M.I.A 23
「レオナか⁉ いま何処にいる!」
無線機に飛びつき、ダンが言った。
『外さ、戦闘機に乗ってる。これからミサイルブチ込んでゲート吹っ飛ばしてやる、船は直ってンだろうね』
「エンジンが止まったままだ、まだ動かせん」
『チンタラしてる暇ァないよ』
すると、今度は別の声が割って入ってきた。
『ダン、今の振動は⁉ ロボットに侵入されたッ?』
「そっちも時間の問題だが、こいつは外からだ」
機関室でエンジンを弄っているコディからの無線に応じている間にも、大きな振動がアルバトロス号を揺さぶった。シールドが窓を覆っている所為で外の様子はカメラ映像でしか確かめられないが、脅威を感じるには充分だ。
「……この揺れ方はやべぇぞ。小僧、エンジンはどうだ」
『あと十分! 一基は動かせる!』
「五分でやれ」
ダンの声は重苦しく、その雰囲気だけで十分後の未来は想像出来たのだろう、「分かった」と、コディの応答は絶望的に素直だった。エンジンが動かなければ、一歩も逃げる事が出来ないのだ、コディに全てがかかっていると言ってもいい。
だが、無線に躍起になっているダンに代わってコンソールを見張っていたエリサが、途端に大声を上げた。
ウンともスンとも言わなかったコンソールが、エリサでも見覚えのある表示になっている。
「これ見てなのダン、お船が――」
「……直っている? なんてこった、コントロールが回復している! エリサよ、小僧を呼び戻せ、直ぐに脱出だ」
言われたとおり、コディに無線機を掴むエリサだがしかし――
『戻れないよ、扉は溶接しちゃったんだから! いいから船出してくれ、おれなら平気だ!』
「ならばしっかり捕まっていろ、かなり荒れるぞ」
『了解、あとはお任せだ』
すぐさま操舵席に付いたダンは、素早くエンジンに火を入れる。発進前のチェックは全てスキップ、とにかく巨大宇宙船の腹から逃げるのが先決だ。船の反応は素直で、ダンに手綱を預けて安心しているようでもあり、操るダンの髭面は楽しそうに歪んでいる。しかし、彼はふと大事な事に気が付いた。
何故ラスタチカからの通信で、レオナがマイクをとっているのか。
「レオナよ、お前さんだけか? ヴィンセントとライナスはどうした」
『はぁッ? そっちにいンじゃねェのかよ。……待った、戦闘機がなんか言ってる。野郎は中央制御室、これから救助に向かうって』
「了解した。アルバトロス号では足が遅い、急げ!」
『アンタこそ準備できてンだろうね、ゲートぶっ壊すよ!』
近距離から爆発音。
しかし大型宇宙船を迎え入れるドックのゲートは大きく、空対空ミサイルの一発程度では精々毛筋ほどの亀裂を入れるのが精一杯だった。とはいえ軍艦ならばさておいて、民間船の外郭ならば亀裂さえ入れば突破は可能、ダンは大きくアルバトロス号を下方へ傾け、船首をゲートの亀裂に向けた。
衝角突撃――まさか古代ギリシア時代の戦い方を――本来ならば外郭を外側から突き壊す戦術を――まさか宇宙航海時代に取る事になるとは、戦術とはかくも不思議なものだ。きっちり船首中央を割れ目に合わせてから、エリサが座席に座るのを見届ける。
ベルトで身体を固定したエリサが緊張した面持ちで頷き、そしてダンは、スロットルレバーを一息に全開にまで叩き込んだ。
五発中、三発のエヴォルエンジンが火焔と共に、アルバトロス号を加速させ、船首を鋒として内壁に突き立てた。その様は、竜の腹を裂き逃げようとする冒険者に似ている。
「ダン、お船がこわれちゃうの!」
「……頑張れ、お前さんなら出来るぞ」
悲鳴を上げるアルバトロス号を励ましつつ慎重に。亀裂の中央から推力が逃げないよう舵を取るダンの操船は、外科手術並の繊細さで進められていて、脱出口は徐々に徐々に拡がっていき、そして無理くり船首をねじ込んだアルバトロス号は、船体を削りながらも前進を続け、狭い隙間をこじ開けて、やがて宇宙空間へと脱出した。
聞き慣れた環境音に歓声が二つ。
だが、まだ終わってはいない。
艦橋は直ぐに空気が冷め、ダンは落ち着いて目的を明確化していく。
巨大宇宙船が爆沈するまで幾ばくも無いが、離脱する前に船内に取り残されている二人のクルーを回収しなければ。しかし如何せん、アルバトロス号では足が遅く、また小回りも利かない、迅速な救助活動には不向きだった。
「アルバトロス号よりラスタチカ、回収の準備を。――ヴィンセント、ライナス、聞こえとるなら返事をせい、現在位置を知らせるんだ!」
だが無情にも応答はなく、暗い空気は全員が感じ取っていた。
「応答しろ、もう時間がない。これが最後の通信だ」
「そんな! ダン、まってなの! ヴィンスもライナスも戻ってくるのッ、だから――」
「どうか分かってくれエリサよ、俺とて望んではいない」
「だったら……だったらもうちょっとだけ! みんなで帰ろうなの!」
涙ながらにエリサは懇願するが二人とは長い間連絡が取れていなかった。それにあの爆発だ、巻き込まれていないという保証もなく、クルーの命を預かるダンとしては不可能な救助ならば、非情な決断を下さなければならなかった。
義勇に付き合わせ、巻き添えで全員を死なせるわけにはいかず、仲間の命を天秤に掛ける必要があった。
今離脱すれば、四人は助かるかも知れない。しかしこれも可能性に過ぎないのだ、宇宙船の爆発を無事にやり過ごせるかどうかも怪しいのだから。
ところが、右舷を飛行していたラスタチカは、潔く翼を翻し爆炎を上げる巨大宇宙船に再接近していく。
「レオナ、なにをしている⁉」
『アタシじゃねェよ、戦闘機が勝手に飛んでやがンのさ! コイツには野郎の居場所が分かってる、先に逃げてなッ! 首根っこひっ捕まえて帰ってみせるさね。アンタこそ、その船沈めンじゃないよ』
決意も覚悟も受け取れた、ならば最早止めまい。
ダンの操船に従って、アルバトロス号は離脱を始める。
徐々に小さくなっていく巨大宇宙船。
そのシルエットは、遠ざかる毎に激しい爆発を繰り返していた。




