代目ジェームス・ボンドとキングスマンの英国コンビだな。おっ、レザ・ボア・ドッグスとブルース・ブラザーズまでいるじゃねえか!」

「……やっぱり俺様には全部同じに見えるぜ」

「フーチ、お前それでも戦闘機乗りか? 機体の更新より目玉交換した方がいいぞ」

「ちゅーか、それって百年くらい前の映画やろ。ジブンも十分オタクやで……」

「はぁ? 一般常識だろ、これくらい」

「言い分がオタクのそれなんだよなぁ……」

「あッ! ねえねえヴィンス、あれ見てなの!」


 会話に混ざってきたエリサが指さしたのは、黒服の集団とは別方向に歩いて行く二人組だ。

まぁ、その若い黒人と初老の白人コンビもコスプレなのだが、エリサは自分も知っている作品であることが嬉しかったようだ。


「ホラ、あれなの! 宇宙人のやつなの!」

「ありゃあ、メン・イン・ブラックシリーズ初期の二人だな。ウィル・スミスとトミー・リージョーンズの掛け合いは最高だった。……にしてもよく似てるな、あの二人」


 特殊なメイクなのだろうか。とにかく衣装も顔もそっくりで、その完成度にヴィンセントが感心していると、オリガが口を開いた。


「その映画って、最近リブート版公開してへんかったか? あれやろ、宇宙人相手に戦うやつやんな、CMで見たで」

「俺は初代が最高だと思うけどな」


 初代に拘るヴィンセントに「懐古厨め」とオリガは溢して、同時に思い出した噂話を語り出す。まぁほとんど冗談みたいな内容だが、どれだけ馬鹿馬鹿しくても面白ければいいのである。


「もしかしたら、この会場に宇宙人が紛れ込んでるのかもしれへんで。宇宙人が人間に化けてるなんてSFものやったらよく見る設定やし、百年前からしたらウチ等はまさしくSF時代に生きとるわけやから」

「だからあのMIBが本物だって? んな訳ねえだろ。ロマンはあるけど、現実とフィクションをごっちゃにするなよ、オリガ姉」

「あれこれ規制したがる割に誰よりもごっちゃにしてる政治家と一緒にされるんは心外や。ウチはきっちり分けて楽しんでるっちゅうねん! そのうえで、あれが本物やったらオモロイなって仮定の話をしとるんやないか」

「映画のとおりなら俺等の銀河は上位者にとってのビー玉だし、ゴキブリ型宇宙人が暴れた記憶を赤い光で消されてることになるんだぞ。仮定でもおれは御免だ」


 どんな形であれ、頭の中を弄られるのは気分のいいものではない。渋い顔でヴィンセントが続けると、オリガとフーチからはつまらない奴だと文句が溢れた。これをきっかけとして、またくだらない論争が始まるかと思われたし、横にいたエリサは今度は自分も参加しようと息巻いていた。


 だが楽しげな雰囲気は、唐突に雲行きが怪しくなった。

 ヴィンセントのブレスレットが、オレンジ色に発光して震え始める。彼がふと横を見ると、フーチのブレスレットも、同じように振動していた。

ここまで読んで戴きましてありがとうございます

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それでは続きをお楽しみに!!

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