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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
5th Verse M.I.A
179/304

M.I.A 24

 生き意地汚く足掻いてみたがしかし、耐圧扉はビクともせず、爆薬は無し。穴の閉じた肛門に押し込められた糞のようだ。八つ当たりしたとこで好転などするはずがないと判ってはいても、ヴィンセントはふわりぶつかってきた機械の残骸を叩かずにはいられなかった。


 バイザーに点滅する絶望的な表示《酸素残量ゼロ》


 破れた宇宙服を応急処置で塞いでみたが、空気は徐々に漏れ続け、ついさっきカウンターはゼロを表示した。危険だとか、至急安全な場所に待避だとか、そんな当たり前の事は機械に促されるまでもなく承知している。逃げられるならとっくに逃げてるさ、と悪態をつきながらも、冷静な思考は火照る身体に酸欠を知る。


 脱出するには頭を回さなければならない、だが酸素は貴重。しかし節約する為に思考を止めれば緩やかに死ぬだけ。相反した状況下でなんとかやりくりしてきたが、万策尽きていた。


 音も、視界も、思考も――感覚という感覚が鈍くなっていく、ヴィンセントの身体は沈まず、無重力の海で溺れるだけ。神経が末端より接続を遮断していき、筋肉が弛緩していく。もう指さえ動かない。

 舞台の幕が静かに下りていくように終焉へと流されるヴィンセントには、いかな振動も轟音でさえも届かず、窓から見える火焔の絶叫に影が差しても、その影がなんなのか判別がつかない。だが、不思議と心休まる姿であった。


 馴染み深い、愛機の機影――


                ――それは幻ではない


 完全自動操縦のラスタチカは、沈み征く巨大宇宙船の破片の只中をフルスロットルで飛び抜ける。千切れた破片を喰らっているらしく、こごもった衝突音がひっきりなしに聞こえてくるので、命丸ごと戦闘機に預けたレオナは収まった後席で奥歯を噛みながら渋面を浮かべていた。


 ヤバいのは分かりきっている。くたばるとしても仕方がないが、ただ座って死ぬことになるかもしれないというのが納得できない点で、前部からも火を噴きはじめた巨大宇宙船を眺めていても爽快感など感じない。レオナが覚えるのは憤りばかりだ。


「ヴィンセントの野郎はどこにいやがンのさ⁉ じき船が吹っ飛ぶよ」

【到達まで十秒 レオナ 回収の用意を】


 軽々と指示が表示されるが、レオナは生身のままである。宇宙服もヘルメットも装着していない状態で、どうやって回収しろというのか。この当然の疑問に対するラスタチカの回答は、こうだ――


【キャノピーを解放しますので 数秒間のあいだ堪えてください】

「だから生身だっつってンだろが!」

【議論している時間はありません 行動を開始します】

「おい、アホ戦闘――うわッ!」


 急減速からサイドスラスターの全力噴射

 ドリフト気味のターンで巨大な硝子張りの窓につける

 室内には……


「あそこだ。――ヴィンセント! アンタ、聞こえてンのかいッ⁉」

【通信障害は回復しています どうやら意識がないようです 回収を強行しましょう】


 しかし、どうやってとレオナは考えた。

 外は真空でガラスは分厚い耐圧製、近くに乗り付けられるような場所もないのだ、回収しようにも手さえ届かない。


 だが、ラスタチカは既に強行策を練り上げていた。船のデータベースから船体の強度諸々は計算済み、現状における打開策は一つだけある。それを実行する為には、手足のない身体故に、レオナの手助けが必要不可欠であった。

 船体の崩壊が激しくなっている、時間が無い。


 機銃照準

 射撃対象より目標を除外

 射撃開始


 迷わずラスタチカより放たれた機銃弾が、鋼鉄の槍衾(やりぶすま)となって薄紙を破るかの如くガラスを穿ち、その奥にある壁片までも貫く。中央制御室内はAIが行った減圧により殆ど真空に近い状態だったが、機銃弾が壁面にまで穴を開けたことで気圧差が生じ、船体の崩壊も相まって、空気が一気に吹き出した。


 ガラスが砕け、諸々が飛び出してくる。その中にヴィンセントの姿もあった。

 流出する空気に乗った彼の身体は木の葉のようにされるがままで、ラスタチカはコース上に機体を滑り込ませるが、コクピットでキャッチする芸当までは流石に不可能、つまりレオナの出番である。


 一文を表示しレオナに合図すると、ラスタチカは有無を言わさずキャノピーを解放した。あまりの無着ちゃっぷりにレオナは怒声を上げたのだが、一転真空状態になった為に言葉は音にならない。しかし判断の切り替えは早く、脱力したまま飛んでくるヴィンセントを掴もうと彼女は腕を伸ばす。だが……

 ロボットの残骸らしき物体とぶつかりヴィンセントがコースから外れた、ラスタチカが軌道修正を加えるが間に合わない。一度後ろにそらせば、そこは鉄片舞う花火の直上だ、助かりようも回収しようもない。


 ああ! もう畜生め!


 悪態付いても音にはならず、レオナは即座ベルトを外して腕に巻く。そのまま機外へと身を投げるとヴィンセントの胴体を捕まえた。虚ろな眼付きだが、眼球が動く辺りまだ死んじゃいないらしい。肺の酸素が自由を求めて彼女の気道を駆け上がっていくなか、酸欠にくらつきながらもコクピットまで身体を引き戻すと、人型のボールをダンク気味に前席へ叩き込んだ。


 キャノピーが下りるや空気が送り込まれ、レオナは大きく胸を膨らませる。深呼吸から前席を見るが、ヴィンセントは身動ぐだけで朦朧としているのだろう。


「戦闘機、野郎のヘッドセットの音量をマックスにしな」

【……どうぞ】

「起きろこのタコッ!」


 手の代わりに声でぶん殴られたヴィンセントは短い痙攣のあとに目を開け、ヘルメットのバイザーを上げた。尻に馴染むシートとお袋の腹より落ち着く光景を見れば、自分がどこにいるのか把握するのは早く、両腕は剣が鞘に収まるようにして操縦桿を握っている。


【ご無事で何よりです ヴィンセント】

「なにぼさっとしてンのさ、逃げンだよ!」


 がなり声に払われ、靄の掛かった思考がクリアになる。頭を振って状況を呑み込んでいくと、ヴィンセントはヤバ場所にいることにようやく気が付く。


「なんだこりゃ、どうなってる……」

【ライナスが動力部の破壊に成功しました 爆沈まで時間がありません 即時離脱を】


 記憶を辿る沈黙、だがヴィンセントは同時に機体を操り離脱を始めていた。生存が最優先、思考は続くも身体は自ずから行動を開始している。


 横方向へ回転しつつ離脱コースを選択

 後方ミラーに火焔

 飛んできた破片をロールで躱してスロットルを押し上げる


 レオナが何かしら叫んでいたが、答えている暇が無い。まずは現場からの離脱が先だ。

 レーダー上の光点、アルバトロス号へと進路を取り全速離脱を開始したラスタチカに叩きつけるのは、巨大宇宙船の破片達だ。流石のヴィンセントでも、雨粒並みに細々とした破片までは躱しきれず、コクピット内にはひっきりなしに衝突音が鳴り響いている。


 操縦桿を握るヴィンセントは勿論、後席に座っているレオナも気が気じゃない、ドデカい破片を尻に喰らえば御陀仏確定となれば、無理くりにでも首を捻って後方を警戒している。……と、ついに、膨らみきった風船が弾けた。


 溜まりに溜まったエネルギーが船体の外郭を突き破り、眩い爆炎を上げている。真空さえ押退けるその衝撃は無差別な金属片を伴って急速に接近中だ。


「ヤぁバいよ、ヤバいよ! 来るぞクソッタレ!」

「踏ん張れ、レオナ!」


 不規則で無数、鋼鉄のヤマアラシは到底躱しきれる筈がなく、ヴィンセントはぎょろつく眼で唯一隠れられる場所を見つけ出した。それでも、運任せには変わりないが……


『こっちだヴィンセント、陰に入れ!』


 ダンからの無線に即応。ラスタチカは旋回して分厚い底部を晒しているアルバトロス号の陰に隠れる。しかしいかにアルバトロス号でも絶対の盾とは程遠く、この場で得られる安心感は一蓮托生の運命によるもの。


 見上げた頭上には艦橋

 身を潜めて数秒

 不気味な振動は逃れようのない鋼鉄の嵐の予兆

 最早為す術はなく、誰も彼もが静かに祈り、そして

 全てが、嵐に呑み込まれた――――


              ………………




                  ……………………



 嵐が過ぎても身動ぎ無く、ラスタチカは漆黒の空を漂うだけ。

 機体も、そのパイロット達も――


 彼等がまだ死んでいないと確認できるのは、細々と続けられる呼吸のおかげだが、それでも彼等彼女らには現実感が希薄で、後席に座るレオナは首がまだ繋がっていることを不思議に思っているようだった。


「ヴィンセント、まだ生きてンの……?」

「分からねえ。多分、お前が死んでなきゃ、まだ生きてる……」


 言葉を交わしても半信半疑で、ダンの厳めしい声とエリサの心配そうな声が無線から届いてきているのに、ヴィンセントは暫く応答できなかった。様子が変だと気が付いたレオナの怒鳴り声でさえも、拡散していて遠く聞こえる。


 大丈夫かと案ずる声がのしかかるのだ、自身の迂闊と無力さに。どうにもならないと判ってはいる、しかし、それでもと考えずにはいられない。

 彼は遅れて理解が及んでいた、一人、いるべき人物がいないことに…………

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