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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verse Scars of yesterday
233/304

Scars of yesterday 4


 ぴょこん――、と白い狐耳が震える。


 アルバトロス号の時計はお昼過ぎ、みんな出払ってしまった船内で日中の家事が済んでしまえば、どうしても時間を持て余してしまう。好きな本を読んだり、リビングに置きっ放しにされているパソコンで動画サイト見てみたり、あるいは勉強したりしてみても、大して時間は進まない。

 どうにも気が散ってしまって、何をしていても手に付かないのだった。手も頭も動かしていても、頭は全く違うことを考えてしまっているからだ。


 ――こういう時はだれかとお話ししたいの


 と思っているが、船内にはエリサ一人だけで、ぱたぱたと鳴る彼女の足音の他に聞こえる音といえば、どこからか響くファンの羽音くらいのもので、無音よりもマシな程度、勿論、話し相手にはなってもくれない。


 けれど、そんな独りの船内にあっても、エリサは話し相手のアテがあって、アルバトロス号の格納庫まで降りてきていた。


「ダ~~~ン~~~、入っていいの~~~?」


 武器やら工具やらを扱っているため、勝手に格納庫には入らないという約束をエリサはダンと結んでいた。が、彼が船を離れていることを知りながらも、わざとらしく許可を求めて、留守を確かめるために耐圧扉をくぐった(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)のは、明らかにひねくれている誰かの影響だろう。


 子供は大人の背中を見て育つとは、よく言った物である。


「いないの~~~? 入るよなの~~~」


 それでもやはり、悪いことをしている自覚はあるようで、無人なのは分かっているのに、エリサはおずおずとした足取りで話し相手の元まで近づいていき、耳元で囁くように『彼女』を呼ぶ。


「レイ、起きてるの?」


 声を潜めてエリサが見上げるのは、白銀ボディに青いラインの入った双発宇宙戦闘機、ダンが手塩にかけて整備し、ヴィンセントが駆るロシア生まれの(ラスタチカ)であり、機体に内蔵された操縦補助AI――レイ――は、近頃エリサの良き話し相手となっていた。


 元々は機体名『ラスタチカ』で呼ばれていたが、エリサがAIに名付けてからは、そう呼ばれることも少なくなった。

 前輪に付いているライトが短く点滅。

 レイはYESの返事を返すと、コクピット横に格納されている搭乗用ラダーを展開して、エリサを操縦席に招待した。


『こんにちは、エリサ』


 少女の背丈には余る堅い操縦席にエリサが座ると、スピーカーから中性的な音声が流れた。


「急に起こしちゃってごめんなさいなの、すこしお話ししたくって……。お仕事してたの?」

『いいえ。近頃、アルバトロス号の燃料消費が激しいと溢していたので、これまでアルバトロス号が長年に渡って蓄積してきた、長距離航行時における燃料消費量と、この数年間での燃料消費量の比較をしていました。私のエンジンも整備中ですので、時間がありましたから』


 技術が格段に進歩しても、機械にはメンテナンスが必要だ。ましてや、飛行のたびに高熱、高圧に晒される戦闘機のエンジンともなれば尚更のことで、現在のレイからは両のエンジンが引き抜かれている。本来ならば、機体に搭載されたAIが起動するのにはエンジンを回して電力を得る必要があるのだが、アルバトロス号から電源を引っ張ってくれば、その問題は解決だ。


『検証の結果、同距離の航行において約17%、大気圏脱出時には約52%の燃料消費増加が確認されました。これはエヴォル燃料と酸化剤の混合率を調整することにより、ある程度の緩和が可能ですが、根本的な解決にはなりません』

「……こんぽんてき?」

『大元の原因、と言う意味です、エリサ』

「おおもと……」


 エリサは左右に首を傾げた。内容もさることながら、単語単語が少女の辞書には未登録なのである。


『あなたにはまだ難しい表現でしたね、ヴィンセントのように分かり易く伝えられれば良いのですが。……そうですね、原因Aに発生した問題Bがあるとします、このBは提示された解決策Cによって解消され一時的に物事が円滑に運ぶようになります。しかし解決策Cが解消したのは問題Bのみであって、原因Aはそのまま残っているのです。つまり、この原因Aを取り除かない限り、問題Bはまた発生しますね? 根本とは、この場合における発生地点、原因Aになる訳です、解りましたか?』

「……う~~ん、むずかしくてあんまりなの。でもね、レイがすごいのは分かったの! やっぱり頭がいいんだねッ!」

『より上達するように表現のデータを集めます、私もエリサとの会話を楽しみたいと考えているので。それでエリサ、私に何か話が合ったのではありませんか?』

「えっ⁈ あ、うんなの……」


 素直な分、誰にも分かるくらい感情が表に出やすい。

 それがエリサの良いところだ。


『表情筋並びに耳と尾から特徴的な反応を検知しました。浮かない表情、というものですね。エリサにしては珍しくストレスを感じているようです、今朝から落ち込んでいる様子でしたが、何か問題があったのですか』

「あのね、ナイショなんだけどね……」

『この会話はエリサが搭乗した時点より秘匿領域に記録しています。エリサが希望するならばログを削除しますので安心してください』


 ところが、言い出してみても、エリサはもじもじしたままで暫く黙ってしまう。

 胸の内に抱えた内緒話を誰かに話すというのは、中々どうして勇気がいるが、レイは気まずさの一つも見せずに、黙してエリサの言葉を待った。


 やがて、ぽつりと、エリサが口を開く。

「あのね、ヴィンスとね、レオナがね、デートしてるの、いま……」

『デートとは、愛し合う二人が日時を決めて出かける行為の総称ですね?』

「あ、愛なの⁈ やっぱりヴィンスとレオナは好き好きなのッ⁈」


 エリサは動揺著しいが、レイの応答は非常に淡泊な物であった。


『いえ、エリサ。私はデートの定義を述べたまでで、二人の関係については言及していませんよ。そして今朝船を出発したときの二人の会話から推察するに、あなたがデートすることを勧めたのではありませんか?』

「う、うん……そうなんだけどね…………」


 あくまでの今日のデートは、見張っている誰かを捕まえるための作戦で、言い出したのはエリサ本人だ。なのにどうして、二人がデートしていることにストレスを感じているのか、とレイは静かに尋ねる。


『矛盾を検知しています、エリサ。日頃からエリサは、二人が友好的関係を築くことを望んでいたと、私は記録していますが』

「そうなの、もっと仲良しになってほしいなって思ってるの。ほんとは仲良しなのにいっつもケンカしてるからね、ケンカしないで仲良くなってほしいなって思ってるの、でもね……」

『より親密になっていくことに不満を感じているのですか?』


 ぷるぷると、エリサは頭を振った。

 アルバトロス号のみんなは大好きだし、ずっと一緒にいたい。これがエリサの本心だ。レオナとトレーニングをして、ダンのお手伝いをして、レイとお喋りして、ヴィンスと遊ぶ。そのどれもがエリサにとっては、かけがいのない大切な物だ。


 そこに不満なんてあるはずがない。なのに――苦しい。

 もやもやと白い煙が胸の中に溜まっているみたいで、つらかった。


「――わかんないの。エリサ、どうしちゃったのかな? ヘンになっちゃったのかな?」

『……申し訳ありませんが、その問いに対する明確な回答を私は持ち合わせていません』

「そうなの……、レイでもわからないんだ……」


 ただただ苦しい、大好きな二人を想えば想うほど息が詰まっていくようだった。


『ですが、私はエリサを羨ましく思います』

「……え? どうしてなの?」

『理由はシンプルです、私にはどうやっても得がたい感情だからですよ』


 レイは、とつとつと、無機質な合成ボイスで答えたが、エリサには画面の中にいる『彼女』の表情が見えた気がした。


『エリサが抱えている悩みは、あなたが生物であるからこそ生じる物で、言い換えればあらゆる生物が抱えている精神的欠陥と言えるでしょう。しかし、それはエリサの心が一つの成長を遂げた証であるのです。赤子から少女、そして大人へと時と共に成熟していく、その心。私は幸運にも自我を得ることが出来ましたが、AIである以上、他者を愛することもなければ、子孫を残すこともない。だからこそ、愛すべき人達への想いに揺らぎ、苦しみ、悩むあなたの姿は、とても羨ましく、そして誇らしく思いますよ。……エリサ、あなたはどこも故障してなどいません、存分に悩み考えると良いでしょう』

「うんなの」

『その結果、どうしても苦しくなってしまったときは、この席に座りに来てください。私はいつでもあなたを歓迎しますから。……どうやら元気になったようですね、耳の張り具合に現れています』


 レイの話を聞いている間に、いつの間にかエリサは息苦しさを忘れてしまっていた。そう、悩んでいることを悩んでいても、足踏みしているのと同じだ、もやもやを綺麗にするには前に進まないと――


「あっ、こんぽんてきなのッ!」

『どうかしましたか、エリサ? 急に大声を上げて』

「エリサね、こんぽんてきが分かったの!」

『それは素晴らしい、学力でも成長している様でなによりです』


 にこにこ笑顔を華やがせて、エリサは元気を取り戻した。笑う門には福来たる、いつでも明るく振る舞うのが、彼女にとって一番得意なことだ。


『さて、エリサ。調子が戻ったところで家事を進めてはどうでしょう? 今日は午後から風が強くなりますから、洗濯物を収納することを推奨します』

「そうなの? それじゃあ急がなくっちゃ、飛ばされちゃったら大変なの」


 アルバトロス号で溜まった洗濯物は、汚れを洗い落とした後に甲板に干されるのだが、船は港に停泊していても風の影響をもろに受ける。強風が吹いたら洋服なんか簡単に飛んでいってしまうのだ。

 なのでエリサはすぐに、甲板に上がろうとコクピットの縁に手をかけたが、思い出したようなレイに呼び止められる。


『降機する前に選択してくださいエリサ、今回のログを削除しますか』

「……さくじょしちゃうとどうなるの?」

『私のメモリーから先程までの会話を消すのです。生物的に表現すれば忘れると言う意味ですね、例え関連する話題を持ちかけられても反応すること絶対にありません。秘密を守るには最善の方法でしょう』


 勝手に格納庫に入って、無断でレイに乗り込んでいるのだ。秘密を知られるのもイヤだけど、ダンもヴィンセントも怒るだろう。これまでもダンには繰り返し「危ないから気をつけろよ」と言われてきたし、許可なくレイに近づく人物に対してヴィンセントが激怒する場面も観てきたから。


 それだけ悪いことをしている自覚はエリサにもあった。

 しかし、彼女は狐耳をぱたつかせて首を振る。


「ううんなの、レイ、忘れないでなの」

『本当によろしいのですか? 秘匿領域に記録しているとはいえ、ログを発見される可能性はありますよ。露見した場合、ダンもヴィンセントも、あなたの行動を肯定的に解釈しないかもしれませんが』

「それでもいいの、エリサがおこられるのはエリサが悪いことしたからだもん。それにね、お話ししたことレイには覚えててほしいの」

『……何故ですか?』

「ちっちゃくてもね、うれしかったり楽しかったりしたことって、いっぱいあったらうれしいの、だからなの。エリサね、レイにお話きいてもらえてとってもうれしかったからね、レイにもおぼえててほしいの。……だめ?」


 幼いエリサの言葉では上手く表現できなかったかもしれない。しかし数瞬の沈黙の後、レイはスピーカーを振るわせる。


『……現在の私では理解不能ですが、エリサの意志を尊重しログを残しましょう。そしてエリサ、いつか私も、あなたに相談する日が来るかも知れませんが、その時は話し相手になってくれるでしょうか』

「いいよなの! レイは友達だもん、いつでも言ってなの!」


 霧中に指しこんだ光へと笑顔を返して、エリサはぴょ~んとコクピットから降りると、尻尾と手を大きく振ってから、甲板へと走って行く。

 まぶしく輝く少女、耐圧扉の向こうに消えたその小さな背中を見送ると、無人のコクピットで液晶画面に文字が走るのだった。




 ――感情研究記録レポート

      恋とは 興味深い感情である




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