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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
1st Verce I Wanna Secret Family(With You)
184/304

I Wanna Secret Family(With You) 2

「さぁ、これで話せるでしょうヴィンス?」


 事務所の扉が閉まると、一転して真剣な声音で尋ねる。エリサが部屋を出て行くなり雰囲気は変わっていた。仕事モード……いや、個人的な問題による緊張感だ。


「あのままでもよかったぞ」

「嘘おっしゃいな、三年近く一緒に仕事してるのよ。その間ずっと貴方を見てきた私を誤魔化せると思うの? 気まずいって顔に書いてあったわ」

「暑い日に熱いコーヒーを出されたからだ」

「ヴィンス」


 黄金の瞳がじぃっと彼を捉える。


 ――敵わねぇな。


 無表情を装っていたがルイーズの眼差しに押し切られ、ヴィンセントは肩を竦めた。あれこれ言葉を並べたところで、確信を持って見抜かれているから時間の無駄だ。


「一体なにが気になるのかしら。仕事の話をあの子に聞かれることなら、もっと前から気にかけるべきだと思うけれど」

「それもそうだな」

「驚くべきは彼女よ、なにしろ貴方達と一緒に過ごしながら、まだあれだけ純粋でいられるのだから。ヴィンス、あの子は見た目よりもずっと強くて賢いわ、信じなさい」

「ああ、よく知ってる」

「なら何が心配なのかしら。あの子が子供だから?」

「エリサが、エリサだからだ。毎日あいつの姿を眺めてる。日毎じゃない、一時間、一分、一秒ごとに成長してるのを間近でな、だから……そう、心配なんだ」

「貴方が気を揉む訳ね。けれど、そこまで分かっているのならむしろ信じてあげるべきよ、エリサちゃんは大丈夫だって」


 ルイーズが表情を和らげる。

 ヴィンセントが取りだしたフレッシュメモリがテーブルに置かれ、手を離すと彼はいつもの剽げた調子に戻っていた。


「……ほれ、依頼の品物だ。データは全部この中に入ってる。一週間分の尾行データ、写真と位置情報の記録だ。依頼人に渡してくれ」

「ええ、確かに受け取ったわ。なにか付け足すことはあるかしら?」

「個人的な意見だが、何をやってるにせよ対象はクロだな。建物に入る度に辺りを気にしてやがった。それから十六時間交替で監視してたおかげで体重が増えた」

「言われてみれば少し太ったかもしれないわね、気が付かなかったわ」

「お気遣いどうも」


 ヴィンセントはコーヒーを啜る。

 尾行中のカロリー源を考えながら、彼はソファに体重を預けて話題を探す。ゆったり時間を過ごすには他愛のない内容がいい。例えば隣室に何があるかとかだ。


「そういや、エリサに何を渡したんだ?」

「鍵よ、他の何に見えたのかしら。……冗談よ、中身を知りたいのよね」

「隣部屋も持ち部屋だったなんて俺も知らなかったからな、三年も付き合いがあるのに」


 濃紺の尻尾を緩やかに揺らし、ルイーズは金髪を掻き上げてはにかむ表情を伏せた。


「本が置いてあるのよ、沢山。主に小説ね」

「なるほど、黙ってたわけだ」

「昔ながらの紙媒体よ。挿絵も無いし、小さな文字が淡々と並んでいるだけ。朗読は……探せばあるかも知れないけれど、それでも興味が湧いたのかしら?」

「ルイーズ、言っとくが俺だって本くらい読むぞ」

「貴方が読んでるのは本とは呼ばないの。雑誌、それもポルノ」


 細められたルイーズの瞳は挑発的な輝きを覗かせた。


「……小説だって読む」

「アラ、私の見立てとちがうわね。当てましょうかヴィンス? 映画化された作品だけでしょう。それも途中で飽きているんじゃないの?」

「………………ん~」

「正解? みたいね」


 監視を疑うくらい見抜かれたヴィンセントは唇を天井に向けて黙秘、そんな彼を眺めるルイーズは微笑を浮かべていたが、二人の談笑は唐突に終わりを告げた。

 廊下から幼い悲鳴に緊張が奔る。

 反射的にヴィンセントは腰を浮かせ、右手はバックホルスターに飛んだが、幸い緊急事態ではなかったらしい。スライドした扉が開くや飛び込んできたのは、足取り弾ませた白い毛並みだったから。


「エリサ……、驚かせるなよ」

「それは私の台詞よ、ヴィンス。ビックリしたわ」


 銃を収めてヴィンセントはソファに座り直す。しかし彼等の驚きなど、エリサが見つけた発見に比べれば小さな事のようで、彼女の尻尾は扇風機かと思うほど振り回されていた。


「見て見てヴィンス!」

「小説だろ? 俺は遠慮しとくよ」

「ちがうの! 本じゃなくってね――」


 言いかけ、エリサは手にした小説とルイーズを何回か見比べて続きの言葉を変えた、急いでいても礼は欠かないとは立派である。


「本もね、すごかったの! ずら~~~~って並んでてね、図書館みたいだったの!」

「どれでも好きな本を持っていって良いわよエリサちゃん、宇宙船暮らしだと本を借りるのも大変でしょう。目印が決まるまで自由に使って、お気に入りの本が見つかると良いわね」

「ほんと⁉ ルイーズありがとうなの!」

「友達の為だもの」


 豹の美女と狐少女のハグは実に絵になる。惜しむらくは彼女達の服装が些か華やかさに欠けている点だろう、ビジネススーツと野暮ったい子供服なのが勿体ない。

 と、ヴィンセントが友情を確かめている様を眺めていると、開きっぱなしの扉からこれまた幼い声が飛んできた。どうも急いでいるらしく、明らかに苛ついている。


「いつまで待たせんねん!」


 極寒こそ似合うすべすべの美肌、強気な表情を見せつける為に金髪を縛った少女は、足並みも堂々と事務所に入ってくる。だが、文句の一つを吐き出すより先に、エリサに腕を引っ掴まれグイグイ引っ張られてルイーズの前まで連れて行かれることになってしまった。


「イタタタ、なんやねん!」

「ほらね、ほらね! 綺麗な子でしょ、お人形さんみたいなの! ルイーズにお話があるって言ってたの」

「邪魔されんかったらとっくに話しとるわ、いいから手ぇ離さんかい」


 エリサの手を振り払った金髪少女は顎を持ち上げてルイーズをじぃっと見上げ、ルイーズもまた彼女を見下ろしている。

 一見すれば失礼な子供が迷い込んで騒いでいるのだが、ルイーズはなんとも落ち着いていて、ある種の慣れが彼女の対応には感じられた。


「オリガ。久しぶりね、来るとは聞いていなかったけれど?」

「ウチかて予定になかったわ、せやけどのっぴきならない事態になってもうて、一つあんたに助けて貰いたいんや」


 オリガと呼ばれた少女はガシガシ頭を掻きながら、困ったように口角を吊り上げていた。


「急用みたいね、どうかしたの?」

「そらあんた急用も急用よ。護衛頼んでたパイロットが梅毒やらかして入院やで、ホンマやってくれたわ、あいつ」

「噂は聞いてるわ、初めて組む相手だって」

「せやで、こっちから探して見つけたんや。ところが出発時刻になっても来うへんし、おかしいなぁ思ててん。ほんで電話したら病院やって言うし…………、なんか話してたらまたムカついてきたわ、今度会ったら股ぐら蹴飛ばしたんねん」


 語気荒く憤るオリガ。

 連絡無くバックれられれば憤るのも当然であるが、そんな彼女を宥める声がした。エリサである。


「でもね、らんぼうはいけないと思うの」

「あ? チビガキは引っ込んでろや、ウチは仕事の話してんねん。――ってかルイーズ、なんであんたンとこの事務所にこんな子供がおるんや」


 細かく理由を説明すれば長くなるが、ルイーズが答えるよりも先に、きょとんと首を傾げたエリサが、これまたきょとんと不思議そうに言う。

 彼女に悪気はなかった。そもそもエリサは誰かを不愉快にさせるような捻くれた性根を持ち合わせていないが、今回はその純粋さが裏目に出てしまう。他人の逆鱗はどこにあるか分からないものだ。


「オリガはお仕事してるの? すごいの、エリサと同じくらい小さいのに!」

「なんやと⁉ 誰がチビや白毛玉!」


 事実に対してオリガは歯を剥いて怒鳴ったが、哀しいかな迫力不足は否めない。更に言えば便利屋業で揉まれたエリサは、かなり肝が据わっているので怯ませるのは中々大変だ。その上、彼女には悪口でさえポジティブに受け取り、笑みまで浮かべるメンタルの強さまで備わっている。


「えへへ、エリサね、白くてもふもふなの。オリガも尻尾さわってみてなの」

「なに笑てんねん。にこにこしおってからに、なんやこの敗北感は……」

「そりゃあ、実際負けてっからな」


 コメディじみたやりとりを聞いているのも悪くはないが、見かねたヴィンセントが口を挟み肩越しに振り返る。出来る事なら関わりたくない、彼の顔にはそう書いてある、明らかに面倒臭そうな表情だった。


「よぉ見ろって、マジで意味不やわ。全然負けてへんし、ウチの方が大きいちゅうねん」

「いやいや、どう見てもエリサの方が身長はあるだろ」


 狐耳が嬉しそうにぴこぴこ動いている。

 勝敗は明らかだったが、オリガは頑として認めようとしなかった。


「ちゃいます~、身長は爪先から頭の先まで決まるんです~、耳の長さは含みません~。ジブンの眼ぇは節穴か」

「頭の先まで含むんなら耳も入るだろ、頭の上に付いてんだから。それに耳抜きにしてもエリサの方がちょっと高いぞ」


 言われてエリサを睨むオリガの眼差しは対抗心に満ちていたが、対するエリサは笑顔を返していた。


「どうする、なんなら計ってやろうか。――エリサは身長どんくらいだっけか」

「えっとね……」

「なんで確定させようとすんねん、やめろやお前。白毛玉も答えんでええねん」

「ネチネチ拘ってから、はっきりさせてやろうと思って」


 剽げるヴィンセントはおふざけついでに煽りにいく。


「優しさ、これは俺の優しさよ。正直、背なんていくら詐称してもバレるんだから、この場で改めて受け入れろって」

「イヤや、ウチは諦めへんぞ」

「もう伸びねえって……」

「ジブンその発言はアレやぞ、身長で悩む世界中の人を敵に回す発言やぞ。せやから計らんでええねん、数字出たら誤魔化せんくなるやろが。いいやんけ、数㎝くらい夢見させろや」

「その数㎝でごねてんのは誰だよ」


 意地の悪いニタニタ笑いのヴィンセントである。


「こいつ、ホンマ……。遠回しにバカにしよってからに……、ジブン大分ねじ曲がったんちゃう? チビならチビって言われたほうがまだ気持ちええわ」

「チビ」

「喧しいわボケ!」


 おふざけが過ぎたヴィンセントに飛びかかると、オリガは彼の耳を思い切り引っ張った。


「お前が悪い」「そっちがわるい」と揉み合いになりながら喚き散らす二人、しかしその様子に険悪さは感じられず、一転して蚊帳の外に置かれたエリサは、ぽつり疑問を独りごちるのであった。


「……ふたりとも、知り合いなのかな?」

「ああそっか、エリサちゃんは聞いてなかったのね」

「ルイーズは知ってるの? ふたりのこと、エリサにも教えてなの」


 他人の関係なので勝手に教えるべきか逡巡したルイーズだったが、あの騒ぎようではいずれエリサにも知れるだろう口を開く。


「ヴィンスとオリガは昔からの知り合いなのよ、それこそ何十年も前からのね。何せ――」

「イテテテッ、鼻を捻るんじゃねえ、鼻を! やめろオリガ!」


 ソファの上にリングを移したくんずほぐれつの戦いは決着の時を迎えていた。ヴィンセントの腹に馬乗りになったオリガの小さな二指がヴィンセントの鼻っ柱を摘まんでいるが、エリサが一番驚いたのは体格差を撥ね除けた勝敗ではない。


 それぐらい、オリガの言葉は衝撃的だったのだ。

 ようやく指を離したオリガは、腰に手を当ててこう言い放った。


「ホンマ口の治らんやっちゃな、お姉ちゃんって呼べ言うたやろ!」

「………………え?」


 エリサはあんぐり口を開けて、ぱちくりと瞬きを繰り返すだけ。するとオリガが不機嫌そうに彼女を睨付けた。


「ウチはこれの姉や、文句あるんか」

「えええーーーー⁉」


 信じられないと響く叫び声は、雑居ビルを揺さぶるくらいに大きかった。


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