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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verse Do me a favor
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Do me a favor 16

 ……数日後


 深夜の金星ゼロドーム、星の光を吸い込む人工海上空を白銀の燕が緩やかに旋回している。近づくごとに感じる安心感は、この場所が如何に自分の中で根付いているかを実感してしまう感情だ。


『戻ってきましたね、ヴィンセント。十日間と七時間二十一分、明確に記録しているのですが、経過した時間よりも長く離れていたような気がします。不思議な感覚です』

「不安だったんだろ。お前は戦闘機として殆どの時間をアルバトロス号で過ごしてるんだ、特別不思議って感覚でもねえさ。……それか、寂しかったのか」

『寂しいとは? 今回の任務中、私は常にヴィンセントと共にありましたから、孤独を感じてはいませんでしたが』

「俺しかいなかったろ、他の連中は留守番だ。いつもならもっと騒がしいし、それに人よりも機械の仲間がいなかったじゃねえか」


 自我を持っても機械は機械。人と同じような感覚を有しているなら同族の機械である、アルバトロス号に親しみを覚えていても不思議ではない。

 機体をバンクさせて誘導灯を見つめるヴィンセントも、あのオンボロの船体に懐かしさを感じているのだ、より付き合いの長いレイがホームシックになっていたって馬鹿にしたりはしない。


 レイも、納得したように喋りだす。


『確かに、ルナー号は素晴らしい宇宙船でしたが何故だか落ち着きませんでした。整備を任せられるダンの不在も、私の不安を加速させていたのかもしれません。寂しい、という感情も当てはまりますね』

「整備士冥利に尽きるだろうな、ダンが聞いたら泣いて喜びそうだ」

『嬉しいのに泣くのですか? 相反する反応では?』

「感情ってのは複雑怪奇、喜怒哀楽じゃ片づかねえのさ。まっ、要勉強だわな」

『感情といえば――』


 言いさしたレイは言葉を切る、外部からの連絡が入っていた。


『ダンから通信です。着艦許可が出ています、続きは船に降りてからにしましょう』


 レイは代わりに重力制御装置を作動させている。

 彼女に機体を任せれば自動で着艦も可能だが、長距離移動以外、基本的にヴィンセントは自動操縦を使わない。着艦もご多分に漏れず、集中を妨げないようにレイは黙ったのだった。


 エンジンミニマム

 重力制御出力を緩やかに減少

 ラスタチカは誘導灯に導かれ


 ソフトな操縦での美しい垂直着艦を決めた。

 柔らかくラスタチカを甲板上に下ろすと、ヴィンセントはそのまま機体をエレベーターの方へとタキシングさせる。格納庫に下ろすまでが依頼なのである。


「もういいぞ、レイ。なんか言いかけたろ」

『丁寧に話題を戻していただき感謝します。感情といえばですヴィンセント、オリガとの間に何か問題が起きたのですか? 最終日には、ルナー号の他クルーとの関係にも齟齬が生まれていたように感じたのですが』


 AIでも察しが付くほど分かりやすかったのだろう。テドは見事に特大の地雷を踏み抜いたのだから、当たり前といえば当たり前だが、それにしても態度に出しすぎだったとヴィンセントは反省し、ついでに教訓をレイに与えた。


「何度も聞いてる心得だ、他人の詮索は控えろ。特にお前は『忘れる』ってことがない、こういう稼業の人間には便利であり、厄介極まる才能だ」

『私が尋ねたいのは、ヴィンセント。関係が悪化したにもかかわらず、なぜ発艦後暫く哨戒を続けたのか、という点です。貴方とオリガの間には親密な関係性を感じましたが、あの非論理的な行動も、感情の複雑さが生んだ行動なのですか』

「連中との間にあった問題は俺と奴らとの問題だ、ほじくり返しても笑い話にゃならねえよ」

『それは二度と尋ねるな、と解釈するべきでしょうか』

「また一つ賢くなったな」


 振動とともにエレベーターが停止、会話も止まった。

 格納庫に降りてからは全自動ドーリーに機体を引かせ所定の場所へ。上げたキャノピーから機外へ出れば、そこではダンが待っていた。


「無事に戻ってなによりだ。ついさっき、オリガからも感謝の通信が入っとったぞ。奴さんの部下を鍛えてやったって? 面倒見がいいのも程々にな、商売敵を増やすもんじゃねえぞ」

「進んでやる訳ねえだろ、んな面倒な事。煙草を人質に取られたんだよ、ダンだって同じ選択したと思うぜ」


 互いにヘビースモーカーだ、煙草を吸えない辛さはよく理解できるので、ダンもそれ以上強くは言わなかった。


「――しかしヴィンセント、予定より遅れたな」

「ああ、帰り際にちょっとあってな」


 ヴィンセントが荷物を下ろしている間に、ダンは機体のチェックを始めている。

 一週間以上手を離れていた愛する戦闘機の整備にすぐさま取りかかりたいのだろうが、ダンは一目見ただけで機体の異常に気が付いた。

 彼が撫でる機銃の発射口、指先が煤けて黒く汚れる。臭いは火薬のそれで、露骨にダンの表情が曇るが、小言よりも先にヴィンセントが札束を投げ渡した。


「どうせ嗅ぐならこっちの方がいいだろ」

「う~む、エンジンオイルの次に好みの香りだ。……しかし、こいつは一体なんの金なんだ。思わずうっとりしちまうがオリガからの支払なら済んでいるぞ」

「食費と諸経費の先払い」

「出所を聞いとるんだがな……」


 冗談はさておけと呆れるダンに、ヴィンセントはさらりと答える。


「分かってるよ、怪しい金じゃない。懸賞金だ。帰りの道中で、妙な二機の戦闘艇とすれ違ったと思ったらいきなり襲われてさ、ドンパチよ。まっ、返り討ちにしてやったけどな」

「どこもかしこも物騒極まる。それじゃあこの金は、そいつの首にかかってた賞金か」


 その賞金首を最寄りのコロニーまで運び、賞金を受け取ってからの帰還である。寄り道していなければ一日早く戻れただろうか。


「二人合わせて五千ドル。憂さ晴らしにゃあなったけど、大した相手じゃなかったな……ふぅ、流石に疲れたわ。ダン、悪ぃけど後は任せていいか」

「構わんぞ、その方が作業も捗る」

「お邪魔虫ってわけか。ほんならさっさと退場しますか」


 その言葉通り、ヴィンセントは荷物を抱えて格納庫から出て行き、ダンは整備作業を始めるのだった。そしてその整備作業の最中、ダンはふと気になったのでレイに尋ねる。


「捕えた賞金首、名前は何というのか?」

『リンチとマデラ、二人組の傭兵です。何か気になる点が?』

「…………」


 なんとも奇妙な偶然もあるもので、例えるなら、そう――一本の蜘蛛の糸で魚を釣り上げてみせるような偶然がダンの頭をよぎった。確証はこれっぽっちもないガバガバの推論で、はまれば面白いくらいの考えだ、なので次の瞬間にはダンは自らその推論を否定した。


「……ふん、まさかな」

『ダン、整備中は集中してください。十日間もの間、貴方の手を離れていたのです、どこに不調が潜んでいるか分かりませんよ』

「……嬉しいこと言ってくれるじゃあねえか。待っていろ、朝までには仕上げてやるからな」


 格納庫の照明は眩しく、作業音が止むことは無かった。

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