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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
2nd Verse Do me a favor
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Do me a favor 3

「フーチの野郎が来ていたのか? お前さんもよく無事だったな、トーマス」


 話を聞き終えたダンの第一声である。心配よりも、以外といった感じだったが、とにかく言葉は口を突いて出ていた。


「まぁな。フーチに比べりゃあの二人なんて屁こき虫みたいなもんだ。野郎に絡まれて、いきり散らしてた小僧っこ共が真っ青になっちまってたからなぁ、あらぁ見物だったぜ、くっふふ……」

「気色悪い笑い方だ、何がおかしい?」

「思い出しだ。あれから三人っきりで朝まで飲み続けててな、フーチの野郎、へべれけになった小僧共財布からカードと有り金全部抜いて支払済ませやがった! いやぁ~痛快だったぜ。あれこそ悪党のあるべき姿よ、何かにつけてチャカぶん回す近頃のチンピラ連中にはああいう威厳のある悪党を目指してもらいたいもんだ」

「世間的には良い迷惑だろうがな。だが、懸賞金でも喰ってる手前、否定はせんよ」


 そうだろうと、トーマスは頷いていた。それに同じ賞金首を捕まえるなら、一山いくらの雑魚を捕まえるよりも、大物を追った方がやりがいがあるのである。


「……まぁ、帰りしな小僧共が盛大に吐いちまったから気分的にはマイナスで終わっちまったけど、溜飲は下がったな」

「道理でこんなに早くから開店準備をしている訳だ。――それにしても、フーチはお前さんがバーテンだと、よく気が付かなかったものだな」


 もしもバレていたら、より面倒なことになっていただろうし、ルイーズの心配も杞憂で終わりはしなかったはずだ。だがその心配を、トーマスははっきりと笑い飛ばす。


「馬鹿言え、しっかりと気付いていてさ、奴がそこの扉を潜った瞬間からお互いにな」


 フーチは長年、金星周辺宙域を荒らし回っており、同じく金星を拠点の一つとしているアルバトロス商会とはこれまで何度もやり合っている。いまではラスタチカの操縦席をヴィンセントに譲ったダンではあるが、かつては自ら機体を駆りフーチ一家と空戦を繰り広げた経験もある。そして、その場にはトーマスもいた。


 二人とフーチは、ある意味ではもっとも長い付き合いの相手といえ、ある時はキャノピー越し、そして時には面と向かって鉛弾を交換した間でもある。そんな因縁浅からぬ相手と不意に再会し、朝のニュースにならなかったというのは、にわかには信じがたい。


「ふん、それでよく撃合いにならなかったものだ」

「奴も一瞬驚いたようだったが、顔には出さなかった。おれは既に一線から退いた身だしな、気にする必要もないと思ったんだろう。仕事の話も続けていたしな」

「ついでに聞いておくが、連中は何をするつもりなんだ?」


 どこかを襲うつもりなんのだろう。ヴィンセントが不在の為、護衛依頼が来たとしても対応は出来ないが、気になるところではある。


「さぁな。だが、話の気配じゃあ元の雇い主を恨んでる感じだ。商船か、客船か、貨物船か、そこまでは知らんよ? 流石に具体的な内容までは話さなかったからな」

「当然か。――しかしやはり、目の前で仕事の話までしたって事は、やはりフーチはお前さんに気が付かなかったのではないか?」

「逆だろうな。あいつはおれに聞かせたかったんだ。自分がどこかを襲うと知れば、お前達、アルバトロス商会が出てくると期待したんだろうよ。奴とお前のとこのパイロットも、中々に因縁が深いと聞いてるぞ」


 それは確かにあり得る話だ。

 これまでの戦績はヴィンセントの圧倒的勝ち越しで、フーチは事あるごとに意趣返しの機会を狙っていた。


「ふん、だから奴は手を出さなかった、と?」

「尊敬だ、同じ時代を生きた人間への」

「悪党に同調か」

「ここは酒場だぞ。金さえ払えば誰にだって酒を飲ませてやる場所だ、警察だろうが悪党だろうが関係ねえ。向こうは気にせず、おれは商売、問題ない。そうだろ?」

「……やれやれ、すっかり丸くなっちまったもんだな」


 グラスを空けて残念そうにダンが呟いた。

 するとトーマスが反論する。丸くなったなど、とんでもないと――。


「落ち着いたってのは正しくねえ。フーチの危険度はむしろ上がってるとおれは思うぜ。勢い任せに噛みついていた頃の方がまだ分かりやすかった。昔を知ってるだけに、少しでも待たれると心臓に悪いぜ、いつ噛みつかれるか分かったもんじゃない」

「野郎の話じゃあねえんだ、トーマス」


 トーマスが傾けかけたボトルを遮り呟くダン。

 デカい賞金首を前にして心躍らず、緊張もせず、その上軽く見られても気にさえ留めなくなってしまっては一線に立つなど危険に過ぎる。かつてのトーマスならば、もう少し緊張感のある顔をしているだろう。


 しかしダンは言いかけた言葉を飲み込んだ。

 彼の選択を責めるつもりなど毛頭無く、眉間に皺こそ寄せていても、ダンの口元も僅かに笑みを刻んでいる。トーマスは船を下りる事で、こうして堅気の生活に戻ろうとしているのだから。


「邪魔したな。猫ちゃんにも伝えておく」

「なんだ、もう帰っちまうのか? 折角来たんだ、もう少し吞んで行けよ」


 しかしダンは、呼び止める声を背中で聞きながら静かに扉を押し開け、鬱陶しい日光でトーマスの目を眩ませた。


「それにしても些か緩みすぎだ、注意はしておけ」

「ヘッ、誰に物言ってんだ」


 そう言い放ったトーマスの語気には力強さがあり、思わずダンも振り返っていた。


「これだけは言っとくぞ、ダン。引退しても腕は鈍っちゃいねえ、いつでもおめえの葉巻を吹っ飛ばせらぁ!」

「……。ふっ、また来る、いずれな」

「ああ、百年後に待ってるさ」


 ドアベルが別れを告げる。

 途端、光量の落ちた店内は突然宵闇に覆われたかのようで、トーマスは一人暫くドアを見つめていた。

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