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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse SO LONG GOODBYE
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SO LONG GOODBYE 4

 ショッピングモールの五階にある獣人専門のヘアサロン。その待合室の長椅子に座りながら、ヴィンセント達は呼ばれるのを待っていた。

 ヴィンセントが気が付かないところにもルイーズはぬかりがなかった。美貌を武器の一つとしてゼロドームの無頼と商いをしているからこそ、美しさの維持には大変気を遣っているのである。高めることよりもその美しさを維持することの方が労力を使う。だからこそ、彼女の評価は厳しく、エリサの毛並みについて苦言を呈していた。


 ヴィンセントに代わってサロンの予約までしているということは、前々からかなり気になっていたかもしれない。


「そんなにか?」

「こんなにボサボサじゃあ、エリサちゃんの綺麗な毛皮が台無しよ。白い毛並みを輝かせるのは難しいの。髪も伸びるけれど、私達には体毛のセットも必要なのよ」

「別に切る程伸びてなくね?」

「言ったでしょ、長さの問題じゃあないのよ」


 お店で散髪をしてもらうのが初めてだというエリサは、興奮半分、不安半分といった様子でヴィンセントとルイーズの間に座っていた。いつかは当たり前になる行為も、初めてというのは緊張するもので、エリサの狐耳はピンと強張っている。


 全身の体毛を整えるということはつまり、初対面の理髪師に裸を晒すと言うことだ。全身を毛皮で覆われている獣人は、素肌を見られない分、人間に比べて羞恥心が薄いと言われている。一枚着ているのも同然だと――。だが、そんな感覚など個人差があって当然なわけで、どちらかというとエリサの感覚は人間の側に寄っていた。もちろん彼女の散髪は女性の理髪師が担当してくれる。しかし初対面だ。誰だって「はじめまして、じゃあ裸になって下さい」なんて言われたら戸惑う。このハードルは中々に高い。


 エリサ行きつけのサロンがあったならそこにしたろうが、そもそも彼女はこのドームでの生活は浅く、そんな店があるはずもない。なのでルイーズ御用達のサロンが選ばれたのであった。


「毛が逆立ってるぞエリサ、マリモみてぇになってる」

「む~……だって恥ずかしいんだもん」

「しょうがねえだろ、脱がなきゃ切れないんだから。潔くさっぱりしてこい! ルイーズのお勧めならまちがいないって」


 自信があるからこそ勧められる。ルイーズだって剥き出しの軀を安心して任せられるお店だからこそ、贔屓にしているはずだ。美しくある為なら裸体を晒すことくらい耐えられる。「そうだろう?」とヴィンセントは尋ねていたが、ルイーズはとても冷ややかだった。


「訊く? ふつう? それ?」

「失礼」

「セクハラよ。場所を考えなさい」


 より正確には、このお店〈獣人女性専用ヘアサロン〉なのである。待合室までは男性の入店も許されているがそれより先は立ち入り厳禁。カットルームは裸になる都合上、全室個室になっていても、男子禁制は当然の規則だ。

 だからいざエリサが呼ばれても、ヴィンセントが保護者として付いていくことは許されなかった。……当たり前である。


「なんでヴィンスはダメなの? はずかしいの、ヴィンスも来てよ~!」

「いや、俺いたら余計に気まずいだろ。おまえ服脱ぐんだぞ? 素っ裸んトコ俺に見られて平気なのか?」


 想像したのか、思い出したのか。エリサは白い毛並みを紅潮させて顔を伏せた。

「はずかしい……」

「だろ?」

「えっとぉ……あ、お目々つむって一緒にくれば平気なの……、ね? いっしょに来てなの、エリサ一人だとはずかしいよ」

「獣人同士、女同士、上手くやれるさ。初めてってのは緊張するけど、終わってみれば案外なんて事無い。俺はここで待ってる。付いてったら今度こそ警察沙汰になりそうだ。しかも不名誉な罪状で」

「名誉な罪などありはしないわよ、ヴィンス」


 最初からそのつもりだったのだろう、ルイーズは微笑をエリサに向ける。


「貴女くらいの時に私も初めてカットしてもらったの」

「ルイーズは恥ずかしくなかったの?」

「そうねぇ、少し恥ずかしかったわ。けれど、それよりわくわくしたわ。とっても」

「ルイーズさんは一人だったの?」

「ええ、そうよ。エリサちゃんは? ヴィンスがいないと不安かしら」

「……うん」

「そう。でもね、彼は男だから入れないのよ、それは分かるわよね? ヴィンセントに見られることで、貴女と同じように『はずかしい』と思うヒトがいるかもしれない。そんなことしたくないでしょう? 彼にも頑張っても出来ないこともあるのよ。そのかわりに私が一緒にいてあげるわ。それでいいでしょう、エリサちゃん?」


 少し考えて、エリサは小さく首肯した。ルイーズの申し出はありがたくても、やはりヴィンセントといた方が安心出来るのか、まだ不安な気配は拭えていないエリサの頭を、ルイーズはそっと撫でた。


「平気よ。さぁ、いってらっしゃい、エリサちゃん」

「え、いっしょに――」

「ヴィンスと少しお話があるの、終わったら私も行くから」

「うんなの」


 終わる頃には元気になっているとは思うが、トボトボと歩くエリサの尻尾はひどく項垂れていた。

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