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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
4th Verse High & Dry
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High & Dry 4

 その場の勢いで人助けなんてするもんじゃないと、今回の件で痛感した。特に女、子供、それから動物。芸能人が共演したくないという理由が分かる気がする。慈愛心の全てを無駄とは言わないが、誰構わず降り撒くのもまた違うのだ。女で、子供で、獣人など鬱陶しい要素ランキングTOPスリーそろい踏みの面倒なんて、男所帯の便利屋でみるもんじゃない。他にいくらでも適した場所がある、餅は餅屋だ。鉄の臭いが移る前に離しておかないと、虫も寄りつかなくなってしまう。これこそ余計は世話か。


 とにかくこれで、子供の世話に煩わされる心配なく、便利屋稼業に精を出せるというものだ。憂鬱なのは、おそらくレオナが機嫌を損ねているだろうから、相手をしなくてはならない事だ。不満は賞金首にぶつけてくれ。


 ……そういやぁ、今どの辺りにいるんだ。

 片目を薄く開けてみると、車窓からは木々が見えた。――停車している。


「なんで停まってんだ、爺さん。しかもまだ屋敷の敷地内じゃねえか」

「すみません、お客様。少々お待ち頂けますか?」

「そりゃあ、いいけど理由は? 人待たせてっから早めに頼みてぇんだけど」

「お時間は取らせません。オドネル様にお話のある方が――」


 ルイーズだけじゃなくこの爺さんまで話を蒸し返すつもりか。部外者にまで説教垂れられるなんて腹が立つだけだ。ヴィンセントは一気に不機嫌になった。


「おい、まさか話があるのはあんたじゃねえよな、爺さん。どこにでも土足で踏み入っていいわけじゃねえだろ、年喰ってるからってよ。世話は自分んとこのご主人様に焼け」

「……お嬢様が(・・・・)、お話があるそうです」

「なに?」


 視界の隅。バックミラーの世界を見遣り、それからヴィンセントは振り返る。特徴的な狐耳を揺らし白尾をなびかせ、走ってくるのは、間違いない、エリサだった。


「なに考えてんだ、あの馬鹿……。車出せ、爺さん」

「出来かねます」

「とっくのとうだ。追加サービスは不要、さっさとやってくれ」

「お嬢様のご意向ですので」


 暖簾に腕押しだ。恫喝が混ざっているにもかかわらず、ハンドルを握る執事はまんじりともせず、前方を見つめていた。エリサの意向に沿うまでは動くつもりはないらしい。力尽くでも無駄だろう。

 するとルイーズが促した。言われなくても分かっていた、エリサはもう立ち止まっている。彼女はもうすぐそこまで来ているのだ。


「お前もおかしいぜ、ルイーズ。私情を挟み過ぎちゃいねえか」

「そうね……。認めるわ、私はエリサに同情している。けれど間違えないでいて、あくまで私情としてよ、公には持ち込んでいないわ。そもそもとして、今回の話はわたしと貴方の個人的な頼み事だもの。ヴィンス、私を詰問する前に向かい合うべき人がいるでしょう」

「ふざけろ」

「問題は何一つ片付いていない、全て残っているはず。丸く収めたと、貴方が思い込みたいだけでしょう。双方が納得した結果なら、部外者の私が口を出す事ではないけれど、話し合いさえしていなかったじゃないの。あれだけあった時間はどこに消えたのかしら? 反故にしたのは貴方だわ」


 一度ヴィンセントの後ろへと逸らした視線を戻すとルイーズは続ける。


「相手はテーブルに付いたわよ。死線を渡ってきた便利屋が子供との勝負から逃げる気?」

「…………」


 げんにエリサは縋ってきた。分かりきっていたからこそ最善策を講じるために黙っていたのだ。それを逃げと評されるのは聞き捨てならねえと、また一つヴィンセントの眉根が寄る。


「そう……。それなら私がカードを配るわ、ぐずぐずしていないでベッドなさい」


 有無を言わせず、ルイーズが車から降りる。こうなってしまってはエリサを何とかしない限り、帰ろうにも帰れない。渋々ヴィンセントはドアノブに手を掛けた。


「はぁ……はぁ…………」


 まだ息を整えているエリサは、だが項垂れる事も目を瞑る事もなく、彼女の碧眼は蒼天の輝きで澄んでいた。もう日は陰っているのに、その瞳は雲の上でみる太陽に劣らず眩しくて、ヴィンセントは目を細める。やはり場違いだとしか思えない。

 手っ取り早く、もう一度怒鳴りつけてやろうとした。しかし、エリサの顔つきは不安げな子狐のそれとは異なっていた。


「お話があるの」

「分かンねぇ奴だな、いっちょ前になに言ってやがる」

「エリサも真剣なの! どんなに言われてもやっぱり皆と一緒にいたい、アルバトロスの皆とさよならしたくないの」

「お前の家はあの屋敷でボロ船じゃねえんだって、もう違うんだ。回れ右してさっさと帰れ、平和な日常に帰れるんだぜ。好きこのんで夜道を歩く事ぁねえ、親父さんもそう望んでるさ」


 エリサの親父から託され、ヴィンセントが手渡した。少女の首にさがった純銀のペンダントに一つ結んだ契約がある。今際の際に娘を想った父親の言葉を忘れてはいない。


「俺たちがどういう集まりか、まだ理解出来てねえのか。控えめに言っても屑だ、隙あらば喰い合う野良犬だ」

「イケないことなんでしょ? 分かってるの、エリサ……。皆がなにしてるのか」

「それなら納得出来るだろ?」

「でも、イヤなの」

「あのなぁ、お遊びじゃねえんだぞ⁉ 殴らりゃ血が出るし撃たれりゃあ死ぬ。この間攫われたばっかだが、一度きりとはかぎらねえ。まさか忘れたとは言わねえよな。便利屋が恨みを買う以上、一緒にいれば巻き込まれる。狙う側からしたら格好の餌だ、前のはたまたまツイてただけだ」

「ふざけてないもん、エリサ考えてるよ。考えたから皆といたいの」

「ナマちゃん言いやがって、いいトコ楽しいとかだろ? 温すぎる。大体、陽の下に戻りたくても戻れない奴が大半だっつぅのに、自分から将来切り捨てる気か⁉ 二度目があると思ってんならぶん殴るぞ」

「祈るだけじゃ変わらないって教えてくれたのヴィンスなの。待ってるだけじゃなにも変わらない、じぶんで何とかしなくちゃダメなんだって。だからエリサが選んだんだよ、捨てたんじゃなくて。心配してくれてもうれしくないよ、エリサはお人形じゃない。じぶんの人生はじぶんで決めるの、勝手に決めないで!」

「ガキが活きってんな。他人様に首を振れるのは力と理を持つ奴の特権だ。こっちの世界じゃそいつは銃で、そして金だ。愛だの夢だので買えるのはお涙頂戴の同情が関の山。ただの我儘だ、お前が言ってんのは」


 子供に求めるには理不尽な要求だと分かりきっていても、気持ちだけでは生きていけない。それが現実だ。


「エリサはエリサのいたい場所にいるの。どんなにあぶなくて辛くても一緒にいたいの、大好きだから、家族だから。他にどうしようもないの、ワガママだってわかってる。でも、今サヨナラするのはイヤなの……死んでも、イヤ……」

「…………」


 真っ直ぐで力強く、エリサは怯まない。人の命の重さ、そして『死』という単語の重さを彼女は重々承知している。口にするのも恐ろしいはずなのに毅然と――。


「だからね、怖くないの」

「?」


 一体何がだと訝るヴィンセントの手を、エリサはそっと包み込んだ。


「おい、なんのつもりだ」


 肉球柔らかく毛並みしなやか。汚れを知らない純白の手に、便利屋の汚れた手で触れるなど侮辱もいいとこ。強姦と同義の最低な行いだ。

 非力なエリサの手を、ヴィンセントはだが引き剥がせなかった。


「汚くなんかないの。おっきくて、強くてね、格好いい手なの。だってエリサを助けてくれた手だもん。怖くなんかないよ、あきらめてたエリサの事をだいじにしてくれた、優しい手。ちっともバッちくなんてないの」


 するとエリサが手を離し、すっと目を閉じ軽く頭を下げ、さぁ来て、と解いたヴィンセントの手を誘う。狐耳が緊張と期待の狭間でぴくりと震えて、待ち続けていた。

 決心が付かず銃だけを握り続けてきた掌を見つめて葛藤するヴィンセントと、生娘の身で身体を強張られせているエリサは、まるで初体験の男女のようだった。


「……いいよ、ヴィンス」


 ここで退いては逃げになるのか。ヴィンセントは跪き、エリサを撫でてやる。エリサは毛皮だけじゃなく、その白髪までも白くサラサラだ。どれだけ撫でても、毛皮が朱に染まる事はない。


「あったかいの……」


 されるがままに身を委ねていたエリサは、夢見心地でふわりと尻尾を揺らす。


「ほらね? エリサきれいなまんまだよ? ……ヴィンスが来てくれなかったら、きっと、もっとひどいことされてたと思う。これからだって悲しい事もあるかもしれないよ? でも、でもね――それでもエリサは後悔なんてしないの。デコボコでもいいからじぶんで選んで、じぶんで決めた道を進んでいきたい」

「……」

「だから、お願いしますなの。エリサを連れて行ってください」


 耳の先までピンと伸ばし、深く深く頭を下げて、エリサは真摯に頼み込む。それは子供が騒ぎ立てる我儘ではなく、一人の女性、エリサからの頼み事として。


 見てくれは餓鬼でも、中身は成長を続けているのか。決意と覚悟がそこにはあり、ヴィンセントは後頭部をかきむしりながら「アァー、アァー」唸り始める。とんでもなく馬鹿な事をしようとしている自覚があるのに、止められないのはもどかしい。絆されやがって、馬鹿野郎が!


「デカい屋敷も、綺麗な服もなしだぞ」


 言っちまったら終わりだ。だがもう遅い。エリサの華やぐ表情を押し返すようにヴィンセントは続ける。


「家事に雑用諸々は当たり前だ。船の仕事も覚えさせる、出来ねえつってもやらせるからな。泣き言ぬかしやがったらマッパにして宇宙に放り出す、容赦しねえぞ」

「うん」

「それでよけりゃあ、好きにしろ……!」


 言うだけ言って、ヴィンセントはさっさと後部座席に乗り込む。こんなはずじゃなかったのだが、なにが上手くいかなかったのか。考えているうちに開けっ放しの扉からエリサが彼の隣に座る。


「ヴィンス、ありがとうなの。――ルイーズも」


 助手席に戻ったルイーズは柔和な笑みでエリサに答える。

「貴女が自分の手で勝ち取ったのよ、よかったわね。――それじゃあ出してくださるかしら」

「かしこまりました」


 ギアをドライブに入れながら、執事は残念そうに言葉を濁した。


「どうかしました?」

「いえルイーズさん、お嬢様のお世話ができないのが残念なだけですよ、はははっ。きっと素敵な女性になるでしょうな。エリサさん、何事も信じる事ですよ。そうすれば、あなたを助けてくれるヒトはきっと見つかる。心を磨く事です、いいですね?」

「はいなの」

「良い返事ですな。それでは参りましょうか」


 遠ざかる屋敷をエリサは一度振り返る。遠のいていく表の世界、父と過ごしていた世界。二度と戻る事は叶わないかもしれないが、彼女の心に悔いはなく、明るい笑みで隣をみる。

 歩いて行くと決めたのだ。


 この道を、この人と――。

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