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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse Vampire noney
239/304

Vampire money 2



 子供で在りながら観察眼を持った人々と生活を共にしている事もあり、エリサの人を見る目は中々に鋭く、何気ない日常に潜む違和感にも敏感に反応するようになっていた。分かり易い例を挙げれば、真夏日にもかかわらずロングコートを羽織っている人は何かを服の下に隠している場合があるとか、そんなところだ。


 エリサが感じ取る差異はヴィンセント達に教えられた事でもあるが、例えその話がなかったとしても、風変わりな服装をした人物には目を引かれるというものだ。



 ジーンズの上に着物を着て、腰に刀を差した金髪の男



 ボールを拾ってくれた人物についてエリサは見たままを楽しそうに語ったが、途端に険しい表情になったヴィンセント達に戸惑うことになる。

 公園でコスプレイベントをやってないなら問題だ。和やかな雰囲気はたやすく吹き飛び、突然日が落ちるように殺伐とした気配が漂い始めた。


「えっ……⁈ ヴィンス、レオナ、どうしたの……? かおがこわいの……」

「ヤマダ、エリサの世話を頼めるか」


 投げ渡される車の鍵。

 受け取るヤマダも、自然と顔が引き締まっていた。一週間近く現場で動く便利屋に張り付いていれば弁えるし、察することも増える。懐の銃を確かめるヴィンセントとレオナの眼差しからして、明らかに彼の手に余る危険が待ち構えていることが分かる。


「車に戻って待っててくれ、いいか?」

「ええ勿論」

「エリサ、ヤマダの言うこと聞くんだぞ」

「うんなの。あのね、ヴィンス、レオナ、気をつけてなの」

「なぁにすぐ戻るさエリサ。――行くよ、ヴィンセント」


 人目を気にして得物は抜いてこそいないが、香る気配は鉄火場のそれ。何処かへと消えたサムライの臭いを追いながらヴィンセント達は公園を抜けて、ビルの谷間に蜘蛛の巣のように張り巡らされた路地へと向かう。


「……どう思う、レオナ」

「誘ってやがる。逃げる気のない鬼ごっこさね。上等だよ、ブチ殺してやる」

「俺が気になってるのは、用心棒のサムライが現れた理由の方だ」


 二度にわたってやりあったのはエル・ファミリアの方で、赤龍とはぶつかっていないし関与も知られていないはずだ。仮にホテルでの撃合いに参加していたのが知られていたとしても、中国人には一発たりとも撃っちゃいない。


「面倒な事になるのはしょっちゅうだが、今回は特に面倒かもな」

「知ったことかよ、ぶち込もうとしてくるなら誰だろうが相手になってやるさ」

「ほとぼり冷めるまで金星から離れるのも手かもって話だ」

「逃げうつってのは趣味じゃないね」

「そりゃ捉え方の問題だな、こう考えろ戦略的撤退だ」


 戦って散ったんじゃ意味がない。勝ち続けるってのは難しいものであり、大切なのは退くべき時に退くこと、それが出来ないと取り返しの付かない負けを喫することになる。ポーカーで借金かさむのと同じ理由だが、この提案をレオナがすんなり呑まないのは分かりきっていた。『負け犬の考えだ』とはね付けられてもヴィンセントに驚きはない。


 まるで銃弾。レオナと組んで撃合いに望むたびに思うが、これが彼女の生き方なのだ。弾かれた弾頭が止まれないように、遮二無二突っ込む気性、命の重さは鉛の弾丸と等価だと考えているのだろう。


 ――否定はしない。自分の命だ、重さは自分で決めりゃあいいさ。


 大きな通りを二つ超え、路地を三ブロックは進んだろうか。一つの曲がり角で、レオナが旗と足を止めた。


 この先に誰かいる。

 レオナの合図に合せてヴィンセントが角を曲がると、そこには確かに男が立っていた。三百年分の和洋が混ざったサムライ然とした服装で、左手を刀の鞘に添えながら。


「俺たちに何か用事か、サムライジャック」

「金髪のサムライ? 馬鹿馬鹿しい、安物のおもちゃみたいだ」

「お初にお目にかかる。拙者、宇宙を流離う浪人である。縁もゆかりも遺恨もないが、主等の悪行は見逃せぬ。神妙に縛に就くならよし、手向かうならば覚悟を以て来るがよい、悪辣の徒にかける慈悲は生憎と持ち合わせておらぬでな。あいや、失礼。名乗り遅れた、自らを切った男の名を知らずに逝くのは無念であるな、拙者の名は――」


 ――ズドン!


 長ったらしい名乗り口上には飽き飽きしていたレオナが雷吼を発砲。

 あらゆる言語よりも有効な手段で図った異文化コミュニケーションが髷をかすめても、サムライは顔色一つ変えずにいやがる。


「テメェが埋まンのは無縁墓地、名前なんざいらねえってのさ。当たり所がよけりゃアンタが棺桶に入る前にアタシはハッピーになれるだろうよ」

「なればよし――」


 剣士の戦い方など専門外であるヴィンセントでも、相手の身のこなしからかなりの使い手であることくらいは想像できた。サムライが居合抜きのために腰を沈める動作の合間に銃を撃つことだって可能だったのに、彼は動けずにいた。


 鞘を握った左手、柄に伸びる右手。あらゆる動作がゆっくりと行われているにも関わらずだ。

 相手が準備を終える前に叩く。先手必勝は戦いの基本で、そこらのチンピラ相手ならば十二分に通じる必勝法であるが、この相手、サムライ相手には迂闊な攻め手が首を絞めるだろうと感じ取っていた。


 ――何かがある。


 それは直感に過ぎなかったが、この場に勝機を見いだしていなければ、遮蔽物のない、細く伸びた路地で銃を持った二人を相手に対峙しようとは考えないはずだ。


 ヴィンセントの方が前に出ているので、レオナよりもサムライに近い場所に立っているが、それでも彼我の距離は十メートルはある。仮に同時に動いたとしても、奴が刀を抜く前に二発は撃ち込める上、レオナは既に銃を抜いている状態だ。だのに、あの落ち着きはらった構えと呼吸がどうにも不気味に思える。


 と、サムライが仕掛けた。

 その抜刀、神速。

 だがサムライが刀を抜くと同時に、ヴィンセントの身体が後ろへと引かれる(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。レオナが首根っこを引っ掴み下がらせたのだ。そうでもしなきゃ、傷口は頬皮一枚じゃ済まなかったろう。


 サムライはあの場から動いていないのに何故切られた?


 薄皮とはいえ頬を裂かれたヴィンセントには浮かぶ疑問もあるところだが、それよりもまず対処しなけりゃならないことがあった。絶好の潮を狙ってレオナの背後を奇襲してきた影に、ヴィンセントは二挺拳銃で応じ、発砲。しかし奇襲こそ防いだものの命中弾はなかった。これまたどういう原理かしらないが、飛びかかってきたその影は空中で横へと動いて弾を避けたのだ。


「アイヤー、掻き取れる思てたのに」


 音もなく着地するや中国なまりで楽しげにそう言った女は、これまた冗談みたいな身なりをしてやがった。サムライだけでも腹一杯だってのに、笑えねえジョークで吐き気を催しそうである。


 向こうも二人組だったのはいい、それに女だったことも、髪に代わって頭から生えてる触手をうねらすタコの獣人だってのも大した問題じゃあない。ヴィンセントが目を疑ったのは、そのタコ女が忍者の服装をしている点だ。


「気取られる久しぶりよ、お兄さん、結構ヤルね」

「見え透いた罠だ、バレバレだぜ。忍者にしちゃあ安っぽい仕掛けを打ったもんだな」


 薄ら笑い浮かべて答えるヴィンセントだが、レオナに引っ張られた際に視界の端に影を捉えられたのがよかった、迎撃できたのは運に寄るところが大きい。


「強がりは冷や汗隠してからにするね、頭の先からずっぽりハマっても説得力ナイよ」

「ハッ! 強がってんのはどっちかねぇ?」


 照準をサムライに合わせたままで、レオナは背後の女忍者にも睨みを効かせていた。ニタリとゆがんだ女忍者の、あの口元が気に入らないと。


「なにか面白いことあるか、人虎(レンフー)?」

「そりゃあ愉快さね。前後挟んだだけで勝ったつもりたァ笑えるじゃあないか、えぇタコ女」

「おう、口悪い虎ね。首落とす前に舌切ってやるよ」

「油断めさるなランファ殿――」


 得物の刃が如く剣呑にサムライが口を開いた。先程抜刀したはずなのに、奴の刀はいつの間にやら鞘に収まり、再び居合抜きの形を取っていた。


「――これまでに相まみえた雑兵とはひと味違う。此奴等、かなりの手練れでござるぞ」

「手加減するから避けられるね、バカチン。油断してる、あんたの方よ」


 挟撃の状態だからか、サムライ達はよく喋る。まったく嘗められたものだが、そんなヴィンセントの思考を見透かしたかのように、女忍者が言い放つ。


「銃持てれば勝てる、みんなそう思ってるけど甘イね。当たらない、意味ない。ペンが剣より強いと同じね、剣は銃より強いよ」

「その言葉を言った奴は自動小銃を見たことがないんだろう、これはダグラス・マッカーサーの言葉だ。同感だね、お宅等はいままで銃を持った拳銃遣い(・・・・・・・・・)と闘り合ってこなかっただけだ」

「自信すごい。口だけ違うこと祈るよ、大口叩くは大した事ないから」


 ……だ、そうだ。


 ヴィンセントは軽く首を鳴らすと、背中合わせで立っているレオナを肘で小突いて合図を出した。彼女の方も準備は万端、揺らした尻尾で合図を返せば前後同時に火蓋が落ちる。


 レオナが撃ち

 サムライが抜刀


 銃対刀、数世紀前から序列の決まっている武器の争いは、だがその進化に逆らっていた。拳銃としては破格の威力を有する500.S&Wの弾頭が、真っ二つになって地面で跳ねた。


 その、自らの背後で行われる死合の刹那を感じつつも、ヴィンセントは眼前の忍者に対応すべく腕と身を丸めて急所をかばっていた。ランファの投げ放ったクナイが彼の身体に突き刺さるが、どれも致命にはほど遠く、痛みをかみ殺せば反撃に移る。


 しかし、壁を蹴って動き回るランファに5.7ミリの連射を浴びせても、こうも至近距離で激しく動かれたんじゃ当てるのは至難。数瞬の攻防の末に頭上を飛び越え、サムライの側へと着地した彼女には傷の一つも負わせられなかった。


「チィッ…………!」

「最初のはマグレね、お兄さん? 期待外れよ」


 そう勝ち誇るのはいいが、わざわざ距離を取ってサムライと横並びになるのは愚策である。撃ってくれと言わんばかりの的に向かって躊躇する程、ヴィンセントもレオナも甘くない。


 当然、撃った。

 即座に、迷わず。


 しかしやはり、というか何故か弾はサムライにまで届かず、まるで透明な刃に切り伏せられたかのように、二つに割れて悔しげに跳ねるのだった。


「何だと……」

「全ての狙いが正確極まる。(とら)(ひと)よ、御主はやはりただ者ではないようだ。拙者の剣を振るうに相応しい相手やもしれぬ」


 ぱちりと三度刀を納めるサムライは、無表情ながら言葉の端々に喜びをにじませている。ところが、ランファの方はそうでもない。耳に付けている無線機に触れた彼女はむしろ残念そうであった。


「でもお仕事ここまでね、私たちも退くよ。よろしいね?」

「む、もう時間でござるか? 決着付かずは口惜しいが致し方ないな」

「「逃がすかよ、ド阿呆!」」


 一方的に手傷負わされて、はいそうですかサヨナラと行かせるわけにはいかない。何が何でもこの場でケリを付けてやらなければ気が済まず、銃爪にかけた指先力を込めるヴィンセント達であるが、やおら眼前に白煙が立ち上り視界を塞がれてしまった。退き際にランファが地面に叩きつけたのは、彼女が懐に忍ばせていた煙玉である。


「クソが! また逃げようってのか⁈」

「追うな、レオナッ!」

「アンタはここにいな、アタシが仕留める!」


 レオナにもとっくに分かっていた。この煙玉のおかげであるが、昨晩、ホテルで医者を攫っていったのはあの女忍者である。二日続けて赤っ恥掻かされたとなれば尚のこと、ぶち殺さなけりゃ気が済まないと、彼女はより勇むのだが、肩に刺さったクナイを引き抜くヴィンセントは一転して冷静に諭す。


「駄目だレオナ、追うな。奴らの言葉を思い出せよ、『時間』がどうこう言ってやがったろ。時間稼ぎだ、俺等を引きつけたのは。イヤな予感がする、船に戻るぞ」



 怒りに奥歯噛みしめているレオナが納得するまで少しかかったが、二人は急いでアルバトロス号へと戻るべく、駐車場へととって返した。サムライ共が来たって事は、裏で糸引いてるのは赤龍の連中だ、最悪、船が燃えていても不思議じゃない。


 しかし、ヴィンセントは自分が思っていたよりも、事態はより早く、そしてより深刻な状況に陥っていると知った。公園の駐車場に出来た人だかりを見て、背筋が寒くなる。

 レオナに掻き分けさせてその内側へと入れば、顔中血塗れになったヤマダが通行人に介抱されていた。酷く殴られたのか、鼻が折れている。


「平気か、ヤマダ⁈ 何があった、エリサは⁈」

「……すいません」


 彼は謝り、痛みに呻きながら、もごもごと起きたことを伝える。


「エリサさんは、攫われました……、よく分からない言葉を話す、アジア系の人達に……。私も、抵抗、したんですけどこの通りです、ははは……」

「無茶したな、殺されなくて良かった。……ヤマダ、あんたは病院へ」

「お二人は……?」


 怪我をおして、そう尋ねたヤマダを介抱してくれていた人間に預けると、ヴィンセント達は黙って車に乗り込んだ。ハンドル握るレオナ、それに後部座席で応急処置をしているヴィンセントも、口を開こうとはしなかった。その必要がないからだ。


 ――どうするか? そんなこと決まっている。


 連中はボタンを押しちまった。

 大国同士が世界を二分した冷戦時代にさえ押されなかった禁断のボタンを、奴らは押しちまったんだ。ミサイルサイロの隔壁は地獄門と同義であり、一度開け放ったのなら最後、死と災厄が誰彼構わず降りかかる。


 怒れる悪魔を鎮めるには、血の雨を降らせるしかないのである。



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