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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
4th Verse samurai
245/304

samurai 3


「さっきからだんまりしてる。お兄さん、お喋り好きとちがうますか?」


 仕掛ける瞬間を探しながら、ヴィンセントとランファは移動を続けている。だがその瞳に映っているのは正面の景色ではなく、相手の姿だけだ。ヴィンセントの手には5.7㎜カスタムの突撃銃、ランファの手にはクナイが握られている。互いにとって必殺の距離の中で、撃たず投げずのまましのぎを削っていた。


「……とても便利屋、見えない目付きね、真っ黒な血溜まりにソクリ(・・・)は、殺し屋の方がそれお似合いよ。私たちギャラもらって仕事する、お兄さんも、これ仕事(ビジネス)みんな同じ知ってる。恨み辛み考える得ないね」

「…………」

「世の中これ結果が全部、お姫様戻ったね。終わり善ければ悪い事忘れる、幸せに生きるコツ、大事よ。首落ちてから後悔する遅いね」


 成る程、成る程、冷徹だが実に利のある意見である。元の鞘に戻ったのなら多少の傷には目をつむる、確かに賢い生き方だ。トータルで利を取れていれば、それは幾ばくかを失ったとしても損ではないし、負けでもない。ランファの意見にはヴィンセントも概ね賛成である、全ての勝負事は最後に負けていなければいい、この思考は彼が常々念頭に置いている事だからだ。


 ……しかし、である。


 ヴィンセントはやはり一言も発さずに、ランファと正対しまま歩き続けるだけ。いや発する意味がそもそも存在しない。

 この女はこれから死ぬ、もう殺すのだ。感想もなく感情もなく、ただ無慈悲に銃爪を落としてズタも同然の肉塊に変えるともう決めている。だのに、何故これから死ぬ奴と会話なんぞしなければならない? 無駄にも程があるだろう。


 あくまでもヴィンセントは無言を貫いていたが、しかし、ランファはその山羊のように横に細くなった黒目をくしゃりと歪めて笑みを浮かべた。


「……ただ私ショックよ、そのさっき顔しなかた(・・・・)甘く見る証拠ね。さきに本気なてれば、さくりと終わらせてあげたのにね」


 屋根を支える鉄骨むき出しの柱がヴィンセントの視界を一瞬遮ぎると、次の瞬間にはランファの姿が忽然と消えていた。忍者の格好に恥じない隠密であるが、彼は動じずに索敵に移る。

放置された工場(こうば)には材木加工用の機械が多く残っており遮蔽物が豊富で、不意打ちを得意とするであろうランファの側に有利な場所であるが、だからどうした。


 確かに遮蔽物によって死角が増えるのは問題である、しかしだ、ヴィンセントにとって重要なのは遮蔽物の数よりも交戦距離だった。確認した限りランファの得物は刃物、飛び道具といってもクナイを投げるのが精々で射程距離は短い、つまりどうやっても最後には至近距離での戦いになるのだが、銃の射程を殺せる程の狭さは此所にはない、路地裏でやり合ったときの方がまだ狭いくらいだ。


 とはいえ油断など出来るはずがない。距離を保てれば有利だが、逆を言えば踏み込めればランファに有利となるのだから当然だ。特に物陰や角をクリアリングするときは注意しなければならない。


 ……と、遠くから銃声が聞こえてきた。あれはレオナが持って行った散弾銃(レミントン)か。


「――余所見する、素人よ」


 嘯くランファ。クナイを手にして躍り出たその影を、ヴィンセントはだが見逃さない。ところが、即応し銃を向けても、刹那によぎった不信感に銃爪までは絞らなかった。一度は影に潜んでおいて、この強襲はあまりに稚拙すぎやしないか?


 って事は裏がある。

 突撃してくるランファに背を向け振り返れば、そこにも走り込んでくる彼女の姿があった。

やはりこっちが本命――


 そう思わせるのがランファの策だった。触手に無数に付いている吸盤を駆使すれば、どこへだろうと移動可能なのだ。しかも平面での陽動をかけた上で頭上からの奇襲を躱せるはずがない。音もなく鉄骨を昇り、ヴィンセントの脳天めがけてクナイを突き立てるべく飛びかかっていた。


 重力に任せて落下するランファは静かな確信を得ていた。銃を構えて(デコイ)を狙っているヴィンセントはまだ反応さえ出来ていない、例えこれから上を見たとしても的が脳天から額に変わるだけのことで、頭蓋を貫くためにランファは力を込めてクナイを支えた。


 しかしだ、刃先は目標を外しコンクリートを穿つ事になる。

 ステルス機に背後を取られた様な危機感を敏感に察知したヴィンセントは、その感覚だけを信じて前方へと跳び避けていた。それは賭にも近い回避行動だったが、それ故に見返りも大きい。


 即座上体を立て直すと同時にセレクターをセミからオートに切り替える

 上がる銃口、重なる照準

 ランファはまだ体勢不安定

 撃ち込め!


 5.7㎜弾の薙ぎ撃ちは人間相手なら間に合った。なのにランファときたらどうだ、足がもたつくと判断するや、触手で地面を掴んで、まるで蛙のように遮蔽物の影に飛び込んだのだ。


 ――今のは危なかった


 冷や汗一滴、ヴィンセントは思う。

 間一髪で躱しこそしたが、刃物が掠めた感触が髪に残っている。気配無き殺気を知っていなければ、気がつく間もなく殺られていた。ふざけた格好をしているが、その実力はまったく油断ならない。きっちりカタを付けなければ後が面倒だ。


 さて、どう仕留めるか。

 ヴィンセントは、チラと視線を突撃銃の上部レールに落とし残弾を確かめる。P90と同型のスケルトンマガジンは有り難い物で、あと三十発以上残っているのが目視できた。これならばまだ再装填は不要、このまま追撃に移れる。


 一つ蹴られた薬莢。

 ちりちりと転がる真鍮の音を聞きながら、物陰で息を殺すランファは思う。


 ――あの男はどうかしている(・・・・・・)


 裏社会に身を置く者は大なり小なりどこかおかしい、それ故に社会に適合出来なかった人間ばかりが集まるのだ。倫理観が歪んでいたり、死生観が歪んでいたり壊れ具合は様々だが、その中でもヴィンセントの壊れ方はかなり異質に思えた。命知らずや無鉄砲、そういう輩とも大勢戦ってきたランファだからこそ分かる事だ。刹那の攻防時に見せたあの眼、暗く濁った死人のような眼光には、いっそ死体そのものであるかのような印象を抱く。


 死を恐れないと豪語する者でも、その瞳には力がある。敵を倒し生き残る、或いはくだらない撃合いで死ぬも本望と受け入れた、嬉々とした輝き。または今際の際に臆病風に吹かれる者が大抵なのだが、ヴィンセントのそれは、どの例にも当てはまらないのだ。


 とっくに死んでいる、だから恐れはおろか感情さえない。怒りも、喜びも、恨みも辛みもだ。死体が銃を抱えて死体を撃ちに来ている、そう考えるのが妥当だろう。

 空き缶や路傍の石にも似た安い(ロウライフ)――、ランファは引き締まった口元を上機嫌につり上げて、闇の中に姿を隠しながら、索敵している足音を追った。


 襲撃というのは基本的に待ち伏せが有利だ、遮蔽物が多く在り見通しの悪い室内ともなれば尚更であるが、ヴィンセントは前進を止めない。慎重かつ厳重に警戒しながらだが足は前へと出し続けていた。進むだけ不利になるのは百も承知、しかしランファに鉛のピアスをプレゼントするにはこうする他ない。奴が正面から仕掛けてくる事はまずあり得ないからだ、ならば見つけ出して撃ち込むか、誘いに乗るしか――


 キシリ――


 ブーツの底に感じる抵抗。ヴィンセントが踏んだワイヤーがきっかけとなり、物陰に仕掛けられていた刃物が襲いかかり、彼の上着を裂いた。浅く皮膚を裂かれただけで致命には遠い。なにより幸いだったのは爆発物じゃなかった事と、予想通りランファが姿を現した事だ。

 ただこの場での迎撃は厳しく、威嚇射撃と制圧射撃を組み合わせてランファの攻撃を押さえ込むと、ヴィンセントは二階へと逃れた。上からの射点確保と遮蔽物の少ない開けた場所、やり合うならこっちの方がいい。


「とてもしぶといね、お兄さん。首落とすこんなに大変するの久しぶりよ」

「……俺の首取りたきゃメイトリクス大佐でも連れてくるこった」


 何処からか聞こえるランファの楽しげな声に応じながら、ヴィンセントは階段に照準を合わせて陣取ったが背筋に走る悪寒を感じる。

 今度の声はすぐ近く、しかも背後からだった。


「――そう? でも私でも取れるできそうよ?」


 ランファは階段など使わずとも二階に上がれるのだ、行動を先読みした彼女はすでにヴィンセントの背後を取っている。


 なんとかヴィンセントは初撃を皮一枚で躱したものの近づかれすぎていた。

 ランファが振るう二刀のクナイに対して、彼は突撃銃の打突と銃弾を駆使して対抗するが、ここまで肉薄されては距離を離すのさえ至難。ランファの斬撃を銃身で受け止め、銃床で反撃するが容易くいなされるばかり、その上――


「槍兵も内側入るされたら刀に負けるます、鉄砲持てたら勝つ考え、あまい言いましたね」


 ランファはタコとしての長所を活かしてきた。短い刃物での戦いを続けているだけあって、やはり銃への対処は的確で、ヴィンセントが向けた銃口を、クナイを使って跳ね上げると触手を使って絡め取り、器用に素早く弾倉まで取り外しやがった。


 こうなっては銃としての攻撃能力はゼロだが、弾を撃ち出せなくなった銃にあっさりと見切りを付けたヴィンセントの右手はホルスターの拳銃を掴み、抜き撃ちで反撃を行った。


 コンパクトな構えから、バ、バン! と二発。


 ところがランファの反応もよく、彼女はその二発共を躱してみせると、大きく距離を取って木箱の裏に身を隠した。がむしゃらに突っ込んでくる猪よりも、不利とみるや退がるコヨーテの方が相手に回すと厄介だ。おまけに退き際にクナイを投げてくる周到さ、太腿に食い込んだ刃の感触にヴィンセントは奥歯を噛みしめていて、そしてこの好機(ピンチ)をランファが逃すはずがなかった。


 木箱の上に彼女が現れる

 ヴィンセントはそれを撃った

 だが、確かに胴体に着弾したはずなのにランファは動じずに立っていて、遅れて響いた着弾音は堅い金属音だった


 動揺を楽しむかのようにランファは微笑んでいる、だが、そいつはとんだ勘違いだ。


「……お宅の手品、もうタネは割れてるぜ」

「おうお兄さん、強がる大事けど、ハタリ(・・・)は堂々言うしないとだめね。でもお兄さん見破る驚くないね、口だけ達者、私とっくに斬ってるます。けど見破ると勝つは話が別ね」

「…………それで?」

「驚く、もう一回してもらうよ」


 ランファがそう宣言するや、木箱の影から大勢にランファが姿を現しヴィンセントへと襲いかかる。飛びかかる奴、走り込んでくる奴、様々な方向から仕掛けてきているが、ヴィンセントはしかし、動じない。


 数秒の間に人は増えたりしない、まずこれが絶対だ。とすれば見えている物は(デコイ)にすぎない。向かってくる二十からのランファの姿は、放られた小型立体映像装置が映している偽物、弾が当たる本物はあの中の一つで、見破る手段はヴィンセントの腰に提がっていた。


 立体映像は現実さながらのクオリティを持っているが、どうしても似せられない部分があり、その差異さえ見つければいい。空間に投影された立体映像には影が出来ないのだ、問題はどうやって暗い倉庫内で光源を作り出すかだが、夜襲をかけるのにタックライトを忘れてくるはずがないだろう。


 左手でライトを掴んだヴィンセントは素早く横薙ぎにランファ(・・・・)を照らした。いや、もう複数形のSは必要ない、本物は左から五番目。

 頭から真っ直ぐ突っ込んでくる様はいい的でしかない。

 いくら低く走り込もうが距離があれば撃ち込めるので、ヴィンセントは迷う事無く銃爪を絞り、ランファの頭に一発食らわせた。


 ……だが、どういうことだ。


 頭に喰らわせたのに、まだランファは走り込んでくる。

「――ッ⁈」


 弾は当たっていた。

 その証拠にランファの頭から生えている触手の一部がちぎれ飛んでいるのだが、この触手が弾を止めていたのである。触手とはつまり全てが痛覚のない筋肉で出来ていて、撃ち込まれる場所さえ分かっていれば、一点に集めて盾が代わりにする事さえ可能、撃たれる準備さえしていれば着弾の衝撃にも耐えられ、そして弾が脳にまで届かなければクナイが届く距離まで詰められる。


 一瞬の動揺と噛みしめた覚悟が二人の距離を殺す。


 ――見事にやられた


 拳銃の射程距離、その内側にヴィンセントは潜り込まれてしまった。


「当てればおしまいそれ油断ね、策たくさんしても最後に物言うはこれ力よ」


 脇腹に深く刺さるランファの一撃

 ヴィンセント手からは拳銃が滑り落ちた


 クナイに返る肉の感触、急所めがけて突き立てた刃から滴る血がランファの手を紅く染め、脱力したヴィンセントがぐりゃりと彼女にもたれかかり、そのままずるりと倒れはしない(・・・・・・)。

 彼はランファの脇の下から触手を思い切り掴み、逃さぬように腕を固めた。


「浅かった――⁈」

「心臓刺したらしまいと思うのがナイフ使いの甘いトコだ」


 クナイは確かにヴィンセントの左胸の高さに刺さっている、ただ刃先が貫いたのは鼓動を刻む心臓ではなく固めた彼の左拳だ。銃撃が間に合わないと悟るや、ヴィンセントは持っていたライトを放して、一撃で決められる急所の防御に当てていたのである。


 ただ、左手を犠牲にして右手はランファを拘束する役目を負ってしまっていては、先の攻撃も防御もままならないのは自明、そしてランファがそこにつけ込まないはずがない。彼女にはクナイを手放した右手と、うねる触手が攻め手として残されているのだから。

 ぬるりと伸びる触手がヴィンセントの首を締めにかかった。


「掴む上手くいっても、銃落とすは失敗よ。捕まえた私の方ね」


 ――そいつはどうかな?


 手も足も出ない状態にまで追い詰められながらも、ヴィンセントにはだが、やはり一切の感情がない。自分の命を的にして獲物に食いつかせた、そしたら後は最後の一手を打つのみである。銃をなくし、近接戦に望みはなし、しかしまだ彼には武器がある。


 重力という名の武器がある。

 ランファの腹に膝蹴り一発、その怯んだ一瞬をついてヴィンセントは諸共手すりを超えた、下は吹き抜け、頭から地面に叩きつけてやればタコでも無事には済まないだろう。



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