brianstorm 2
――ピッピッピッポーン
皆さんこんにちは VNNお昼のニュースの時間です。本日も私 ビリー・アダムスがお伝えいたします。
それではいつもの通り これからお送りするニュースを一覧で見ていきましょう。やはり 皆さん気になるのはこの二つのニュースではないでしょうか。
先日 ゼロドームで一斉逮捕されたマフィアのメンバーについては まだ記憶に新しいと思いますが覚えていらっしゃいますでしょうか? そうです 中々独特な逮捕となった彼らですね。警察署の前に駐車されていた車内から全裸で縛られた状態で発見されただけでも驚きですが なんとこの人物達についての新たな情報が、我が社の取材によって明らかになりましたので後ほどお伝えいたします。
二つ目は相次いでいる失踪者の捜索状況についてですね。よくある未成年の家出ではないかとも騒がれているようですが その真相は何処にあるのか ゲストを交えて迫っていきたいと思います。
そして これは個人的にも気になる話題なのですが 賞金稼ぎの必要性について 金星圏では疑問視する声が上がっているようです。彼らは正義の味方なのか それとも悪者を狩る悪者なのか バウンティーハンター法の成立から二十年以上経った今 その実態に改めて迫っていきましょう。それでは、一旦CMです――
世の主婦達が一息つける正午。オンボロ宇宙船、アルバトロス号のリビングルームでは真白い毛並みの狐少女が、体に余るソファにちょこんと腰掛けながらテレビに耳を向けていた。
エリサが、便利屋アルバトロス商会に来てから早一年が過ぎ、元から得意だった家事には更に磨きがかかり、炊事洗濯、掃除の全てが今では彼女の専門分野になりつつあった。働くざる者食うべからずの金言通り、振り分けられた仕事をこなしていた彼女だが、むしろ掃除と洗濯に関しては、この船内においてエリサの右に出る者はいないであろう位にまで高まりつつあるくらいだ。要領が良い上に、テキパキ動くのが好きなのもあり、今では午後の時間は丸々好きなことに使えるようになっていて、テレビを見るのも楽しみの一つだった。
でも、一番好きな物にはテレビも勝てない。エリサの耳がぴくぴくっと震えたのは、船内通路の金属板を踏みならす大好きな足音を聞きつけたからだ。
「おかえりなの。ヴィンス! レオナ!」
二人の姿が見せるより先に、エリサはぴょんと駆けだして出迎えた。あどけない笑顔とちぎれんばかりに振り回した尻尾は、言葉よりも多くを語っている。
「落ち着けってエリサ、良い子にしてたか?」
「えっへんなの! エリサ、ちゃんとお留守番してたの」
「こりゃあ余計な心配だったかな、この船で一番のお利口さんには」
エリサは「えへへ」と照れ笑い、些細な事でも褒められれば嬉しくなるものだ。周囲の人間の影響――便利屋という環境に幼いながら身を置いているが故に――色々な事にも気がつくようになり、あれやこれやを掃除したり、見つけたことを話したりするのがエリサの日常の一つとなっていた。
ただまぁ、完璧にはいかないものだ。
「ねえねえ、お仕事どうだったの? わるい人捕まえた?」
エリサの質問はとても純粋で、無邪気であるが故にヴィンセント達の耳には痛かった、皮肉の一つでも混ざっている方がまだ気が楽なくらいである。
こうなると少女の碧眼がまぶしく、ヴィンセントは気まずそうに視線を逸らして、ついでに耳もよそに向けた、テレビの方へと少女を促す。
またも身軽にエリサが飛んでソファにおしりを落ち着けると、テレビ画面ではCMが開けたところだった。
「……ん? なんだ、またニュースなんか見てたのか」
「うん、お勉強してたの。賞金稼ぎのおはなしもあるんだって、ヴィンス達のことも出るの?」
「……さぁ、どうだろうな?」
歯切れ悪く答えながら、ヴィンセントもニュースに耳を傾ける。
――では最初のニュースからお伝えいたします。
私たちの生活を守っているのは誰なのか 警察かそれとも賞金稼ぎか。 バウンティーハンター法が施行されてから二十年経った現在 宇宙中に散っている犯罪者の実に半数以上は賞金稼ぎによって捕らえられており それはここ金星においても同様です。 しかし 近年増加している傷害事件には 彼ら賞金稼ぎが関わっているものも多数在り 中には賞金首との銃撃戦に巻き込まれた方もおりまして、むしろ賞金稼ぎの存在が犯罪を助長しているのではないかとの声も――
ピッ! と短い電子音が不意に響けば、エリサが短く声を上げた。
「あぁなのッ! もうヴィンス、どうしてチャンネル変えちゃうの⁈」
「子供はこんなもん見なくて良いんだよ、ニュースばっかりみてると頭が石みたいにかちこちになっちまうぞ。……ったく、ムカつく番組だ」
と、ぶつくさ言いながらヴィンセントが選んだ局は、お子様向けのアニメチャンネルで、ずる賢いコヨーテと俊足の鳥が追いかけっこをしていた。エリサくらいの年頃の子には、適当な番組と言えるだろう。
「ロードランナーだ、面白いぞ」
なんて勧められても、エリサはしばらくむくれたままだった。見たい番組を変えられた上にリモコンもヴィンセントが持ったままなのだから、当然と言えば当然だ。が、キャラクター達の現実では到底あり得ないドタバタ劇に、彼女はいつの間にやら目が離せなくなっていた。
偉大なりルーニーテューンズ。
ぷんすこしていたエリサを笑わせ驚かせ、エンディングが流れるまでまともな言語を発せなくなるくらい釘付けにする力は、なるほど、世界中の親が子供をアニメ中毒から守るのに必死になる理由を体現していた。
「ねえねえヴィンス?」
思い出したようにエリサがそう口にしたのは、FINの三文字まで堪能してからだ。
「――お昼ごはん食べたの? おなか減ってない?」
「あぁ……そういや喰ってねえや、午前中は忙しかったから、色々と」
「エリサ、作ろっかなの」
耳先まで元気よく伸ばして働こうとするエリサだが、休んでいろとヴィンセントは言う。
その思いやりは確かにありがたいものである。しかし、動くことも重要だが、同じように息抜きすることも重要だ、エリサは優しすぎる性格ゆえか、すぐに誰かのために動こうとするから困りものである。
「いいよ自分でやる、お前は休憩中だろ。――ありがとな」
お礼と一緒に撫でられながら、エリサは「ミッミッ」とロードランナーの鳴き真似をした。髪がくしゃくしゃになるようにヴィンセントは撫でるけど、彼女はそれが好きだった。
そんな風に笑いながら首をすぼめたエリサをソファに残して、ヴィンセントは腹に詰める物を探してキッチンへ向かう。と――丁度レオナが昨晩のパスタボールを抱えてキッチンから戻って来るところだった。
当然のごとく、彼女手には自分が使う分の食器しかない。
少しくらい気を利かしてほしいなとも思おうところだが、ヴィンセントのもやもやは言葉にされることはなかった。
「おぅ、二人共、戻ってたんなら声ぐらいかけんか」
重低音の足音と声から溢れる芳しきダンディズム。髪型はモヒカンとファンキーだが、威厳たっぷりなアルバトロス商会のボス、ダンがリビングへ入ってきたからだ。
「首尾はどうだった、ヴィンセント」
まずは水を向けられて、ヴィンセントは歯切れ悪く応える。
「まぁ……そこそこかな」
「ふぅむ、そこそこか。――レオナ?」
頬張ったパスタを咀嚼しながら、彼女はただ睨み返すだけ。喰ってるから話しかけるなとでも言いたいのだろうが、残念ながらダンには全てお見通しだった。サングラスの奥ですぼめられた眼差しがヴィンセント達を捉えていた。
「逃がしたんだろう、奴さんを」
「「こいつが逃がした」」
互いに指さしながら見事にハモる二人。ソファから覗いているエリサはにこにこ顔だが、揉めてる当人達は眉間の皺も深い。
「医者追いかけたのはお前の方だろ、レオナ」
「その獲物ほっぽってチョロス(メキシコ野郎)に浮気したのはテメェだろうがッ! 欲掻いて本命逃がしてちゃ世話ねえってンだよ!」
「なぁ~にを偉そうに、ひょろひょろの医者に撒かれておいて吼えんなよ」
「車で逃げたんだよ、野郎は! 追いつける訳ねェだろうが、このタコ! それとも何か? アンタなら走って追いつけたってのか?」
「車で逃げたんなら、車で追えよ。俺たちがどこで見張りしてたか思い出せよ」
「あーあー、是非ともそうしたかったねェ、アタシもさ。どっかの馬鹿が、キー持ったまま障害物競走としゃれ込んでなきゃそうしてたさね!」
それから暫く、あーだこーだと水掛け論。
子供じみた言い争いを聞かされるダンは目頭を押さえ、エリサは「仲良くケンカなの」と微笑みながら二人を眺めていた。
ダンが止めなければ小一時間は続いていたかも知れない。
「もういい十分だ! いい加減にしねぇか、大の大人が揃って責任の擦り付けあいなんざみっともねえ。お前さん達二人に任せた仕事なんだぞ、責があるとすりゃあ、片方じゃなく双方にある、大人にならねえか」
反論が双方から上がるが、ダンは一喝で黙らせる。
「喧しいッ! 過ぎたことでどれだけ時間を無駄にするつもりだ。騒いだところで魚は針を咥えちゃあくれんぞ、釣るにはもう一度糸を垂らす他道はないんだからな」
口より先に手を動かせ、ぐうの音も出ない正論である。まだ釈然とはしないまでも、ヴィンセントは長く息を吐いて、頭を冷やした。そう、ダンの言うとおり、竿をもう一度振らねばならない。その為には、今一度ポイントを見定める必要がある。
「……行くぞ、レオナ」
「はぁ? もうかよ、少しくらい休ませてくれたっていいじゃあないか」
「虚仮にされたままで良いなら好きにしろ、俺は先に行ってるぞ」
船に留まっている理由も彼には既になくなっていた、なにしろ残っていた昼飯も、レオナの腹にすっかり消えてしまっていたから。
「チッ、待ちなよヴィンセント!」
レオナもすぐに席を立った。まんまと逃げられたままじゃあ、腹の虫が治まらないのは彼女もまた同様なのである。――と、リビングを去る背中にダンが声をかける。
「情報収集なら猫ちゃんの所に寄るんだ、追加で一つ仕事の依頼が来ているそうだから、話を聞いてきてやってくれ」
「いってらっしゃいなの~」
ご機嫌なエリサに見送られて、ヴィンセント達は再び街へと繰り出していく。




