samurai 6
「――まぁこんな具合に決着が付いてるだろうよ」
「ふぅむ、成る程。罠を張っているで御座るか……」
はるか上空で行われているであろう攻防をヴィンセントが説明してやると、サムライはぽつり呟くのだった。彼の刃は依然としてレオナを斬るべく向けられている。
「今頃はお縄になってる、しくじったなお宅」
「拙者達の任はあくまでこの工場に侵入してきた輩を排除する事に御座る、御主が言うとおり逃亡が失敗したのだとすれば、それは逃げ損なった彼らの責任、拙者達の知るところでは御座らんよ」
――わかってねえな
体中痛むせいで笑い声は上げられないが、ヴィンセントの口元は不敵に歪む。
「……何か面白いで御座るか」
「そりゃあなぁ……。レオナを斬って俺を斬って、タコ女抱えて脱出するつもりだろうがきっと上手くはいかねえさ。赤龍の大物にかかった賞金を狙ってる賞金稼ぎの連中がチャイナタウンに押し寄せて、向こうは旧正月より賑やかになってる。そんなお祭り騒ぎの中で、街外れの、放棄した施設に増援を送る余裕があるとでも思うか?」
「御主も、解らぬ男だな……」
「撃っちまえヴィンセント!」
サムライの刃はもうレオナの首筋に触れている、奴が一引きすれば紅い雨がレオナの首から降る事になる。
「そもそも助けなど来る手はずにないと言っているで御座ろう。すなわち近づく者どもはそちらの仲間、ここで斬らずにおく理由がない」
「そこまで頑固ならしゃあねえ、俺はこう(・・)しよう」
なんて嘯くや、ヴィンセントは銃口の先を変えた。向かう先は当然倒れたままのタコ女で、サムライは軽蔑するように眉間に皺を寄せた。
「御主……」
「卑怯だなんてつまらねえ台詞はナシにしようや、お互い似たような状況だ。女に得物突き付けて、しかもどつぼに嵌まりかけてる。好きでドンパチしてくたばるんだ、まぁ俺たちみたいのには似合いの最後だろ。だがくたばるにしてもくだらねえ死に様はごめんだ、そうだろ?」
「……正直、失望したで御座るよ。御主もまた死合うに値する人間だと思っていたのだが」
「正々堂々はお宅の主義だろ、押しつけんなよ。殺し合いだぜ? 何をしてでも勝とうとするのが当たり前だろうが」
「御主に誇りはないのだな?」
「あるさ、だから勝たなきゃならねぇんだ」
睨み合う中、遠くのエンジン音が徐々に確かに力強さを増してくる。正体不明の勢力が製材所へ乗り込んでくるまで、あと数分もない。
一秒が惜しいにもかかわらず不動の両者。互いの相棒の命を握り合っている最中に、新たに声を上げたのは、もぞりと動いたランファだった。彼女は触手をうねらせると、敵意を納めてゆっくりとヴィンセントを見上げる。
「このお兄さんの言うこと聞くよろし。刀下ろすよ」
「ランファ殿、ご無事であったか!」
なんてサムライは安堵してるが、ヴィンセントからしてみれば当たり前すぎて驚きもない。
「やっぱり目ぇ覚ましてやがったなタコ女」
「……用心深いね。もうちょっと近づくすれば、これ私の距離でしたのに」
「あの程度の高さから落ちたくらいじゃあ獣人は死なねえ、お宅等の頑丈さはよく知ってるさ」
しかもランファは落ちながら固められた間接を外してヴィンセントの拘束から抜け、半端ながらも受け身を取っていたのだ。ダメージを負わせたのは確かだが、死んだ確証が持てていない、これじゃあ迂闊に近づける筈がない。
「しかしランファ殿、刀を退けというのは一体……」
「おっきな面倒よ。――そっちもそれでいいか、お兄さん?」
渋々ながらヴィンセントが頷けば、「日和ってンな!」とレオナが喚く。サムライ共に五十口径のピアス穴開けてやるのはヴィンセントだって望んでいるが、断頭台に頭乗っけたままなのだから、時には勝つために妥協が必要だって事も理解してもらいたいところである。
「レオナも撃つなよ、こいつ等にぶち込むのは後回しだ」
「お兄さん、口減らないね。でも楽しみ取っとく私も好きよ」
言いながらランファが手を振りサムライに刀を下げさせれば、レオナは跳び下がって距離を取る。彼女の右手は銃把を求めたが、向かって来る敵意の薄まり具合に銃を抜きはしなかった。ただし、依然として納得はしていないようだ。
……まぁ当然である。
「してランファ殿、面倒とは一体?」
「人虎が聞いた音よ、あれが面倒ね」
「おいヴィンセント、連中に心当たりがあンだろうね? どこのどいつか知ってる口ぶりだったじゃあないか」
ドンパチを好むのならば、自分が置かれている状況を大局的に考えるようにしなければならない、一つの所に集中しうてばかりだといつかケツを蹴られる羽目になるからだ。
「消去法だよ、レオナ。俺たちにもサムライ共にも増援のアテはねえ、赤龍追ってる賞金稼ぎが此所を襲うならチャイナタウンの襲撃と同時にやるから連中でもない」
「クイズやってる気分じゃないんだ。じゃあ、あのエンジン音は誰なのさ」
かなりヒントを出したつもりだが、レオナは未だ正解にたどり付けないようである。……いや、そもそも考えていないか。するとランファが、思考放棄した彼女を見て、くすくすと肩を揺らすのだった。
「タコ女。無様な髪型になってるみてえだから、アタシが丸坊主にしてやろうか? あぁ?」
「闘うだけ取り柄だと、世話焼く大変ね、お兄さん?」
「けっ、他人の相棒こき下ろせる程、お宅のサムライが優秀だと俺には思えねえがな。真剣な顔して黙ってるが、野郎も何一つ解っちゃいないだろ」
サムライは聞く側に回っているが、あれは真面目な顔をしている馬鹿の表情で、ランファの擁護も、擁護と呼べるか怪しい程度の反論だった。
「けれど、余計に口挟まないは助かるよ。それは置いておいて話戻すよろし」
「はいはい。つまりだ、今挙げた他にも赤龍を狙ってる連中がいる、そいつ等は赤龍に因縁があって、頭数があって、かつ赤熱した銃身より真っ赤っかだ。……思い当たる節があるだろ、俺たちもかち合ってる」
レオナが眉間に皺を寄せる。
理解した彼女が耳を澄ませば、否、最早獣の聴覚がなくとも敷地内に踏み込んできた荒々しい車輪の音を聞き逃す事は無い。そしてぞろぞろと降車する足音も、連中が提げた銃の気配も、踏み込む手筈を確認するために囁かれるスペイン語の全ても、彼らは聞き逃さないのだ。
正面のドアを蹴破ってメキシカンが突入してくる。
だが襲撃したエル・ファミリアの鉄砲玉を出迎えたのは、相手にしたら最悪の四人であった。




