Do me a favor 13
「ほれ、呆けてへんでウチ等も仕事するで」
憎まれ口を叩いていたが三兄弟の尻尾を見るに、彼等もヴィンセントには好意的な印象を抱いていたのだろう。仮に印象が悪かったとしても内容の濃い数日だったのは確かだった。
それ故のギャップか。ヴィンセントが去った後、格納庫に訪れた凪にオリガは活を入れた。これから取引だというのに腑抜けてしまっていては、時間が無駄になってしまうし、取引相手の心象としてもよろしくないのである。
一応、オリガは気を引き締め直してやったのだったが、三兄弟とて取引には慣れていて、徐々に集中力を取り戻して効率的に作業を進めていった。――とはいえ、作業と言っても身支度程度、今回の荷はアタッシュケース一つだけなので、特に時間はかからない。
コロニーへ入港する頃には全ての支度を終え、ドッキングが完了次第、オリガ達はテディに見送られて取引場所へと向かう。取引に指定されたホテルまでは車で十分ほど、待ち合わせまでかなり余裕があるのでゆったりとしたドライブを楽しみながらの移動である。
ハンドルを握るのはテドだ。
久々の運転で、テドとテッドはハンドルを巡って争っていたのだが、往復で交替することで折り合いを付け、兄に先を譲ったテッドは後部座席から会話に熱を向けていた。何度も繰り返し行われる議論なのに、チームであっても一向に結論に至れない。しかし、だからこそオリガを含む彼等は、自らが愛する作品への想いを語り続けていた。
三日ぶっ通しで語り合っても尽きなかった話題が、移動時間如きで結論に至れる筈もなく、あっと言う間にホテルへと到着。一端、話題を切り上げて待ち合わせの部屋へと彼等は上がっていった。
……しかし、確実な取引でも注意を払うべきであった。
そうすれば、ドックから尾行してきていたセダンがいたことに気がつけただろうから。
オリガ達の状況は尾行者の無線機を通じて、まさに筒抜けだった。受信先はコロニー周辺宙域で停泊中のターナー号、宇宙海賊フーチ一家の母船である。
「尾行班、報告しろ」
副船長のネルソンが指示を出す。
今回は泳がせるにしても、標的の情報は集めておいて損はない。船長であるフーチにそう進言した結果、前段階の指揮は彼が執ることになっていた。
『こちら尾行班、お宝はホテルに入ってきました。中まで付けますか? どうぞ』
「その場で見張るだけでいい。今回は偵察だ、くれぐれも手は出すな。それよりも連中の取引相手が知りたい、当てはまりそうな奴はいないか探ってくれ」
とはいえ、見つからないだろうとネルソン自身思っていた。情報通りならば『百万ドルの価値』がある取引だ、相手にしたって、相応の警戒をしていて当然。さも取引がありますなんて分かりやすい人物が現れるはずもなく、部下達の報告は彼の予想通りだった。
『観光客と金持ちがごっちゃになってます、見分けなんか付きませんぜ。一々獲物追うより、こんなかの一人を適当に襲っても稼ぎになると思いますが? さっきなんか、石油王みたいな格好した野郎までいたくらいだ。いっちょやっちまおうぜネルソン、尾行だけなんてしまらねえ』
「勝手に行動起こしてみやがれ、丸焼きにしてから石油に生まれ変わらせてやるぞ。黙って監視続けてろ! ……まったく」
通信を切ってから、思わず悪態も出てしまう。
一家を引っ張るフーチがそうだからか、集まる獣人達も血の気を持て余している連中ばかりだった。勇敢と無謀、臆病と慎重の見分けが付かない人材の中で参謀役を担うネルソンの気苦労は際限ない。
それに特に注意すべき相手は、他にもいた。それは彼等にとって最大の敵でもある相手だ。
「ヴィンセントはどうしてる、まだコロニーのあたりを飛んでるか?」
「変わらず浮いてます」
そう答えたのはレーダー員である。ヴィンセントが発艦してからというもの付きっきりの見張りを続けさせているが、ラスタチカは飛び去る訳でもなく、かといって哨戒するわけでもなく、フワフワとコロニー周辺を漂っているのがネルソンには不気味でしょうがなかった。
「こっちに気付いてるのか?」
「隠匿状態は維持してるんでそれはねえでしょうが、ただ……気味がわりぃ、早えとこどっかに消えてくれりゃいいんですが」
「奴はほっとけ。今日のトコロは撃墜するよりお宝が優先だ、考えすぎんなネルソン」
フーチが言う。
ラスタチカがいる所為で、フーチ一家も身動きが取れないでいたがしかし、大黒柱たるフーチはというとじつに楽観的に構えていて、コロニーへ入っている部下の盛んさを褒めるくらいに余裕がある。
「尾行してる連中はやる気があっていいじゃねえか! 誰を行かせたんだ?」
「手空きパイロットの二人を、スティングとロケットです。ヴィンセントに機体をやられて暇を持て余してましたんで」
「近頃やきもきしてやがったからな、いいガス抜きになんだろうよ」
人選に頷くフーチであるが、彼の矛先はすぐさまネルソンの志へと向いた。
「しかし、ネルソン。海賊が後ろ見てどうするんだ? 海賊たる者、いつ何時でも獲物を襲いてえとは考えねえか、海でも陸でも宇宙でもな! 俺だっていつも考えちまう、宇宙最大の獲物を狩る瞬間ってのをよ」
「その成功率をあげるのがおれの役目なんで。……というかボス、諦めてなかったんですね」
「ったりめぇだ、馬鹿野郎! ネルソン、月に二番目に降りた野郎の名前を知ってるか?」
「えっと……ああ、バズ・オルドリンですね」
唐突な質問にネルソンは瞬間考えたが、脳内辞典をさらりとめくって彼は答える。
「NASAの宇宙飛行士で、アポロ十一号では月着陸船のパイロットでした。それが?」
「なんだ、知ってんのか」
「ええ、まあ」
「そうか……」
尻すぼみにフーチの意気が衰えて、なんだか気まずい沈黙がやってきた。フーチの描いていた話の流れを粉々にしたのだとネルソンは気が付いたが、後の祭りである。
しかし、そこは一家のボス、すぐに持ち直して話を続けた。
「――だが、俺は知らなかった、他の連中もだ。勉強好きのお前以外な。つまりだ、二番目ってのは記憶に残らねえって訳だ、どんな偉業に関わっていようと。漢の人生、狙うなら天辺! 宇宙最大の豪華客船『クイーン・オブ・ギャラクシー』をやってこその海賊ってもんだろう」
「これでも海賊だ、浪漫はおれも理解してます」
「頭使いすぎると感情が鈍くなるぞネルソン。無心で思い描くんだ、俺達が豪華客船を襲撃してる姿を、どうだ、興奮するだろうが」
「同時にリスクも思い浮かぶ。『女王』の寝込みを襲って無事済んだ海賊は誰もいない、それどころか、戦闘は『女王』のはるか遠方で終わり、乗客は海賊に襲われているなんて知りもしなかったくらいです」
「じつに喜ばしいじゃあねえか。優秀な護衛がベッドを守ってるおかげで、陛下はいまだ処女であらせられる。初めて相手を努めるのは俺達だが、まずは身だしなみを整えなくちゃあならねえ。その為の資金集めてる途中でヘマやらかさねえかが、ネルソンの心配事なんだろうが、縮こまりすぎるってのはいただけねえな。どっしり構えとけ、お前の計画はいつだって完璧だ、消極的な点を除けばな」
「ちげえねえや」と、肩を揺らす海賊達の笑い声で艦橋は満たされ、ネルソンは一人不満そうに唇を結ぶ。
過去の小さな――過ぎる慎重さが災いして獲物を取り逃がした――失敗は、船員達の間では時折、副船長であるネルソンをからかうネタとして使われていた。しかし、彼の頭脳は船員の誰もが認めざるおえないものであるのは事実であり、笑い声には侮辱よりも激励に近い意味が含まれている。だからこそネルソンも咎めにくいところがあるのだが、自責しているだけに煽られると一層悔しさが滲むのもまた事実だった。
「……っく、いつまでも笑ってねえで仕事しろ! 宇宙に放り出されてえか!」
「ははは! オーライ、副船長。オーライだ」
「それぐらい堂々としてりゃあいいんだ、ネルソン。頭ン中に詰込みすぎるな、俺達はこの船で暮らす、この船の家族だ。お前が皆を支えるように、皆もお前を支えてる、俺達みてぇな無法者が自由を求めて生きるには寄り合うしかねえのさ。だが、力合わせて屋根支えてりゃあ、どんなボロ屋だろうが俺達の家で、家族だ。俺様だって完璧じゃねえ、一人きりじゃあ大したコトはできやしねえんだ。『女王』を襲った後、新聞の一面飾るのは俺の名前じゃねえぞ、俺達家族の名前が乗る。一人じゃあそこまで辿り着けもしねえ。ネルソン、……お前は頭がいい分頼りにもされる、そんなおめえがナヨナヨ立ってちゃいけねえよ」
フーチが全幅の信頼を込めて言うと、船員達は黙ったままだが何度か頷きあう。
ネルソンは結んだ口元を少し緩めた。
「足が震えてるのは疲れの所為かも、なんせ荷重が偏ってるもんで」
「頭を使っても身体は疲れねえさ。なんならもっと脳味噌をデカくしても構わねえぞ、立てなくなったら車いすを用意してやる」
鋭い切り返しにまたも艦橋を笑い声が征服し、今度ばかりはネルソンも笑みを堪えきれずにいる。
宇宙海賊などロクデナシの集まりである。
そう世間の人々が見るように、どうしようもない愚か者の集団であるのは間違いないが、それでもここが居場所なのだとネルソンには感じられていた。全員もれなく犯罪者で、もれなくロクデナシ、しかし全員が家族である。そしてまるで待ちわびていたかのように吉報が電波に乗って届くのだった。
『こちら尾行班! ネルソン、応答しろ!』
「どうした?」
興奮気味の無線にネルソンは落ち着いて応える。無線越しでも、尾行班のキラキラしたような瞳が見えそうなくらい、彼等の声は踊っていた。
『石油王だ! 石油王がお宝の買い手だった!』
「なに? 確かなのか⁉」
『間違いねえって! ハイエナ共と一緒にホテルから出て来て、別れ際に握手どころか全員とハグまでしてやがった! ボス、こいつァ大当たりだぜ!』
艦橋がざわついたのは言うまでもない。事実ならば、かなりの大金が目の前にぶら下がっていることになるのだから。現金でも電子送金でも、獲物達が大金をせしめているのは確実で、さしものネルソンも興奮を隠さずフーチを振り返った。
どうするのか、問う為だった。
しかし、彼等の行動は思いがけない形で決定する事となる。逡巡の最中に、レーダー員が報告したのだった。
「ボス! ヴィンセントの野郎が移動を始めました! コロニーから離れていきます、三〇秒後には完全にレーダーから消えますぜッ!」
「話を持ってきた人間共は?」
ネルソンが問うと、レーダー員と通信員からそれぞれ返答が上がる。
「まだ現れません」
「通信も同じく、コンタクトありません」
「構いやしねえ……」
低く、獰猛な笑みと共にフーチが腰を上げた。
「俺達だけでやれますか、ボス」
「ここは流れに任せるとこだぜネルソン。ヴィンセントの邪魔さえ入らなけりゃ人間共の援護なんざいらねえ、俺達で総取りといこうじゃねえかッ!」
大金がすぐそこにあり、最大の障害はどこかへと消えていった。となれば尻込みするひつようがどこにあるのか。確かにフーチの言うとおりであり、ネルソンは通信用マイクを差し出した。
軽いハウリングが艦内全てのスピーカーから発せられ、全ての船員が耳を傾けている。
「よぉく聞けテメェら! ドデカい獲物がかかったぞ。出港準備、錨を上げろ!」
誰からともなく雄叫びがあがり、船体が地響きを起こしているように奮えあがっている。




