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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
1st Verse Danger Zone
253/304

Danger Zone 3

 イベントの会場となっているこの船の名は『クレイドル・オブ・ヴィーナス』。先にも言ったが、その船体は街が収まるほどに巨大であり、いっそ移動式のコロニーと呼んでも差し支えがない代物だ。となれば、そんな船を貸し切ってのイベントは、まさに街総出のお祭りであるが、どこにでもあるお祭りとは明らかに一線を画していた。


 その熱量も規模も、文字通り桁が違う


 あらゆるジャンルの


 恐ろしくディープで


 未曾有の情報量がここには存在している


 なにしろ街一つがオタクに占拠されているも同義。いわばイベント期間中に限り、この船はオタク自治区と呼称するのが相応しい位で、その情報量足るや、乗船前に下調べしていたエリサの想像を、軽々と越えてきたほどである。


 彼女は目をキラキラさせながら好奇心に行き先を任せて、ヴィンセントと一緒に街中を歩いていた。どうやらジャンル毎に街のブロックを割り当てているようで、エリサはお気に入りのアニメのエリアに入るなり、尻尾を振り回しながらスペースを回りはじめていた。


 個人作成で創られた本


 それは確かに薄く、また高価ではあるけれども、込められた熱量に疑いの余地はない。この手の娯楽を享受する側であるエリサには、創作の裏側は想像できないがしかし、相当の熱量が込められていることは分かった。


 そうして興味を惹かれるままに、アニメの二次創作エリアから料理本エリア、果てには小物エリアまでまわってみせて、気が付けばオリガと別れてから三時間近くが経過してたが、コスプレエリアまで来たところで、エリサは、ふと背後にあった安心感が消えていることに気が付いた。

 キョロキョロと辺りを見回しても、コスプレ広場にいるのは古今東西のキャラクターになりきった多数のコスプレイヤーばかりで、ヴィンセントの姿はどこにも見当たらない。


「むぅ~、ヴィンスったら迷子になっちゃってるの」


 あくまでもはぐれたのは彼の方だという確信を持って、エリサは頬を膨らませた。思い返してみると、確かに航空機の本を扱っているエリア辺りで、ヴィンセントが何か言っていたような気がしなくもないが、それでもやっぱり迷子になったのはヴィンセントの方なのだ。


 ――でも、どうやって合流しようかな?


 エリサがそう思った矢先に、乗船時に渡されたブレスレットが振動して、立体映像が着信を知らせる。イベントをスムーズに楽しめるようにと配られているこのブレスレットには、電子決済機能に会場図、登録したIDのブレスレット位置を検索したり、さらには通話機能とメールも付いているのである。


「はい、もしもしなの!」


 ヴィンセントからの通話を受けたエリサは、元気よく応答した。なにぶんコスプレエリアは賑やかなので、声を張らなければかき消されてしまいそうなのだ。


「ヴィンス、聞こえてるの~?」

『ああ聞こえてる。平気かエリサ? お前、なに迷子になってんだよ』

「むぅ~、ちがうの! 迷子になったのエリサじゃないもん!」


 頬を膨らませて抗議したエリサは、だがすぐに笑顔になって続けた。相変わらず、興奮状態は継続中の様子である。


「それよりね、ヴィンス! はやくここに来てなの! いろんなキャラクターがね、たくさんいるの! 一緒に写真もとってくれるんだって!」

『コスプレエリアにいるんだろ。マップで調べた。……はぁ、動くなよ。すぐ迎えに行くから!』

「うんなの! はやく来てねーッ!」


 実は気を揉んでいたヴィンセントのことなど露知らずといった具合で、エリサは舞い上がりっぱなしだった。子供ながらに便利屋稼業を手伝っている彼女にとって、アニメは数少ない娯楽の一つであり、手で触れることなど叶わないはずのキャラクターが現実世界に現れているとなれば、それがコスプレであろうとも尻尾は勝手に振れてしまう。


 エリサにとっては、夢の遊園地ばりに楽しい時間であるのは間違いない。なにしろ右を見ても左を見ても、二次元から飛び出してきたキャラクター達が闊歩しているのだから、感嘆の吐息は流れ出しっぱなしだ。


 そして、イベントを楽しんでいるエリサもまた、輝いて見えたことだろう。少なくとも、オタクを引き寄せるのに充分な魅力があったのは確かだった。


「あ、あのぉ、お、お、おじょうちゃん。それって『魔法少女アイリン』のコスかい?」

「え? えっとなの……」


 エリサが身につけているのは私服のワンピースなので、勿論コスプレはしていない。ただ、そもそも彼女をモチーフとして『アイリン』というキャラクターが創られているので、どうしたって似ている部分はあった。


 なので、そういった裏事情を鑑みると、この一眼レフを首から提げたオタクは、素晴らしい慧眼(けいがん)の持ち主であるとも言えるのかもしれない。


 彼は、戸惑うエリサに向けて申し訳なさそうに続けた。興奮しているためか、それとも他人と話すことに不慣れな為か、しどろもどろになってはいたが、一生懸命なのは伝わってくる。


「ああ、ごめんね、きゅ、急に話しかけたりして。えぇっと、もの凄い完成度で驚いたんだ、そ、そ、その狐耳と尻尾のカール具合、毛並みの白さまで! まるで『アイリン』本人が歩いてるのかと思ったくらいなんだ。だから、その……すごくソックリだったものだから、一枚撮らせてもらいたくて」

「写真? エリサのなの?」

「そ、そうなんだ……。あぁ、いや! も、も、もちろんイヤなら……、っていうかイヤに決まってるよね、普通に。な、なんかゴメンね、へ、へ、変なこと言って!」

「ううん、イヤじゃないよ。エリサもね、アイリン好きなの!」


 オタク文化に国境なし、年齢性別関係なし。いっそ幻想に思える世界平和を成すための原動力に、サブカルチャーは、或いはなり得るかも知れない。少なくとも民族浄化を実行しながら平和を訴える恥知らずよりは、耳を貸したくなる夢物語だ。


 事実として、エリサとこの見知らぬオタクは、共通の趣味ですでに結ばれているのだから。


「エリサはね、アイリンが正義の魔法少女になるところが好きなの!」

「あぁ~分かる、分かります! 最初は悪い魔法少女だったんだけど、それは帝王に操られていたからなんだよねッ! 部下のヴァイスとライオは、そんなアイリンを守るため帝王に従ってて、でも二人とも帝王に殺されそうになっちゃって!」

「そうなの! そこでね、アイリンが正義の心を取り戻して、二人を守って帝王と戦うの! エリサ、あのシーン何回も観たの!」

「うんうん、最高だったね、あのシーンは! ボクも思わず泣いちゃったもの!」

「エリサも、エリサも!」


 出会って数分足らずで、息も付かずに盛り上がれるのだから、共鳴するオタクというのは恐ろしくも素晴らしい存在である。


「でもね、エリサってそんなにアイリンに似てるの? さっきも、アクセサリーを売ってたお姉さんに言われたの『アイリンそっくりだよ』って」

「後ろ姿はそのものだったし、笑った顔も白アイリンによく似てるよ。そのワンピースも、特典映像でアイリンが着てたのとほとんど同じだし。フリルのデザインが少しちがうくらいかな」

「とくてんえいぞう、なの?」

「一期分の映像を購入すると見られる特別なお話さ、アイリンの日常を描いたスピンオフだね。ネタバレになるからこれ以上は言わないけど、ご両親に頼んで観てみるといいよ。全話レンタルからでも観られるサービスもあるから」

「うん、ありがとうなの!」


 ……なんて盛り上がっていたのだが、一息ついたところでそもそもなんの話をしていたのかを、二人は思い出そうと沈黙する。いつの間にやら話題がズレてしまっていたのだ。そう、っこの会話の始まりは――


「そうだ、写真!」


 オタクは首に提げていたカメラを思い出したように、声を上げる。


「どうかなエリサちゃん、一枚撮らせてもらっていいかな?」

「うん、いいよなの!」


 そうは言ってもモデルなんて経験のないエリサは、いざ撮られるとなると緊張から気をつけの姿勢になってしまい、まるで証明写真のようである。尻尾の先から耳の先までガッチガチで表情もどこか強張っていたのだが、そこはオタクがなんとかしてくれた。


 互いに好きな作品の話をしながらであれば、表情も仕草も柔らかくなる。お気に入りのシーンを語り合いながら切られるシャッターはすでに二十を超えていて、数を重ねていく度に、エリサの写りは段々自然に、そしてドンドン魅力的になっていった。


 尻尾も動きもしなやかに、幼い笑顔は純朴に


 レンズ越しに見るエリサの姿に、オタクが釘付けになり始めた頃、しかし顔を上げた彼は目を丸くすることになった。


 まるでエリサを崇めるように彼女を囲むカメラの数々

 その中心にいる狐獣人の少女は、最初こそ楽しそうに撮影に応じていたものの、次第に戸惑いの表情を浮かべるようになっていった。


 あちこちから目線を求められ、細かなポーズを要求される

 注文も徐々にエスカレートしていき、エリサはオドオドとするばかり


 オタクが止めに入ろうとしたときには既に周囲の熱は手が付けられない状態になっており、「彼女が困っているので、ここまでにしましょう!」と彼が声を荒げても、ほかのオタクが罵声を浴びせかける始末である。


 最早、場は一種の混乱状態に陥りつつあった。

 このままでは、理性を失ったオタクもどきによって、エリサの楽しい思い出は蹂躙されてしまうだろうと、彼が諦めかけた瞬間である。


「テメェら、いい加減にしねえかッ!」


 野太い声が周囲を一喝し、あっという間に黙らせた。

 エリサもオタクも、そして周囲のオタクもどきも、声の主に注目せざるおえなかったのは、彼が荒々しい声を上げたから……、だけではない。


 厳めしい犬の獣人


 しかも筋肉ムキムキの男性が、あろうことか魔法少女のコスプレをしていたからである。

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