M.I.A 22
ただ一つの銃声が続けざまに吼え続ける。
動脈が裂かれるようにしてチューブが千切れ、オイルが血飛沫に代わり宙を舞い、床に黒い染みを作っていく。大口径の鉛をありったけ叩き込み、銃身は冷める暇が無い。
小型宇宙船用ドックで繰り広げられる攻防は、正しく孤軍奮闘と呼ぶに相応しい。
怖い物知らず、敵知らずのレオナであっても不可能は存在する、持ち込んだ弾数よりも的の方が多ければ、どうなるかは改めて言うまでもない。
アルバトロスに乗る前から多くの死線を潜ってきた。槍衾に飛び込む事に今更怖れなど感じないが、自殺と無茶の区別は彼女にも付く、だからこそ生き延びてきたのだ。
弾倉を飛ばして再装填
ライフルはラストマグ
レオナの表情は険しい
旗色は悪く、退路なし。
ラスタチカは黙りを続けたままだ。
レオナの防戦は決壊寸前のダムに対して、一人で土嚢を積み上げているようなもので、崩れる未来が確定している絶望的なもの。今のところ水漏れは一カ所で済んでいるが、弾が圧倒的に不足していて、頼みの綱の対物ライフルも、遂に哀しく弾切れを告げるのだった。
すると悔やむ間もなく、堰を切ったように、警備ロボットの群れが狭い扉から溢れ出し、レオナに襲いかかっていく。
「ぶっ壊しても、ぶっ壊しても湧いてきやがンなぁ、ブリキのゴキブリ共がッ! 上等だ、コラァ! 一匹残らずブッ潰してやる!」
弾が切れた銃でもレオナにかかれば鈍器に早変わり、彼女はフルスイングで先頭のロボットの頭部を殴打。他のロボットが掴み掛かってくるがこれを躱し、ただただ力任せに暴れ回って数体の頭部を潰す事に成功した。
「数揃ってるからって嘗めンじゃないよ!」
だが悲しいかな、焼け石に水。
破壊したのは百を超える内の数体に過ぎず、対物ライフルもむしり取られてしまった。
残るのは脇に提げた愛銃、雷哮のみ。
ワンステップ後方へ跳び、即座にファイティングポーズ。
鉄の行進に混じり終焉の足音が近づいていてもレオナの闘志は不屈で、彼女はロボットに対して格闘で応戦する。
痛みを感じないロボットでも、その骨格は人間に近い。鉄製の骨格を殴りつけても無駄だろうが、彼女もまた弱点を的確に見抜き、伸びてくるロボットの腕を捌いては、関節を取って逆方向に破壊していった。
力尽くに、無理やりに。
しかし肘、或いは肩部関節をへし折ったロボットを蹴り飛ばすと、その隙間を埋めるようにして新しいロボットが迫ってくるので、息つく暇が無い。
壊したのは一〇か二〇か、残りは何体だ?
――ガゴン!
「チッ、新手かい!」
怖れていた事態が起きてしまった。
遂に別の扉が破られ、ロボットが雪崩れ込んでくる。しかも反対側の扉というのが性質が悪い。
レオナは手近なロボットを担いで投げつけると、ラスタチカ目指して走り出す。駆けながら抜き撃った雷哮の銃弾で、ロボット数体を破壊したが成果はそれだけ。
ラスタチカを守るには最早機上に構える他なく、その様子は終結間近の攻城戦に似たいた。堀は越えられ、城門を抜かれ、城内への侵入を許したとなれば、待っているのは一方的な虐殺で、直に現実の物となる。
プライドも糞もなく、レオナは無線機に向けて怒鳴りつけていた。届いているかは分からないが、怒鳴らなければやってられない。
「ヴィンセント、どこにいやがんだアンタ! なんでもいいからさっさと片付けやがれってのさ、こっちはもう持たねェンだよ、チクショウが!」
ラスタチカ翼上に位置取ったレオナは、半円型に包囲しているロボットを近い順に狙い撃っていった。
絶え間なく吼える雷哮
薬莢が翼の上で踊る
弾倉を挿しているレオナのベストはみるみる内に軽くなり、だが幾重にも張り巡らされた包囲網は厚さを保ったままで着実に狭まっていく。
レオナは全弾を的確にカメラに命中させていたが、ロボットの数は減った気配が全くなく、
彼女を捉えるレンズの瞳が、先の知れた抵抗を嘲笑うようにチラチラと無表情に光っている。
そして無情――、最後の咆哮をあげた雷哮はスライドストップがかかり、レオナの人差し指から伝える力はその行き場を失った。
彼女を見上げる無数のロボット
武器を失ったレオナに対抗手段は皆無
だと言うのに彼女は、ゆったりとベストを脱ぎ捨てると、群れるロボットを仁王立ちで見下ろしている。
――木偶人形共に降参なんて冗談じゃない。相手が誰だろうと命乞いなんて無様を晒すくらいなら死んだ方がマシだ。
だが大人しくくたばるつもりなどさらさらなく、レオナの眼光は未だ鋭い戦意に充ち満ちていて、体中の筋肉が隆起していく。
弾切れ? 銃が使えない? だからどうした。あれこれ考えるより、答えは単純だ。全部ぶっ壊してやれば良いだけの話。
打って出る。
そう決心し、彼女が一歩を踏み出そうとした刹那だった……。
くぐもった爆発音が巨大な宇宙船全体を震わせたのは。
その揺れは大きく、レオナは転ばぬように翼上にしゃがみ込んだ、すると今度はラスタチカの機銃が待ってましたとばかりに鏖殺の声をあげ、周囲を取り囲んでいたロボットを横凪に粉砕する。しかもエンジンには火が入り、反重力システムによって機体を浮かせているではないか。
「な、なにが起きてンのさッ⁉ おい、アホ戦闘機!」
【……ライナスが 宇宙船動力部の破壊に成功しました 脱出を開始します 急ぎ後席へ座ってください 連鎖爆発の発生を確認 間もなく船体全体が崩壊します 時間がありません 四の五の言わずに後席へ】
「ナマ言いやがって……、誰に命令してやがる、この野郎。あとでぶっ飛ばしてやっからな」
狭っ苦しい後席にレオナが尻をねじ込むと、キャノピーが勝手に閉じた。
ベルトも閉めていないし、それどころか彼女は宇宙服はおろかヘルメットさえ付けていないが、まるで気にかけた素振りもなくラスタチカはその場で横回転し、機首をゲート側へと回す。コクピットの後席には予備の操縦桿もあればスイッチも沢山だが、一切レオナは手を触れずムスッとしたまま成り行きに身を任せる。
マジで業腹ながら飛んでしまった以上、全てはラスタチカに任せるだけだ。
スロットル? レーダー? 宇宙船の飛ばし方? 知るかそんな面倒なもん!
なのに画面には文字が走った。あれこれ操作しろとラスタチカが言っている。曰く、ミサイルの使用に関する権限は与えられていないので、攻撃を実行しろと。ゲートは未だ閉じたままで、ハッキングは止んだものの脱出するにはゲートを吹き飛ばす必要がある。
そう言われては仕方がなく、スイッチだらけで目が回る中、レオナは指示に従ってあれこれ計器を弄くる。似たようなスイッチばかりある所為で、かなりの時間を食ってしまったが、なんとかミサイルを発射状態にすることに成功した。
「これで良いのか⁉」
【最後に 操縦桿の上にあるボタンを押し込んでください】
言われるがままポチッと親指で押し込むと、翼下に吊ってあった空対空ミサイルが放たれ、ゲートに風穴を開ける。気密の崩れたゲートは大きく裂けて、その裂け目からドック内のあらゆる物が宇宙空間へと吸い出されていく中を、ラスタチカは一気に飛び抜けた。
脱出成功と一息付きつつ、レオナは無重力を蠢いているロボットに中指を立ててやった。すると、その指の向こう側で巨大宇宙船の側面が派手な爆発起こしてる。
当然、音は聞こえないが、それでも爆発炎だけでも迫力は充分だ。
「他の連中は⁉ アルバトロス号はどこさね」
【まだ宇宙船内部のようです 救出しましょう レオナ 私の言葉を伝えてください】
「ラスタチカからアルバトロス、ダン聞いてっかい? 扉をこじ開けてやる、船を出しな!」




