Vampire money 3
「渡せないってのはどういう了見なんだ⁈ エェ雌猫ッ⁈」
急ぎ情報を求めるなら電話を鳴らす相手は自ずと絞られるが、必ずしもこちらの期待に応えてくれるとは限らない。だが、状況が状況だ、赤龍に攫われたエリサの事を思えば、車内だろうがお構いなしにレオナが声を荒げるのも当然だった。
が、冷静に対応しようと試みているルイーズしてみれば彼女の怒声は迷惑千万、専属契約中の賞金稼ぎとのミーティング中かかってきた執拗な着信連打に折れて、仕方なく席を立って電話を受けたにも関わらず、間髪入れず捲し立てられた上に耳元で怒鳴られては辟易もする、なにしろまだ何故逼迫しているのかも不明なままなのだから。
「……人の話を聞きたいなら、まず人の話を聞きなさいよ、レオナ。どの賞金首に関する情報も渡せないとこの間伝えたばかりでしょう?」
『中国人共のたまり場はどこかって訊いてンだよッ!』
文化的な態度を銃を撃つたびに落としているのだろう、レオナの一方的な要求は耳障り過ぎてルイーズはついに通話を終えようとしていた。
いや、ヴィンセントが替わらなければ本当に切っていた。
「どうしたの? いやに神妙ね、気味が悪いくらいだわ。けれど、無理な物は無理よ? どう頼まれたって情報は流せないわよ、私にも契約があるもの、いくら貴方達に頼まれたってねぇ」
『お前の事情は承知してる、その上でだ。頼まれてくれないか』
「……何かあったのね?」
無理や無茶には通せる物と通せない物があり、今回は後者だ。それを理解した上で尚、ヴィンセントが食い下がるというのは、相当に難儀な事態に置かれている証拠で、ルイーズの立てた予想は的中していた。「エリサが攫われた」そう聞かされた瞬間に、彼女の毛並みが逆立つ。
ビジネスに私情を挟むのは禁物、しかも大型契約の最中ともなれば軽率な行動はとれない。情報屋であるルイーズが扱うのは形のない商品であり、そこに大枚をはたく賞金稼ぎや便利屋がいるのは、地道に積み重ねてきた信用が土台にあるからだ。エリサのために横流しをすれば美談にはなろうが、情に流され契約を反故にしたと拡まれば損失は大きい、波打ち際の城が如くあっさりと信用は崩れるだろう。
扱う商品が現場の生命線であるからこそ時に非情な立ち振る舞いが求められるというのは、この家業を始めたときから理解していたことだったが、しかし……
「あぁもう……! アァもうッ…………!」
人としての正か、商売人としての正か。
倫理か家業か。
板挟みの二者択一にルイーズは頭を悩ませ、金髪を掻きむしった。
「貴方達が付いていながら、どうして誘拐なんて許したのよ」
『してやられた、言い訳のしようもねえ』
言葉少ない返事。奥歯を噛みしめているヴィンセントの顔が浮かび、相当に逼迫しているのが分かる。つまり、事を構えた相手は何をするか分からない危険な組織だろう。
「誰がエリサちゃんを攫ったのか見当は付いているのよね? 一口に華僑と言ってもゼロドームに根を張っている組織は幾つかあるわ、三合会に青幇――」
『赤龍、エリサを攫ってったのは赤龍の手下だ』
「なんでよりによって……」
ルイーズの眉間に皺が寄る。
赤龍が危険な組織であることも勿論ある。臓器密売ビジネスで儲けている事も、さらにそのビジネスを巡り抗争が始まっていることも、彼女が眉根を寄せた理由であるがしかし、最たる理由ではない。ルイーズにとってなによりも歯がゆいのは、契約中の賞金稼ぎが追っている組織がその赤龍であることだ。
最悪のかち合い方である。
「ルイーズさん?」
心配してか怪しんでか、賞金稼ぎの担当者が会議室から様子を見に来た。
「……何か緊急事態でしょうか」
「いいえ、至極個人的な案件ですわ。ごめんなさいねぇ、中座してしまって。すぐに戻りますので少々お待ちいただけます?」
「そうですか。何しろ大捕物の直前ですからね、懸賞金レースも大詰めになってきましたし、慎重になってしまいます(・・・・・・・・・・・)」
「ええ勿論、私としてもあなた方に活躍して頂きたいと思っていますわァ」
微笑を浮かべて担当者の背中が会議室に戻るのを見送ると、ルイーズはすぐさま通話に戻り、奥歯を噛んだ。
「……今聞いた通りよ、私からは何も言えないわ」
『結局金かい、銭ゲバの雌猫めッ!』
感情任せに罵るレオナであるが、その言葉はぐさりとルイーズに突き刺さる。友人の窮地であっても契約に縛られ手が出せないもどかしさは、彼女が誰よりも感じているのだから。
「あのねぇ、私だってエリサちゃんが心配だし、あの子の無事を貴方達と同じくらい願っているわよ。けれど、どうしようもないのよ、私だって自分の仕事で手一杯なんだから」
契約による拘束がなければ、無論エリサ救出のために手を貸すだろう。しかし、それでも力になり得るかは怪しい部分がある。なにしろ時間がなさ過ぎるのだ、赤龍の拠点の多くはチャイナタウンに存在しているが、あそこはまるでジャングルの深くに眠る密村さながらで、ルイーズの情報収集能力を持ってしても、探れない事の方が多いくらいだ。そんな中で、早急にエリサを探し出すのは困難を極める。
今回の場合、一番ネックとなるのは情報収集の難度よりも猶予の少なさだ。
だが一つだけ、ルイーズには心当たりがあった。小さな小さな可能性ではあるが、少なくとも現状の自分よりは、確実かつ迅速に、必要な情報を知ることが出来るだろう。
「ヴィンス、聞いている?」
『あぁ、ぼんやりしてる時間はねえからな』
「重ねて言うけれど、私からは赤龍に関する情報は出せないわ、ごめんなさいね?」
『仕事は仕事、レオナの言い分が大人げないだけだ、気にするな』
「ありがとう。……ただ、貴方に協力してくれるかもしれない人物になら一人だけ、心当たりがあるわ。『蛇の道は蛇』、私じゃあ話を引き出すのも苦労するけれど、貴方なら何とかなるかも……」
しばしの沈黙が返ると、ヴィンセントは苦虫を噛むような声で「あいつか」と言った。思い当たる節があっても、そしてそれが唯一かつ最善の策であったとしても、推奨されるかどうかは別の話だ。
『感謝する、ルイーズ』
「その台詞はエリサちゃんを取り戻してから聞かせて頂戴、二人とも幸運を」
『俺等に運は必要ねえさ、じゃあな』
通話の終えたケータイを仕舞い、ルイーズは窓からまだ陽の高いゼロドームの喧騒を臨む。善き友人達にすべからく幸運が訪れる事を願いながら――。




