brianstorm 5
ヤマダがヴィンセント達への取材を始めてから数時間、ドームの遮光壁が降り、日に焼かれ続ける街に夜がやってくる。ヴィンセントが転がすダッジラムの後席から、蛹が羽化するように色めきだす景色を眺めつつ、ヤマダは、今回の取材の手応えを感じていた。
最初の拷問まがいに遭遇した時点で、彼の腰が引けたのは事実である。だが、あらゆるフィルターを通さずに叩きつけられた現実は、なによりも彼自身が求めたものだったので、ある意味では、ペンチを持ってこいと言われた時点で、すでに手応えを感じていたのかも知れないい。その後押しをしたのは、ヴィンセント達の振る舞いに他ならなかった。二人は特にヤマダを気にかけず、まるで腰にぶら下げたストラップのように扱ったので、彼は、便利屋と賞金稼ぎ、二つの顔を持つアルバトロス商会のありのままを体験することができていたのである。
タクシードライバーが集まるダイナーに始まり、駅に住み着いている浮浪者、ホテルのフロント係、屋台のホットドック売り、パトロール中の警官に、道ばたで客を待つ娼婦。様々な場所、様々な人物に聞き込みしているのを端で聞いているだけでも、ヤマダにとっては大きな収穫であったに違いない。
「お二人に依頼できて感謝してます」
ヤマダがそう言ったのは、滞在先のホテルまで送ってもらっている車内でのことで、信号待ちの間にカーステレオをいじっていたヴィンセントは、あっけらかんとして尋ね返す。
「今日のところはこれで終いだが、いいのか?」
「いいのか……とは……?」
質問の意味が分からず繰り返したヤマダに、ゆっくりとアクセルを踏みながらヴィンセントは言う。なにしろ、ヤマダが自分から言葉を発したのは、デュークの部屋を出て以来、久方ぶりのことだったから気になるのも当然だ。
「取材っつってんのに、何も聞いてこねえから逆に気になる。俺たちにも聞きてえ事があるんじゃないのか」
「まぁ……一応は……」
ヤマダが言い淀むのも無理はない。助手席から放たれる虎女の圧迫感は、慣れるのに時間が必要だろう。猛獣と同じ檻に入っているようなものであるが、その中にあってもヴィンセントは気にする様子もない。
「答えられる範囲でなら答えてやるぜ、準備はしてるんだろ」
「と、言われましても、ルイーズさんから釘を刺されてまして」
「釘だって? どんな?」
「はい、くれぐれも過去を詮索するなと。私としては、賞金稼ぎとして宇宙を股にかける人物がどんな人生を歩んできたのか、物語の中心となるキャラクターに深みを与える上で、非常に興味があるのですが……」
「――その忠告には従った方が賢明だ」
にべもなく、ヴィンセントは切り捨てた。賞金稼ぎの中には誇れる道を歩んできた者も確かにいようが、そんなものは氷山の天辺と同じく極々少数で、大抵は冷たい海面下に沈んだろくでなしである。その暗い水の下で、昔こんな悪事を働いてたなんて触れ回る奴は、馬鹿の二文字を重しにして海底まで沈んだ方が良い。
「ですよね、そう言われるだろうと思ってはいましたから、これ以上は控えておきます、二度と尋ねません。取材が私の目的ですが、皆さんの気持ちを踏みにじろうとは思いません」
「謙虚なこった、報道関係の人間に見習ってほしいね」
「同じ放送関係ですが畑が違いますから、彼らが届けるのは情報、私たちが届けるのは感動です。そこで、お願いしたい事があるんですが、時間があるときで構わないので、皆さんの宇宙船を見学させてもらえないでしょうか? なんでも宇宙戦闘機も所有していると聞いています、実物の空気感を感じておきたいんです」
それ位ならお安いご用である。行く先々に取材として付いてこられるよりかは、幾分か気楽に済むだろうと、ヴィンセントは二つ返事で了承した。
「本当ですか! 重ねてになりますがありがとうございます、皆さんもお忙しい時期でしょうに、無理を言って」
「……何の事さね」
不機嫌丸出し、威嚇するようなうなり声でレオナが言う。
「悪党にシーズンなんてある訳ないだろ?」
「……え? いや、ほら懸賞金レースの締め切りが近づいているでしょう、この時期は賞金稼ぎの方々にとって追い込み期間と聞いてますよ。私がこのタイミングで取材に踏み切ったのも、そこに理由があるんです」
「ふーん、あっそ」
自分から話を振ったくせに、レオナの返事はつっけんどんだった。
まぁ認めたくないのだろう、一般人でも知っているような賞金稼ぎの常識を、賞金稼ぎである自分が知らないなんて、口が裂けても言えるわけがなかった。
そう、単純に恥ずかしいのである。
だが、ヴィンセントはにやつきこそすれ、彼女をからかうのは自重した。
なにしろアルバトロス商会でレオナが働き出してから一年と少しが過ぎているが、その間、懸賞金レースについては一度も話題に出たことがなかったのだ。アルバトロス商会はあくまでも便利屋が本業で、賞金稼ぎは副業に過ぎない、雇い主のダンも、レースの結果にはまるで興味をもっておらず、隣町であがる花火を眺めるかのように静観を決め込んでいたから、まさしくレオナには知る由もない状態だ。
「へぇ、意外です。レオナさんが賞金稼ぎになったのは、ずいぶん最近のことなんですね。まるでベテランのように振る舞ってらしたので、あなたの方が古株なのかと……。じゃあ、二人の出会いもその頃なんですか? どういった経緯で?」
「おい日本人、謙虚さ忘れてンぞ。雌猫の忠告はこいつ(ヴィンセント)に限った話じゃあねえンだよ」
「なる(・・)以前の話は尋ねません、なる(・・)に至ったきっかけだけでも教えてもらえませんか」
曖昧な線引きをはっきりさせるならその瞬間に求めるだろう、しかし、過去と現在の境目の線上は詳細まで口にして良いか悩ましい。なので、ヴィンセントはあらすじだけを話してやることにした。
ある事件で敵同士として出会い、その後、共通の獲物を追うために共闘、それから宿無しになったレオナをアルバトロス商会にスカウトした。雑に切り取れば、B級アクション映画のシナリオみたいだと思いながら、ヴィンセントは締めくくる。
「まぁ、俺が命を救ってやったしな」
「ハァ⁈ 都合良く勘違いしてンなよヴィンセント、借りがあるのはアンタの方でしょ。アンタに感謝されても、する義理はないね。死体袋で寝たことないのは誰のおかげだとおもってンのさ」
「そもそもお前が突っ走らなけりゃ穏便に済んでるケースが多いって言ってんだよ、銃で世界が回ってるとでも思ってるだろ。いいぜ、お前の世界観に文句はつけねえから、俺を引きずり込まないでくれよ、頼むから」
「ならどうすんのさ? 祈るの? 銃向けられたままで『あぁ神よ、救い給え』って? 馬鹿馬鹿しい、そのまま撃たれるのがオチさね」
「鉄火場にならないように努力してんだよ、俺は。いくら賞金首だって殺しちまったら金にならないんだぞ、タダ働きしたいなら清掃のボランティアにでも参加してこいよ」
日常の一ページになってしまった口論に、ぼそりと差し込まれる首肯。「なるほど」とつぶやきながら、ヤマダはメモを取っていた。
「まるでバディ物の手本のようなやりとりですね、間近で拝見できると実に参考になります」
「「うるせえな!」」
二人から同時に怒鳴られても、ヤマダの好奇心は強靱だった。一瞬目を丸くはしたが、すぐにメモ書きに追記していく。その文面をチラと覗いたレオナは、メモを奪って投げ捨ててやりたい衝動に駆られたが、手が届かないので話題を戻すことにした。
「そんで? その懸賞金レースってのに勝ったら商品があンのかい?」
「なんだレオナ、今更参戦しようって? 逆立ちしたって上位陣には追いつけやしねえよ」
「負け犬は黙ってなヴィンセント。貰えるモン貰って損はないだろ、それが賞金ならなおさらね。――んで、どうなんだよ日本人、まさかトロフィーだけなんて言わないだろうね。栄誉じゃ腹は膨れないよ」
「金星に来る前に調べたんですが、賞金も出たはずですよ。確か……十万ドルだったと記憶してますけど」
一般人からすれば十分高額な賞金である。しかし、年中危険に身を晒した――その中でも選りすぐりの人物が得る――ご褒美としては安い気がしてならない。レオナの目は一瞬輝いたが、思い直したように冷めてしまっていた。
「……それほどでもないね、なんか」
「ははっ、そりゃあそうさ。賞金稼ぎ焚付けるためのキャンペーンみたいなもんだからな。ランキング上位にいる連中には宣伝効果もあっておいしい祭りなんだろうが、まぁ俺たちみたいな小規模な活動しかできない賞金稼ぎには関係ないな」
寝耳に水とばかりにレオナは目を丸くしていた。
「ランキング⁈ そんなモンあんの⁈」
「一応な。この時期だと公開されてるはずだぜ、調べてみろよ」
「調べな、日本人!」
「私がですか⁈ まぁ構いませんが……」
ヤマダは言われながらにぽちぽちとケータイを操作しながらも、若干機嫌の直ってきたレオナに話しかける。
「案外、順位とか気にするタイプなんですね。こう言ったらなんですが、我が道を征く人がほとんだと思っていました」
「アンタもタマなしみたいな事言うんだね、ヤマダ。勝負ってのは勝つためにやるモンだろ、レースでも何でも、やるからには勝つのさ。……まだ調べ終わんないの?」
「ちょっとまってください、あと少し……あ、出ましたよ! 皆さんが所属するアルバトロス商会の順位は…………ッ!」
――113位
……
…………
………………
「ひっく……」
レオナは引いていた。
「え? 113? 嘘でしょ、マジで言ってンの?」
「……なんか、すいません」
「馬鹿言えレオナ、十分高い方だぞ」
賞金稼ぎには、個人に始まり、アルバトロス商会みたいに兼業でこなす小規模なグループ、そして中、大規模の組織的に運用されている集団まである。大手になれば民間警備会社の内部組織に組み込まれているくらいだ。それに比べれば、強く切れるカードが二枚しかないアルバトロス商会は、かなり健闘している。別の言い方をすれば、同じ土俵にすら上がっていないとも言えるが、最も重要視するべきは、順位表に名前が残っている点だ。
数字にばかり目を奪われがちだが、そこから消えていると言うことはつまり、同年に得た賞金がゼロであることを示している。可能性は二つあり、引退しか、返り討ちに遭ったかである。
だが、レオナは単純に「面白くねえ」とつぶやくのだった。勝ち気すぎるのが、彼女の長所で在り、短所である。
「って事はなに、大所帯な連中のための出来レースじゃンかよ」
「だからそう言ったろ? 今から大逆転狙うなら、地道に賞金稼ぐよりライバル潰していった方が早いまであるぞ、一日に5チーム潰せば、おめでとう俺等が優勝だな」
「なにしれっと相乗りしてやがンのさヴィンセント、誰がアンタ達のために馬車なんか引くかっつの」
「はははっ! ――おっと着いたな」
人間街の――ゼロドーム基準で三つ星――ホテルの前に、ヴィンセントは停車する。お世辞にも立派な宿とは言えないが、寝心地よりも安全かどうかでベッドを決めた方が良い。その点では、このホテルなら安心だろう。少なくとも寝込みを強盗に襲われることはない。
「明日も同行するのか?」
ヴィンセントが尋ねると、降車したヤマダは笑顔で首肯した。
「ええ、勿論、よろしくお願いします。何時から調査に出かける予定ですか?」
「十時ぐらいだな、たぶん。ピックアップに来るからロビーで待っててくれればいい」
「それには及びません、明日は私の方が出向きますよ。社長さんにも挨拶しておきたいので、その旨、お伝えしてもらってもよろしいですか」
「OKだ、船は五番埠頭に停泊してるから勝手に来てくれ。夜遊びは控えておけよ、それじゃあ明朝に」




