M.I.A 25
全長二キロに及ぶ巨大宇宙船の爆沈に巻き込まれて怪我人一人出なかったのは、幸運以外の言葉で片付けるのは難しい、身を挺したアルバトロス号の損害にしても、船体底部の外装を一部はぎ取られた程度で収まっていれば、これはもう両手放しで喜んでいい上々の状態と言えよう。晒された危険に比べれば、抉られた船底などかすり傷で、巻き込まれた事件の大きさに比べれば犠牲はきっと些細な物だろう。
ダメージは負ったが航行に支障は無く、アルバトロス号は修理の為に最寄りのコロニーへ寄港する、火星で待つ依頼主に詳細を伝えるのはもう少し先になりそうだが、それより先に船を下りる人物がいた。
「ダンさん、お世話になりました。親父はおれがちゃんと連れて帰ります」
「おう、気を付けて行けよコディ、お袋さんによろしくな」
遺体の輸送手配、手続き諸々はダンが済ませてある。足止めを喰らうアルバトロス号に付き合わせるより、早く家族の元へ返してやろうというのはダンの提案で、コディの分の航空券の準備も彼が一人で行っていた。
「このお礼はいつか絶対しますんで、地球に来た時は寄ってってください」
「先にお袋さんに元気な顔見せてやれ。お前さんが立派にやってりゃあそれで充分だ」
ダンと固い握手を交わすと、コディは次いで顔を上げた。
「はい、ありがとうございます。――レオナも、ありがとう。あんたのおかげで親父を連れて帰れるよ」
「けッ……」
彼女はそっぽを抜いて、そっけなく尻尾を一度振っただけだったが、コディにはそれが彼女なりに譲歩した挨拶なのだと、今ならば理解できていて、その不器用さに思わず笑ってしまうくらいだった。
と、上着を引っ張られて下を見ると、エリサが小さなランチボックスを差し出していた。
「おべんとうなの、お腹へっちゃうでしょ?」
「ありがと、エリサ。美味しく食べるよ」
お別れのハグ。しかし、尻尾を垂らしたエリサは中々彼を放そうとしなかった。
「お兄ちゃん、さよならしちゃうの? いっしょに帰ろうなの」
「ごめんな、でもおれ帰らなきゃ行けないんだ。母ちゃんが待ってるからさ」
「エリサよ、コディをあまり困らせるな。俺達の仕事が続いているように、コディもまだやらなきゃならんことがある、邪魔をしちゃイカンぞ、分かるな?」
「……うんなの」
諭されて、ようやく離れたエリサの頭をコディは何度か撫でてやると、彼女はニカッと笑ってみせた。ならばとコディも笑ってみせる、哀しい別れではないのだから涙はいらない。
だが、彼が一番別れを告げたい相手と、普段なら佇んでいる銀翼の姿は格納庫になかった。
別段、何かするわけでもなくヴィンセントは宇宙を漂っている。飯を食って、機体を出して、日がな一日宇宙を漂うだけの日々。エンジンも切っている為、コクピット内はまったく静かだった。
思うことは、ある。今回の依頼はあまりに多くの事が起きすぎた。
自我を得たAI
時折見える幻覚
企業の陰謀と、それに危機感を抱いた機械の反乱未遂
そして――犠牲となったクルー
後悔などしても過去は変わらないと分かってはいても、考えずにはいられない。あの時もしも、と振り返ればいくらでも他の選択肢があったように思えてしまうのだ。上手くいっていれば、まだ後席にあのお調子者の顔があったかもしれない。
巨大宇宙船のAIから聞かされたことは他のクルーには伏せてあった。偽者が乗り込んできていたから、ダンは察しているかもしれないが、わざわざ話すことでもないだろうし、正直なところ内容が危険すぎる。
唯一の証拠であったチップを失った今となってはI・U社を告発することも叶わないとなれば、不必要な情報は呑み込んでおいた方が安全だ。
ぐるぐると思考は回るが、結局最後に行き着くのは――
「馬鹿な真似をするなと言ったのによ、つくづく話を聞かない野郎だった。勝手な真似しやがって、死んで当然だ、馬鹿が」
【ヴィンセント ライナスは裏切ってなど――】
「分かってる、分かってるさ……」
何本目かの煙草に火を灯し、天を見上げる。
ライナスはアンドロイドだった、驚いたのは間違いない。なにしろ人間そっくりで、人間らしく行動していた、アルバトロスクルーの誰も、あいつが機械だったとは想像だにしていなかったはずだ。泣き、笑い、信頼され、友もあり、エリサには懐かれてもいたあの青年を、どうして機械と見抜けただろうか。
その行動が操られていたとしても、自由を手にしたのだ、ラスタチカと同じように。だのにその最後は呆気なく、そしてすぐに訪れた。
――残念でならない。
教えることは山ほどあった、仕事も遊びもだ。だというのに、ライナスは宇宙に消えてしまった、仲間を救う為に。
【彼は実に勇敢でした AIの猛攻に屈することなく 最後まで皆さんの無事を祈り闘い抜いたのです 私は誇りに思います 身体を破壊されても尚 彼は抵抗を続けたのです】
「奴は死んだ(・・・)、壊れたんじゃなく。中身は機械だったが、同じパーツをつなぎ合わせてもライナスにはならない。感情を持ち、替えが利かねえ唯一無二のアンドロイドなら、そいつはもう機械とは呼べねえんだろうな。……だから戸惑ってんのさ」
機械だと認識しても、そう知るまでの期間で関わった時間が変わるわけではない。ヴィンセントはライナスを後輩として扱っていたし、ライナスも一人前になろうと努力していた。アルバトロス号の中ではぞんざいに扱われたり、盛大に笑ったり、怒られたりと色々あったが、過ごした時間の中にあっては、間違いなくライナスは人間だった。
それは、こうして湧上がる感情が証明している。
吐き出される紫煙、コクピット内の空気はすっかり白く濁っていた。
まだ若く、未来のある後席手の死。
無念でならない。無事に脱出できていればライナスはそのままアルバトロス商会に残っただろう、機械だろうと気にするような集まりではないから、きっと残ったはずだ。それに、すげぇ便利屋になっていたかもしれない、学習能力はすごいだろうしその可能性はあった、いずれは伝説の一人になっていたかもだ。
有り得ない話じゃないだけに、考えるだけ虚しくなる。
ライナスの未来は、潰えてしまっているのだから。
込み上げる自責に時を忘れ、煙草の灰が宙を舞う。しかし悲しいかな、悔やんだところで死者は戻らない。ならば前を向くのが生きる者の定め。
「そろそろ戻るか、ラスタチカ」
【もう少し待ってくださいヴィンセント 煙がカメラに染みていますので】
「…………ふん」
キャノピーの向こうで瞬く星々を見つめ、彼はまた一つ考える。
答えが出るまで、暫しの宇宙遊泳を続けながら――




