Do me a favor 9
獣人のみで構成されている宇宙海賊、フーチ一家が有する宇宙船ターナー号。
その船体は完全に居場所を間違えているとしか思えない造形をしていた。海賊刀を抱いた美女をモチーフにした黄金の船首像。宇宙を征くには不必要な三本マストに張られた帆、そこに描かれているのは大腿骨を噛み砕く犬の髑髏。
さながら海賊達が跳梁跋扈していた大航海時代から抜け出してきた海賊船そのままの造形で、当時の資料で見かけるそれと遜色なく、周囲に放つ威圧感は本物の海賊が放つものだった。もちろん宇宙船なので内部はテクノロジーの固まりである。推進力は三発のエヴォルエンジンだし、武装は先込め式の大砲から対空防御に重点を置いた四連装機銃と二連装電磁主砲。マストに昇っていた監視員の替わりは高出力レーダーの電子の目がつとめている。
操舵室で船長席にどっかりと腰掛けているフーチは、副船長である猫系獣人ネルソンに目標の様子を訊いた。
「お宝の動きはどうだ」
「イエス、ボス。レーダー探知距離ギリギリに捉えてます、進行方向、速度に変化無し。気付かれている気配はありません。いつでも襲えますぜ」
「人間共の情報は正しかったか、いい仕事を見つけてきたな、やるじゃあねえか」
ネルソンは「どうも」と頷き報告を続ける。
「むこうは探知範囲外。乗り込んでただけあってレーダー性能までよく調べてやがる……これだけ追跡して反応がないって事ァ間違ぇねえでしょう」
「いいか、距離と速度に気を配れよ、気取られれば御破算だ、ぬかるんじゃねえぞ。――格納庫の様子はどうだ?」
「ドレイクが戦闘準備を済ませてます、やる気は十分だ、さっきからせっついてきてますよ。ボスの命令があればすぐにでも上がれますぜ」
「数日はかかると話したはずだがな、あのアホめ……。休んでろと言っとけ」
「目ェ光らせてますって。それよりボス――」
「――それより、なんだ?」
「あぁいや……その……。手前ぇで持ってきた仕事なんで言いづれえんですが……」
ネルソンは言葉を濁し、操舵室にいた他の獣人達に助けを求めたがどこからも誰からも弁護の一言は投げ込まれなかった。意思は共通しているというのに、最初に口に出した者が貧乏くじを引くのは何とも悲しいものである。恨めしい視線で仲間を見ても、彼等は自分の仕事をこなしているのだとコンソールとの格闘ごっこにいそしんでいた。『こんなに真面目くさって動く事などないくせに、汚ぇぞおまえら!』と、彼の目は語っていた。
「続きはどうしたネルソン。おい、おい! なにか言いかけたろうが」
「まぁ……はい。言ってもいいんですか?」
「おう。ビクビクしやがってこの野郎、何に怯えてる」
「ビビってるっつぅかなんつうか」
言葉を濁すネルソンだったが遂に意を決して、ボスであるフーチに具申する。海賊船の船長と言えば、卑怯、卑劣、冷血漢のイメージがある。げんに彼等はオリガの船を狙っており、敵、そして獲物に対しては欠片の慈悲も手抜きもしない。
だが仲間に対しての情は案外に篤い、それがフーチであった。人に押え付けられるのを嫌い、法の檻に縛られるのを嫌う。フーチもまたその類型、だからこそ無法者達がまとまれるのかもしれない。
決して気軽とはいかなくとも、時に部下達は否定的な意見も口にする。
「マジでやるんで? あの船にゃあ、ヴィンセントが乗ってんですよね?」
「おそらく、きっと、間違いなく乗ってる」
金星から地球までを行き来する船舶を狙うフーチ達は、交通の要所に監視を置き手頃な獲物を探している。例えばワープゲート近くのコロニーなどは品定めするのに丁度よく、リンチ達から情報が入った狙い目の船もそのコロニーで捕捉した。
……とまぁ、ここまではよかった。
問題なのは、アルバトロスの腕利きパイロット、ヴィンセント・オドネルがその船の護衛を引き受けているらしいという事だ。
「機体積み込んでる写真もあんだろ、だな?」
「「うぃ~っす」」
そこかしこから悲壮感漂う肯定の返事が上がる。フーチ一家の面々にとってヴィンセントの名は警察のサイレンと同じくらい聞きたくないものなのだ。襲撃を邪魔されること四回、護衛として追い払われること五回。ヴィンセントと闘うと必ず機体に傷をつけられてしまい、十機以上の戦闘機が並んでいた格納庫は、今では寂しく三機が佇むだけとなってしまっている。残っているのは、さながら壊れた機体同士の無事な部分をつなぎ合わせたニコイチ戦闘機隊だ。十機が五機になり、五機が三機。修理も出来ず、儲けが出ない。正直なところフーチ一家は大変な経済状態にあった。
「番犬がいるなら追い払っちまえ、やる前から負ける事考える海賊が何処にいんだバカ野郎!これ以上イモはひけねぇ、それに奴さえいなくなりゃ俺様達の天下だぞ。マッポなんか目じゃねえ、泣く子も黙るフーチ一家の復活だぜ!」
仲間達が声を上げる。
「襲い放題!」
「奪い放題!」
「やりたい放題!」
「警察なんざぁ?」
「「クソ食らえーッ!」」
ダミ声だらけの笑い声から「ヨ~ホ~、ヨ~ホ~」と海賊人生合唱が始まり、歌に合わせて士気も高まっていく。
「それでこそ海賊よ! お前ぇは頭はいいが小難しく考えすぎだぜ、ネルソンよ!」
バシバシと、フーチはネルソンの肩を叩いていた。
相手はたかだかヴィンセント一機。やれないはずがないのだ。そして奴さえ墜としてしまえば、お宝を守るものは何もない。情報を持ってきた人間達を合わせれば、稼働機総動員して合計五機の海賊編隊となる、いくらヴィンセントが手練れと言っても船を気にかけながら相手に出来る機数を超える。
「今度こそケリをつけてやるさ、ローン背負った海賊なんて笑い話にもなりゃしねェぜ」
爆笑と歓呼が上がる中にいても、ネルソンだけは頑なに歌も口ずさまない。経済状況を詳しく知っている身としては笑い事ではないのである。
「でも、でもですよボス。この仕事しくじったら俺達に次はねえんですよ⁉」
彼の言う通りだった。収入が減少する一方で出費が爆発的に増えれば極貧生活一直線になるのは避けられず、そして彼等には節約などという消極的な発想はスカート以上に似合わない。儲けが出れば豪遊三昧の生活を続けてきた彼等にはもちろん貯蓄もなく、すでに生活は行き詰まっていた。
「バッキャロウ! 成功させりゃいいんだ、志を高く持て!」
「だからこそですよボス。俺達にゃあ一発こっきりの弾しか残されてねぇんです」
「アホ抜かせ、銃爪引かなきゃ弾はどこにも飛びやしねえぞ。弾倉に差込んだまま腐らせてなんになる。塩漬けにして食うか? 海賊ならその一発はてめぇの頭を撃つ為じゃなく、野郎の心臓にねじ込むことだけ考えろ」
「一応言っときますが、万が一的を外せばこの船、売ることになりますぜ」
「誰が売るかってんだ。ヴィンセントの野郎を宇宙の藻屑に変えるまで諦めるかよ」
フーチとヴィンセントの因縁は深い。その点はネルソンも重々承知しているし、彼自身も負けっぱなしというのは腹の虫が治まらないところだが、フーチ一家にあって懐事情をもっとも熟知している彼だからこそ気を揉んでいた。
「……なにか秘策でも?」
「おうよ。だが、今はとにかくお宝の後をつけろ。人間共の情報が正しいならこの先でどこかのコロニーによって取引するはずだ。まずはお宝に関しての裏をとるぞ」
「お宝を積んでない可能性があるってことすか?」
「契約切れるなり掌返して襲撃を考えるような連中だぞ。プライドもねえ人間の言う事なんか鵜呑みにするか、馬鹿。それにだぜ? お宝よりも現ナマの方がいいだろうが」
「そうだぜ副船長!」「目先の現ナマが一番だ!」と何人かが色めくが、ネルソンはまだ引き下がらない。肝心の問題に関しては何一つ解決していないのだ。
「ヴィンセントはどうすんです。奴がいる限り手出し出来ませんぜ。人間共の手ぇ借りてやるつもりなんですか」
「余所モンの手なんか借りたら海賊の名折れだ! 奴とは正々堂々、一対一で決着をつけてやる……いずれな」
因みにフーチの言う一対一とは決闘的なものをさすのではなく、フーチ一家対ヴィンセントという構図になるので、別に男らしいわけではなかった。
「ですが、今度こそケリつけるってさっき……」
「細けえ野郎だな、決着は次の機会だ。今日じゃねえ」
「え? じゃあどうやってお宝奪うんで」
「いいか。今回は様子を見るだけに留めておいて、次回の取引の機会を狙うんだ。情報通りなら月に一度はデカい取引をしてる。そこを襲う。リンチ共が駄々をこねるようなら沈めちまえばいい。連中は用済みだからな。俺達の敵じゃねえさ」
事実としてヴィンセントが現われるまでは彼等の悪行に待ったをかけられるものはいなかった。ゴロツキ上がりの戦闘機乗りなど物の数ではない。
「そういう訳だ、理解したなテメェ等!」
「「うっす!」」
「そうか……、そんならさっさと計器に目ン玉戻して見張らねえか! ぽしゃっちまったらカヌー漕ぐ事になるぞ! ぼんやりしやがって! いつまでこっち見てやがる!」
話を聞くのは当然として、全員がフーチを振り返っていたのではしくじるのも時間の問題だった。




