Do me a favor 15
右三十度へ舵を切り速度一杯。
背中を晒し遁走する獲物を追うターナー号は、彼我の距離を徐々に徐々に詰めていく。護衛のない宇宙船など、彼等海賊意にとっては格好の的で、反撃を受けないと知っていれば、気持ちはさながら羊狩りである。
「射撃継続、機銃で追い立てろ」
戦闘準備に格納庫へと降りていったフーチに変わり、指揮を執るのは副船長のネルソンだ。常に先陣を切り前線へと飛び込む船長の代理を務めるのは彼にとっての通常作業、部下達も彼の指示に従い、一隻の海賊船は獰猛な野獣から、狡猾なハンターへと姿を変え、調子に乗ったレーダー手が軽口を叩きながら獲物の動向を伝えていた。
「おぉ~ビビってらぁ、ビビってらァ。どこでも分かるぜぇ、金のにおいぷんぷんさせてどこに逃げようってんだ。右も左も前も後ろも、ついでに上と下も塞いでンだ、うーんいい香り! 追っかけちゃうぜーッ」
「――集中しろ。コロニーへのルートを取らせなければ良い。副砲装填、弾種炸裂。むこうの転舵に合わせて頭を抑えろ、但し直撃させるなよ、粉々になられちゃ儲けも消えちまう」
「了解、副船長ッ! どこへも逃がしゃあしませんぜ!」
ネルソンの仕事は事前作りだ。獲物の損害を極力抑え、制圧を行いやすくするまでが役目。
最後の締めはフーチの得意分野で、最前列でステージにかぶりつきたがる船長は、今頃、カタパルトに乗った愛機の上で発艦の合図を待っているだろう。その予想は正しく、スピーカーからフーチの声ががなり始めたていた。
『ネルソン、お宝の様子はどうだぁ⁉ どっちへ頭向けた、コロニーか、それとも――』
「距離一万、星間ゲートへ向けて進路をとっています、小惑星帯を突っ切るつもりでしょう」
『ふん、予想が当たったじゃねえかネルソン。しかし、本当にそっちへ進路取りやがるとは……。あのペラい船体じゃ頭ぶつけて御陀仏になっちまう、くたばる前に金はおいていってもらおうじゃねえか』
襲撃が始まった今となっても、未だにリンチ達からの連絡はない。
怖じ気づいたか、或いは別のトラブルに見舞われているかしれないが、だとしても人間二人の不在はなんら問題ならなかった。これはネルソンも、フーチも同意見で、仮に間に合っていたとしても、仕事が少し楽になる程度なので、違いは誤差の範囲に過ぎず、元より猪突猛進であるフーチが臆する筈が無かった。
「――さぁて、野郎共パーティータイムだ」
徐々にスロットルを開きながら、フーチは部下達に活をいれてやれば、他の二機のパイロット達がやる気の雄叫びで応じる。やがて、ネルソンの指示で発艦ハッチが開いていくと、彼のギラついた眼光が彼方の獲物を見据えて光っていた。
双発の大出力エヴォルエンジンが猛り振動する機体
この瞬間からフーチは船長の座より、一介のパイロットへと意識を変える
――そして、グリーンライトの点灯と同時に、彼は宇宙へと放たれるのだ。
『楽しんできてください、ボス』
「よっしゃあ! ド派手に儲けるぜベイビーッ!」
無線が割れんばかりの歓声を上げフーチの乗機が宇宙に飛び出していく。
機体の名は猟犬。
直線が多く攻撃的なフーチの愛機は彼の性格をよく表していた。特に機首に描かれたシャークマウスペイントなんかは分かりやすい。発艦する様子は首に繋がれた鎖を引き千切り獲物に飛びかかる猟犬のそれだ。
部下であろうとなんだろうと自分の前は飛ばせない。だからフーチはどんな危険な仕事であっても常に先頭を飛び続けてきた。部下に露払いをさせたことは一度もない。そんな危険な仕事を部下にやらせるなど勿体ない(・・・・)じゃないか。
出撃は最初、帰還は最後。それがフーチのやり方で、彼はいつもの通り後続が上がってくるのを待っていたのだが、どういう訳だか部下達は中々発艦してこなかった。
「ネルソン、何をモタモタしてやがる。さっさと後続上げねえかよ!」
お宝にはエンジン付近に命中弾を与えている。そもそも一度射程に捉えた以上、速度で勝るハウンドの後続可能距離にいる限りお宝は逃げられないのだ。
だから焦る必要はないのだが、獲物を目前にもたついてしまうとやはり気は急く。なので再びフーチが問いかけると、予想だにしない返事があった。
『ボス、射出機がイカレました!』
「なに⁉ ぶっ壊れたってのかッ? このタイミングでか⁉」
『打ち出しの途中で止まっちまって出口塞いじまってる。まるでお固い糞が詰まったケツだ、これじゃ上げられない』
「なんてこった、直したばかりだってのに! 修理屋の野郎、適当な仕事しやがって今度会ったらミンチにしてやる。ムカつくことだらけだぜ。怪我人は⁉」
『幸いいません! 全部ヴィンセントの所為ですよ、あの野郎の!』
「だァーッ! いまは奴の話はいい! それより飛ばせるのか、どうなんだ⁉」
『ムリです。直すにゃあ時間がかかりそうだ』
はたして十分やそこらで治る程度の問題なのか疑問である。
ならばやるべきは一つだ、無事に発艦出来ている機体ならここにある。機首をお宝に向けてフーチはスロットルレバーを押し込んだ。
『一人でやる気ですか、ボス』
「バカ野郎! カチ込み怖れて海賊が出来るか⁉ 行き脚止めるなんて赤ん坊だって楽勝よ! 相手はたかが運び屋、元から頭数なんぞいらねえ、おめえらは乗り込む準備しとけ!」
相手は非武装の宇宙船一隻で、それに護衛のヴィンセントはとっくに帰った。丸腰の船を航行不能にする程度、フーチにしてみれば朝飯前。もうなにも怖くないのである。
……いや、別にヴィンセントを怖れているわけではなく、決着は別の機会にと決めたからだ。今日の目的はあくまでもお宝だからだ。ヴィンセントを撃墜できなかったことは残念だとも思っているのだから、対決を避けたわけではない。
実際フーチは退屈している。残っている仕事――退屈すぎるから作業とでも言うべきか――はお宝のエンジン部分に二、三発ブチ込んで大人しくなったところにターナー号を横付けして積荷を奪うくらいだ。
楽に儲けが出るのはよくても、無抵抗の相手から奪うのはやはり面白みに欠ける。必死に抵抗された方が奪い甲斐があるというものだ。
――と、キャノピー越しに前方を睨んでいたフーチは訝しく眉根を寄せた。
「おい、ネルソン。人間共の話じゃあ護衛はいねえはずだな?」
『ええ、ヴィンセント以外には雇っていないはずです。今回の話受けてから監視続けてたんで確かです。奴の他には合流していない』
「おめえのお目々を疑う訳じゃねえがよ、ネルソン。ほんじゃあ、俺様の目の前にいる二機は一体ェなんだろうな」
お宝から飛び立った小型戦闘機の機影をフーチは見逃さない。自身に向けられる機首に、フーチは操縦桿を握り直しながら興奮を覚えた。
「逃げるだけが能かと思ったが少しは骨があるらしい」
『相手は……二機。ヴィンセントは引き上げたし、他の用心棒を雇った様子もなかった。そうなると運び屋の自前って事になりますが』
「……乗組員は人間の女が一人と、獣人の兄弟だったか」
『獣人の兄弟が乗ってると? ……これまで飛んでなかったって事はシロウトのはずだ、ボスの相手じゃない。しかしあの機動からするに本気でやるつもりか』
「ケッ、おおかた女にイイトコ見せようってとこだろうよ。俺様をダシに女口説こうなんざ百年早ぇってなもんだ。面白えが、生意気だぜ……!」
しかし、口説きの道具に使われていたとしてもフーチは喜んで相手をする。牧場で逃げ回る羊を狩るよりも野性の鹿狩りの方が百倍楽しめるからだ。
「せめて退屈しのぎはさせてくれよ。どれ、まずはどれ程のタマか見せてもらおうかッ!」
フーチがスロットルレバーを限界まで倒し込み、お宝に向けハウンドは一直線に突進。間に入っている戦闘機を気にかけない加速で突進していった。
フーチの意図に気付いたのか、二機の内の一機がハウンドの真正面に入り機速を上げる。 両機のエンジンがそれぞれ鮮やかな円柱の焔を吐き出しながら加速
加速に比例し縮まる相対距離
恐ろしいスピードで敵機との距離を示すカウンターが減少
超音速のチキンレース
相手の機種が目視判別出来る距離になった次の瞬間、
カウンターはゼロを示す。
その激突の刹那――テドは悲鳴を上げながら操縦桿を左へ切っていた。
彼には挑まれた事が分かったのだ、男同士の肝試しを。
背後にオリガを乗せた船を背負っているからには正面を抜かせるわけにはいかない。逃げる気はなかった、負けるつもりもさらさらなかった。テッドの制止にも耳を貸さず正面切っての決闘を受けてったのだ。
オリガの為に死を怖れず、兄弟の為に先陣を切る。悪名高い宇宙海賊から仲間を守る為ならば自分の命を張るに充分な理由だ。
だが、二瞬前に固めた覚悟は一瞬前に崩れ去り、悲痛な絶叫と共に海賊に道を譲っていた。恐怖か反射か、あるいは生存本能か。ともかく覚悟に反して身体が動き、テドは衝突を避けていた。
額を落ちる冷や汗と震える腕。恐怖に襲われたその致命的な一瞬で、海賊機はテドの遙か後方へと飛び抜けていく。
譲るつもりはなかった、激突し散る覚悟さえも決めていた。
だのに身体と心は恐怖への拒否反応を示し、結果としてテドはチキンレースから降りてしまっていた。
「しまった……!」
慌てて反転しようにも機速の付きすぎた状態では無様な大旋回が関の山。大きく弧を描く旋回が終える頃には海賊機は船に到達しているだろう。直線飛行ではどう頑張っても海賊機の方が速いからだ。
船の方へとようやく機首が向いた。円盤状の宇宙船が無事に飛び続けているの見て、テドは小さく安堵の息を吐く。しかし、その吐息も、つかの間の安堵だ。
『兄さん、早く戻ってきて! この人強いよ! 僕一人じゃ手に負えないって!』
海賊機は先に護衛を墜とすことにしたのか、回避機動をとっているテッドを執拗に追い回している。
意地でも味方を守るのが護衛機の務め。テッドはその役目を文字通り命懸けで果たしていた。攻撃を躱し続け海賊機を引き付け続けている限りオリガの船は無事でいられる。小惑星群に突入するまでの辛抱、時間稼ぎがテド達の目的なのである。当然、弟を見殺しになどせずにだ。
テドは一直線に加速し、海賊機とテッドの間を飛び抜けた。
衝突を避け、三機が散る。
「無事かテッド⁉」
『平気さ。助かったよ兄さん、もう少しでやられるところだった。そっちは大丈夫?』
「問題ない、仕切り直すぞ。このまま負けちまったんじゃ、何の為に便利屋に鍛えられたのか分かったもんじゃない。あいつに笑われるのは絶対イヤだぜ!」
『いきなり約束破ったら、笑われるどころかオドネルさんに殺されそうだよ。……でも、そうだね、特訓の成果を見せる時だ、やろう兄さん!』
しぼみかけた戦意を震わせるハイエナ兄弟の意気。
それと同時にテドは一つ考えを検める。いや、長年感じ続けてきた悔しさを、素直に認めたというべきか。
「……テッド、次はお前が前を飛べ。おれがサポートしてやる」
『弱気なんてらしくないよ、いきなりどうしたの』
「ビビっちゃいねえ。ただ速さ、強さに歳は関係ないって思えたんだ。テッド、もう認めるよ。お前の方がおれよりも速えし、強い、だから今はお前に命を預けてやるって言ってんだ」
意地っ張りな兄が自分より優れている者を認めるという悔しさ。それが身内、しかも弟となれば彼の感じる悔しさはどれ程かテッドには想像も付かないが、だからこそテッドは兄の覚悟をしかと受け取ってみせた。
『分かったよ、兄さん。ここからは僕が指揮を執る。僕たち兄弟が揃えば宇宙海賊くらいなんてことないさ』
「言っとくけど一時的にだからな! すぐに取り返すからなッ! あんまし調子乗るなよ⁉」
『ふふ、分かってるよ』
そうして二人が気を引き締め直していると、無線に聞き慣れぬ男の声が混ざる。割り込んできたのは荒くれた、海賊の声だ。
『作戦会議はしまいかボウズ共? なんてこたぁねえとは……これまた大きく出やがる、俺様も舐められたもんだぜ』
『海賊の声……、混線してる、なんで⁉』
突如割り込んできた海賊にテッドは動揺しているが、テドは存外と冷静に原因を突き止める。空戦の最中に混線する理由など数少ない、ましてや宇宙空間ともなれば、すぐに思い当たる。
最悪の事態にテドは奥歯を噛み締める。
電波を引っ掻きまわすエヴォルを撒かれたのだ、つまり長距離通信は勿論、救難信号さえも届かない。
「チクショウ、いつの間にエヴォルを……!」
『最初の一撃よぉ! テメェ等の船にエヴォル弾を喰らわしてやったのさ、泣こうが喚こうが助けなんざ来やしねえぜ。今頃エンジンも止まってるだろうよ!』
海賊は得意げに自分たちの手口を語る。
エヴォルは様々な機器の燃料として用いられているが、その燃焼ガスは高濃度になると重大な通信障害を発生させる。着弾後に船体に食い込んだエヴォル弾が燃焼することで、海賊はオリガの船の推進力と通信機能を一気に奪ったわけだ。
『どうだ? 同じ獣人のよしみって事で、大人しくするってんなら命くらいは助けてやろう。人間の下で働くよりは悪くねえ取引だろ』
『貴方とは価値観が異なるようです、申し訳ありませんがお断りします』
『……それは残念だ、物凄くな。おめぇ等とはいい仲間になれそうな気がしたんだが……』
荒くれた気性の海賊からは想像しにくいくらいに、その一言だけは本当に残念そうだった。海賊が溜息をつく姿までも見えたような気がするくらいに、心底がっかりしているようで、風防越しに敵機を睨み続けていたテドもあまりのいぶかしさに眉根を顰めてしまっていた。
最初のヘッドオンからというもの凝視されているような気がしてならない。いや、継続して見られているのは確かなのだが、テドにはこう……違和感があった。獲物の隙を覗う観察ともちがう、あの眼付きは知っている馴染み深いものなのだ。
――しかし、どこで?
だが、そんなテドの疑問を解決する間など、海賊が与えるはずがなかった。
海賊機が急旋回しテド機へと突撃
機銃弾がテド機の真横を掠め飛んでいく
テド機はギリギリで反応したので直撃は避けたが肝の冷える攻撃だった。
「あっぶねぇ! 人が考え事してる時に……ッ、汚えぞ!」
『乗せられないで兄さん。僕の後ろに、さぁ仕掛けよう!』
カッと来たテドであるが、すぐさまテッドが前に出て彼を抑える。そして即座組み直した二機編隊は見事な、初の実戦とは思えない出来映えであり、歴戦のフーチをして『ほう』と唸らせるくらいだった。
そんなテド達はこの数日頭の中にすり込まれた言葉を頭の中で繰り返す。突如実戦に放り込まれて尚、恐慌状態に陥らなかったのは、正しくヴィンセントの助言が活かされていたからである。
心は熱く、頭は冷たく
そして共に飛ぶ僚機を信じろ
それらの教訓は、二人の血肉として確かに染みついていた。
『確かテメェ等、ヴィンセントの野郎が師匠だと言ってたな。なるほどムカつく飛び方だ、よく似てやがるぜ』
「へっ、一緒にすんなよな。おれも便利屋は嫌いだ、あんな奴の真似なんか誰がするか!」
海賊機の戦術を一撃離脱と見て取ったテッドはなんとかドッグファイトに持ち込みたいと考える。宇宙空間では直線飛行に特化した機体でもある程度の旋回性能を得られるが、それでもコバンザメには遠く及ばない。実力不足は承知でも旋回戦なら勝機は充分にある。
逆を言えば、一撃離脱を徹底されると手も足も出ないのだが、弟の作戦を知ってか知らずか、テドは挑発を続けて海賊機をドッグファイトに乗せようとしていた。
「あんたこそ、随分と便利屋に気があるみたいだけど、もう忘れて良いぜ。あんたはここで、おれ達に負けるんだからな! 海賊風情に負けてたまるかって!」
『ああ~、言動も似てやがる……ッ! ますます以てムカつくぜ』
『ここから先へは進ませない。勝負だ、海賊!』
戦意充分にテッドが宣言
二機のコバンザメが散開し
海賊機を狙って襲いかかった
…………それが、海賊の掌だとも知らずに。
『勝負?』と海賊は不敵に笑ってみせていた。ワンペアの手役で勝ち誇る、愚かなギャンブラーを嘲笑うようにして。
『馬鹿共め。ンなもん、とっくに付いてんだよ』
嘯く海賊機が増速
アフターバーナーの蒼炎が二機の間を引き裂いて
機影は瞬く間にテド達の後方へと抜け去った
――逃げたのか? テドの脳裏をよぎる不審
――ありえない。 同時にテッドが得る確信
そのまま離脱していく海賊機
飛び去る後ろ姿はルナー号の方へと、一直線に……
『しまった……ッ! 最初から闘うつもりなんかなかったのか!』
「海賊野郎、逃げるんじゃねえ! おれ達と……おれ達と勝負しろ!」
だが、テドの怒声は海賊に笑い飛ばされるだけだった。
互いに牽制を続けていた三機は、いつしかルナー号からも海賊船からも遠く離れてしまっていたのだ。ルナー号は小惑星帯へと逃げ込んでいる為、巨大な海賊船からは逃れているだろうが、追っ手が戦闘機となれば振り切るのは困難である。
巧みに護衛対象から引き離されたと気付いたときには手遅れで、追撃に回ったテド達の機体では直線飛行では引き離されるばかり。その上……
鳴り響くレーダー照射の警告音
HUDには被ロックの表示
兄弟の背筋に寒気が奔り
彼方前方で光が明滅
『――ッ! 敵船より砲撃、回避、回避!』
「くそ! これじゃあ近づけもしねえ!」
海賊船からの執拗な弾幕射撃が二機を足止めにかかるのだ。
稼がれた時間は数分か、数十分か。いや例え数秒だったとしても、テド達には無限に感じられただろう。




