Edge of Seventeen 12
けたたましい雨を眺めながらヴィンセントはケータイをしまう。
割れた窓から吹き込む風は肌にべたつき、狭い室内で渦巻いてヴィンセント達から体温を奪っていく。濡れた服さえ脱げればまだマシだろうが、お互いに脱ぐわけにもいかない。
冷えた指先が硬くならないように屈伸させながら、ヴィンセントはカウンターに寄り掛かる。援軍を頼んだとはいえ、ルイーズの言う通り気は抜けない。無論休める状況にないことは彼が一番よく知っている。
「くしゅん」と、暗闇の淵からノーラのくしゃみが聞こえた。やはり冷えるのだろう。
ヴィンセントは目を凝らして彼女が何処にいるかを探していた、褐色の肌が闇に紛れて見つけにくく、白髪じゃなければ見分けが付かない。
「冷えるな、昼なら日射しがあるか丁度いいんだが」
「……ずび…………い、いえ、へいきです」
ノーラの横に腰を下ろすが、ここまで近づいても彼女の表情は朧気にしか確認出来ない。
「知り合いに応援を頼んだから安心していい、あと少ししたら援軍が来るさ。……巻き込んじまって悪かったな。カタ付けたら家まで送ってってやるよ。その前に朝飯でも食ってくか? 奢るぜ。熱いコーヒーとサンドイッチなんてどうだ」
だが相当身体を冷やしたらしく、ノーラは自分の二の腕を握りしめて身体を振るわせるだけ。或いは瞬間的に麻痺していた恐怖が戻ってきたのだろうか、いずれにしてもしばらくは我慢してもらうしかない。
「しっかし、ノーラとぶつかって助かったぜ。薬中のイカレ野郎め、飛行機があれば一発ブッ込んでビルごと太陽まで吹っ飛ばしてやるのによ」
なんとか安心させてやろうとするが、ノーラは俯き膝を抱えてしまう。子供にする話ではなかったとヴィンセントは反省するも、どんな話をすればいいのやら。思い浮かぶのは物騒な話ばかりだった。
賞金首の居場所が分かっているのに手が出せないのは非常に歯痒い。嫌だ何だと言ってはいてもヴィンセントだって賞金稼ぎの端くれ、目と鼻の先に賞金首がいて手が出せない現状に苛立つのも当然だ。が、今はルイーズの援護を期待して待機しているしかない、下手に動けば首を絞めることになってしまうからだ。彼女なら実力者をあてがうことだろう。
と、ノーラの様子がおかしい事にヴィンセントは気が付いた。
褐色の肌からは血の気が失せ、額を濡らしているのは尋常じゃない汗の粒。ひしゃげた笑顔からの発せられる声は震えに震えていた。
「いえ、ヴィ、ヴィンス……さん、ごめん、な、さい……」
「馬鹿野郎、しっかりしろノーラ。撃たれてたんなら言わねえかよ⁉」
「だめ……な、んです……、カーラ、に、げて……」
ノーラの視線を確かめるように入り口を振り返るヴィンセント、濃密な雨幕は健在だが誰もいない。銃把を掴む手に力が入るが、この豪雨では気配など探りようがなかった。
「誰もいねえよ、大丈夫だって」
「ヴィンスさん……どうしてそこまで……わたしなんかのために?」
「女の子に死なれちゃ寝覚めが悪い。それに缶ジュース一本分の貸しもある」
冗談に弱々しく微笑むノーラは、奥歯を噛み締め、真一文字に口を結んでいて、いよいよ危ない気配が出てきた。
撃たれているなら手当をしなければいけないが、道具もない上に明かりもない。焦るヴィンセントを煽ったのはケータイの着信音で、彼は唸りながら電話を受けた。
ルイーズからの連絡は嬉しいが、今は先にすべきことがある。
『ヴィンス、大変よ!』
「こっちもだ、いま手が離せねえんだ、ちょっと待ってくれ。――ノーラ平気か?」
心配になり軽く揺する、ノーラの震えが止まっていた。反応がなかったので死んだのかと一瞬緊張したが息はしている、うっすらと目を開けたノーラは寝ぼけているようだった。
「痛むところがあるなら、遠慮しないで言っていいんだぞ」
「はい、だいじょうぶです。ごめんなさい、寒くって寝ちゃってました」
「やっぱり寒いんじゃないか。すぐに帰れるから安心しとけ、プロフェッショナルが二人もいるんだからよ」
すると血の気の失せた顔を上げて、ノーラは弱く笑うのだった。
「気にしないでください。電話、いいですよ?」
「あ、あぁそうか」




