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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verse Scars of yesterday
235/304

Scars of yesterday 6


 街の外縁に沿った環状道路、その周辺にはくたびれたブランケットみたいなモーテルや、傍目にはそうと分からないホテルが隣り合っている。誰がどう見ても繁盛しているとは思えないが、密会には最適な立地故か客が途切れることはない。


 誰がどこで会っていようが無関心、そういう風潮があるからこそ好まれる場所もあると言うことだ。1時間前からモーテルの駐車場に黒のピックアップが停まっていることにも、触れる者はいないだろうし、ましてや室内で何が行われているかを気にする者はよりいない、皆、営みに忙しいのだ。


 どこもかしこも卑猥な音で溢れている

 テレビの雑音

 シャワーの水音

 軋むベッドに甘い嬌声


 それは動物の交尾もさながら、聞くに堪えない合唱で、例えるなら乱交ポルノの音声を延々聞かされる拷問にも似た時間だった。


 暗い部屋で独り、聞き耳を立てていなくても、通りの向こうからイヤでも聞こえてくる。あそこにいる人達はまるで獣だ、あの檻には愛も誠実さも欠けている。人間性を投げ捨てたように交わるだけなんて見苦し――


 

 ――ドカンッ!



 突然にドアが蹴破られ、廊下の明かりが部屋に差し込む。銃を構えて突入してきたのは、身の丈二メートルを超える虎女、レオナだった。踏み込むや即座、彼女は暗闇の中で跳び上がった影に吼えた。


「ようやく見つけたぞ覗き野郎! 動くンじゃあねェぞッ!」

「あ~あ~あ~、せっかく鍵借りたのになんでドア壊すかねぇ……」


 そうぼやきながら、のたのたと入ってきたのはヴィンセントだ。

 明らかにぶち切れているレオナが、怒り絶頂で勢い任せに銃爪を引かなかったのは、褒めていい点かも知れないが、ドアの修理代は彼女の給料から天引きだ。


 ……それはさておき、覗き屋の顔を拝もうじゃないか。

 壁にあるスイッチに触れれば、光あれ、真実は照明によって暴かれる。


 OL風の女だ、ブライアンの相棒の。


「アンタが…………?」

 知った顔にレオナは渋い顔をした。そしてヴィンセントはというと、特に感想はなかった。


「誰かは問題じゃない、捕まえたことが大事だ。この――名前なんだっけか?」

「サラ、こいつはサラさ」


 紹介こそするが、レオナはまだ銃を突きつけたままだった。


「この前は名前聞きそびれたからな。サラか、いい名前だな、品があって」

「そんな、モーテルから声がしているのに……」

「ああ、これのことか?」


 ヴィンセントがケータイを操作すれば、甘く激しい嬌声が流れ出した。男優と女優の声はヴィンセント達によく似ており、目を塞がれた相手を吊る仕掛けとしては実に単純なものだ。


「ポルノの音声を弄ったモンだ、よく出来てるだろ。編集してる間はすげぇ虚無感に襲われたけど、甲斐はあったな」

「……何故分かったのです?」


 飛び散った冷静さをかき集めてサラが尋ねる。瞬間崩れた彼女の鉄扉面はすっかり元に戻っていた。


「サラ、アンタのおつむなら自分の立場は分かンでしょうが、今は黙ってるときだ、アタシらが訊くまではね」

「まぁいいじゃねえか、レオナ。――何が何だか分からないままってのは癪だよな」

「アンタはどや顔ぶっこきたいだけだろうが、ヴィンセント」

「そうとも言う」


 にやりと、ヴィンセントは笑うとサラに喋らせた。


「いつから感づいていたのですか」

「気づいたのは俺じゃない、レオナだ。ドローン使って監視するのは良かったが、詰めが甘かったな。組んでたこともあるんだろ、レオナと? その割に嘗めすぎだ」

「ドローンだって?」


 レオナは怪訝な顔だ。彼女の中では監視は自分の目で行うべき事なのだろうが、アルバトロス商会が自分たちで張り込みを行っているのは、直後に踏み込む場合が多いからである。


「ドローンっつても大層なものじゃねえ、ネットで買える代物だ。――宅配業者のドローンに混ざって上を飛んでりゃ気づかれにくい、参考にさせてもらうよ」

「では、何故――」


 森に隠れた木の葉を見つけられたのか? 仕掛けた本人としては見破られた理由を知りたくなるのが道理というもの。


「簡単だ。意思の有無、それだけだ」

「意思ですか?」

「飛び方か……」


 そう呟いたのはレオナだった。


「ご名答。――プログラムに従って飛ぶだけの機械と、人が操縦している機械とじゃあ動きが違う。でも自信は持ってていい、俺じゃなきゃ気付けなかったからな」

「この部屋については……?」

「俺たちも便利屋だぞ、情報源は色々ある。向かいのモーテルを見張るには、このホテルがベストだからな」

「ここの従業員ですか、……成る程、迂闊でした」


 ルイーズには負けるがヴィンセントにも独自の情報源がある。事前にホテルのフロントマンに連絡を入れ、『二階の通り側』と条件を付けてくる客に目を張らせれば、あとは網を絞るだけである。


「そう残念がるなよ、虐めてるみたいだろ。それよりもだ、今度はこっちの質問に答えてもらう。潔く口割ってくれるとありがたいんだがね、相棒が知りたがってる」

「…………」


 言いたくないと、サラは目をそらしたが、無言の抗議が通るはずがない。特に覗かれていた側にしてみれば、ふざけた冗談にしか思えない。


「おいサラ、昔のよしみでもう一度だけチャンスをやる。意地張るなら、それだけの覚悟はあるんだろ?」

「私を、この場で撃つと? レオナ、正気ですか?」

「遊び半分でハジキを向けるようなガキに見えるか、アタシが」

「なぁレオナ、ちょっと訊かせてくれ。マジで、まだ分からないのか……?」


 正直なところ、ヴィンセントは動機を察していた。というより、他に見当たらないのだが、答えは目の前にあるにもかかわらず、レオナの頭にはクエスチョンマークが浮かんでいた。


 まぁ、勘の鋭さにも色々か。


「いきなり、なに言い出してンのさ、ヴィンセント」


 やれやれである、気の毒な奴が多い。

「さてどうする、サラ。お宅が黙ってるなら俺の予想を話すが構わねえか?」

「いえ、それは……」


 もごもごと口ごもり、サラは二の句が継げなかった。鉄扉面で犯罪者を組み伏せるおっかない女かと思いきや、存外に可愛らしい部分もあるらしい。が、秘密はまだ秘密のままで、語られる事はなかった。



 慌ただしい足音を鳴らして、招かれざるき客が飛び込んできたから――


 

「た、助けてくれぇッ!」


 そいつは駆け込んできた勢いそのままにレオナにぶつかって、仰向けに転がった。目はちかちか、頭はくらくら、けれどもレオナの脚に縋るように抱きついて、その男は繰り返し助けを求めてきた。


「どこ触ってやがるこの野郎、離れろテメェ!」

「頼む、助けてくれ! このままじゃ――」


 ――殺される


 そう言おうとしたのだろうが、男は「ゲェッ!」と叫んで目を剥く。そして同時にヴィンセントも、叫びこそしなかったが目を丸くした。レオナに縋りながら固まってしまったこの男は、ドーム中を探し回った件の医者野郎じゃあないか。


「お前、こんなところで何してる」

「あ、あんた達こそ……! いや、この際あんた達でもいい、頼むから助けてくれ!」

「ザケンなよテメェ、跳ねた相手に抱きついて助けてくれたぁ都合がいいな、おい。……いつまでくっついてンだい、放せ、この!」


 突き飛ばされてぎゃふんと尻餅、顔を上げた医者の眼前には五〇口径が突きつけられる。


「わぁ! 待って、待ってくれ! この間のことは謝るから、頼むよ!」

「……こう言ってるし許してやったらどうだ、レオナ。気持ちは分かるけど、撃っても一文の得にもならねえぞ?」

「気は晴れるさ」

「だろうな、ただ後回しだ」


 レオナも同時に気がつき丸腰のサラを下がらせる。カーペットでも消せない荒々しい足音が複数、それに階下で撃合っているらしく火薬の炸裂音が反響してくる。

 ホテルは客のための宿からシビアな鉄火場に早変わり、となれば壁に張り付き戦闘態勢、便利屋二人の目付きが変わる。


「このドームは静かな夜とは無縁だな……」

「退屈するよかマシさ、そうだろヴィンセント」


 近づいてくる足音が消える

 今更忍び足にしたって遅すぎる


 目配せからのスリーカウントで息を合わせて不意打ち一蹴、長い廊下を隠れもせずに並んでいるなら先手を取った者が勝つ。ヴィンセントの双銃がスネアのように軽快に爆ぜ、レオナの『雷吼』がバスドラムの如く吼えれば、忍び寄ってきた連中は反撃する間もなくなぎ倒され、カーペットに紅い染みを作った。


「……全員しっかり武装してやがる。なぁ先生、お宅、誰を怒らせたんだ?」

「そんなの私が知りたいよ!」


 見た目通り神経は細いようで、医者先生はヒステリックな声を上げた。長く溜まったストレスが我慢の限界が来たらしい。メスで人の身体を切り刻む割にはナーバスな奴だ。


「誰かが保釈金を払ってくれたかと思えば、外に出た途端誘拐されて、危ない仕事をさせられてるんだ! しかもその上、よく分からない連中に追い回されてる、銃を持ってね! こんな所にいるくらいなら刑務所の方がいい!」

「つぅかさ、まだ階下(した)から銃声すンだけど、誰がやり合ってんの?」


 ……言われてみれば、である。

 騒がしいって事はつまり、どっかの誰かが撃ち合ってるって事だ。でも、誰と誰が?


「片方はメキシカンだな、お宅の友人の」

「マフィアだよ。野蛮な連中だ、友達じゃない」

「じゃあダンスの相手は誰なのさ」

「私が知るわけがないだろう!」


 生理中の女みてえに騒ぐから鬱陶しくて仕方ない、そのくせ図々しくも助けてくれと言ってくるから性質が悪いのだが、医者の身柄を押さえておくのはヴィンセント達にとっても利のある話だ。それにどのみち撃合いに巻き込まれてしまっている、切り抜けるにはやり合うしかない。例え医者を差し出したとしても、相手はメキシカンマフィアと、メキシカンマフィア相手にドンパチ始めるような連中だ、どう転んでも無事に帰してはくれないだろう。


 と、なれば強行突破だ。荷物背負って銃弾かいくぐることを考えると溜息もでる。


「はぁ……仕方ねえ。医者先生、しっかり付いてこいよ」

「あぁ、ありがとう! 恩に着るよ」

「着なくていいから黙ってろ。――廊下はクリア、さて裏口から逃げようか。レオナ、先頭を」

「サラも来ンのかい?」

「私は残ります。フロントでやらなければならない事があるので」

「あっそ、なら好きにしな」


 きっぱりレオナは言い放つと尻尾を鳴らして踵を返す、別れの挨拶にしては乱暴に。


「それから次はないよ、よく覚えときな。――ヴィンセント、医者を」

「はいよ、任せとけ」


 レオナをポイントマンに、医者を挟み背後をヴィンセントが固める。

 正面の階段からメインホールに降りればお立ち台に立つのも同義なので、彼らが目指すのは非常階段だ。くぐもった銃声を背後に聞きながら、壁に沿って細い廊下を進み、突き当たりにある防火扉をドカンと蹴り開けクリアリング。

 ひんやりとした空気、表の銃撃戦に熱を入れて背後が薄いのはさいわ――



 ――ボフン!



 突然だった、何の前触れもなく踊り場に白煙が拡がり、視界が濃厚な白一色に染まる。


「なんだクソ、何も見えねえ」

「ンなの言われなくても分かってるよ、壁に寄れヴィンセント」


 それこそ言われなくても承知している事なのだが、自分の手さえ見えない状況ではヴィンセントも医者の襟を掴む事さえ出来ない。


「今度は何なんだよぉ!」

「そこにいるのか先生、俺のそばに――」


 そう呼び寄せようとしたヴィンセントだったが、何かに腹をどつかれて言葉に詰まる。拳の感触はレオナのでも医者のでもなく、次いだ打音と共に医者先生のうめき声が聞こえた。しかし驚異に対処しようにも、視界を遮られていては迂闊に銃爪を引けない。


「レオナ、煙の中に何かいるぞ!」

「医者は⁈」

「分からん、見えねえ!」


 かといって動き回るわけにもいかず、壁を背にしてヴィンセントは備えることしか出来ない。やがて、もうもうとした白煙が換気扇に呑まれ薄まっていき、大きな影が姿を現した。見間違うことはなく、あれはレオナの姿だが、医者はどこに消えた?


「上だ、ヴィンセント!」


 階段を上がっていく気配を感じ取ったレオナの一喝、そこには確かに動き回る気配があるのだが、動作が異様に素早い。まるで一足跳びで踊り場から踊り場へと、跳ね上がっているようでさえある。


「あの野郎、あんなに早く動けたのか……?」

「ンな訳ないでしょ、獣人が担いでやがンのさ! 待ちやがれコラァ!」


 当然、みすみす逃がすはずもなく、ヴィンセント達も一段飛ばしで階段を駆け上がっていく。しかし、唐突に鳴り響いた銃声によって、再び身を竦めることになった。

 手すりに当たった銃弾が火花を散らす、銃撃は下の階からだ。

 射線を確認しヴィンセントが即座反撃に移る。


「ちっ、時間かけすぎたか。挨拶抜きで撃ってくるとは礼儀のなってない連中だぜ。……レオナ、先に行け、ここは俺が抑えとく」

「イキるねえヴィンセント。アンタ、喰いきれンの?」

「はっ、頭にタコス詰めた連中の相手なんざなんて事ぁねえよ。だが、数で押されちゃ厄介だ。長くは持たねえから、ソッコーで医者取り返して戻ってこい。真ん中ぶち抜いてずらかるぞ」

「オーライ、上の奴はアタシに任しときな。血祭りにしてやるよ、今日一日、むかっ腹立ちっぱなしだったんだ、食い殺してやる」


 ゴング代わりに銃の台尻をガツン、と合わせて気合い注入。

 駆けだしたレオナを横目で見送ると、ヴィンセントは不敵な笑みを浮かべた。


「さぁ~て、俺も暴れるかねぇ……」


 フラストレーションが溜まっているのは、レオナばかりではない。



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