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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verse Do me a favor
201/304

Do me a favor 14

「年内の仕事はこれでお終いか~。姐さん、おつかれさまでした」


 帰路のハンドルを握っていたテドが陽気に言う。

 大金の関わる取引の後には、間を置かず場所を移すのが常識で、ホテルからルナー号へとまっすぐに帰ったオリガ達は船に戻るやコロニーを離れ、祝いの(さかずき)は船の食堂……ではなく操縦室で満たされていく。


 本来なら食堂でささやかに祝うつもりだったのだが、待ちきれなくなったテドが酒を操舵室に持ち込んできたのである。

 となれば、その心意気を無下にするのも忍びなく、なによりオリガの祝杯を挙げたい気持ちが勝ったことで宴会が始まろうとしていて、彼女は意気揚々と操縦席に立って演説をぶち上げていた。


「みんな、ようやってくれたな、今回の稼ぎで来年も頑張れる。なにより、あちらさんが喜んでくれ嬉しい限りや。けどまだ満足してへんよ、ウチは。ウチ等を必要としてくれとる人はどの星にもようけおるんや、肩身の狭い思いしとる同志達に夢と希望を届けたろうやないか!」


 歓声と拍手が彼女に降り注ぐ。まぁ、どちらも二つっきりだが数よりも質。そしてオリガは暫し操縦席(壇上)で歓声を味わってから、皆を静まらせる。仕事納めにはねぎらいが必要だ。


「……さてと、テド」

「はい、なんすか?」

「あんたが弟達を引っ張ってくれるおかでウチも助かっとるよ、次もよろしゅうな? 気張っていこうやないか! ――テッド、細かい部分に気ぃくばってくれて感謝してるで」

「期待に沿えてなによりです」


 照れ隠しか言葉少なめだが、彼等の尻尾は饒舌に気持ちを語っていて、オリガはにっこり笑顔を湛える。


「ほんで最後にテディ。ずぅ~~っと影ながら支えてくれて頭下がるわ、この船はアンタが基盤やで、ありがとうな」


 静かにボトルを傾けていたテディはやはり無言で頷くが、尻尾は素直なもので、兄二人からやっかみを浴びせられていた。


「今こそ喋るタイミングだろ!」

「そうだよテディ、なにか言いなよ」


 と囃し立てられてもテディは煽られることもなく、冷静に「…………どうも」と呟いただけである。しかし、オリガにはそれでも充分だった。彼女だけではない、テドもテッドにも本当は充分だ。


「クールやなぁ~、テディは。……とにかくや、大変な事もあったけども、お疲れさん。こっから次の仕事までは時間あるし、その間にはウチ等にとって一年で最大のお祭りもある。羽根伸ばす方向に力注ごうやないの。ほんじゃあ、まぁ――」

「――ああ、ちょっと待った姐さん!」


 慌てて遮ったのはテドだった。


「なんや?」

「乾杯する前に、もう一人の功労者を労ってない」


 そう言うと、テドは神妙に背筋を伸ばした。


「速く走りたいだけだった悪ガキの獣人を信じて仕事をくれて、飯を食わせてくれた恩人に。小さくても器の大きなリーダーに、おれ達兄弟からも格別の敬意と感謝を」

「家族と呼んでくれた、姐さんに」

「……オリガに」


 三様に掲げられるグラスとボトルには、オリガも照れくささを抑えられない。白い肌には紅潮がよく目立ち、テド達の尻尾と同じくらい分かりやすかった。


「ほんなら、ウチはあんた達に……」


 そう言いさしながら、グラスを合わせようとオリガも片手を上げる。しかし、いざ乾杯という段になったのに気を散らしている人物がいた。

 テッドの視線はグラスから外れ、計器を見つめているのである。


 「こんな時に余所見をするな」と、テドが言う。だが、テッドの表情から感じる緊張感にオリガはすぐに気が付いた。


「どないした?」

「いや……、今、レーダーに何か映ったような気がして……」

「どれ、見せてみろよ」


 テドが出て来てコンソールへと近づいていく。彼は一応、広範囲を捜索してみたがレーダーディスプレイは綺麗なもので影の一つも見当たらない。


 ――見間違いじゃあ?


 そう彼が問おうとした時だった。

 ディスプレイに微弱な反応が現れる。


「……ん? 十一時方向、同軸に影。……デブリか?」

「カメラや、テディ。拡大して」


 反応周辺にズームをかけた映像が空中スクリーンに映し出された。黒々とした暗黒に煌めく星々がそこにあり、普遍的な美しさを醸し出している。その見慣れた光景から間違いを探すようにオリガは穴が開く程映像を睨んでいた。やがて――


「なんや、アレ……」


 じわり、空間が歪み始める。星の光が揺らぎ、まるで星海にぽっかりと暗い孔が開いたようだった。そう、ブラックホールが出来上がっていくようなそんな気配。

 だが違う。孔が開いたのではない、幕が上がったのだ。


 舞台の開幕に合わせて緞帳が上がるように、その幕はするすると巻き上げられていき、同じ速度でオリガの背筋を寒気が昇っていった。

 現われるのは無骨な竜骨、美しい船首像。そして不気味な犬の髑髏。舞台役者の代わりに姿を現したのは宇宙に似合わぬ帆船型の宇宙船で、その船首が一瞬光る。


「アカンッ!」


 叫んだオリガが舵に飛びつき急転舵。

 爆発音と共に船体が震える。

 マスターコーションが点灯し警報が鳴った。


 投げ出されそうになる身体をオリガはなんとか操縦席に押しとどめ、被害状況の確認をテディに任せてシートベルトで身体を固定する。軽い身体を安定させるには座席に縛るのが一番効果的だ。彼女は身動ぎも出来ないくらいにキツく固くベルトを締めた。


「チィッ! なんでこないなトコに……!」

「エンジン一基、破損!」

「残りは⁉」

「二番、三番は無事」

「気密!」

「安定してる」

「幸いやな。――テド、テッド、無事かいや⁉」


 盛大に投げ出されて床に転がっていた二人からも返事が返ってくる、酒を頭から被ったらしいが怪我はしていないようだ。いや、痛みよりも突然現れた帆船に意識を持っていかれているだけかもしれないが。

 テドもテッドも、唖然としていた。


「宇宙、海賊……マジかよ……」

「本物、だよね? しかもあのマークって……」


 間の抜けたテッドの質問に、またも答えたのは海賊船だ。船首が再び光りオリガ達に砲撃を浴びせたのである。着弾の衝撃で立ったままの二人がよろめいた。


「何でもええから捕まっとき、ケガすんで!」

「この辺りは安全地帯のはずじゃ……どっから出てきたんだッ?」

「しらんわッ、いきなし〈姿現し〉しよった! アカンで~、半端なくアカンけどいま言えるんわドピンチっやちゅうことくらいや!」


 海賊船は十一時方向から接近中で直に目視で確認出来るだろう。ならば近づかれる前に逃げれば良いが、距離という名の問題があった。――前へ逃げるにしても次の目的地までは遠く、コロニーへ退くにも時間が掛りすぎる。


 これは突発的な襲撃ではなく明らかに計画的なものだ。取引を終え気の抜けた時間帯と獲物が孤立する絶妙な襲撃のタイミングを見越しての待ち伏せ。偶然にしては出来すぎていた。


「姐さん、俺たちが出る。テッド、テディ格納庫へ!」

「なに言うてんねん、ここは逃げや! 大人しゅうしとき」

「こういう時の為に便利屋に鍛えてもらったんだ。おれ達だってやれる!」

「アホなことぬかすな、連中の船よく見てモノ言わんかい。髑髏掲げた海賊なんか今時他にはおらんで、ありゃフーチ一家や。マッポの戦闘機隊とガチで殴り勝つような連中やぞ、ウチ等とは場数が違いすぎる」

「姐さん、僕達だって場数は踏んでるよ。戦闘を見るのだって初めてじゃあない」

「テッドまで何言い出すねん。レースやろが、あんたらがやってきたンは! それとこれとはワケがちゃうんやぞ⁉」

「だからおれ達には分かるんだ姐さん。被弾の所為で出力が落ちてる、船足(アシ)は向こうのが上だ。直線勝負じゃどのみち追いつかれちまうんだ。逃げ切るには時間稼がねえと」


 その通りだとテッドが頷いた。遮るものがない宇宙空間では蛇行しようが先を読まれる。最終的には距離が詰り海賊達が大挙して乗り込んでくるだろう。

 逃げ切るには時間を稼ぐ必要がある――テッドは決意に満ちた表情で静かに語った。


「兄さんの言う通りです。僕たちは闘うために辛い思いをしてきた。それは逃げるだけでも、そして海賊達に腹を見せる為じゃなく守る為にですよ。信じてください、やり遂げてみせますから」

「連中はマジモンやぞ……ホンキか?」

「僕たちだって本物です、なおさら退けない。それに、オドネルさんにしごき抜かれた今なら誰にも負けない――そうでしょ兄さん?」

「頭冷やしたらいきなり冷静になりやがって、あんな奴に鍛えられなくなって戦えるさ! とにかく、おれはやるぜ姐さん!」

「僕もいるよ、兄さん」


 逃げはしない。兄弟は拳を重ね、そしてオリガを見た。


 彼等を信じ飛ばすべきだ。彼女にもそれは分かっていたが、よりにもよってデビュー戦の相手がフーチ一家とは、いくらなんでも相手が悪すぎる。アマチュア上がりのボクサーがいきなり階級チャンプと試合するようなもの。時期尚早、結果は見えている。

 それでもとテド達は言っているのだ。ここで退くのは男じゃないと――、もう彼等は止まれない。


「よう分かったわ、この大馬鹿ども。好きにせぇ。テディ、ここはウチが何とかするから二人を手伝ったれ」


 テディが立ち上がるなり三兄弟はすぐにでも格納庫に走ろうとしていたが、勇む三人をオリガは一度呼び止める。このままだと出撃するなり特攻でもかけそうな気がしたのだ。


「ええか、飛ぶのは許すけど無理に闘ったらいかんで? 星間ゲート近くの安全圏まで逃げ切れればええんや、そこまで行きゃあアッチも手出しできひん。追いかけて撃ち落とす必要はあらへんぞ。そこんとこよく覚えとき、ええな⁉ 死ぬんやないでッ!」


 三兄弟はそれぞれ頷き駆けだしていく。操縦席に残されたオリガの心中は如何ほどだろうか。

 これまでは用心棒を雇い入れていたから希薄だった、仲間を出撃させる際に感じるプレッシャーが、今は彼女の小さな肩に重くのしかかっていた。自分の一言で仲間が死ぬかもしれないという不安と恐怖。未来を思うと背筋が凍る。その分だけ、彼女は強く操縦輪を握る。


 全てを理解した上でテド達が露を払おうとしているのなら、同様に覚悟を決め、闘い抜いてみせる。それくらい出来なくてなにが〈姐さん〉か。

 オリガは逃げ切りを賭けた策に飛び込んでいく。


『こちら格納庫、テディからオリガ。コバンザメ二機、出撃準備完了』

「よーしみんなァ、お仕事の時間やでぇ! 宇宙海賊がなんぼのもんじゃい! ネジ一本も海賊なんぞにくれてやるワケにはいかん、やったろうやないかッ!」

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