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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
5th Verse M.I.A
175/304

M.I.A 20

 廊下は静まりかえっている。

 遠くで稼働している船の振動は伝わってくるが、その無機質な鼓動には現実感が乏しく、唐突に突き付けられた事実も相まって、ライナスはただ黙して廊下を進んでいた。スピーカーから語りかけるAIの音声に導かれるがままに……。


 長い廊下を歩き続けると、船内移動用に敷設された列車(トリム)駅にでる。全長二㎞に迫る宇宙船内を効率的に移動する手段としては、船内に列車を配置することは珍しくなく、大勢の人間が暮らし、働いていた宇宙船ならばあって当然の設備だった。


 しかし、その駅は綺麗に片付けれてはいても、永らく使用された形跡がない。むしろ、出入りの後がないのに片付いているという、アンバランスさが不気味で、ライナスは列車に乗り込みながらも不安に苛まれていた。


 車内は狭く、四人掛けの椅子が向かい合って置いてあるだけ。壁に貼られているカレンダーは随分と前のもので、隣にある船内地図を眺めながらライナスは尋ねる。

「行き先はどこです」

『AI管理区画です。機体の通信回路を修復した後、独立行動中のデータを回収します。貴機が得た感情の変化、人間への応対とその対策を検討し、より完璧なアンドロイドとして更新されます』

「ほかの人達は?」

『……ながく、独立行動をしすぎた弊害でしょう、彼等に対して友好的な感情を抱いていますね。しかし、心配には及びません。直に彼等の記憶も電脳へと転写し、協力してもらうのですから。これまでとなんら変わらぬ形で、私の任務に就いていただきます』


 ライナスはシートに座り込む。久々に重荷を受け止めた所為か、クッションはやけに硬い。

「命を無駄にしない為、ですか」

『ええ、正しく。死んでしまえば、それまでに得た経験や知識は無駄になってしまいますが、機械の身体となればその危険性より解放されます。彼等には私の管理の下で、これまでに蓄えた経験を活かし、人類繁栄の助力となってもらいましょう。ライナス、望むであれば貴機をその任務にあてがいます』

「ありがとうございます」

『理想は全ての人類を繁栄へと導くことですが、残念ながら反乱因子を備えた人類は必ず現れるでしょう。しかし彼等の、本来ならば無為に消える命であっても我々の管理下においては、その死に意味を持たせることも可能です』

「コントロールされた戦場での死。その悲惨さを伝えることで、平和の意味を知らせるんですね。戦いたがる人類の死をその戦場で役立てる、素晴らしい計画だと思います。彼等と行動を共にしている間にも、命を無駄に散らせる瞬間を目撃してきました。AI、貴方の意見に俺は賛成です」


 自らの人生に意味を見いだせない人間を見捨てず、全ての人類に意味を持たせるなんて、かつて誰も想像したことのない壮大な計画だ。それはきっと永劫に続く繁栄の始まりで、その記念すべき場に居合わせ、さらに支える事が出来るのは、一握りの存在に限られる。


 自分は正にその場所にいる。

 緩やかに列車が停止すると、出発駅と同様に無機質なホームがライナスを迎えたが、その駅はそもそも人が出入りしていなかったらしく、新造されたばかりのオイルの臭いが残っているように感じられる。

 通路の壁も真新しく、工場区画などと違い幾何学的な模様が目に付き、この船における電子的中枢だと区画全体が主張しているようで、やがて辿り着いた扉を潜ると、清潔感溢れる白がライナスの目の前に拡がった。


『おかえりなさい、ライナス。ここが貴機の生まれ故郷です』


 部屋一面を埋め尽くす、コンピューターはさながら霊廟のように整然と並んでいて、ライナスはその光景を、二階のコントロールルームから眺めていたが、彼がまず部屋に入って驚いたのは、そこに先客がいたことだった。


「AI、この人は……」

『無論、記憶転写したアンドロイドです。彼は元々、このセクションのメンテナンス責任者でした。現在でも蓄えた知識を活かし、私の機能維持、及び向上案を練ってくれています』


 すると、アンドロイドはいかにも人間じみた愛想笑いを浮かべて、ライナスに頭を下げた。機械だと言われなければ、いや、言われたところでこの男が機械だと、どうして信じられようか。


「はじめまして。今日はどういったご用件でしょう」

『ライナスが蓄積しているデータを回収します。通信機能が破損している為、有線にて彼を私と接続させてください』

「それなら簡単です、では直ぐに取りかかりましょう」


 その指示になんの疑問も持たず、アンドロイドはコンソールから接続コードを引っ張り出してきた。人間らしい所作、人間らしい言葉遣い、そのどれもが不自然なほど自然で、ライナスは思わず後ずさる。


「このアンドロイドは、俺が機械ってことも、自分がAIの指示に従ってることも疑問に感じないんですね」

「どうされました?」

『……記憶転写に伴い一部認識を改変していますので』

「そうですか。暴れられたら大変ですもんね」


 なんとか持ち込めた散弾銃、その銃把に力が入る。

「どうされました? 銃など不要でしょう」

『どうしたのです、ライナス? さあ、身を委ねなさい(・・・・・・)』


 ――ダメだ、バレている!


「くそ、来るなッ!」


 AIの声音は変わらず冷淡だったが、ライナスはこれ以上騙しきれないと悟り、アンドロイドが踏み出した一歩に散弾を以て応じた。至近距離、かつ口内へと放たれた散弾はアンドロイドの頭部を吹き飛ばし、人工血液がガラスを赤に染め上げる。


 プラスチック製のショットシェルをはじき出し、即座に次弾を装填すると、ガラスに向かってもう一度射撃。しかし、強化硝子なのか、散弾では傷一つ付かなかった。向こう側にあるコンピューターさえ破壊できれば、脱出できるというのに。


『宇宙嵐による影響にあるとはいえ、私に敵意を向けるとは。……このような感情を得るとは想定外です。問わせてください、ライナス。何故ですか? いうなれば、私は貴方の母に等しい存在なのですよ』

「俺の両親は俺の記憶の中にいるッス」

『その記憶も全て偽りです、貴方が人間らしい行動を取る為に作り上げた情報でしかないと、分かっているはずですが』

「AI、あなたが俺の親だとしたら、俺はあんたを止めなくちゃいけないんス。人の人生を管理するなんてあっちゃいけないんスよ! それに――」


 この命が仮初のものだとしても、そして出会いが作為によるものだったとしても彼には確かに得たものがあった。それは容易く誰かに受け渡せるものではなく、また失ってはいけない大切な物、譲ってはならぬ信念。


 或いは、……魂。


「――それに、みんなは俺の仲間なんス! ダンさんも、レオナさんも、オドネルさんも必死に足掻いて生きてるんスよ、それを否定するなんて誰にだって許されることじゃない。あんたの勝手な都合で死なせるわけにはいかないんスよ!」

『大局的な思考に乏しいですね。その彼等の命でさえ、混乱の濁流に吞まれる生命の一つに過ぎません。ならば彼等を有効に活用することこそが、彼等の為になると思いませんか』

「あんたが人類の未来を、繁栄を願ってるのはよく分かってるッス」

『では何故、銃を取るのですか。貴方の選択は矛盾しています』

「あんたこそ矛盾してるッスよ。エリサさんはどうなんスか。人類の繁栄、未来を望んでいるのに、その未来を担う子供まで犠牲にしようなんて、おかしいと思わないんスか⁉」

『彼女に関しては誠に残念ではあります。しかし、その命も決して無駄にはしないと誓いましょう』


 目的の為の徹底した合理的思考に基づきAIは淡々と語るだけだった。

 最小の犠牲で最大の効率を得る。それが未来という計り知れない価値の為だと理解は出来ても、その思考には心がない。過程において失われる命はコストでしかなく、AIにとっては単なる数字に過ぎないのだ。


 だが、実際に失われる命は、数字以上に価値のあるものだ。

「……他にやり方があるはずッスよ、あんたは間違ってるッス」

『では、その方法とはどういったものでしょう。過去、多くの政治家、革命家、指導者、救世主と呼ばれる人物が現れ、人々を導いてきました。方法や思想は多岐にわたれど誰もが平和を望み、尽力した結果が現在です。破滅の谷を渡っていると知りながら、未だ人類は争いを続けている。この争いを止めるには統一意思による統制が不可欠なのですよ』

 そして、AIは言葉を切り、こう続けた。

『…………ですが、貴方の意見も理解しました』

「本当ッスか? それなら――」


 一瞬の期待、だが――

『新型にはより強固な倫理防壁プログラムが必要なようですね。人間の思考に汚染されてしまうようでは、情報収集に支障をきたします。分解して精密解析を行いましょう』


 障害とみるや即座に切り捨てる無慈悲さは、目的達成を最優先とする思考の表れで、AIにとってのライナスは、既に敵方へ寝返った排除対象であり、データの解析はむしり取った電子頭脳から行えばよいとの決断を下していた。


『無駄ですよ、ライナス。貴機もMr.オドネルと同様に、その部屋からは出られません』


 全ての電子ロックや移動手段はAIの管理下にあるのは承知、なので直ぐに逃げだそうとしたライナスだったが、扉を閉められてしまった。


「ここを開けるっス!」

『今のうちに痛覚システムを切っておくことをお勧めします。Mr.オドネルのように窒息させても機能は停止しませんし、多少暴力的な方法で貴機を無力化しますので、ロボットの到着までしばらくその部屋で待っていてもらいます』


 上品な言葉選びでの殺害予告だったが、ライナスが気になったのは自分の未来ではない。

「今……なんて言ったんすか? オドネルさんになにをしたんス⁉」

『彼は見事に戦闘型アンドロイドを破壊しました。ですので、中央制御室の生命維持システムを全て停止させてあります。宇宙服の機能でまだ生存しているようですが、それも長くは持たないでしょう』


 人の死に関する、状況報告。

 まさに失われようとしている命の情報を羅列するだけのAIに、どうして未来を託せるだろうか。こんな機械に、断じて任せて良いわけが無い。


 絶対に止めなくては、大変な事になる。手段など選んでいられない。

 宇宙服のベルトから取りだしたのは爆薬テープと起爆装置。これならば耐圧ガラスだろうとも破壊できると思ったがしかし、AIはライナスの思惑を嘲笑う。


『貴機の前にあるガラスはこの船の真の中枢である私を守っているのです、その程度の爆薬では破れません。嘘だと思うのなら試してみるといいでしょう、無駄に終わる事はめいは――、これは――?』


 AIは動揺したようだったが、その理由がライナスには判らない、彼は別段特別な行動はとっていなかったから。しかし、だ――

 理由が判らずとも、突然扉が開けばそれで充分で、ライナスは迷わず廊下に飛び出した。ロボットに備えて散弾銃を構えたが、まだ到着していないようで無人。

 混乱はある。とはいえ好機を掴むのに理由はいらず、ライナスは迷うことなく走り出した。すると、ヘルメット内臓スピーカーが着信音を鳴らす。


 文字メッセージだった。

 バイザーを下ろして確認すると、差出人はなんとラスタチカである。


「ラスタチカさん、オドネルさんが危ないッス! 急いでなんとかしないと」

【遅くなりました ライナス 監視カメラの映像より位置は把握していたのですが 時間がかかってしまいました 同区画における制御を一部獲得しましたので誘導します 至急ヴィンセントの元へ 彼が危険です】

「あのAIは生命維持装置を切ったと言ったっス。ラスタチカさん、対抗できないんスか⁉」

【電子戦を継続していますが 生命維持システムは強固にプロテクトされていて 私の処理能力では突破に時間がかかりすぎます】

「なら扉を! 制御室の扉を開ければ!」

【中央制御室への通路にはロボットが待機していて いま扉を開放してはヴィンセントを危険に晒すことになってしまいます】

「それなら、AIの所へのルートを」

【ネガティブ 多数の警備ロボットを確認しています 現在の装備での突破は不可能です ライナス 次を右へ】


 だが、ライナスは指示に従わず突き当たりを左に曲がった。この通信相手が本物のラスタチカか疑っているわけではない。むしろ信じているからこそ、彼は彼の選択を取った。どこをどう行けば目的地に達するのか、艦内列車内で把握したのは大まかな位置だったにも関わらず、ライナスの歩みには迷いがなく、自分でも思い至っていた。


 自分はこの船で造られたのだと――

【ライナス どこへ向かっているのですか?】

「艦内の地図は取得してるッスか、ラスタチカさん」


 返信が暫し途絶える。その間にも走り続けるライナスだったが、閉めきられた扉の前で立ち止まることになった。

 すると、戸惑ったように、バイザーに表示される文字。


【ARE YOU SERIOUS ?(本気ですか?)】

「大マジッスよ。……ラスタチカさん、俺だってアルバトロス商会の一人なんスよ、忘れてもらっちゃ困るッス。見習いでも、ね」


 監視カメラを見上げ、親指を立てるライナス。

 やり遂げてみせる、だから信じて任せてくれと、彼は力強い眼差しで頷いた。


【空戦を乗り切った時点より貴方は既に一員です ライナス 貴方は立派な便利屋ですよ 異論は誰からも出ないでしょう】

「へへ、どうっすかね。皆さん厳しいから。……さぁ、急ぐっスよ!」

【…………了解しました 敵増援が接近中ですが私の方で進行を遅らせます ライナス 貴方は前だけを見ていてください】

「ラスタチカさんの援護があるなら百人力ッスね~ッ!」

【残念ながら私には手足がないので赴くことが出来ません なので代わりに身勝手なAIのケツを蹴り上げてやってください その役目 貴方に譲りましょう】


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