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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verse Scars of yesterday
234/304

Scars of yesterday 5


「……アンタにしてはマシな選択だったンじゃないか? ヴィンセント」

「だから言ったろ、楽しめる場所に連れて行くって」


 目的地に着く手前、助手席で寝息を立てていたレオナが目を覚ましたときには、それはそれは不機嫌だった。なにしろ場違いなカフェテリアで赤っ恥を掻かされた後に瞼を開ければ、車窓の外には鬱蒼とした木々ばかりが流れていたのである。お次はピクニックかよと呆れた彼女が「アンタをここに埋めれば良いのか?」と不機嫌に口走ったのは想像に難くなく、同時に予想も簡単だったので、苦笑いを返すだけにとどめた。


 レオナの機嫌を上向かせる絶対の自信があれば、皮肉を言う必要もない。現に、森の中に作られた射撃場に着いてからは、あからさまに彼女の眉間の皺は浅くなっている。

 手早く受付を済ませてライフル用の長距離レーンに入れば、顔にこそ出ないが、レオナはより上機嫌になっていく。ゆったり尻尾が揺れてる辺り、苛立ちはかなり薄まってるようで、狙撃銃が収まったギターケースの金具をはじく姿は楽しげでさえあった。


「ここンとこ撃つ機会減ってたからね、気が利くじゃあないか」

「賞金首は基本生け捕り、便利屋業じゃ余計に出番ねえしな」


 アルバトロス号にもダンが建てた射撃レーンがあるが格納庫の一部を使っているので、どうしたって距離は限られる、三百メートル、五百メートルの長距離射撃の練習なんて出来やしない。だからこそ、デートスポットとしては丁度良かった、なにしろこの射撃場における最長レーンは七百メートルときているから、狙撃練習も出来て、なおかつレオナのフラストレーションも軽減できる実に素晴らしい場所である。


「さぁ~てと、始めようかね。マトはどうやって出せばいいんだい、ヴィンセント」

「俺がやるよ、距離はどうする?」

「五〇〇」


 指定された距離をレーンの壁面にあるコンソールに入力すると、遠くに小さく、立体映像の標的が現れた。肉眼では殆ど点にしか見えないので、ヴィンセントは双眼鏡を覗いて確認する。


「小せえマトだな。腕が落ちてないか、お手並み拝見といこう」

「ふん、蟻の眉間にだってぶち込めるさ、まぁ見てなよ」


 薬室に初弾を送り込み、照準線に標的を捉えてレオナが言う。

 とはいえ、黙って眺めているのも退屈なので、ヴィンセントは観測手として口を出すことににした。


「……少し風が出てきてるな。距離五〇〇、東の風三メートル。いつでも撃て」


 望遠の眼差しでマトを見つめながら、レオナの親指は静かに安全装置を外す。

 長く、一息…………

 銃爪をしぼり、激発――


「ん~、惜しいな!」


 銃弾はマトの端をかすめただけだったが、初弾でかすめただけでも十分だ。


「一発目は練習さ、カス当たりで騒ぐンじゃないよ」

「いや、俺はがっかりしてるんだ。お前なら一発目から真ん中に当てると思ってからな。次は修正してけ、上に八センチ、左に十七センチだ」

「上から言うンじゃないよ、ムカつく野郎だね」

「伏せてるお前になら物理的にも上から言える、あぁ~良い気分だ。……よく狙え、レオナなら簡単だろ?」


 言うは易しなので、ヴィンセントは軽口を叩くのだが、実際に二発目から狙いを絞っていくからレオナには感心するばかりだ。同じ距離で四〇発程撃ってからマトを離したが、それでもまぁ当てること当てること、七〇〇メートルの距離でさえ練習の一発を除いて全弾命中のうえ、五センチの間に狙いをまとめているから、拍手だってしてしまう。


「さっすが、良い腕してるぜ」


 なんて素直に褒めてみてもレオナは静かに槓桿を引くだけで、自慢するでもなく笑いもしない。かと思えば、彼女はしかめっ面でヴィンセントへとライフルを差し出した。


「いや、俺はいいよ」

「なぁにアンタは素人なんだ、全部外したって恥ずかしくないさ、そうだろヴィンセント?」

「…………」


 そこまで言われちゃあ引き下がれない。

 挑発的なレオナから丁重にライフルをひったくると、ヴィンセントは地面に伏せて射撃姿勢を取り、備え付けの丸めた毛布に銃身を預ける。拳銃に始まり、短機関銃、突撃銃とある程度は銃器に触れてきているヴィンセントだが、狙撃銃はついぞ撃つ機会がなかったので、イマイチしっくりこない。


「……なんか、不格好だね。もうちょっとビシッと構えらンないの? 脇締めンだよ、脇を」

「サッカー選手にバット持たせて絵になるか? いいからマトあげろよ、レオナ」

「威勢はいいね。距離はどうすんのさ」


 レオナは初っ端五〇〇メートルに当ててきた、無論、門外漢であるが故に肩を並べるのが困難だとは承知しているが、ここで退いては男が廃る、女の挑戦受けずして、何が男か、何が便利屋か。当ててみろと言われたからには、しっかり当ててやろうじゃないか。


 距離はズバリ――


「一〇〇メートルだ」

「近ッ、なんだいヴィンセント、意気込んでたくせに腰抜けかよ」

「こちとら素人だぞ、一〇〇メートルで当てれば実質七〇〇メートルみたいなもんだろうが。ほれ、早くマトあげろって、俺の腕前を見せてやるから」

「はいはい、分かったよ、一〇〇メートルね」


 立体映像の的がポップアップ

 スコープをのぞき込むヴィンセントはじっくり照準線を重ねて息一つ

 ゆっくり静かに銃爪を落とした


「ハズレ。せめてどっかに当てなよヴィンセント、修正も出来やしないよ」

「狙撃手ってのは我慢強いもんじゃねえのか?」

「自分が撃つ場合はね。ほら、くっちゃべってないで次を撃ちな」


 ブーツの先でヴィンセントを小突きながら、レオナは牙を見せて笑う。


「集中すンだよ。グッっと集中して、ズィと狙って、ズドンとぶち込む。簡単でしょ」

「懇切丁寧な指導に感激するね、きっとサボテンも枯らすんだろ」

 7.62ミリNATO弾が遠吠えと共に撃ち出される。

「……センスないね、アンタ」

「うるせえな」


 ――ズドン

 マトの端っこが僅かに欠けた。

 隣で膝付き眺める虎は納得いってない様子だが、三発目で感覚を掴めれば上出来だ。中心からは確かに遠いが、命中は命中、もうしばらく練習すれば狙いも絞れるだろう。とはいえ自分が楽しんでも仕方ないので、ヴィンセントは続けて1マガジン分撃ちきったところで――集弾率は酷いもんだが――切り上げようとした。


 まぁレオナにおかわり(・・・・)を押しつけられたので、装填し直すことになったのだが……


「もう一度、一発くらい真ん中に当ててみな。こんな近くでろくに弾も当てらンない奴が相棒だなんて情けなくて泣けてくるよ」

「俺は得意分野で威張れれば十分なんだけどな」

「ガタガタ言わずに撃つんだよ!」

「いてッ! おい、俺が銃を持ってるって事忘れてないか?」


 なんて警告しても、レオナはより力強くヴィンセントの背を叩くのだった。イキる前に当てろって事らしい。


 槓桿をスライドさせて排莢、装填

 ならば見せてやるしかない、意地でも一発放り込んでやる。


 二発三発、狙いはまだ散っているが、徐々に中心へ寄ってきていた。ベストショットが出るのも時間の問題……かも知れない。正直ヴィンセントに自信はなかったので、当たったとしても偶然の産物である可能性の方が大きいだろう。


 と――


「――ところで、アンタはどうなのさ?」

 なんて不意にレオナが言い出す物ものだから手が止まる。


「……何を聞きたいのか、何一つ伝わってこねぇんだけど。主語を添えてもらって良いか」

「アタシばっか探られてンのはフェアじゃねえだろ、だから訊いてンのさ」

「いやだから何をだよ」

「昔話さ」


 ――ズドンッ

 実に惜しい、二センチ外した。


「……世界はアンフェアに出来てるもんだ、そうだろレオナ」

「アタシだって何も根掘り葉掘り聞こうって気はねぇけどよ、アンタだってアタシの過去を知ったろうが」

「……ブライアンか? ほとんど事故みたいなもんだったろ」

「でも知ったろうが。だから訊いてんのさ、アンタだって女の一人くらいいたんだろ」


 これにはヴィンセントもスコープから目を離さざるおえないし、レオナを見上げるときに大きく片眉吊り上げてしまうのも無理はない。


「…………お前、あいつと付き合ってたのか?」

「いいや、なんもなかったよ。…………マジだからね、こっち見ンなよ馬鹿。アタシにだって男の好みくらいあるのさ」

「お前より強い奴はそうそう見つからないだろ」

「うるせぇんだよタコ、つぅかなんでそんな事訊く。今質問してンのはアタシの方だぞ」

「でもさっきの言い方だと――」

「いいから! 前だけ見て、アンタの話を」


 レオナは、ヴィンセントの首をぐいと掴んで前を向かせるとスコープを覗かせて、力尽くで話を戻した。


「――ンで、どんな女だったのさ」

「頷いた覚えはないんだけどなぁ……」


 渋々照準線を覗きながらヴィンセントは呟く。そもそもいた前提になってるのはどういうことなのだろうか、と思わずにはいられないが。


「まぁ、たまにはいいだろ、フェアに行こう。そうだな、気高くて凜々しい、近寄りがたいところがあったが、あいつは……いい女だったよ。口数が少なくてさ、必要なことしか喋らないんだ、でもよ、たまに見せる笑顔がたまらなく綺麗だった。グレーの毛皮でさ、マズルがすっと伸びててよ……もしかしたらレオナとは気が合ったかもな」

「そいつ獣人か。って事は、アンタには勿体ない女だったってワケだ」

「はっ、ぐぅの音も出ないな」

「……訊いといてなんだけどさ、アンタが熱上げてるのなんて想像できないよ。もう切れてるって事はフラれでもしたかい?」


 ヴィンセントは何も、答えなかった。

 代わりに右の人差し指を、ゆっくりと絞り込む。




 ――死んだよ(ズドン)




 火薬の残響

 硝煙の香り

 これで弾切れ。

 最後に薬室を確かめるとヴィンセントは何事もなくライフルを返し、固まり始めた背中を伸ばした。


「そろそろ日暮れだな。行こうぜレオナ、腹も減っちまったし落ち着ける場所で休もうや」

「あぁ……そうしようか」



 立ち去る前に、レオナは静かにレンジを眺める。

 風に舞う木の葉にくすぐられながら、ど真ん中に風穴の空いたマトがそこにあって、まるで相棒の心を映したかのように寂しく佇む標的を、彼女は暫く眺めていた。



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