M.I.A 21
扉が開き、駆け出すライナス。
その表情には、突然降りかかった真実への迷いも恐怖もない。いっそ清々しくさえあり、傷口から覗く金属骨格でさえ、力強さに満ちあふれていた。
認められたからだろうか。それもあるかもしれない。
しかし何よりも大事なのは、そうありたいと願い、そして思いのままに行動する意思と自由。二つが揃えば突き付けられた現実など恐るるに足りず、ライナスを勇気づけたのは、他ならぬ彼自身だった。
一秒でも早く、一歩でも先へ
最短ルートは増援を防ぐ為にラスタチカが封鎖しているが、同時に用意されている迂回路をライナスは駆けて下りていく。目的も手段も決まっている、後は実行あるのみ。
清潔感溢れた壁は様変わりし、油と蒸気が肌に張り付く。
眼前に迫る鉄臭い扉にライナスが近づくと、重い扉は独りでに開いた。
『カメラの死角が多いです ライナス 警戒を』
「ラスタチカさん、サンキューッス!」
重厚な熱量と排気音がライナスを襲う。
エンジンルームと書かれた扉の向こうに並んでいるのは、巨大宇宙船の原動力たる複数の大型エヴォルジェネレーター、彼の選んだ選択肢とはつまり、ヴィンセントの言うところの最終手段だった。船にいる全員にかなりの危険が伴うがしかし、もう他に方法がない。一か八かの勝負でも、張らずに負けては皆に笑われてしまう。分の悪い勝負にこそ燃えるのが、アルバトロスクルーの信条だ。
『ライナス、自分がなにをしようとしているのか理解しているのですか』
「人を、仲間を救おうとしてるんスよ!」
ライナスはすぐさまコンソールに飛びつき、操作しようとするが表示されるのは無慈悲なアクセス拒否の文字。だが、彼は迷わずヘルメットを脱ぐと、首の後ろに触れて有線接続用コードを引っ張り出しす。自分の身体にこんなものが仕込まれていたなんて、まったく知らなかったが、AIに事実を告げられた所為か、備わっている機能や機体状態を明確に感じ取れていた。
だからこそ、ライナスは確信があったのだ。機械である自分ならば、いや、機械である自分にしか出来ないと。
コンソールにコードをさし込み、ジェネレーター制御システムとダイレクトに接続
AIからの干渉をブロックし、システムを起動
全ジェネレータの稼働率を200%に設定
プログラムどうこうについてライナスは知識がない。しかし、彼がそうしたいと望めば、電脳に内蔵されているプログラムがハッキングを仕掛けていた。さらに各種油圧、排熱システムにも攻撃を仕掛け、ジェネレータを暴走させる準備を整えた。
このまま作動し続ければ余剰エネルギーが飽和し、逆流したエネルギーがジェネレータを爆発させる、そして伝播した爆発エネルギーが船体全体を崩壊させるだろう。
残り時間は十二分。
船に戻れるかギリギリの時間だが、設定を終えた以上後戻りは出来ない。だが……
――ごぉおん、ごぉおおん
とジェネレータの轟音にも紛れて届く、重厚な金属音にライナスは散弾銃を構えた。無視して逃げようにも、足音は出口の方から聞こえるのだ。それに今設定を解除されたら、ジェネレータは通常状態に戻ってしまう。暴走させるまでは、コンソールに触れさせるわけにはいかない。
脱いだヘルメットからメッセージを告げる電子音。
ライナスは急いでヘルメットを掴むと、物陰に隠れて被り直した。
【敵増援接近中 種別は――】
矢継ぎ早に表示される文字を最後まで読み切らずとも、ライナスには増援の正体が分かっていた。緊張しながら覗き込めばそこにあるのは――
「大型のパワードスーツ……、あんなものまで用意してるんスか……」
アルバトロス号にも搭載されているが、三メートルはあるパワードスーツともなれば、小回りの利く重機といっても差し支えなく、AIがロックされている扉を突破する為に出してきたのだろう。あの機体の出力ならば、船内の耐圧扉程度ならば破ることが出来るはずだ。
『出て来なさいライナス。貴機の居場所は把握していますよ』
騒音に負けない大音量がスピーカーから放たれ、いっそそこにはAIの怒気が含まれているようでさえあった。
「……ラスタチカさん、何か方法はないッスか? このまま逃げたら、ジェネレータ止めれてしまうッスよ」
【撃破するしかありませんね ライナス 危険ですが実行できますか】
「やり方さえ教えてもらえれば、絶対やってみせるッス」
【では―― 参りましょう】
物陰から躍り出たライナスは、パワードスーツに向かって散弾銃を連射した。散弾は、装甲に容易く弾かれるがそんなのは想定内で、彼はエンジンルーム内を走り回ってパワードスーツとの距離を取る。
「深追いはしてこないッスね」
【状況的に 敵はコンソールさえ抑えればいいのですから当然です システムを再設定される前に勝負に出ましょう あのパワードスーツはパイロットにより直接操縦されているようですので 操縦者を破壊すれば動きが止まります】
表示される指示に従い、再びライナスはエンジンルームを駆け回り、その都度足を止めては天井のカメラを破壊していった。奇襲を仕掛けるにはまずAIの目を潰す必要があるのだ、ラスタチカも同じく俯瞰視点を失うことになるが、逐一見張られているよりは攻撃しやすい。
AIは視界を狭められるが、ライナスには便利屋として培ってきた経験がある。今の彼には相手の予測位置、方向も察するのは容易。しかも一流の便利屋の元で仕込まれた、上等な戦闘技術があればにわか機械兵など恐るるに足りず。そして――
ライナスは肉が焼けるほど熱されたジェネレータを掴んで勢いを付け、四メートルはあろうジェネレータを飛び越えた、着地したのはパワードスーツの背後、一気に攻勢をかける。
手の皮膚が爛れても痛みはなく、見上げる機械を飛び越えた事に不思議も感じない。床板を凹ます勢いで蹴りつけて、ライナスはそのままパワードスーツの背に取付いた。いくら暴れようとも放すものかと、相手のフレームが歪むほどに力を込める。
――まだこれからだ。振り落とせるものならやってみろ。
走り回っている間にラスタチカから送られてきたデータを参考に、装甲板の隙間に手を突っ込むと、正しくそこには緊急脱出用のレバーがあり、彼は躊躇わずに引き抜いた。
するとどうだ、パワードスーツの装甲が外れ、操縦者を助け出せるように前部装甲までもパージされた。
千載一遇、逆転の一手。
フレームを掴んだ左手を支点にして跳躍し、ライナスは膝を着いたパワードスーツの前方へ躍り出る。
即座、構える散弾銃
銃爪が落ち――ない
躊躇う必要などどこにもないのに、ライナスを襲った瞬間の動揺。撃つべきだ、撃つべきなのだと分かっているのに、感情の鉄砲水は彼の行動を阻害する。
否応ない現実
交わる視線
その操縦席に座っていたのは、自分と同じ顔のアンドロイド……
――関係ない、撃て!
油断もなかった、臆した心は奮い立ち揺れた心を即座に立て直す。
だのに躊躇った僅か一瞬が、あまりにも致命的となってライナスに襲いかかった。
装甲が外れてもパワードスーツは稼働したままだ。その両腕が、耐圧扉をこじ開ける力でもって、ライナスの左腕を散弾銃ごと掴み上げたのだ。反射的に発砲するがしかし、射線を外された散弾は虚しくフレームに火花を散らすだけで操縦者は無傷。
悔しさに奥歯噛むライナスは、無様にも片腕を掴まれたまま宙づりにされた。最早、まな板の上の鯉、機械の身体をもってしても、パワードスーツ相手では力勝負に勝ち目は無い。
『捕まえましたよ。自分と同じ顔を見ただけで動揺するとは、やはり感情プログラムを見直す必要がありますね。さぁ大人しくしなさい』
「やなこったッス!」
絶対に屈指はしない。自分の敗北は、すなわち仲間の死。ならばあらん限りの抵抗をして、どんな手段でも一矢を――致命的な一矢を報いなければ。
『反抗的ですね。貴機といいMr.オドネルといい、アルバトロス商会の面々には人格的エラーが多発しています。穏便に済ませたいのですが、私も些か不愉快です。一時間も経たずに皆、死亡するのですよ。ご覧なさい』
近くの液晶画面に表示されるのは監視カメラの映像。
アルバトロス号に群がるロボット大群
レオナに迫る鉄の行進
そして、無重力下で足掻くヴィンセント
全員が危機に瀕している映像で反抗心を削ごうとしたのだろうが、ライナスには逆効果である。皆が苦しい状況にあるなら、自分がへこたれている場合ではない、ひっくり返せるのは自分だけなのだから。
『――より反抗的になりましたね、人格プログラムのエラーは重大と判断します』
「だからあんたは間違ってるんスよ、正しい人格なんてあるわけがないんスから。人ってのは皆ちがうものなんス、だからこそ楽しいんスよ!」
そう、誰一人として同じ人間など存在しない。人とは、生き物とは複製不可能な一点物だ。簡単に替えの利く道具などでは決して有り得ないオリジナル、違うからこそ争い、違うからこそ分かり合える。その変化を、生き方を制御するなんて許しちゃいけない。
ライナスは捕らわれようが睨付ける。だが、窮地にあっても勝利を信じるその眼差し、まるで人間じみたその眼光を、AIが看過するはずがなかった。
『よろしい。では、不必要なパーツは破棄しましょう。頭部を残し、この場で解体します。貴機の憧れる人間に準じて、最後の痛みを堪能しなさい』
その一言でパワードスーツの出力が上がり、ライナスの左腕が散弾銃と一緒にへし折られていく。痛覚回路はまだ生きていて、あまりの激痛に彼は絶叫した。金属骨格に疑似神経、生体パーツを使っていてもロボットであることに変わりはない、だのに痛みは本物だ。
神経が焼き付き、景色に走るノイズ。
左腕を潰され、青息吐息。
しかしAIは手を緩めない。向こうにとってはただの作業でしかないのだ。
次は右足を握りつぶし
そして左足を引き千切る
変わり果てた姿となったライナスが喚こうが、解体作業は続く。裂けた傷口から人工血液が赤い溜まりを作ろうが無関心。鯉どころか解剖実験の蛙、いやプレスされるのを待つ廃車も同然だ。必要なパーツ以外はゴミと同じで、それはAIが掲げる人類繁栄計画の縮図、利のある物を残し、仇なす物を破棄する非情は、無機物と生命を悪い意味で同等に扱う合理主義だ。
――屈してなるものか
ライナスに宿る不屈は、諦めるという単語を知らない。
それはまるで、エリサのように
ライナスに宿る不屈は、見捨てるという意思を捨てる。
それはまるで、ダンのように
ライナスに宿る不屈は、威勢を失いはしない。
それはまるで、レオナのように
ライナスに宿る不屈は、彼に笑みを刻ませる。
それはまるでヴィンセントのように
『なにを、笑っているのです?』
「たぶん、あんたには分からないッスよ……。こんなにおかしいことはない……」
離れていても、内側にみんなの気配を感じるのだ。こんなに嬉しいことがあるか。
他人と触れ合い、学び成長するのが人間であるなら、アルバトロス商会で多くを得たライナスもまた人と呼べる。身体を流るる血は偽り、骨身も人工の産物であっても、左胸だけは熱く燃えて止まらない。人間、獣人、機械――知らずとはいえ、イレギュラーが混在していようが、平然と暮らしてきた偏屈達から譲り受けた信念を、数字の羅列でしか捉えられないAIにどして理解できよう。この数ヶ月の経験は刺激的で、魅力に満ち、とてもプログラムでは表せない生命力に溢れていたのだから。
『なにがおかしいのです!』
ジェネレータに投げつけられ、重力に引かれるままに倒れ伏しても、ライナスは清々しい気持ちで一杯だった。
永久に生きるわけじゃない
だからこの瞬間に命を燃やして、諦めず立ち向かう
踏み潰さんとやってくるパワードスーツを見上げながら、ライナスは鉄塊となりかけた身体を起こす。こんなに上手くいったのだ、思わず笑いも漏れてしまう。
『その笑みを消しなさい、不愉快極まります』
ゆったりと、ライナスは右手を挙げる。
その拳には小さな起爆装置があった。
エネルギー過剰供給となった船体は風船と同じで、慌てたパワードスーツの挙動にAIの冷や汗が見えるようだ。しかし、投げつけられた時、ジェネレータに貼り付けた爆薬テープを剥がそうとしても、もう遅い。
――左腕が動かないのが残念だ、中指の一つも立ててやりたかったのに。
かわりにライナスはウインク一つをくれてやった、操り人形だったかつての自分に向けて。
くじけずに、信念を支えとして立て
今、この瞬間を生きていたいんだ
『ライナス! やめなさい! やめるのですッ!』
「……これが(It`s)、俺の(My)、人生ッス(Life)」




