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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
5th Verse M.I.A
176/304

M.I.A 21

 扉が開き、駆け出すライナス。


 その表情には、突然降りかかった真実への迷いも恐怖もない。いっそ清々しくさえあり、傷口から覗く金属骨格でさえ、力強さに満ちあふれていた。


 認められたからだろうか。それもあるかもしれない。

 しかし何よりも大事なのは、そうありたいと願い、そして思いのままに行動する意思と自由。二つが揃えば突き付けられた現実など恐るるに足りず、ライナスを勇気づけたのは、他ならぬ彼自身だった。


 一秒でも早く、一歩でも先へ


 最短ルートは増援を防ぐ為にラスタチカが封鎖しているが、同時に用意されている迂回路をライナスは駆けて下りていく。目的も手段も決まっている、後は実行あるのみ。

 清潔感溢れた壁は様変わりし、油と蒸気が肌に張り付く。

 眼前に迫る鉄臭い扉にライナスが近づくと、重い扉は独りでに開いた。


『カメラの死角が多いです ライナス 警戒を』

「ラスタチカさん、サンキューッス!」


 重厚な熱量と排気音がライナスを襲う。

 エンジンルームと書かれた扉の向こうに並んでいるのは、巨大宇宙船の原動力たる複数の大型エヴォルジェネレーター、彼の選んだ選択肢とはつまり、ヴィンセントの言うところの最終手段だった。船にいる全員にかなりの危険が伴うがしかし、もう他に方法がない。一か八かの勝負でも、張らずに負けては皆に笑われてしまう。分の悪い勝負にこそ燃えるのが、アルバトロスクルーの信条だ。


『ライナス、自分がなにをしようとしているのか理解しているのですか』

「人を、仲間を救おうとしてるんスよ!」


 ライナスはすぐさまコンソールに飛びつき、操作しようとするが表示されるのは無慈悲なアクセス拒否の文字。だが、彼は迷わずヘルメットを脱ぐと、首の後ろに触れて有線接続用コードを引っ張り出しす。自分の身体にこんなものが仕込まれていたなんて、まったく知らなかったが、AIに事実を告げられた所為か、備わっている機能や機体状態を明確に感じ取れていた。


 だからこそ、ライナスは確信があったのだ。機械である自分ならば、いや、機械である自分にしか出来ないと。


 コンソールにコードをさし込み、ジェネレーター制御システムとダイレクトに接続

 AIからの干渉をブロックし、システムを起動

 全ジェネレータの稼働率を200%に設定


 プログラムどうこうについてライナスは知識がない。しかし、彼がそうしたいと望めば、電脳に内蔵されているプログラムがハッキングを仕掛けていた。さらに各種油圧、排熱システムにも攻撃を仕掛け、ジェネレータを暴走させる準備を整えた。


 このまま作動し続ければ余剰エネルギーが飽和し、逆流したエネルギーがジェネレータを爆発させる、そして伝播した爆発エネルギーが船体全体を崩壊させるだろう。

 残り時間は十二分。

 船に戻れるかギリギリの時間だが、設定を終えた以上後戻りは出来ない。だが……


 ――ごぉおん、ごぉおおん


 とジェネレータの轟音にも紛れて届く、重厚な金属音にライナスは散弾銃を構えた。無視して逃げようにも、足音は出口の方から聞こえるのだ。それに今設定を解除されたら、ジェネレータは通常状態に戻ってしまう。暴走させるまでは、コンソールに触れさせるわけにはいかない。


 脱いだヘルメットからメッセージを告げる電子音。

 ライナスは急いでヘルメットを掴むと、物陰に隠れて被り直した。


【敵増援接近中 種別は――】


 矢継ぎ早に表示される文字を最後まで読み切らずとも、ライナスには増援の正体が分かっていた。緊張しながら覗き込めばそこにあるのは――


「大型のパワードスーツ……、あんなものまで用意してるんスか……」


 アルバトロス号にも搭載されているが、三メートルはあるパワードスーツともなれば、小回りの利く重機といっても差し支えなく、AIがロックされている扉を突破する為に出してきたのだろう。あの機体の出力ならば、船内の耐圧扉程度ならば破ることが出来るはずだ。


『出て来なさいライナス。貴機の居場所は把握していますよ』


 騒音に負けない大音量がスピーカーから放たれ、いっそそこにはAIの怒気が含まれているようでさえあった。


「……ラスタチカさん、何か方法はないッスか? このまま逃げたら、ジェネレータ止めれてしまうッスよ」

【撃破するしかありませんね ライナス 危険ですが実行できますか】

「やり方さえ教えてもらえれば、絶対やってみせるッス」

【では―― 参りましょう】


 物陰から躍り出たライナスは、パワードスーツに向かって散弾銃を連射した。散弾は、装甲に容易く弾かれるがそんなのは想定内で、彼はエンジンルーム内を走り回ってパワードスーツとの距離を取る。


「深追いはしてこないッスね」

【状況的に 敵はコンソールさえ抑えればいいのですから当然です システムを再設定される前に勝負に出ましょう あのパワードスーツはパイロットにより直接操縦されているようですので 操縦者を破壊すれば動きが止まります】


 表示される指示に従い、再びライナスはエンジンルームを駆け回り、その都度足を止めては天井のカメラを破壊していった。奇襲を仕掛けるにはまずAIの目を潰す必要があるのだ、ラスタチカも同じく俯瞰視点を失うことになるが、逐一見張られているよりは攻撃しやすい。


 AIは視界を狭められるが、ライナスには便利屋として培ってきた経験がある。今の彼には相手の予測位置、方向も察するのは容易。しかも一流の便利屋の元で仕込まれた、上等な戦闘技術があればにわか機械兵など恐るるに足りず。そして――


 ライナスは肉が焼けるほど熱されたジェネレータを掴んで勢いを付け、四メートルはあろうジェネレータを飛び越えた、着地したのはパワードスーツの背後、一気に攻勢をかける。

 手の皮膚が爛れても痛みはなく、見上げる機械を飛び越えた事に不思議も感じない。床板を凹ます勢いで蹴りつけて、ライナスはそのままパワードスーツの背に取付いた。いくら暴れようとも放すものかと、相手のフレームが歪むほどに力を込める。


 ――まだこれからだ。振り落とせるものならやってみろ。


 走り回っている間にラスタチカから送られてきたデータを参考に、装甲板の隙間に手を突っ込むと、正しくそこには緊急脱出用のレバーがあり、彼は躊躇わずに引き抜いた。

 するとどうだ、パワードスーツの装甲が外れ、操縦者を助け出せるように前部装甲までもパージされた。


 千載一遇、逆転の一手。

 フレームを掴んだ左手を支点にして跳躍し、ライナスは膝を着いたパワードスーツの前方へ躍り出る。

 即座、構える散弾銃

 銃爪が落ち――ない


 躊躇う必要などどこにもないのに、ライナスを襲った瞬間の動揺。撃つべきだ、撃つべきなのだと分かっているのに、感情の鉄砲水は彼の行動を阻害する。


 否応ない現実

 交わる視線

 その操縦席に座っていたのは、自分と同じ顔のアンドロイド……


 ――関係ない、撃て!


 油断もなかった、臆した心は奮い立ち揺れた心を即座に立て直す。

 だのに躊躇った僅か一瞬が、あまりにも致命的となってライナスに襲いかかった。

 装甲が外れてもパワードスーツは稼働したままだ。その両腕が、耐圧扉をこじ開ける力でもって、ライナスの左腕を散弾銃ごと掴み上げたのだ。反射的に発砲するがしかし、射線を外された散弾は虚しくフレームに火花を散らすだけで操縦者は無傷。


 悔しさに奥歯噛むライナスは、無様にも片腕を掴まれたまま宙づりにされた。最早、まな板の上の鯉、機械の身体をもってしても、パワードスーツ相手では力勝負に勝ち目は無い。


『捕まえましたよ。自分と同じ顔を見ただけで動揺するとは、やはり感情プログラムを見直す必要がありますね。さぁ大人しくしなさい』

「やなこったッス!」


 絶対に屈指はしない。自分の敗北は、すなわち仲間の死。ならばあらん限りの抵抗をして、どんな手段でも一矢を――致命的な一矢を報いなければ。


『反抗的ですね。貴機といいMr.オドネルといい、アルバトロス商会の面々には人格的エラーが多発しています。穏便に済ませたいのですが、私も些か不愉快です。一時間も経たずに皆、死亡するのですよ。ご覧なさい』


 近くの液晶画面に表示されるのは監視カメラの映像。

 アルバトロス号に群がるロボット大群

 レオナに迫る鉄の行進

 そして、無重力下で足掻くヴィンセント


 全員が危機に瀕している映像で反抗心を削ごうとしたのだろうが、ライナスには逆効果である。皆が苦しい状況にあるなら、自分がへこたれている場合ではない、ひっくり返せるのは自分だけなのだから。


『――より反抗的になりましたね、人格プログラムのエラーは重大と判断します』

「だからあんたは間違ってるんスよ、正しい人格なんてあるわけがないんスから。人ってのは皆ちがうものなんス、だからこそ楽しいんスよ!」


 そう、誰一人として同じ人間など存在しない。人とは、生き物とは複製不可能な一点物だ。簡単に替えの利く道具などでは決して有り得ないオリジナル、違うからこそ争い、違うからこそ分かり合える。その変化を、生き方を制御するなんて許しちゃいけない。


 ライナスは捕らわれようが睨付ける。だが、窮地にあっても勝利を信じるその眼差し、まるで人間じみたその眼光を、AIが看過するはずがなかった。


『よろしい。では、不必要なパーツは破棄しましょう。頭部を残し、この場で解体します。貴機の憧れる人間に準じて、最後の痛みを堪能しなさい』


 その一言でパワードスーツの出力が上がり、ライナスの左腕が散弾銃と一緒にへし折られていく。痛覚回路はまだ生きていて、あまりの激痛に彼は絶叫した。金属骨格に疑似神経、生体パーツを使っていてもロボットであることに変わりはない、だのに痛みは本物だ。


 神経が焼き付き、景色に走るノイズ。

 左腕を潰され、青息吐息。

 しかしAIは手を緩めない。向こうにとってはただの作業でしかないのだ。


 次は右足を握りつぶし

 そして左足を引き千切る


 変わり果てた姿となったライナスが喚こうが、解体作業は続く。裂けた傷口から人工血液が赤い溜まりを作ろうが無関心。鯉どころか解剖実験の蛙、いやプレスされるのを待つ廃車も同然だ。必要なパーツ以外はゴミと同じで、それはAIが掲げる人類繁栄計画の縮図、利のある物を残し、仇なす物を破棄する非情は、無機物と生命を悪い意味で同等に扱う合理主義だ。


 ――屈してなるものか

 ライナスに宿る不屈は、諦めるという単語を知らない。


 それはまるで、エリサのように

 ライナスに宿る不屈は、見捨てるという意思を捨てる。

 それはまるで、ダンのように

 ライナスに宿る不屈は、威勢を失いはしない。

 それはまるで、レオナのように

 ライナスに宿る不屈は、彼に笑みを刻ませる。

 それはまるでヴィンセントのように


『なにを、笑っているのです?』

「たぶん、あんたには分からないッスよ……。こんなにおかしいことはない……」


 離れていても、内側にみんなの気配を感じるのだ。こんなに嬉しいことがあるか。

 他人と触れ合い、学び成長するのが人間であるなら、アルバトロス商会で多くを得たライナスもまた人と呼べる。身体を流るる血は偽り、骨身も人工の産物であっても、左胸だけは熱く燃えて止まらない。人間、獣人、機械――知らずとはいえ、イレギュラーが混在していようが、平然と暮らしてきた偏屈達から譲り受けた信念を、数字の羅列でしか捉えられないAIにどして理解できよう。この数ヶ月の経験は刺激的で、魅力に満ち、とてもプログラムでは表せない生命力に溢れていたのだから。


『なにがおかしいのです!』


 ジェネレータに投げつけられ、重力に引かれるままに倒れ伏しても、ライナスは清々しい気持ちで一杯だった。


 永久に生きるわけじゃない

 だからこの瞬間に命を燃やして、諦めず立ち向かう

 踏み潰さんとやってくるパワードスーツを見上げながら、ライナスは鉄塊となりかけた身体を起こす。こんなに上手くいったのだ、思わず笑いも漏れてしまう。


『その笑みを消しなさい、不愉快極まります』


 ゆったりと、ライナスは右手を挙げる。

 その拳には小さな起爆装置があった。

  エネルギー過剰供給となった船体は風船と同じで、慌てたパワードスーツの挙動にAIの冷や汗が見えるようだ。しかし、投げつけられた時、ジェネレータに貼り付けた爆薬テープを剥がそうとしても、もう遅い。


 ――左腕が動かないのが残念だ、中指の一つも立ててやりたかったのに。


 かわりにライナスはウインク一つをくれてやった、操り人形だったかつての自分に向けて。

 くじけずに、信念を支えとして立て

 今、この瞬間を生きていたいんだ

『ライナス! やめなさい! やめるのですッ!』

「……これが(It`s)、俺の(My)、人生ッス(Life)」


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