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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse SO LONG GOODBYE
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SO LONG GOODBYE 5

「それで……話したの?」


 エリサの尻尾を見送ってからルイーズが訊く。

 いつか訊かれるだろうとヴィンセントも思っていた。目を瞑りながら凝った首を回して、答えを探す。


「その話はもう済んでる、口出し無用だ」

「答えてちょうだい」

「……話したさ」

「そうは思わないわ」

「ああ、二人には話してある」

「誰にかしら」

「ダンとレオナ」

「ダンとレオナね。……いいわ、一応聞きましょう、なんと言っていたの? 二人の意見は」


 硬さを帯びたルイーズの詰問。黄金の眼差しがヴィンセントの横顔を見つめる。


「任せるってさ、ダンは。まぁ、エリサに関しては一切関知しないってのは、最初っから決まってたし。あいつの面倒を見るのは俺がするべき事だ。そんかわりレオナがブチ切れてたが、あいつは現場にいたからよ。理由も必要性も理解してる。そういやレオナ、お前にも切れてたぞ。お前がわざと今回の依頼を持ってきたんじゃねえかって」

「意味が分からないわね。いつもと違うルートの依頼なのは確かだけれど」

「まぁ俺も分かんねえんだけど。たぶん長引いて、こっちの予定にまで食い込んだの根に持ってるんじゃねえかな」

「賞金首の都合把握出来ていればどんなに仕事が楽になるかしら。……それはいいとして、猶予期間を与えたのは、貴方の気持ちを整理させる為ではないわ。理解していて?」

「どうきりだしたって上手くいかねえさ、駄々こねんの目に見えてるだろが」

「それで時間を無駄にしたわけ? 決心が付かないから、肝心のエリサちゃんには一言も告げていないのね」


 返す言葉もなく、ヴィンセントは仕方ないだろう、と肩を竦めた。

 話すことは出来たろうが、困るのはその後。いくら理が通っていても、子供を理論的に納得させるのは難しい。

 だがそれでもとルイーズは詰め寄った。


「まるでミュンヘン会談ね。土地のように他人の人生を切り売りするなんて何様なのよ、いくらなんでも勝手が過ぎるわ」

「ふっ、言い得て妙だな。あいつならどこでだってやっていけるさ。抜けてるように見えてしっかりしてる」


 ヴィンセントがルイーズに頼んでいたのは、獣人の里親捜し。

 ボロ船アルバトロス号に代わるエリサの新しい家だ。彼女を愛し育ててくれる、彼女に相応しい家族というコミュニティ。

 数ある里親候補の中からルイーズが選び出した人物なら心配は不要。彼女のことだ、一切合切調査した上で話を持ってきている。


「獣人の夫婦だって? よく見つけてきたな、正にうってつけってやつだ。養子探してるってことはそこそこ裕福なんだろ?」

「あの子が何に幸福を感じるかは、彼女にしか分からない。けれどねヴィンス、エリサちゃんに必要なのは裕福な暮らしでもなければ、安全な家でもない。貴方なのよ」

「まるで平和を確信した紅茶好きの間抜けみたいな物言いだ、俺がちょび髭の伍長だとしても納得だぜ」

「笑っている場合? 透明な硝子細工は美しいの。エリサはまるでボヘミアングラスだわ、繊細で、とても壊れやすい。あの子は父親を亡くしたばかりなのよ? すでに傷だらけだわ、二度は耐えられないわよ」

「……二度ってなんだ」

「家族をなくすこと」

「なった憶えはない」

「貴方はね。でも、あの子はそう思っている」

「勘違いだ、願望だ。俺たちゃあ世間様に顔向け出来ねえ悪党なんだぜ、お忘れかもしれねえが。同じ船で暮らしてんのは、そのほうが都合がいいってだけだ。悪党同士の馴合いが目的じゃねえんだよ。そんな寄り合い船のどこにエリサを乗せる」

「一年よ? すんなりと断ち切れる時間じゃない事くらい分からないの。私を含め、つまはじき者達の中に、アルバトロスにエリサは居場所を見つけてしまった。そして悪党の貴方達に、家族の温もりを――……だから追い出すのね?」

「人聞きわりぃな、否定はしねえけど」

「エリサを思ってのことなのかしら、それは」


 他に理由があるのでは? ルイーズはそう尋ねた。


「あいつは表の――堅気の世界の住人だ。本来なら俺たちみてえなアウトローと出会うことからおかしいのさ。テメェを助ける為に親父が死んだ。不幸にも暴力と欲望の渦中に吞まれ、世界の最下層に叩き込まれたんだ。だがなルイーズ、エリサはまだ戻れるのさ。だから戻してやるんだ、流れ弾に当たらねえうちに」

「本当にそれだけ?」

「しつけえな、さっきから。何を訊きてえ」

「エリサちゃんを疎ましく感じているんじゃないの」

「……どうだろうな」

「拾ってきた子犬とは違うのよ、あの子は⁉ 面倒になったから捨てるなんて、よくもまぁ、そんな無責任なことが言えるわね」

「責任取って引取先探したろうが。言っとくが、首領レオーネから買い取った時からなにも変わってないんだぜ。便利屋の仕事は恨みを買う、トラブルばっかりだ。いつカチ込みがあるかもしれねえのに、アルバトロスに置いておけるわけがない。むしろこのままの方が危険だ、なにより――」


 何かを言いかけたヴィンセントが、鏡のように鬱陶しいフロアパネルに眉根を寄せて口を噤む。その渋面をチラと見て、ルイーズは興奮が冷めるのを感じた。静かに、だがはっきりと彼女は問う。


「なにかあったの? エリサと」

「たぶん単純な話さ。ルイーズ、もしお前だったら自分を撃とうとした人間と一緒の船にいたいと思うか?」


 忘れようにも難しい。

 ヴィンセントに恨みを持つチンピラ達にエリサが攫われ、彼女を奪還する為、埠頭で発生した激しい銃撃戦は、ゼロドームの無頼漢ならば誰だって知っている。その銃撃戦の最中、取り乱したエリサがヴィンセントに銃口を向けたのである。もちろんこの事実を知っているのは極少数だ。エリサ本人と、ヴィンセント、そして今はルイーズだ。銃撃戦に参加していたレオナもその場にいなかったので知らないくらいだ。


 しかし――とルイーズは続ける。エリサは確かにヴィンセントを狙ったが、それは銃撃戦の中での緊張状態が招いたことで、悪意はなかったはず。


「エリサちゃんのお父さんは人間に殺されたんでしょう? しかも、自分を誘拐した人間達に。貴方に救われたといっても、突然のことだものムリもないわよ」

「……逆だよ」

「え?」

「気ィ失ってて、目が覚めたらドンパチの中だったしな。お前が言う通り、パニクるのもムリねえことだろうよ。ところがどっこい逆なんだ。エリサが俺を撃とうとしたんじゃない、俺がエリサを撃とうとしたんだよ」

「な、なにを言っているの、ヴィンス……」

「俺はエリサを殺そうとした」


 色もなくヴィンセントが言う。

 冗談と笑うには重すぎて、ルイーズは絶句していた。想像だに出来なかったのである。ヴィンセントが自分を慕っている子供を撃ち殺そうとするなんて。


「エリサに銃を向けられたあの時、俺も銃を握ってた。ただの偶然だ。酷えモンだろ? エリサ助ける為に行って、殺そうとしたんだ。本末転倒で俺にも意味が分かんねぇ。何しに行ったんだって話だよ。あの瞬間、敵が襲ってこなかったら、俺はエリサを殺してたろう。どうやら俺は自分で思っていた以上にヒトデナシだったらしい」


 光彩の失せた眼差しを向けられてルイーズは身震いした。あれは生き物を見る目じゃない。人のことをただの的程度に、もしくは路傍の空き缶にとでも考える視線はあまりに冷酷で、見られているだけなのに彼女は寒気を感じた。


「結局さ、俺たちとエリサは別の種類の生き物ってことだ」


 銃を握り続けてきた両の掌は、どんなときでも銃把の感触を忘れない。安らかな時でさえ、華やかな時でさえ。節ばった両手を見ながらヴィンセントが、ぽつり呟いていた。


「ドンパチやって、大勢とっ捕まえて、色んな奴に恨まれて、明日生きてるかどうかだって怪しんだぜ、俺たちは。暴力と破壊。ここは理不尽と死で煮立つバカでけぇ魔女の鍋、俺たちはそいつを混ぜるスプーンの一本で、鍋に沈むのは今かもしれない。血塗れのスプーンを握った手で子供を撫でるなんて、冒涜以外のなにものでもない。このままエリサが船にいたって不幸な目に遭う。殺意を持って銃を向ける奴がいたら俺はそいつを殺すしな、迷わず、誰であろうと(・・・・・・)だ」


 もしも再びそうなったなら、その時は迷わず銃爪を引く。引いてしまう。そしてそれは、恐らくだが自身の破滅を表わしているだろうと、ヴィンセントは感じていた。彼は淡々と語り、次いでに五本の指を見せる。


「なんの数字か分かるか?」

 ルイーズは頭を振り、ヴィンセントは冗談めかして続ける。


「エリサを含め、俺達が死にかけた回数だ、今年一年で。な? 別れた方がいいだろ?」

「あの子の意思は問わずに?」

「結果見えてんだろ。涙流して、「いやだいやだ」の連呼だよ」

「非道い人、そうやってまた女の子を泣かせるのね」

「処女のまま死ぬよかマシだろ」

「それに下品だわ」

「いつも通りにな。もう行けよ、エリサが怪しむ」


 しなやかに立ち上がり、店の奥へと消えていくルイーズの尻尾が消えてから、ヴィンセントは腕を組んで目を閉じたのだった。


 

 それから二時間の後、ルイーズに呼ばれ薄ら目を開けたヴィンセントが目の当たりにしたのは、魔法をかけられたシンデレラの姿だった。すっきりと切揃えられた白の体毛と毛髪。エリサが纏ったパウダーブルーのワンピースと相性は抜群で、まるで北極の空模様のような清廉さがある。


「ど、どうかなヴィンス……? ヘンじゃない?」


 気恥ずかしいのか、エリサは少し顔を伏せ、上目遣いで尋ねている。俯いていても白い向日葵の笑みは眩しくて直視に堪えない。もし目が合えば、純朴な碧眼の空に吸い込まれてしまうだろう。


「わるくねぇ」

「照れ屋さんね」


 微笑を讃えたルイーズに、ヴィンセントは返す言葉が見つからなかった。或いは彼が口を開かなかったのは、灰色の尻尾が物陰で揺れていたからかもしれない。

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