SO LONG GOODBYE 6
『レオナ、レオナよ。応答せんかまったく……定時連絡の時間だぞ、なにしてる』
机に置かれた無線機がなり、事務室のいびきと混ざる。
不満だらけの仕事、あまりに退屈な内容、げっぷが出る程の満腹感。居眠りするのに必要な条件は揃っていた。銃を構えて待機ならいざ知らず、カメラの前で座っているだけなんて、レオナにしてみれば拷問に等しかったのである。むしろよく耐えた方だ。机に突っ伏しいびきを奏でていたレオナは、耳元で鳴る無線機の声に殺意を覚えて瞼を開け、手探りで無線機を掴んだ。
「……あ?」
『だから定時連絡をだな。どうだ店内の様子は』
「いくら待ったってなにも起きゃあしねえって。外から見たって分かるだろそんぐらい、おんなじ報告またすんの?」
『そうだ、何も起きていないのなら、何も起きていない報告をしろ』
「賞金首も勘付いて逃げたんだよ。顔だって変えてるかもしンねえんでしょ? なぁダン、もう引き上げてさ、エリサ達と合流しない?」
今ならまだドーム内にいるはずだとレオナは言う。
『本来ならとっくに終わってる仕事だから汲みはするが、依頼を途中で放りだすには相応の理由がいる。どこから見てもうちが白く見える理由がな。信用ってのは築くは難く、失するは易だぞ。このドームでの信用を失えばおまんまの食い上げだ』
「考えすぎさダン、こんなしょぼくれ仕事、誰が気にするよ。ガキの使いだぜ」
『特に悪い噂ってのはすぐに広まる、尾ひれが付いて。依頼主に土ひっかぶせれば、そのまま俺たちに汚れが付くんだぞ。ガキの使いもこなせねえとな』
「黙らせてやるさ、そんな連中」
『血気盛んで結構、だがハナッから言わせないようにすりゃその手間も省ける。地道だが勤労ってのは大事なんだ、何事もマジメが一番なんだよ』
手近にあった水を一息で飲み干して,レオナは欠伸を一つ吐き出す。心底性に合わないが、ダンの指摘が正しいことは彼女も理解はしていた。
『なにも永久の別れってわけじゃねえんだ。会おうと思えば会いにいけるんだろ? そこでお前さんの行動力を生かさんでどうする、元気出せ』
「子猫じゃないんだ、馬鹿にすんな」
『たまにはしおらしいとこも見てみたいがね。可愛げがあっても良いと思うが、まぁ、その方がお前さんらしい』
ダンの語りは、まるで口説いているような口調だった。
「チッ、アンタと話してっと馬鹿らしくなってくる。なんだったけ?」
『そうだった、そうだった。なら、仕事をしてくれ。真面目にな』
促され、相も変わらず退屈な店内映像を眺めて無線機に応えるレオナ。やっぱり異常はなく、ムカつくだけだ。
『そうか、こっちは人通りが増えてきた。影になって万が一見逃す可能性もあるから、居眠りなんぞするな、店内で抑えるとなるとお前さんの力がいる』
「うるせえな。アンタこそ煙草切らしたとかで買いに行ったりしてみろ、モヒカンちぎり取ってデッキブラシにしてやっから」
『おいおい、勘弁してくれ。人様のトレードマークになんて物騒な!』
鼻を鳴らしてレオナは笑う。不思議なものだ、人間を嫌い、嫉んでいたはずなのに、気が付けば憎悪の対象としていた連中と働き、あまつさえ同じ船で寝食までも共にしている。だがそこには息苦しさや、鬱屈とした暗い感情は湧かないのである。カメラの向こうの人間と、無線の向こうのダン。その差は一体何だったのだろうか。乾いた笑みに疑問を孕み彼女はとつ、と問う。
「ダンってさ……なんなの?」
『むん? 年の功だ。火のおこし方から銃のカスタマイズまで、何でも聞いてこい。手広くやり過ぎてて印象薄いか? そういや銃の調子は?』
「満足してる。こんなにしっくりきた銃は生まれて初めてだ。身体の一部みたいさね」
『そうだろ? ぴったりレオナに合わせたんだ。イジリ甲斐のある内容だったし、俺としても楽しめた。そのお陰でお前さんにしか撃てん銃になっちまったが……それも一興だ。性能は尖ってる方が面白え』
便利屋の中の何でも屋として手腕を振っているが、ダンはアルバトロスの船長で、レオナから見れば雇い主である。だが、いまの彼はまるで銃職人のようだった。もちろんレオナが聞きたかったのはこんな事ではない。
「アンタはどういう理由があってアタシを雇ったのさ」
『なんだ藪から棒に。理由もクソも――酒の席でしてやるよ。この手の話は酒飲みながら語らうと相場が決まってる、サシで』
「他にゃあ誰もいねえよ」
いいから話せと、レオナの語尾が強くなる。
『そんなに聞きたいのか。感動するような大層な理由じゃねえんだがな』
躊躇うようにダンが唸る。そして――
『お前さんが好きだからだ』
「ハァ?」
この色ボケ中年オヤジは何をほざき始めたのか。女とみれば下心を出す救いようのないエロ親父だということは、レオナも重々承知していたが、まさか獣人である自分にまでピンク色の視線を向けていたとは考えていなかったのである。これまでも似たようなことをダンに言われてはいたものの、正直なところ冗談だと捉えていたし、事実笑い話だった。だが、いまのは違う。明らかな好意を持っての一言だったのである。
レオナは思わず怖気を震っていた。
「気持ちわりいことぬかしてんじゃねえ!」
『俺はレオナが好きだ、だから雇った』
「何度も言うなぶっ殺すぞ、マジで!」
『俺の愛がそんなに恥ずかしいか』
「ちげえよ、このボケ! 気持ちわりいからやめろっつってんだ! モヒカン・サングラスの強面が、なにが「俺の愛」だっつの! テイクフリーの愛なんざ願い下げだ、しまえ!」
『人相悪い方が愛情は深い。それから毛深い女も愛情が深いと聞いたことがある。というより顔で決めるな』
「オーケイ。そこで待ってろ、今モヒカンむしりに行ってやる」
『おお、待て待て! 最後まで聞かんか。はしょりすぎたな。俺はレオナがいい奴だから、好きなんだ。好きだから、雇った。雇ったから愛してる』
「最後のはいらねえってんだよ、だから! ご自慢の銃をテメエで味わわせんぞ!」
『人の愛は不要か。不思議な女だ、お前さんは。好かれるのを拒むとは』
「アンタが注目してんなァ、アタシの胸のデカさだろ? グラサンしてても視線バレバレなんだよ」
『魅力的だからな。男ならむしろ、目を背ける方が罪ってなモンだ』
「否定しろよ……」
『だが、それだけじゃねえんだぞ、レオナを雇った理由は』
「戦闘能力だろ、どうせ」
『立場上、常に頭にある事柄だし無論それもある。便利屋の性質上、敵弾を怖れず、鉄火場で踊れるニンゲンはいくらいても足りねえからな。獣人の身体能力は、羨ましくもあるぞ。人間じゃ難しいことも容易くやってのける。しかし、それだけならば一時契約で雇うさ。家がねえからって船を貸してやろうとは思わん。船ってのは家族なんだ、古い考えかもしれんが。共に暮らすからには条件がある』
「食い扶持稼げってんでしょ? エリサにも働かせるくらいだもんな」
『維持費が掛るんだよどうしたって、最低限は働いてもらわんとな。――とにかく、そいつがいい奴かどうか、俺が見てるのはそこだけだ。ヴィンセントも、エリサも、お前さんも一緒にいて気持ちがいい。だから俺に出来る事なら何とかしてやりてえと思ったのさ。それはお前たちが、いい奴だからだ』
「ンの割には、あっさり切ったじゃねえか、お気に入りをさ。一体どういう理屈だい?」
おかしな話である。エリサの件に関して、ダンはその決定権をヴィンセントに委ねているのだから。
『正解が一つとは限らん』
とくとくと、ダンが説く。
『おそらくどちらも正しい選択だろうからな、どちらが正解とは言えんよ。ヴィンセントが出した答えも、レオナが詰め寄った意見も、二人ともエリサを案じて出した答えだ。例え逆を向いていようと、きっと正しい』
「アタシがいりゃあ心配なんざいらねえってのにさ、どこに預ける気か知らねえけど、アイツはやっぱクソ野郎だ」
『ヴィンセントが見たのは可能性だ。お前さんだって首を縦に振ったろうに。エリサに危険が及ぶ可能性を限界まで減らすとしたら、やはり船から下りた方がいい。お前さんが寝ずの番をしようと、うちにいる限りどうしたって危険は付きまとう。エリサの人生において、今日という日は間違いなく分岐点になる。あまりにも重大な選択だ。エリサにはまだ選べんよ。いうて子供だ、人生に責を負わせるにはまだまだ早い』
「選ぶもクソも、野郎はエリサに黙ってんだろ? 選択権すらねえじゃないか。エリサが残りたいって言ったら?」
『はてなぁ……』
問いかけに答えたダンの声は、もしかしたら笑っていたのかもしれない。
『お前さんも同様だ、レオナ。無理やり引き留めたりはしねえから、好きな時に降りればいい。行きたいトコがあるなら運んでもやる』
「うっせぇ、勝手に降りるっつの――……うん?」
異常あり。フロアで何か揉めているらしく、監視カメラにはウェイトレスと男性客の悶着が写されていた。
『どうした』
「フロアでなんか起きてる。ああ~、客の一人がウェイトレスの尻揉んでンね」
遂に来たこの瞬間。溜まりに溜まった鬱憤を今こそ爆発させる時。言うが早く、レオナは椅子を蹴り、フロアへと向かった。
『待てレオナ、はやまるな!』
事務室は既に無人。無線機はテーブルに置き忘れられ、ダンの制止は誰の耳にも届くことなかった。




