表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verse Do me a favor
191/304

Do me a favor 4

 高速宇宙船ルナー号。


 月の名を冠するオリガの宇宙船は、正しく一部が欠けた月のような形をしていた。

 元々、軍で使われていた輸送艦払い下げのアルバトロス号と比べると、長距離宇宙船としては小型であるが、速度、機動性共に良好であり、さながら見た目の整ったミレニアムファルコン号と言ったところである。


 しかしまぁ、些か整いすぎたその外観はシンプルであるが故に面白みに欠け、安直であるネーミングが、これまたヴィンセントには退屈だった。


 ――どうせならかつての珍飛行機、フライングパンケーキのような冗談じみた要素があればまだマシだろうに。なんてよぎったヴィンセントがこの船に付けた呼び名は、〈食べかけピザ号〉である。所有者であるオリガに船名変更を提案した際に頭をひっぱたかれて以来、口にこそ出していないが、彼は船名を呼ぶ際には心の中で例の呼び名を使っていた。


 一体何が気に入らないのか大いに疑問が残る。実際、お似合いなのだ。


 シルエットはそのまま一口かじられたような形をしているし、なにより現状、食べかけのピザ号――もといルナー号は腹を空かせた二機の小型戦闘機によって追い回されているのだから。

 呆れ気味にヴィンセントが眺めるラスタチカのレーダー上には、味方を示す緑の交点と、その背後に付いてまわる二つの赤い光点があり、目線を上げれば小さくだが目視で確認できる。クネクネと攻撃を躱しているルナー号は致命的被弾こそしていないようだが、ラスタチカから離れるように回避機動をとっている為、追いつくには時間がかかりそうで、アフターバーナーに点火しつつ、ヴィンセントはぼやいていた。


「……なぁ~んであっちに飛ぶかな」

『オリガは最適な回避を行っています、ヴィンセント』


 ぼやきを拾ったのはラスタチカ搭載のAI、レイだ。やはり文字で表示されるよりも音声の方が意思伝達は早く、もっと前から改造するべきだったと思わずにはいられない。


『接近まで五分。ヴィンセント、作戦はありますか』

「考え中。追いつかねえ事にはどうしようもねえけど」

『なぁなぁ、ウチがなっがいこと追っかけ回されてるの知ってるか? はよ助けてーや!』


 呑気な会話を聞いていたのか、無線機からはオリガの救援要請。しかし、ケツに二機の戦闘機が張り付いているのに彼女は随分と楽しそうだった。


『聞こえてんか? 何処で油売ってんねんジブン、はよ助けに来いや⁉ 言っとくけどなぁ、あと五分なんて持たへんぞ』

「うるせぇな。ったく……。四機同時に相手したら漏れも出るって想像出来るだろ、だからさっさと離脱しろって言ったじゃねえか、なに近くで観戦してんだよ」


 襲撃者もラスタチカも武装は機銃のみだった。だからレーダー探知距離ギリギリを保っていれば、敵機接近と同時に離脱を始めて今頃は安全圏にいたはずなのに、余裕ぶっこいた所為でピンチになってれば苦笑も漏れた。


『阿呆言いなや、一人でジブンのナビしながら宇宙船飛ばすなんて出来る訳ないやろ!』

「こっちは二機片付けたぞ? オリガならそれぐらい出来ると思ってたんだが見込み違いだったかな?」

『姉ちゃん呼べ言うたやろが!』

『気になるのは呼び方なのですか? 彼女は不思議な人ですね』

「ツッコむ余裕があるならまだイケそうだな。……旋回してこっちに来い、残りも引き受ける。一度で回ろうとするなよ、船体起こしすぎると弾を喰うぞ」

『もうそっちに向かっとるわ、後ろ頼んだでー!」


船を駆って商売しているのは伊達ではなく、危ない橋を渡った経験だってあるのだろう。一度やらかしてしまってもリカバリーのタイミングはバッチリで、流石に呑気に追い回されているはずがなく、既にオリガは回避機動を交えた旋回を終えて、船首をラスタチカの方へと向けていた。


 ヘッドオンでの接近はあっという間だ。バイザーに表示される相対距離は読み取れないほどの速度で減少し、ヴィンセントは改めて集中し直す。言葉はなかったが、これまでの戦闘データから彼の意図を読み取り、集中を保つ為に衝突警報をレイがカットする。

 その間にも点だったルナー号の船影がはっきりと見て取れるようになり、そして徐々に大きくなってきたかと思った瞬間には眼前に迫っていて、オリガの悲鳴が無線機をがならせる。


『ぎゃー、ぶつかるぅ!』

「そのまま飛んでろ」


 衝突を避けるギリギリの瞬間

 ヴィンセントは機体を起こし半ロール

 背面に入れて超高速でルナー号とすれ違うと銃爪を絞る。

 目標はルナー号後方の敵機

 しかし、光の帯を引く三〇㎜徹甲弾は目標を外し、無限の彼方へ旅立っていった。


『命中せず』

「あんな曲撃ちが当たるなんて思っちゃいねえよ、威嚇だ、今のは」


 ヴィンセントの言う通り、威嚇射撃の目的は果たされルナー号から敵機を引き剥がす事には成功している。あのまま追い続ければラスタチカに背後を取られる事になるので、敵機に空戦を強要したのだ。


 一度散開する三つのエンジン炎。

 その揺らめく光の筋がひらひらと舞うリボンのように絡み合っていく。

 僅かに反応が鈍った隙を突きヴィンセントは敵機の背後へ

 しかし、同時にもう一機がラスタチカの背後へ回った

 攻撃のチャンスであり、同時に撃墜の危機。今一歩仕掛けられないヴィンセントはやきもきしながら頭を回していた。


 オリガの救援に間に合ったが、ここからどうやって敵機を排除するかが問題だ。上も下もない宇宙空間では高度差を生かした戦術は勿論使えない。速度で上回っているなら逃げるのも手だが、ルナー号を守らねばならない為これも却下。それに障害物もない為、地形を生かした戦いも出来ないときている。


 数の差にして一機だが、この一つの差が中々に厄介だった。

 無論、これまで幾度となく空戦を生き抜いてきたヴィンセントが、それぐらいで諦める筈もないが、今回はちょっとばかし特殊な例だった。


 敵機が異様に小さいのである。


 宇宙での空戦の特化した敵機には翼というものが存在せず、さながら(やじり)がそのまま飛んでいるようだった。全長も翼幅もラスタチカの半分以下というミニマムサイズの戦闘機は、後方から追っているとより小さく、一門っきりの機銃を当てるのがどれだけ大変か。まるで飛んでいる蠅を箸で掴もうとしているような気分になってくる。


「これは結構、鬱陶しいな」

『後方にも警戒を、機銃の射程に入っています』


 無理に攻めようと先読みして機体を引き起こせば、それこそ敵の思うつぼだ。一機仕留める確実な自信があれば回避機動を読み切って射撃したいが、あの機体サイズでは必中が取れるタイミングは少ない。


「ちっ、レシプロ戦闘機が何挺も機銃積んでた理由が判るな」

『アルバトロス号へ帰還後、増設用ガンポッドをダンに提案してみましょう。ですが、今は戦闘に集中してください』

「……充分してるさ。もう少し粘ったら仕掛けるぞ」


 後方の敵機をミラー越しに確認していたヴィンセントは不敵に言い放つ、唯一とも言える勝ち筋を――、だが確信のある勝ち筋を彼は見つけていた。


 食い付かれながら食いつき続ける。

 粘っこく、執拗に、執念深く――

 射撃に向ける神経を一度絞めだしたヴィンセントは、追跡と回避だけに集中して機体を機動させた。


『一体どういうつもりなん? いつまでじゃれてるつもりやねん』


 オリガが呟くのも無理はない。攻撃を誘うような動きを見つけても乗らず、無理な攻めは決してしないその飛び方は、いっそ武装が故障しているのかと思えてしまうくらいで、安全圏まで離れた彼女には遊んでいるようにしか見えなかった。


 しかし、敵機に挟まれて飛ぶヴィンセントは全神経を注いで機動を行っている。機体性能の差は戦力の一部に過ぎず、総合すれば当然、機を操るパイロットの力量も問われてくる。一転して地味な戦いになっているが、それは外から見ているからこそで、隙を覗い合う当人達はその神経をじりじりとすり減らしているのである。


 繰り返しの急旋回

 背後に感じる銃口の視線


 狙われる側は勿論として、追う側としても厳しい戦闘である。なにせ仲間の危機がどちらに転ぶかは、最後尾に付いている三機目にかかっているのだから。

 追いつ追われつの戦い。しかし、撃墜の緊張感を背中に背負いながらでも、ヴィンセントは冷静さを保ったまま、まるでその肉体までも機体の一部と化したかのようにラスタチカを操った。


 そして――、ついにその時が訪れる。


 逃げる先頭の機がバレルロールから左急旋回

 二番手のラスタチカはぴたりと追従

 しかし、三機目は反応が僅かに遅れてラインからはみ出した


 それと同時に無線が飛んだか、一機目の回避機動が一瞬止まり、ヴィンセントの口元が意地悪く歪む。いくら小さくても近距離かつ、直線飛行中なら外しはしない。


「ケツに付かれてるのに真っ直ぐ飛んじゃイカンぜ」


 射撃

 敵機に吸い込まれる三〇㎜弾

 エンジンに命中

 離脱


 爆散する敵機には目もくれず、即座、はぐれたもう一機の背後へと回る。

 決壊したダムを塞ぐのが困難なように、張り詰めていれば張り詰めているほど、一度傾いた形勢を立て直すのは難しくなる。些細なきっかけであれ、緊張の糸が切れてしまったその致命的瞬間を取り戻すには瞬きする間も惜しいものだ。


 しかし、残された敵機に立て直す時間を与えるほどヴィンセントは寛容ではない、そして敵機にはその為の気力も残されていなかったようだった。


 ラスタチカに背後を取られ、回避機動こそ行っているものの機敏さに欠け、暫く追い回されただけですっかり大人しくなってしまっていた。疲れた亀でももう少し必死に逃げそうなものだが……。


『撃たないつもりですか、ヴィンセント? これ以上引き延ばした所で得られるものがあるとは思えません。すでに勝負は付いています、あまり苛めるのは可哀想ですよ』

「そうか? ……それもそうだな、腹も減ったし終いにするか」


 同情的なレイの言葉に嘆息すると、ヴィンセントの人差し指がソフトに銃爪を絞り、弾の行く末を見るまでもない呆気ない幕切れに彼は天を仰ぐ。

 辺り一面満天の星、方向感覚も朧気になる星海をぼんやりと眺めていると、甲高いオリガの声が、能天気なくせにかましく響き、それと同時にヴィンセントの視界は真っ暗になったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ