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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
1st Verse brianstorm
225/304

brianstorm 3


 気温はまだまだ上昇中。獣人街に限らず、ゼロドーム全体で上昇中だ。


 冷房の効いた車内から一歩出るだけでもあっという間に汗だくで、むせ返るような熱気に鼻を塞がれているような感覚になる。ぼろっちい雑居ビルの一階にある商店の青年にけだるく挨拶してから、ヴィンセント達は階段を上がっていく。


 ――と、階段を上がって数歩、入り口付近で立ち止まっているレオナに、彼は声をかけた。


「どうしたレオナ、忘れ物か?」

「いや、なんか見られてるような気がしてさ……」

「そりゃ胸にメロン二つぶら下げてりゃ視線も集めるだろ」

「そーいうんじゃねェよ、馬鹿。監視されてるっていうか……ヤな感じさ、朝のドンパチの前も同じ気配がした。ここ二、三日くらい似たような感覚があンの。アンタ、感じなかったの?」

「お前が確信できない気配に、俺が気付けるとでも? 気のせいだろ? 行くぞ、ルイーズが待ってる、覗き屋探しするにしても後回しだ」


 馴染みの情報屋、ルイーズの事務所は二階あるのだが、今の彼らは話を聞くよりもまずは涼みたい一心だったかも知れない。

 事務所に招き入れられたヴィンセントの第一声は、ふぅと息づく音だったから。


「待たせたか、ルイーズ」

「いいえ。忙しい中呼び出してごめんなさいね、二人とも」


 クソ程に暑い日でもノリの利いたスーツを身につけ、凜とした佇まい崩さない立ち姿は、成る程、女伊達等に情報屋を営んでいると納得させるだけの説得力がある。ダンが『猫ちゃん』と呼ぶだけあってルイーズは豹の獣人であり、全身を艶やかな体毛で覆われているにもかかわらず、暑さをおくびにも出さない立ち振る舞いは尊敬せざるおえない。


「今日もすごい暑さね、何か飲むかしら?」

「アイスコーヒー」

「ウィスキー」

「ここは事務所よ、レオナ? お酒なんかあるわけないじゃない」

「なんだ、シケてんな。なら何でもいいよ」

「そう? そうしたら座って待っててくれるかしら、今用意するから」


 ルイーズに言われるがまま二人が応接用のソファに腰を下ろすと、まもなく彼女がドリンクと一緒に戻ってきた。しなやかにグラスを振る舞う姿からは、夜の色香が香ってくるようだ。


「それで、アタシ等に用事ってのは?――」


 出されたペプシには手をつけない代わりに、テーブルに踵を預けながらレオナが問う。

 無礼極まりない態度であるが、ルイーズは指摘しなかった。レオナがそういう人物なのだと、割り切っているのかも知れない。


「――こっちが別件で動いてンのは、アンタなら掴んでんだろ」

「誰か(・・)を探しているんでしょう? だから声をかけたのよ」

「情報があるのか? 都合よく?」


 アイスコーヒーで喉を潤してからヴィンセントが尋ねる。居場所について教えてもらえるなら願ったりだが、不思議な事もあるものだ。まだ、調べてくれと頼んでさえいないのに。


「いいえ、どちらかと言えば都合がいいのは私の方ね。依頼主が来てから話そうと思っていたけれど、先に触りだけ伝えておきましょうか」


 滑り渡されたフォルダをヴィンセントはぱらぱらとめくる、中身はある人物についての情報だった。しかしそれにしても、おもしろみもない薄っぺらい書類だ。端的に言ってしまえばこの人物、裏の世界とは関わりもない真人間、堅気も堅気の男である。一通り目を通した後に、「――んで?」とヴィンセントが尋ねるのも仕方がないこと、この資料だけじゃあ依頼の内容を察しようがない。


「こいつも探せってか? 誘拐? それとも家族からの捜索願いか?」

「どっちにしたって警察にでも任せりゃいいじゃンかよ、なんでアタシ等が……」

「丁度いいからよ、狩りに失敗した貴女達だからこそ頼みたいの」


 そう言いながらルイーズが浮かべた艶笑にカチンと来た、――……レオナが。


「おうコラ雌猫、口の利き方にゃ気ィつけろよテメェ」

「虎の貴女も猫でしょうに。八つ当たりはやめてくれるかしらレオナ、その短気が原因で失敗したんじゃないの?」


 差し詰め()(れん)に腕押しだ。レオナは腕は立ちこそするが口先の方はからっきし、むしろ舌戦で荒くれ共と渡り歩いているルイーズ相手に勝てる相手などそうそういないだろうが、ともかく二人の相性は水と油と呼んで差し支えないくらいである。


「あんな何て事のない捕り物で銃撃戦までした挙げ句、取り逃がすなんて前代未聞だわ。しかも、貴方達が二人揃っていて、人間の医者に逃げられるなんてね」

「俺まで巻き込むなよ、反省してるんだから」

「あら、殊勝ねヴィンス。反論してこないなんて」

「思い返してみれば判断が甘かった所もある、幸い次があるからな、活かすとするさ」

「そうしてもらいたいわ、私としてもね。判断ミスの所為で撃たれるなんて見たくないもの。少し前にチャイナタウンでも銃撃戦があって、防弾仕様の傘でも買おうかと悩んでいるくらいなのよ」

「ケッ! なぁにが反省だよ」


 まだまだ苛つき収まらずにレオナが言う。

 彼女も同様に今回の失態について振り返っていたようで、一つの答えに行き着いていたらしかった。そう、件の医者が潜伏していた場所についての情報を寄越してきた人物である。当然ではあるがゼロドームは大きく、大きなドーム都市ともなれば情報屋だって複数存在する。


 レオナは、得意絶頂になって情報を売りつけてきた情報屋の顔を思い出してた、おかげで更に血圧が上がったのは言うまでもない。


「あの野郎、ぜってぇシメてやる。半端な情報寄越しやがって……。医者の奴に仲間がいるなんて一言も言ってなかった」

「鮮度と正確さが情報の命なのよ。……いったい誰から買ったの?」


 些か呆れ気味に問うルイーズに答えたのはヴィンセントだった。その名前を聞いて、彼女は深いため息をつく。


「デュークだ、六番街の」

「『すきっ歯』デューク? 冗談でしょうヴィンス、自宅で財布をなくして探し出せない男にお金払ったの? ウィキペディアに寄付した方がまだ建設的だわ」

「その話はいい。デュークの奴はあとで総入れ歯にしてやる」

「……それだけで済めばいいけれどね」


 無論、誤った情報を流した罰は受けさせるが、流石にヴィンセントでも殺しはしない。しかし、そんなことは百も承知なはずのルイーズは、気の毒なことになるであろう未熟な情報屋の未来を、より深刻そうに嘆いていた。


「――? どういう意味だ?」

彼女(レオナ)よ。――災難だったわね、レオナ。怪我は平気なのかしら? 車で跳ねられたって聞いているけれど……」

「はぁッ?」


 思わず、ヴィンセントは頓狂な声をあげていた。

 初耳だったし、レオナは全くそんな素振りを見せていなかったからだ。


「なにジロジロ見てンのさ、ヴィンセント。大した事ぁねえ、軽く当てられただけだっつの。ひ弱なアンタとは身体の造りが違うのさ。――ルイーズ、テメェもお喋りは大概にしな、舌引っこ抜くかれてえか」

「これは失礼、私としたことがうっかりしていたわ、貴女の怪我を心配するなんて時間の無駄だものね。……えぇっと、どこまで話したかしら」


 出歩いて早々に無駄話の横道に迷い込んだから、殆ど何も変わっておらず、時間の節約をするはずが、ヴィンセント達は結局ドアチャイムを聞くことになる。


 経営者としてルイーズが出迎えると、資料と差異なき男が立っていた。やはりどう見ても一般人、どう見ても堅気、便利屋に頼るような生き方とは無縁のように思えるのだが、まぁ兎にも角にも、自己紹介は仲介役のルイーズに任せてまずは話を聞いてみよう。


「彼らが先日お話しした便利屋、アルバトロス商会の二人です。彼がヴィンセント、彼女はレオナ。お世辞にも上品とは言えませんが、腕は確かですよ。――ヴィンス、こちらが今回の依頼人、ヤマダさんよ」

「どうも」

「お忙しい中すいません、よろしくお願いします」


 かしこまっている……というより緊張しているらしく、ヤマダの手からは血の気が引いているようですらある。それも仕方のないことだろう、銃ぶら下げた人間相手に商談するなんて、きっと彼には初めての経験だろうから。


「気が早いぜヤマダさん。まだ引き受けるって決まったわけじゃあない、どんな依頼なのかもまだ聞いてもいねえんだ。――それでルイーズ、俺たちに頼みたい事ってのは何なんだ?」

「至極単純よ。ゼロドーム滞在中、ヤマダさんの護衛をしてもらいたいの」

「ッざけんなよ、ルイーズ。アタシ等はベビーシッターじゃねえンだぞコラ、手前ェの身も守れねェウスノロの面倒なんざ誰が見るか。――おい日本人、物見遊山で金星に来たなら場所を間違えたね、命が惜しけりゃ別のドームに宿を借りるこった」


 レオナの言葉にも一理ある。怖い物見たさの観光気分でゼロドームに来たのなら、早々に立ち去るべきだ。のぞき込んだ井戸の底に棲む悪辣共に喰われる前に。似たような理由で足を踏み込んだ怖い物知らずのティーンエイジャーが行方不明になるなんて、ここじゃ珍しい話じゃない。


 しかし、そう判断するにはまだ早い。ルイーズが仕事として持ってくるからには、まだ裏があるはずだ。おそらくは質の悪い、すごく面倒くさい理由が。


「……ルイーズ、護衛以外にもあるんだろ?」


 イヤな予感に苛まれながらヴィンセントが尋ねると、待ってましたとばかりに彼女は微笑を浮かべる。まるで沼地に踏み込んだ草食獣を見下ろす豹のような笑みだった。


「ふふふ、正解よヴィンス、話が早くて本当に助かるわァ。続きは、ヤマダさんから――」

「取材を、させていただきたいんです、あなた達の」

「取材?――」


 これまた突飛な依頼がきたものだと、胡乱そうにヴィンセントは片眉を吊り上げる。


「――文屋か? それともテレビ局か? どっちにしてもお断りだがな、マスコミってのはろくな事を書きやしねえ」

「いえいえ、確かに放送関係ですがマスコミとは違います。私の履歴書は読まれましたか?」

「どっかのプロデューサーだとか」

「その通りです、アニメーション制作のプロデュースをさせていただいております。なにぶん小さな会社なのでディレクターも兼任させてもらってますがね、ははは」


 日本人らしいアルカニックスマイルで空気を和ませると、ヤマダは続ける。一見すると頼りなさそうに思える男だが、どうやら彼は自分の仕事に誠実な人間であるようだ。咳払いを挟んだ後には、まっすぐにヴィンセントを見つめて熱意のこもった弁を振るう。


「じつは、賞金稼ぎを題材にした新作の構想が進んでおりまして、是非、本場の賞金稼ぎについて取材をと思った次第でして。危険と隣り合わせの世界で生きる人々の表と裏、そのリアルを肌で感じたいと考えていたところ、ルイーズさんの噂を知り合いから教わり、彼女からはアルバトロス商会の方々が適任だと薦められたのです」

「最初にお話ししたとおり彼らの本業は便利屋です、しかし、ヤマダさんの希望には彼らの方向いていますよ。丁度、別件も抱えているみたいですから――」


 大小にかかわらず、職務に全力を注ぐ人間を嫌いにはなれない。ルイーズはきっと、ヴィンセントが持つそんな性分も見極めた上で仕事を振ったに違いない。


「――どうヴィンス、貴方向きでしょう?」

「娯楽については消費する側で満足してるよ、俺は」

「どうかお願いしますッ!」


 深々と、そして綺麗に下げられたヤマダの頭頂部から発せられる力強い念に、ヴィンセントは思考する。正直引き受けても良い依頼だ。ヤマダに、提示した金額相応のリスクを背負ってもらえるなら、利の良い仕事だろう。


 だが、サインはまだだ。

 隣で冷めた視線を向けているレオナと、ヤマダを納得させる必要がある。


「あんたの依頼、受けよう」

「本当ですか⁈」

「おいヴィンセント、こんなはした金で――ッ」


 案の定逸った二人にヴィンセントは待ったをかけ、ケータイをいじりながら話を続ける。時間の節約だ、指先を見ながらでも口は動かせる。


「引き受けても良いが、ヤマダさん、こっちにも条件がある」

「……なんでしょうか」

「こいつ(レオナ)も言いかけたが、この額じゃあ話にならねぇってのが正直なところだ、他の賞金稼ぎや便利屋に持って行ったところで同じ答えが返ってくるだろう、そこでだ、あんたにも一つ冒険してもらう。――ルイーズ、プリンター借りるぞ」

「座ってていいわよ、私がやるから。このデータをプリントすればいいのね?」


 そうして刷られた書類を手にルイーズが戻ってくる。その題字を一読しただけで、きっと彼女には以下全文の想像がついたのだろう。ヤマダに書類を手渡しながら、彼女は「意地悪ね」とヴィンセントに囁いた。


 何が意地悪であろうか。仕事の価値はやりがいなんて物にはなく、売値を決めるのは売り手の特権だ。それでも尚割引を希望するのなら、ふさわしい扱いをするのが商売というもの。エコノミークラスの運賃でファーストクラスに乗れないのと同じである。


 まぁ、ヤマダの顔は題字を目にした瞬間に硬さを帯びたが、命の値段は高いって事だ。


「あの……これは…………」

「読んで字の如く、死亡免責証だな」


 小難しい表現を抜きにすればこう。

 万が一、契約期間中に怪我をしたり死んだりしても、アルバトロス商会及び、護衛担当者には一切の責任を問いません。私が墓に入るのは、全て私が間抜けだったからです、となる。勿論、前提としてヤマダの護衛には力を注ぐ。が、それでも漏れが発生した場合のリスクを負うには金額が低い。免責がついて丁度いい割引仕事だ。


「さて、後はあんた次第だ。俺たちに同行するなら撃合いに巻き込まれるかもしれないぜ、その覚悟があるならサインしてくれ。俺がペンを取るのはその後だ」


 ヤマダにとって、この書類に名を刻むことは閻魔の手帳に記された自分の名前に赤く丸をつけるに等しい行為だ。別に考え直したって恥ずかしい事じゃあない、身に降りかかる火の粉を事前に避けるのも正しい判断だからだ。


「……さぁ、どうする?」


 金星の悪辣、そこに住まう者共に囲まれた子羊を眺めながら、ヴィンセントはもう一度、静かに尋ねたのだった。


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