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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
4th Verse samurai
247/304

samurai 5


 星から宇宙にものを運ぶには当然宇宙船を使う事になる。一日に出入りする宇宙船はゼロドームだけでも大型船で二百を超え、金星全体ならば五千を超える数に上り、その殆どが単独で金星重力圏を脱して黒き大海へと漕ぎ出す。多数の船籍、多様な宇宙船が行き交うその出入り口は、子供ならば日がな一日眺めていたって飽きないだろう。


 そして今も、一隻の宇宙貨物船が宇宙の掃きだめに背を向けて飛び立っていく。このパナマ船籍の『イエローリバー号』は中宙糧トランスが所有する食料輸送船だ、冷凍した大量の食料を積んで地球を発ち、道中のコロニーでも荷を積み増し、金星で腹に貯めた諸々を下ろす。そして帰路でもコロニーへ立ち寄り荷を受け取るワケなのだが、この一見なんの変哲も無い食糧貿易会社が、臓器密売ルートの隠れ蓑とされているのはこれまで誰も知らなかったことだ。乗り込んでいる船員達にしても船長以下真面目な働き人ばかりで、山積みされたコンテナの中に人間の中身が冷凍されて積まれているなど知りもしないのである。


 ただ今日は違った。

 誰一人として大っぴらに口にはしなかったが、自分たちが危険な仕事に巻き込まれいるのだと気がついた事だろう。慌ただしく積み込まれたコンテナと一緒に乗り込んできた客人達、高圧的な彼らが堅気の人間ではない事は、乗組員達全員がすぐに気がついた。そして船が宇宙空間に達して暫く経った現在、イエローリバー号は三隻の宇宙船に進路を塞がれているのである。濃厚なトラブルの臭いと共に……。


 だが、網にかかった獲物の心情など、狩る側にしてみれば鼻くそ程の価値もなく、先陣を切り進路に立ちふさがったアルバトロス号の艦橋から、ダンは捕り物の結末を見届けていた。まぁ、裏仕事を引き受けてしまっているとはいえ表向きはただの輸送船で武装もなく、乗組員も九割が民間人とくれば制圧するのは赤子の手を捻るより容易い、手練れの賞金稼ぎが相手となれば尚更であり、突然現れた宇宙戦闘機と、電磁砲を積んだ宇宙船に狙われた船員達は震え上がった事だろう。


『イケてるスペースカウボーイよりよぼよぼアホウドリへ、聞こえてるか? 目標を制圧した』


 ダンが葉巻をふかしながら待っていれば、しゃがれた声がスピーカーを揺らした。


「ふっ、そらぁ霜降りだ、イケてるだろうな。油が乗ったにしちゃあ良い手際だった、投げ縄の腕は衰えちゃあいねえようで安心したぞ、ミノ」

『おいおいダンよ、次世代に押し退けられた年寄りの僻みは聞くに堪えねえな』

「身体より頭を使うようになったのさ、思考が柔軟なんだよ。いつまでも力押しが通るってのは幻想なのさ。それよりも積み荷の方はどうだ?」

『自覚したら年を取ると俺のじいさまが言ってたが正しくだな、丸くなったもんだぜ。いま案内させてるよ。――外の様子はどうだ、若えの?』


 呼ばれたのは宇宙戦闘機を操る二人組である。ダンも話には聞いていたが、その鬱陶しさには成る程と納得せざるおえない。


『当然、万事問題ありませんとも! なにせ老練たる先達に習い、この私、ブライアンが目を光らせているのですからね! 正義の鎖に捕らわれた龍が藻掻こうとも、またそれを断ち切ろうとする不埒者が現れようとも見逃しは致しません! えぇ絶対にッ!』

 一言で済む報告を長々と謳うものだから聞かされる側としては頭が痛い。それに耳もイタイ。

「そうか、ならその調子で頼む」

『お任せあれ。高空を征く鷹よりも鋭き眼を持って――』

『おいダン――』


 通信に割り込んできたのはミノである、些か苛立っているようだ。

『――コンテナを開けた、全員無事だ。少なくともここから見る限りは。コンテナ詰めにされてたが、中身は抜かれちゃあいねえようだ』

「良い知らせだ、大勢が喜ぶな」


 その報告を受けたダンが頷いてやると、心配そうに見上げていたエリサがふぅと安堵の息を漏らした。


 『イエローリバー号』もとい『黄河号』を補足できたのはエリサの手柄に寄るところが大きかった。漏れ聞こえた中国語を同じく捕らわれていたリーに訳してもらっていたのである、そして船名さえ判明すれば追跡するのは容易となり、結果は見事な大捕物だ。


 無論、ダンが船を動かしたのはエリサに頼み込まれたからだけではない。九割の打算と、一割の正義感が彼の燃料だったと言えるだろう。情報を提供して同業者を雇うだけ、ドンパチはそっちに任せて賞金三等分なら割の良い仕事だ。


「ご苦労だったな、急ごしらえのチームにしては上出来だ。報酬の分配はミノ、お前に任せる」

『こっちでやっていいのか?』

「ちょろまかすなよ? ステーキにしてやるからな」

『仕方ねえ……。手数料も取りたい所だが、まあいいだろう。……あぁ、ところでダンよ』

「どうした?」

『情報提供者に礼を言っといてくれ、感謝すると。サムライ共をやれなかったのは残念だが、赤龍に手痛い一撃を喰らわせたやれた、仇討ちとしては十分だ。それからもう一つ、捕まってた連中からも同じ言葉を』


 横で聞いていたエリサは疲れた顔で微笑んでいるのでわざわざ伝える必要も無いが、ダンはとりあえず承った。すると、自分からもと言う奴が居た。


 ブライアンである。


『Mr.ダン、私からも深い感謝をお伝えください。私たちの働きが宇宙平和の実現に小さいながらも、偉大な働きをもたらした事に疑いの余地はない。その機会をもたらしてくれた人物こそ正しく立役者でしょう! 混沌の中でこそ人の正義は根付くというもの、雑草さえ枯れる不毛の土地でも花は咲く、ならば剣となる価値があります』

「長ったらしい話に聞く耳持つのは惚れた相手だけだぞ、つまり何が言いたいんだ」

『私が皆さんの心意気に惚れたという事ですよ、他者に惚れるは何も異性に限った話ではありません。時に苛烈な行いが求められるでしょう、時に非情な決断を迫られるでしょう。しかし多様に枝分かれしている樹木であれその根は同じ、皆さんの行動は力強い正義に根付いているのだと私は確信しました。金星において天より授かった幸運は愛しい人との再会でしたが、彼女は更に貴方方との出会いを私に贈ってくれました。ですのでどうぞ、愛しきバスケスにもお礼を一つお伝え願えますか』

「……あぁ、伝えておいてやる。レオナが聞くかどうかは約束しないがな」


 ダンはこれを最後に通信を切ると、拿捕した船を警察に引き渡すべく離れていくミノ達を見送った。こっちの仕事はこれで終い、残るは下の大掃除だが……


「ねぇダン? ヴィンス達、だいじょーぶなの?」


 ヴィンセント達が仕返しに行ったとエリサには伝えていない。だが、きっと気がついているだろう。二人の気性がクルーを攫った奴に対してどんな反応を見せるか想像するくらい、エリサにだって出来る事だ。


「なに心配いらんさ、直に連絡が来る。お前さんは少し休んでおくと良い、酷い一日だった上に怪我もしている、起きる頃にゃあ連中も帰ってきてるだろうよ」

「うん、なの……。でもね、エリサね……」

「寝るんだ、良い子だから」


 腕に巻かれた包帯を撫でながら待っていたいと言うエリサ、しかしダンは優しいくも厳しい声音で少女をベッドへ向かわせた。

 最後に連絡があってからもう四時間だ。ダンは葉巻をくゆらせながら、金星の地表をじっと見つめる。万が一の事はいつだって頭の片隅にあるのだ。



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