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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verse Do me a favor
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Do me a favor 10

 VRを用いた模擬空戦とランニングからヴィンセントが洗い出した問題点は二つある。細かく上げればキリが無いので、主立った問題点、かつ致命になりかねない点に限っているが、急ぎ解消するならこの二点からだろう。


 一つは次男、テッドの欠点だ。

 まぁこれは解決方法までシンプルな問題で、つまり体力不足である。VRでの模擬戦では緊張感による疲労は感じても実戦の半分以下、加速度によるよる疲労についてはゼロである。だのに、それでも彼はバテてしまっていた。

 体力が減れば集中力が途切れるのは必然、そして集中力が思考力も下がり、コンマ数秒反応の遅れが、優れた操縦技術を台無しにしてしまう。ヴィンセントの回避機動に付いていけなくなった理由がこれだ。


 そしてもう一つは、勿論、長男のテドである。

 体力面よし、ストリートレーサー上がりとしては操縦技術面も問題ないが、だからこそヴィンセントは心配であり、同時に勿体なさを感じる。仲間の命を預かる責任と覚悟、そして兄であるというプライド。その全てを持ち合わせているが、それ故に、テドは真っ直ぐすぎた。


 飛び方も、そして思考も。


 二線、三戦の海賊連中相手ならば今のままでもイイ線いくかもしれない、しかし上には上がいるもので、いざ一線級のパイロットとぶつかりでもしたら、たちどころに墜とされるだろう。挙動の一つ、機動の一つに思考と駆け引きを絡めてくる相手には分が悪い。差し詰め、直球しか打てない打者といったところか、変化球を織り交ぜられればキリキリ舞いで三球三振、ベンチの代わりに土に還ることになる。

 しかしだ、技術だけなら張り合えるだけの潜在能力はありそうなのだ。ヴィンセントに取って難しいのは、そいつを自覚させる為に、どうしても超えさせなければならない難題がある点である。


「OK! 今日はこれで終いにするぞ」


 テドもテッドもやはり獣人だけあって身体のつくりは頑丈だった。

 二人は訓練を始めてから二、三日で慣れたようで、一日分のメニューをこなしても音を上げなくなっている。まったくあの頑丈さは恨めしいことこの上ないが、ねだったところで手に入る訳でも無し、ヴィンセントはおくびにも出さず、コバンザメから降りてくる二人を待っていた。


「ふぅ~、やっと終わりかー。戦績はどうなってるんだ、便利屋?」

「三・三で引き分け」

「マジで? 勝ち越してたと思ったのに。テッド、やるじゃねえか」

「いやぁ、まだまだだよ、兄さん。ようやく勝てたって感じだったから」


 VR空間だからこそのカメラを使い、ヴィンセントは様々な角度から二人の模擬戦をモニターしていた。だが――


「勝敗も気になるだろうが、内容を振り返っとけテド」

「オドネルさん、気になる点はありました?」

「山ほどな。お前らなんぞ欠点の塊だ」


 テッドの問いにヴィンセントは渋い顔で答えた。実際、言いたいことが多すぎて、どれから教えてやれば良いのか悩むくらいである。だが、最初からぽんぽん教えてやったのでは鍛えてやってる意味が無い。いつまでも専属で就いている訳では無いのだから、考える癖も付けさせなければならない。

 ……というのにだ、テドは調子が良かったらしく自信で溢れた顔をしている。


「鵜呑みにするなよテッド。そんなに欠点ばっかりな筈がねえって。――つーか、悪いとこがあるなら教えてくれよ、便利屋。勿体振るような事じゃないだろ」


 手っ取り早く強くなりたいって気持ちは理解できる。だが、目先の儲けに目が眩んで身を滅ぼした奴の多さを知れば、同じ轍を踏ませるのは気が咎めるヴィンセントである。

 彼が口をひん曲げていると、テッドが何かを察したようだった。


「……多分だけどね、兄さん。その姿勢が悪い点の一つだと思うよ」

「なんでだよテッド。お前だって早いとこ強くなりたいだろ、姐さんの為にも。なぞなぞに付き合ってる方が勿体ないぜ」

「オリガの姐さんとそっくりで、兄さんもせっかちだよ。オドネルさんがどんなに教えるの上手くったって、すぐに強くなれる訳ないでしょ」


 テッドの指摘は的を射ており、付け足すこともない。急がば回れだと、ヴィンセントは肩を竦める。

「ま、そういうこった。俺は魔法使いじゃねえし、急ぎすぎても良いことねぇからな。たまには後ろを見るのも必要だ」


 育成にはどうしたって時間がかかる。

 テドが思っている方法とは違うだろうが、確かに手っ取り早く(・・・・・・)強くなる方法はある。しかし、絶対におすすめはしない。ヴィンセントは、その方法がどれだけのリスクを孕んでいるのか、おそらくこの世で一番よく知っているから。


「今の六戦は記録してあるから二人で確認しとけ。その上で訊きたい事が出来たら来い、それじゃあな」

「え⁉ 待てよ、どこ行くんだ?」


 テドに呼び止められるが、ヴィンセントは止まらずに通路へと向かっていく。返事は背中越しだ。

「飯喰ってくるんだよ、おまえ等に付き合ってたら腹減っちまった」


 そしてヴィンセントは本当に出て行ってしまい、格納庫には兄弟がぽつんと取り残された。一応、三男のテディも格納庫にいるが、いつものように黙って作業している為に、声は掛けづらい。

 となれば当然、反省会は二人で行うことになり、テド達はモニターに張り付いて六戦分の映像を再生していく。


 めまぐるしい攻防

 外れた曳光弾が宇宙を彩る


 一見すれば戦闘だが、甘い部分があるとヴィンセントは指摘していた。しかし、素人にようやく毛が生えた程度では、流し見しながら課題を洗い出すのは一苦労。というよりも、ろくに見つからなかったと言った方が正しいだろうか。


「なんだよ。俺達、ちゃんと戦えてるじゃんか。自分が飛んでるの初めて見たけど、悪いとこなんか見当たらないぜ」

「引きの絵で見てるからじゃないかな? もっと細かい部分なんだよ、きっと」

「ネガティブだなぁ、テッドは。自信持てっていつも言ってんだろ、自分の運転が完璧だったかはステアリング握ってる奴が一番知ってるんだ。俺の操縦を見ろよ、完璧だろ! 便利屋の奴は俺達を不安にさせて、訓練に身を入れるようにしたいだけだって」


 自身の腕を信じ切っているテドであるが、テッドはモニターを見つめたまま暫く考え込んでいた。ヴィンセントには遠回しに色々とやらされたが、その全てに意味があり、そして確かな意図があるとテッドは感じていた。その彼が言うのだから、決して完璧などでは無いのだろうと確信を持って言える。

 だが――


「テッドは他人の意見に流されすぎだ。どんなに強い奴が言うことでも、全部が正しいなんて言い切れないだろ? 自信持て、お前は、充分、強い! ……俺の次にだけどな! やばくなったら俺が守ってやるぜ、安心しろよ」

「分かってる、兄さんを疑ってなんかないよ」

「じゃあウジウジすんなって、俺が信じるお前を信じろ! JUST BELIEVE!」

 それは快活な笑みだった。奥歯の端まで露わにしてテドは笑い、釣られてテッドも僅かに笑った。

「そうこなくちゃあな! 大体、あいつの訓練で強くなってるのか怪しいもんだ、俺は正直、全然実感沸いてねえし」

「僕は実感あるよ、一応」

「マジでか⁉ うーん、姐さんが言うから従ってるけどよ、俺にはどうも合わねえのかもな」

「個人的な理由で、でしょ? オドネルさんと合わないからって、訓練内容が合わないっていうのは苦しいと思うよ、兄さん」


 どうしたって折り合いが付かない相手というのは存在するものだ。しかし、哀しいかな。だからといって簡単に断ち切れない関係があるから困りものだ、特に仕事関係で繋がってしまうと面倒この上ない。

 テドは、押し寄せる正論の波に左手を防波堤代わりにと差し出した。


「正論を並べるのはそこまでだテッド、俺だって苦しい言い訳ってのは分かってる」

「じゃあ素直に聞いてみようよ、無駄にはならないって」

「でもそれはそれ! 気に入らねえモンは気に入らねえ!」

「……あぁ、兄さんってば頑固なんだから」


 意固地になりがちな兄が、テッドの悩みの種である。美点でもあるのだが、時にトラブルの元にもなるので素直に認めにくいのだ。彼は思わず頭を振っていた。


「考えてもみろって! 俺達が走り回って、筋トレして、模擬戦してる間、あいつはずーっと座って見てるだけだぞ? あれで尊敬しろってのが無理な話だろうが」

「尊敬しろとは言ってなかったような……」

「態度に出てるんだよ、俺には分かるの! 強えのは……認めるよ。でもだ、同じメニューこなしてから言えってんだ! 俺達にだけキツいメニュー押し付けやがって。そしたら俺だって少しは見方変えるのによ、楽しやがって」


 テドの不満ももっともだった。

 かの山本五十六提督の言葉にもある。

 やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ

 この言葉に当てはめると、ヴィンセントは最小限の助言しか与えておらず、二人の訓練中は基本的に沈黙したまま眺めているのが常だった。口出しをしたとしても、言葉の節々に皮肉めいた雰囲気があり、それがテドの気に障ってもいたのである。


 手本を示さず、皮肉めいた言動だけで誰が従うだろうか。

 なるほど、テドが不満を募らせるのは当然の結果と言えるだろうが、しかし、彼の不満に意見する者がいた。


「それは、ちがう……」

「違うって?」


 テド達が声の方へと顔を向ける。いつの間にか作業音は止んでいた。

「どこがどう違うんだよ、テディ? 主語使ってくれねえと分からねえよ」

「楽はしてない」

「いや、だから主語をだな……」

「オドネルさんの事でしょ。――続けて、テディ」


 こくりとテディは頷いた。彼は作業で格納庫に入り浸り、ヴィンセントはここで寝起きしている上、緊急時に備えて機体の傍で待機しているので、実のところ、ルナー号内でヴィンセントと一番長く過ごしているのは彼だったりする。となれば、異なる意見を持つのも不思議な事ではない。


「機体のセッティングや、戦闘機について色々、教えてくれた。それにオドネルは……」

「ちょっと待てテディ。あいつと喋ってるのか、お前?」

「うん」


 頷いていたが、『なにか問題があるのか?』と彼の目は語っている。


「兄さん、邪魔しちゃ駄目だって。――それから?」

「オドネルは、兄さん達と同じメニューやってる、毎朝。だから楽はしてない」

「…………」


 知らなかったとは言えこき下ろした直後ではばつが悪く、吐いた唾を吞むのは恥を伴い、テドは唇をぴったりと閉じてしまう。だがしかしテディは静かな論調で彼の口をこじ開けにかかるのだった。


「それに、あの人は戦い続けてる。二四時間、一人で、オリガ姐さんの依頼が終わるまで。多分、ろくに寝てない。兄さん達には任せられないから」

「――ッ!」

「でも合間を縫って色々考えてくれてる、先の事を見据えて。なのにテドは不真面目だ、見てて恥ずかしいよ。テッドも、あんな程度じゃないでしょ」


 テディの言葉には遠慮の二文字など微塵も感じられない。ただ素直な感想を、淡々と述べているだけだが、それだけに急所を突く。


「僕は、兄さん達みたく早く走れないし、戦えもしない。度胸がないんだ、自覚はある。だけどその分だけ、二人を早く遠くへ飛ばしてあげたいと思ってる、それはマシンが変わっても同じだ。地上でも、宇宙でもだ。それだけの努力だってしてるつもりだよ。でも今の二人を見てると、負け犬を応援してるダニみたいな気持ちになる、惨めだよね」


 反論があって当然の言い草だが、テド達は揃って口を噤んでいる。なので、言いたいことを全部吐きだしたテディは工具を掴んで再び作業に戻っていった。まるで何事も無かったかのように作業音が鳴り響くが、空気は一変して緊張感を孕んでいる。


「……だってさ、兄さん。言われちゃったね」

「ああ、あいつが一番俺達をよく見てるかもな。流石俺の弟だ」


 テド達が前進を続けられるのは、支える力が合ってこそ。だというのに、その三男を失望させて何が兄か、何が家族か。

 テドはモニターに向き直り、戦闘記録を巻き戻す。


「もっかいだテッド、集中してチェックしてくぞ」

「うん、やろう兄さん」


 テッドもモニターに向かい力強く答えた。

 そして、時間は忘れられる。

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