Do me a favor 5
「はぁ~い、お疲れちゃーん! みんな、下りてきて~や」
重苦しいVRトレーニング用ヘルメットを外すとヴィンセントは眩い照明に目を瞬かせてから、凝ってしまった首をぐるりと回した。旋回によるGがかからなくても、重たいヘルメットを被って頭を振っていれば疲れはする。
彼がいるのはラスタチカの機上、ただしオリガ所有の宇宙船格納庫内である。
ルナー号の格納庫はやはり小型船故に手狭であるが、それでもスペースを上手く使って艦載機を収めている。狭い事は別に不思議な事では無い、スペースの限られている船内では色々とコンパクトにまとめなければならないから、ぎゅうと詰まっているのが自然なのだ。現に主翼を折りたたんだラスタチカの直ぐ横には、鏃型の戦闘機が二機、違い近いに駐機している。スペースに関して言えば、むしろ場所の余っているアルバトロス号の方がおかしいと言えるだろう。
「……ったく、なんで俺がこんな面倒くせえ事しなくちゃならねえんだ」
『それは貴方に我慢強さが足りないからでしょう、断る事も出来たはずです。あんなものがそれ程に大切ですか?』
「うっるせぇぞ、レイ。皮肉垂れやがって、まったく誰に似たんだか」
『私の人格データはこれまでの通信に大きく依存していますので、元を正せば貴方自身の性格が多大に影響しています。自らと語らうとは、禅問答のようですね』
「また余計な知識増やしてやがるな、ネットで」
『検索機能を追加して下さったダンには大いに感謝しています』
「こらジブン、いつまで待たす気や。はよ下りて来いっちゅうのに!」
声の大きさならばレオナとタメを張れるだろう。キャノピーは開きっぱなしなので、張り上げずとも聞こえるのだが、それでも急かし続けるオリガに引き摺り出されるようにしてヴィンセントは愛機から降りる。
そこには、オリガの他にも三人の青年達が待っていた。
皆一様に斑模様の粗い毛皮を纏い、顔立ちもよく似ている為一日程度では見分けが付かず、ヴィンセントは個人を見分ける為に服装の違いに注目していた。こいつらが素っ裸で立っていたら見分けられない自信が彼にはある、それくらいよく似た三人だ。
ブチハイエナの三兄弟。
テド、テッド、テディは、オリガの船で働く若き船員達である。
「ちっ、のんびりしやがって。早くしろよな便利屋!」
「失礼だよ兄さん、折角訓練に付き合ってくれてるのに」
生意気垂れているのが長男のテド、その兄を冷静に収めるのが次男のテッドで、彼等の横で一人黙々と作業を続けているのが三男のテディである。
顔も声もコピペしたかのようにそっくりなのに、性格がここまで異なるってのは、中々不思議な光景だった。
「何が『付き合ってくれてる』だよ、テッド。おれがいつ、そんな事頼んだっていうんだ」
「僕たちの事を思って、姉さん(あねさん)が無理言って頼み込んでくれたんじゃないか」
「そやぞテド。なんやウチに文句でもあるんか? おぉ?」
言わずもがなだが、体格はオリガが圧倒的に小さい……と、いうか幼い。それでも船長である彼女には逆らわず、テドはぐっと唇を結んでいた。
上下関係はしっかりと築かれているのだろう。現在に至るまで、どのような過程を経ているのか気にはなるが、ヴィンセントの口をついたのは余計な詮索よりも悪態が先だった。
「威勢だけはいいな。俺だって好き好んで教官まがいの事やってる訳じゃねえんだぞ」
テドが何か言いかけたが、先に言葉を発したのはオリガである。彼女は嬉しそうににっこりと笑っていた。
「せやろ? 元気ええやろ」
「褒めた訳じゃねえし、後半部分の不満は無視かよ」
「あれ、契約したのに蒸し返すん? 天下の便利屋、アルバトロス商会の腕利きが、今更そんなケチ臭い事言わんやろ~」
煽り半分の口調だが、契約した以上、それを言われてしまうとヴィンセントも反論できなかった。ダンと結んだ護衛依頼とは別にオリガが頼み込んだのは、察しの通り乗組員二人の戦闘訓練である。名うてのパイロットに教官役を任せるのは、なるほど理に適っているかもしれないし、別段訝しむ点はない。ヴィンセントにしても他ならぬオリガの頼みなので引き受ける事事態に如くはないが、それでも不満が沸くのはそのやり口と、条件を飲んでしまった自分の浅はかさである。
まさか喫煙場所を確保する為に、教官役をやらされる羽目になるとは……。
「はぁ……、引き受けたから一応、鍛えてはやるけどよ……」
「言い訳がましいのう。ほならもっと堂々としい、責任ある仕事やぞ」
「調子の良い事ぬかしやがって、押しつけといてよく言うぜ」
正直、ウンザリし始めているヴィンセントであるが、それでも評価はしっかりと行う。ふてぶてしいテドと、静かに待っているテッドを一瞥してから、彼はポリポリと頭を掻いた。
「――まぁ、悪くはねえんじゃねえか、二人とも。これからだろ」
「それだけかよ、誰でも出来そうなコメントじゃねえか。新聞のコラムでももっとマシな事書いてあるっての。なあオリガの姉さん(あねさん)、やっぱりこんな奴の訓練なんかいらねえって」
「自主的に断るなら俺も助かるんだけどな」
義務教育じゃないんだから無理強いはしない。その方がヴィンセントとしても手間が省けるところだが、問屋がそうは下ろさなかった。
「楽しちゃアカンで二人とも。テドとテッドにはもっと強うなってもらわなならん、せやからジブンにも働いてもらうで、文句はなしや」
舌打ちが二つ、どちらも至極残念そうである。
「って、ゆうてもや。訓練メニューも考えなあかんやろし、今日の所はとりあえず終わりしよか。テド、テッドお疲れさん」
テドは渋々な様子だが、しれっと格納庫を後にするテッドを追って彼もどこかへ消えていった。他人の面倒を見るってのはストレスが溜まるもので、ヴィンセントは代わりに得た権利を行使しようと胸ポケットに手を伸ばし――
「――……あっと、ジブンは残ってぇや、話があんねんよ」
「んぁ?」
咥えた煙草、取りだしたライター。
そしてヴィンセントが呆けていると、オリガは積まれた弾薬箱を指さした。そこに座れということらしい。




