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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
3rd Verse SO LONG GOODBYE
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SO LONG GOODBYE 3

 喰って飲んでカメラを眺める。あまりに怠惰で傲慢。とても勤勉な勤務態度とは思えないが、不満と暇を持て余しているレオナでも、アルコールを控えているだけまだマシなのかもしれない。いかに人間嫌いで、さらに依頼内容に不満があってもそれくらい弁える程度の慎みは持っていた。だが、元々気が短い彼女の忍耐力はすぐに枯渇するのである。彼女を知る相手ならばよく持った言うかもしれない。なにしろ今日の為に組み立てていた予定全てを御破算にして、レオナはこのしみったれた警備スペースにいるのだから。


 本来ならば今頃はエリサに付き添って、ショッピングモールにいるはずだった。色々な店を見て回って、気に入った物を買う。ショッピングなんて柄じゃないが、たまの休みを満喫するには珍しい事の方が丁度いい。まさに休日らしい時間を過ごすはずだったのだ、本来ならば。


 だのに――

「クソが……あの雌猫ォ……!」


 あの甘ったるい媚びたような声音を思い出すだけでも腹立たしい。誰構わず尻尾を振る、まるで発情した猫だ。あの女、こっちの予定を知った上で仕事を持ってきたに違いない。

 ヴィンセントがこの警備スペースに詰めていた間も何も起きなかったし、おそらく今日もこのまま終わるだろう。休日が仕事になり、仕事はそのまま無駄な一日になる。


 親切を装って近づき裏をかくなんて、いかにも尻軽な性悪女が使う手だ。一口にネコ科の獣人としてくくれてしまうレオナは、そんなルイーズと同族に見られることを非常に嫌っていた。男に――しかも人間の男に媚びるなど吐き気がするし、そんなことをするくらいなら、いっそ自分の頭を吹っ飛ばした方がマシだとすら考えていた。もしも、ルイーズの目的がこの機会に乗じたヴィンセントの逢引きだったとしたら、この借りは高く付くことを骨の髄まで教えてやる。


 軽口を叩く相手もいなければ、暇を潰す余興も皆無。見張りを始めてからこっち、いい加減腹も膨れたレオナは手慰み拳銃を回し始めていた。燻り続けている火種に風を送り続けるかのように。ブッ放す相手と、その時を待ちながら――。




「うわぁ~すごいの! お店がいっぱい!」


 不満膨らむ獣人街にカンフル剤として建てられたショッピングモールは豪華絢爛とはかないまでも、ストレスと共に財布の中身を吐き出したがる獣人女性達には、唯一とも言える憩いの場であった。様々なブティックが軒を連ね、洋服だけはなく、身体の覆う毛皮を整える為の獣人用のサロンまで出店しているのである。


 ちょうど好奇心旺盛な時分だ。小汚い宇宙船で家事雑用諸々をするばかりで、ろくに外出していなかったエリサには夢のような空間である。あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。彼女は元気よく尻尾を振りながら、店先から店先へと走り回っていた。


「エリサちゃんはぐれないでね」

「は~い! ワァっ! 見て見てルイーズ、あの靴かわいいの! あ、あの帽子も……あっちの帽子もかわいいの~!」

「聞いちゃいねえな。はぐれる前にぶつかりそうだ」


 休日のショッピングモールは大盛況。

 そんなモールに入れば、ヴィンセントの存在は通りを歩いていた時とは比較にならない程目立っていた。あらゆる意味で正反対の場所に踏み入った彼は場違い甚だしく、針の(むしろ)に寝転がっているに等しい。もうどうやっても目立つので、ヴィンセントはどこか達観しているようでもある。人間には強めの空調も、緊張がほぐれれば心地よくすらある。それに一つ腹を決めちまえば、集まる視線も楽しめるってものだ。


「家族連れがやけに多いな、イベントでもやってるのか?」

「年末のイベントと言えば限られるでしょう、クリスマスよ。あちこち飛び回ってカレンダーもめくらなくなったみたいね」

「あんまり馴染みもないしな。――んで行き先はどっちよ。エリサじゃなくても迷っちまう、早いとこ済まそう」

「落ち着いたのならゆっくり見て回りましょうよ、せかせかしなくてもいいじゃない。今日一日、時間はたっぷりあるのだから。順を追いましょう、まずはお買い物。エリサちゃんの洋服を先に選びましょう」


 ルイーズに連れられるままに、ヴィンセント達は彼女オススメの子供服店へと向かう。流石は情報屋といったところ、集められる取り扱っている情報は裏に通じるものだけではなかった。彼女が選んだ店はポップで、その店構えからしてまさにエリサ向きだった。エリサが気に入ったのだから、つまりは正解と言うこと。


「お洋服だらけなの~。ヴィンス、どれにしてもいいの?」

「ああ、好きなの選べ。好きなだけ」


 目移りしながらエリサは訊く。


「ほんとにホントにどれでもいいの?」

「ここまで来てお預け食らわすか、ええから選べ」

「エリサちゃんにまで疑われるなんて、いよいよ信用が地に落ちたようね、ヴィンス。と言ってもムリもないかもしれないわね、普段から嘘ばかりついているから」

「騙すのと嘘は別だ」

「される側には同じ事だわ。エリサちゃんを疑心暗鬼にさせないの」

「ねーねーヴィンス。どれにすればいいの?」

「ンなの自分で決めろっつぅの」

「だってね、たくさんあって、まよっちゃうの!」

「お前が着るんだから。どれにしたって今より悪くはなんねェし」


 ヴィンセントの言うことは尤もだが、この男まるで分かっていない。そうルイーズは苦い表情でエリサを見つめて首を振っていた。女心を知るは女である。彼女は囁き声でヴィンセントに詰め寄った。


「貴方って本当におバカね。あの子を綺麗にしてあげることがそんなに面倒なのかしら?」

「どうすりゃいいんだ。子供服なんか、しかも女物なんてどうやって選べってんだよ。さっきから辛辣すぎねえか」


 少女をコーディーネートするなど、自分のファッションにすら興味を持たない男には難度が高い。どうにかしてやりたいのは山々なのだが。と――ふとエリサを見れば、彼女は意を決したように碧眼を潤ませてヴィンセントを見つめていた。


 もじもじしながら、少女は言葉を紡ぐ。

「エリサね、あのね? えっとね? ヴィンスに、選んでもらいたいな~って……ヴィンスの好きなのが着たいな~って、お、思うの」

「いや、そう言われてもよ……」


 子供連れで店内を回っている客を見逃さず「いらっしゃいませ」と声をかけてきたのは、やはり獣人の女性店員だった。短い角が生えている。


「なにをお探しですか?」

「あ……、服を」


 答えたヴィンセントが、間の抜けた返事だったと苦笑い。困惑を誤魔化すように愛想を返した店員を救ったのはルイーズだった。


「お騒がせしたようでごめんなさい。この子に合うものを探しているんですが、清楚なもので探してもらえないかしら」

「かしこまりました、こちらのお嬢様にでしたら」


 改めてイメージを固めようとした店員の目線がエリサに――そして彼女の着ている服装に向けられる。『あまりにダサい』きっとそんな言葉が浮かんだろうが、店員は見事にその動揺を隠していた。


「ワンピースはいかがでしょうか。きっとお似合いになると思いますが」

「見せてもらえる?」

「では、こちらへどうぞ」


 確かに、清楚なエリサに清潔感のあるワンピースはマッチするだろう。それくらいはファッションに無関心なヴィンセントでも案外と簡単に想像出来た。なにしろ今着ているのがダサい文字Tシャツなのだから、どんな選択をしてもこれ以上悪化することはない。

 子供向けの店舗なだけあって種類も色も豊富である。ワンピースだけじゃなく他にも合う服はあるだろう。なんて考えながら、なんの気なしに棚を見ていたヴィンセントは、店員に声をかけられて目を戻した。


「可愛らしいお嬢様ですね」

「ああ……どうも」


 ぼそりヴィンセントは咳払い。

 まずは愛想と探り合いだ。なんとなくだが店員の腹の内をヴィンセントは悟っていた。

 いっそほっといてくれと言えれば楽なのだが、すでに手遅れの上、店員の持つ服への知識は必要になる。がんじがらめ、まさに鴨だ。彼女してみれば、ヴィンセント達は愛娘をかわいがる家族とでも見えているのだろう。家族連れで買い物に来るような父親が、娘に愛を注がぬはずがない。


 ならば一着と言わず、二着三着と売り上げる建てる腹積りか。だがそう簡単にはいかない。エリサに新しい服をあつらえるのは賛成だったが、なにしろヴィンセントの懐事情は非常にシビアな状況にあるからである。子供に服代を出せと言えるはずもなく、今回は彼の負担になるのだ。さて、この店員から怪しまれずに逃れるのはどうするべきか。


 愛想笑いの裏で行われる駆け引きを壊したのは、他でもないエリサだった。しかも彼女はにこやかに笑いながら、とんでもない爆弾発言をするのである。


「店員さん、店員さん。ヴィンスはエリサのパパじゃないよ?」

「え……?」

「ちょ、エリサ⁉」

「エリサちゃん⁉」


 誰の背にも寒いものが流れた。これも中々の破壊力だったが、まだプラスチック爆弾クラスの破壊力。問題は次だ。威力の程は核爆弾に等しいかもしれない。


「ヴィンスがね、わるいおじさん達からエリサのこと買ってくれたの。しょゆーぶつなんだって。だからね、エリサはヴィンスのものなんだよ。どこにもいけないの」


 獣人街の店の中で、まさか子供の口から人身売買の話が飛び出すだろうと、誰が予想しただろうか。冷や汗と視線を背中に感じるヴィンセントは、明らかな嫌悪感を漂わせる店員に説明をしようとするが、訂正しようにもなまじ事実なので性質が悪い。


「エリサちゃん、むこうに可愛いのがあるわよ。こっちいらっしゃい。店員さん、ちょっと試着室借りるわよ」


 そう言ってルイーズがエリサを他の棚へと連れて行った。

 ナイスフォローだったが、店員の不信感は高まるばかり――さて、どう取り繕う。失敗したら警察沙汰になりそうだ。


「いやぁ、あの年頃の子は多感っていうのか、すぐに影響を受けるもんでね。テレビとかゲームとか、ネットとか……。あれこれ規制しろってのも分かる」

「ええ、よく聞きますが」

「どうしたって親子には見えないでしょ?」

「失礼ながら」

「ああ、いいんですよ、俺の子供じゃないのは本当なんで。知り合いの子供でね、しばらく預かってるんです。まぁ……預かったのはいいんですけど、なにぶんウチには子供がいなくて、あんな服いつまでも着せとくわけにいかないでしょ。それで買い物に」

「はぁ」

「いくら本人があれでいいって言っても、申し訳なくて。なんで、いい物見繕ってくれませんか。普段、自分の服すら買わないんで、何を基準にしていいのやらさっぱりなんですよ。どうも俺にはセンスってモンが欠けてるらしい」


 エリサを相応に飾ってやりたい。その意気は伝わったようで、若干の疑いを抱えていても、店員は協力的になってくれた。


「……さようですか。そういうことでしたら当店にお任せ下さい」

「服選びの専門家がついてくれるなら心強い。あいつを綺麗にしてやってくれ」

「お嬢様をミス・ギャラクシーに並ばせてみせましょう。必ずお気に召す一着が見つかりますよ、その為の品揃えです」

「よろしくどーぞ」

「お任せ下さい」

「ただ、その……」

「どうかしましたか?」

「少し抑えて(・・・)くれると、助かる」


 冗談めかしたヴィンセントの服装を眺めて何かを察したのか、店員は相好を崩した。


「かしこまりました。ただ、約束は出来かねます。それに個人的な気持ちを申しますと、このような場合上限を決めてしまうのはいかがなものかと思います。お洋服との出会いも一期一会ですので」

「一理ある……のか?」

「ええ。これと気に入ったお洋服とはなかなか出会えるものじゃないですよ。次の機会になんて悠長に考えていては売り切れてしまいます。そうなったら後悔だけが残るんです」

「う~ん、いまいちピンとこねえ」

「お客様に限ったことではございません。いま申し上げたのは女性としての意見ですので、検討されるのは実際にお嬢様に試着して頂いてからでも遅くはないかと」

「それもそうか」

「では試着室の方へ参りましょう。お嬢様もお待ちでしょうから」


 いつの間にか貼り付けられた営業スマイルにヴィンセントは誘われる。

 パーテーションで区切られた試着室の前にはルイーズがいて、エリサの着替えを待っているようだった。


「ようやく来たわねヴィンス。放っておいてヘアーサロンに行こうかと考えていた所よ。誤解は解けたのかしら」

「ひと置き去りにして散髪とか、どういうことだよ」

「せっかくモールまで来たのだしトータルでコーディネイトしてあげようかと思って。大丈夫よ、お店も予約してあるから」

「おいおい、俺を見捨てたことはスルーか」

「だって貴方と一緒に警察のお世話になるなんていやだもの。一人で行ってよ、通い慣れているんだから。カーター警部に話せばすぐに出してもらえるわよ。エリサちゃんまで捲き沿いにするつもり?」

「そんならお前が説明してくれりゃあ良かったんじゃねーの? 拗れる前に。俺が説明するより早く済んだぜ」

「アラ、それは気付かなかったわ」

「でたよ。ずりぃよな」

「すみませんお客様、お待たせしてしまいました」

「いいのよ構わないわ、好きに見させてもらったから」

「大変失礼いたしました。お嬢様は中でしょうか?」

「ええ、着替えているわ。でも残念だけれど――」

「どうかされましたか?」

「せっかくだけど貴女の出番は終わってしまったのよ。貴女の仕事はあと一つだけよ」


 しゃらりとカーテンが開き、洋服の詰まった籠を抱えたエリサが顔を出す。


「エリサちゃん、それでいいのね?」

「うんなの、ルイーズ!」

「――さあ、お会計お願いできるかしら、お二人さん? エリサちゃんもお願いして」

「おねがいしますなの!」


 洋服、化粧品、その他諸々。女の子が可愛くあるには色々とお金が掛るのである。それは自分を磨く為の投資であり、または自分へのご褒美だ。

 エリサが満面の笑みで掲げる籠を見下ろして、出資者の頬が引き攣った。

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