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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse Vampire noney
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Vampire money 4


 長い時間、そして長い距離を移動させられた。


 奇妙な歌のようにがなり散らされる耳慣れない言語、手を縛られ目隠しのために頭巾を被されたエリサは、視界を覆う暗闇と同様の恐怖に負けじと、両の手を固く合わせて祈っていた。

 恐くない筈がない。白昼に襲われ、バンに詰め込まれ、話しかけても言葉は通じず、罵声にも似た異言語が飛び交う中で、どうして平静を保てるだろうか。


 少しでも気を緩めれば涙が浮かんでくる、けれどエリサは嗚咽の一つさえ漏らさなかった。

 やがてバンが停まり、乱暴に歩かされる。頭巾を取られた時にエリサが見たのは、埃だらけの大きな部屋で、彼女の他にも二十数名の人達が捕らえられていた。獣人も人間も同じ部屋に入れられていたが、その誰もが女性で、そして誰もが酷く疲れているようだった。


「ここはどこなの?」とエリサが問う。


 しかし返事は一つも無かった。皆一様に怯えた表情で身体を丸め、自分自身を守るので精一杯のようだった。室内に充満している閉塞感は、窓が塞がれているからではない、全員からしみ出している恐怖と絶望が、呼吸するたびに細胞の奥深くまで犯してくるのだ。


 沈黙は猛毒となり得る。エリサはそのことを知ってか知らずか、とにかく言葉を絞り出して、他の人達に話しかけ続けた。だが、自由なお喋りなど見張りが許すはずがなく、片言で『ダマレ』と怒鳴られた、平手打ちのおまけ付きで――。


『スワレ、ダマレ!』

「…………」


 従うほかに、エリサには選択肢がなかった。銃口を向けられては非力な子供が逆らうすべはない。けれど9ミリの暗い孔を覗きながらも、真っ直ぐに相手を見上げられるのが、彼女の強さなのである。


 曇り無き碧眼、その瞳で見つめられた悪党は、そこに映る自身の醜さに苛立ちを覚えエリサを殴るか、目を背ける。今回は後者の方だった。見張りの中国人が中国語で何事かを吐き捨てると部屋から出て行くと、またも重苦しい沈黙が室内を支配した。

 言葉にせずともきっと皆察しているのだ、これから後に訪れる出来事を。だからこそエリサは思う、ここにいては絶対にいけないと。


「……ここがどこか、わかる人いないの?」


 声を潜めて、エリサは再び尋ねた。逃げるにしても助けを呼ぶにしても、場所がわからない事にはどうしようないと、彼女はすぐに気づいていた。ヴィンセントやレオナに教えられた事の一つである。不測の事態に陥った際には、まずは落ち着いて現状を把握する事から始めろと。慌てふためいていたって解決などしないと、冗談めかした便利屋の教えは着実に少女に根付いていた。


「ねえ、だれか――」

「黙っててよ、連中がくるでしょ」


 同じく押し殺した声で話しかけてきた女性の横に、エリサはいそいそと腰を下ろした。


「ごめんなさいなの。でも、何かしないと……」

「あんたみたいな子供に何が出来るのよ? 静かにしてなさい、また打たれるわよ」


 もっともな意見であるが、それよりもエリサは彼女の顔に見覚えがあった。ニュースで何度か見かけた、行方不明者の顔写真である。確か名前は……


「リーさん、なの?」

「――ッ⁈ どうして私の名前を知ってるのよ」

「ニュースで見たの、ゆくえふめいだって言ってたの」


 エリサがそう囁くと、リーは小さくだが安堵したような息を漏らした。誘拐されてから外部の情報が遮断されていた彼女に取っては、捜索が行われているという情報だけでもありがたいのである。


「警察は? もうすぐ助けに来てくれるのよね?」

「わからないの」


 そう信じたいのはエリサも同じだったけれど、待っているだけで無事に帰れるとはとても思えないのは、彼女が特殊な環境で生活してるからだろう。絶対にヴィンセント達が探してくれている、確信を持ってエリサは信じていたが、その反面で、ただ待ち続ける事の危険さも感じ取っていた。


「――エリサわからないの。だからね、ここがどこなのか知りたいの」

「市内からは離れてるんじゃない? 私にだって見当付かないよ」

「ゼロドームって森あるよね? なんだかね、木のにおいがする気がするの」

「ええ、北側の一部は森林地区になってるけど」


 ――ガシャン!


 部屋の外から口論が漏れ聞こえてきて、その物音にリーは怯えて肩を竦めた。

 だが、エリサは彼女の肩をそっと叩いて顔を上げてもらうと、静かに耳打ちするのだった。

「……あの人達のはなしてることわかるの?」と――




 彼らが商品(・・)にもお構いなしに声を荒げていたのは短慮なのもあるが、誰も中国語を解さないと考えていたからだ。ケータイを取り上げていれば自動翻訳も出来ず、意味など掴みようもない。


「宇宙港までの護衛をしねえだと⁈ 用心棒だろうテメェ等!」

「私たちの雇い主は赤龍の幹部で、命は此所を死守する事。下っ端の諸兄では話になりません」


 飛び散らされる怒声と唾に煩わしそうな眼差しを送りながら、ランファは頭から生えている触手をうねらせる。英語こそ苦手な彼女であるが、母国語ならば彼女の外見に沿った丁寧な口調で応じる事が出来ていた。


「予備の策についてはボスから聞いてるだろうが。エル・ファミリアとの戦争に乗じて賞金稼ぎ共が乗り込んでくるって噂もある。そうなったら商品を黄河号に積んで、ドームから出さなきゃならねえんだぞ。道中で襲撃されたらどうする気だ」

「私たちを動かしたいのであれば、幹部の方々に意見してください。重ねて言いますが私たちが受けた命はこの場の死守、其れ一点のみなので」

「言われた事しか出来ねえのか? 頭の中身もタコ並みか、クソッタレめ。仮装行列を雇ったボス達の気が知れねえぜ」

「まずは言われた事をするのが仕事でしょうに」


 指示をこなせず頼るなと、ランファは無表情の中に軽蔑を込めて言った。ましてや自分の無能を棚上げにして押しつけるなど恥を知れと言わんばかりである。


「……調子に乗るなよタコ女、用心棒風情が」

「その気概を生かせれば自身で解決できますね。私や彼の手助けは無用なはずです、怯えて吼える前に課せられた仕事をすればよろしいかと」


 淡々と正論を並べるとランファは持ち場に戻れと追い払われた。持ち場と言っても大した場所じゃあない、詰まるところは門番であり、そこでは侍が口を噤んで務めを果たしている。


「はぁ……馬鹿正直ね……」


 シュールな絵図であろう、金髪ジーンズ履きの侍が着物を羽織って門番に立っているのは。ランファが独りごちるのも無理はない。


「足に根っこでも生えたか? ずっと立ちっぱなしよ」

「番を任された拙者の責務だ、何人たりとも通すわけには行かぬでござろう、ランファ殿」

「そんな所に立ってたら看板ね、怪しい事してます言う警告板と同じよバカチン。見張りが的になってどうするね」

「隠れるのは性に合わぬ故」


 ランファは頭を抱えた。


 腕は立つのにこの男、どうにも融通が利かない上に少しばかり頭が悪いのである。ただまぁ、悪い人間ではない。そんな迷い犬のような性質であるが故にだろうか、放っておいてもまぁ生き抜けるとは思うのだが、目を離したらふらりとどこかで死んでしまいそうな、そんな気配を持っているから、彼女は気を揉んでばかりだった。


「私も戦う好きだけど面倒はごめんよ、自分から敵呼ぶ必要ぜんぜん無いね。仕事だけしてお金もらう、充分よ」

「故にでござる、拙者は前しか見えぬゆえ此所にしか立てぬ」

「……門の横に立つのは番犬で充分、見張りは中からでも出来る。とにかく少しは隠れるね」


 すると侍は一歩下がって門の影に入った。


 ……確かに、少しは隠れたようだ。



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