Danger Zone 1
地球よりも元気に太陽が降り注ぐ金星のゼロドームだが、感謝祭の昼下がりは、ことさらに熱気が満ちていたといえる。それは集いし十二名の戦士達が、ボール一つに命を懸けた戦いを繰り広げているからだろう。
場所は家族連れで賑わう中央公園。
その原っぱにカラーコーンを並べただけのフットボール場を、白狐の獣人少女が駆け抜けていた。腕には楕円のボールを抱えてエンドゾーンまで一直線、一度ディフェンスを振り切った少女は、小さな体軀ながらも獣人の身体能力を存分に発揮して、そのまま一点差に迫るタッチダウンを決めてみせる。
「ねえヴィンス、見てた⁈ 見てたのッ⁈ エリサ、ゴールしたのッ!」
「いい走りだったぜ! まるでNFLのプレーヤーかと思ったぞ、このぉ~!」
興奮のままに尻尾を振り回すエリサを撫でまくって、くっしゃくしゃにしているのは、便利屋アルバトロス商会のパイロット、ヴィンセント・オドネルである。
人間であるが故に身体能力では劣るが、それでもアメフトの簡易版であるタッチフットならば、それなり以上の活躍をしていた。試合終了間際に、逆転を狙える点差まで詰められたのは、彼の奇策があったからこそなのだ。さらに、タッチダウン後にはボーナス攻撃権が与えられるから、これをものに出来れば逆転だ。
となれば誰だって興奮する。しかし、味方からの更なる熱気が漂ってきたというのに、思わぬ形でフィールドに水が差されることになる。
審判をしていたロクサーヌが、桃色の髪とバストを揺らしながら、甘ったるい声でヴィンセントを呼んでいた。フィールドに入ってきた彼女の手には、ヴィンセントのケータイが握られている。
「オ~ド~ネ~ルく~ん! で~んわ~だよ~!」
「誰からだッ?」
「え~っとね、『リトル・ビッグ・シスター』って出てるよ~!」
その登録名を聞いて、ヴィンセントからは溜息が漏れる。間が悪いとは、こういうことを言うのだろうが、無視するわけにもいかないので彼は申し訳なさそうにフィールドを振り返った。
「悪いなみんな、ちょっと休憩しててくれ」
「ちょっとなにさヴィンセント、こんなトコで中断しようっての?」
筋肉ムキムキ、しかも二メートル超えの長身から牙を剥いて煽るのは、ヴィンセントと同じくアルバトロス商会の荒事師、虎獣人の女性、レオナだ。
とはいえ、チーム分けの都合で敵同士になっていても、もう一年以上組んできたヴィンセントは、彼女に威嚇に対して軽く返事をするだけである。
「おいおい、追い込まれてるのはそっちなんだぜ、レオナ。次のプレーで決着が付くんだ、どうやって止めるかでも考えとくんだな」
挑発するように牙を覗かせた相棒にそう言うと、ヴィンセントはドリンクを手に取って電話に出た。周りに聞こえないように離れていく彼の背中を苛立ち加減にレオナが眺めていると、代わりにフィールドに入ってきたロクサーヌが喋り始める。
「ねえねえレオナちゃん、今日の髪型いつもとちがうけど、どうしたの?」
「うっさいな……、なに、なんか変?」
「うぅ~ん、とっても似合ってるよ~。お団子頭もとっても凝っててオシャレだな~って思っただ~け。いつものポニテも好きだけどね~!」
暇を潰すためのお喋りなんてレオナの柄じゃないが、そんな相手でも和ませて自分のペースに巻き込むのがロクサーヌの得意技。なんなら、周りの人間も巻き込んでしまう。
二人の楽しそうな雰囲気と、ロクサーヌがチラと向けた視線に誘われるようにして、ルイーズも会話に加わった。情報屋を営むルイーズはインドア派と思われがちだが、彼女もまた豹の獣人、運動はかなり得意らしい。普段のスーツを脱ぎ捨てて、スポーツウェアでフィールドを駆ける様はかなり様になっていたし、闘争心も相当だった。なにしろ、レオナとマッチアップして互角に渡り合ってきたのだから――
「確かに珍しいわね、レオナ。貴女が髪型ひとつに時間をかけるなんて。それに、いつもの紅いシュシュ、お気に入りだったんじゃないの? どこでも付けていたじゃない」
「どっかいったンだよ。洗濯に出したら無くしやがったのさ、ヴィンセントの野郎がね」
「え? ちょっと待ってレオナ。貴女、ヴィンスに洗濯を任せてるの?」
「エリサとヴィンセントが交代でやってる、それがどうしたってのさ」
「……まさかとは思うけれど、下着も洗わせてるわけじゃないわよね」
「たかが下着、見られたって恥ずかしいモンかよ。十五のガキじゃあるまいし」
しかめっ面したレオナからは、微塵の恥じらいも感じられない。ただし、彼女を見上げるロクサーヌは実に楽しそうに笑っている。
「レオナちゃんってワイルドだもんね~、わたしでもちょっとは恥ずかしいよ? 男の人にブラとかパンティ洗ってもらうのって~」
「アタシ、ノーブラ派」
「ロキシーが言ってるのは、そういう意味じゃないと思うわよ? それと、貴女はブラを付けた方がいいわ。今のうちからケアしておかないと、歳とってから垂れたら大変よ?」
「平気さ、鍛えてっから。……はぁ、でもマジで残念なンだよね。あのシュシュ、気に入ってたから。ったく、ヴィンセントの野郎にどうやってケツ拭かせて――」
「――だからレオナ、何度も言ったろ。俺は知らねえって」
戻ってきたヴィンセントが井戸端会議に首を突っ込んできた。すでに何度も同じやりとりをしていたようで、どこか辟易した様子である。
「あのシュシュは洗濯機にも洗濯籠にも入ってなかった。自分の部屋探してみたのか、マットレスの隙間とか、毛布に埋まってるかもしれねえだろ」
「部屋にありゃ気付いてるってンだよ、バカ。っつか電話終わったンだろ? さっさと試合再開するよ、ケリを付けてやるさ」
「はいはい言ってろ、勝つのは俺たちだ」
「よ~し、じゃあみんな、分かれて分かれて~!」
ロクサーヌに急かされるようにして、彼等は自分のチームメイトたちの所へと歩いて行く。その途中、ルイーズは横を歩くヴィンセントに訊いた。
「さっきの電話、オリガからでしょう。試合続けても平気なの? 貴方の大切な『小さなお姉さん』からの依頼でしょう?」
「登録名のことオリガにチクるなよ、あとが面倒だから。……それに、急いでも仕方ねえのさ。合流場所はこっから五〇〇〇万㎞上空の宇宙空間。どんなに急いでも一週間はかかるんだ、一日遅れるくらい誤差だぜ。あとなによりも、今はこの試合の方が大事だ、だろ?」
「ふぅん……、それもそうね」
「ヴィンスー! ルイーズーッ! はやくはやくなの~!」
エリサに呼ばれて小走りで戻るなり、すぐに円陣を組んでの作戦会議が始まる。
……が、次の攻撃をどうするかよりも、まずは状況整理が先だろう。
「よしルイーズ、説明を」
「私が? まぁいいけれど……。えっと、残り時間から考えて、つぎがラストプレーになるわ。そこで私達に残されている選択肢は二つ、追加攻撃で3ヤードから攻撃して1点とって引き分けにするか、或いは8ヤードから攻撃して2点取り逆転をねら――」
「「「「逆転!」」」」
四つの声が同時に上がる。
試合後にやる感謝祭パーティの飲み代を賭けている大人達に混ざったエリサも、小さな拳を握りしめながら勝ちを目指して気合いを入れていた。純粋にゲームを楽しみ、そして勝とうとしている彼女の健気な勝負魂には、ルイーズから微笑みが漏れていいる。
「ふふ、訊くまでもなかったみたいね、みんなやる気充分だもの」
「そしたら後は勝つだけだな」
ヴィンセントは肩を組んだ円陣のなかで作戦を説明し、全員が理解したのを確かめると、小さく頷き、そして言った。
「おっし、やるぞお前ら! 掌と肉球を重ねろッ!」
そして「ぜったい勝つぞ!」のかけ声で、彼等はフィールドに散っていった。
金星での熱い感謝祭。
公園で行われたその試合が記録に残ることはなかったが、語りぐさになること請け合いの名勝負だったのは間違いないだろう。




