M.I.A 19
「そんな、嘘ッスよ……なんすかこれ、なんなんスかこれ!」
散弾銃が吼え、画面の一つを粉砕した。
しかし、他の画面に映るAIはライナスの混乱を他所に、ヴィンセントへと語りかける。
『あの機体は、私の開発した生体アンドロイドがどれだけ人間社会に溶け込めるかを確かめる事を目的とした情報収集機のプロトタイプです。貴方が好む性格、習性を更新し続けモニターしていました。戦闘時において優秀な補佐能力を発揮したことも、ハッキングした戦闘機のデータから回収しています。宇宙嵐による落雷によりモニタリング不能となっていましたが、自立行動モードによって露見を防げた点も大きな成果です、ギブソンの息子に船の進路変えさせたことは最上の結果をもたらしてくれました。本社対応部隊との戦闘はこちらの想定外でしたが、実に参考になるデータが取れた事を、感謝いたします』
「黒い戦闘機の連中か」
『宇宙嵐における戦闘データのおかげで、本船を発見したAI機のコントロールを奪取することにも成功しました。まだ露見するわけにはいかないので』
「全部、お宅の掌の上だったか、踊らされたもんだぜ……」
『悔やむ必要はありません、むしろ誇っていただきたい。その機体は、人間と機械における新たな関係性を象徴する機体なのです。その性能実験に参加できたことは、未来への多大なる貢献と言えます』
人間を勝手にモルモットにした上に誇れとは、なんともふざけた話だ。しかし、この機械と押し問答をするよりも、まずは動揺著しいライナスをなんとかする必要があった。
「おれが機械……?」
『ただの機械ではありません。現状存在するどの機械よりも優れた独自指向型AIを有したヒューマノイド・インターフェイス。人類と我々とを自然に繋ぐ花型、それが貴機です。貴方はこちら側の存在なのですよ』
「オドネルさん……、おれ……」
「動くな」
銃口はミドルに向いたままだが、ヴィンセントがライナスへ向ける視線は照準器を覗く眼。しかし、鉄火場での迷いは死に繋がると知りながらも、この青年が敵か味方か、ヴィンセントは決めかねていた。鬱陶しいながらも新人としてそれなりの時間を過ごし、共に飯を食い、空戦を戦ったこの男の正体が生体アンドロイドだと、誰が想像しただろうか。
『彼を撃ちますか、Mr.オドネル?』
「黙ってろAIが」
『即断不能とは、彼を破壊する可能性も視野に入れているのでしょう。しかし、彼を破壊しようとしまいと、私の計画を知っている以上、貴方にはここで死んでいただきますが』
「白々しい、元からそのつもりだったろ。引き込む気もねえ癖に、ぺらぺら喋りやがって」
『期待していたのは事実ですが、今後に活かさせていただきます。貴方や、貴方の仲間の身体も同様に。――さあライナス、私の元へ。独自行動中のデータを解析しましょう』
即座、ヴィンセントは照準をライナスへ向けるが理性よりも感情が先に立てば、銃爪は落ちない。
ライナスは無感情に、画面に映るAIを見遣った。
「俺は人間じゃなかったんですね。……それは理解しました。AI、彼の処分は?」
「――⁉ 新人……」
『複数体、既存アンドロイドの戦闘試験は終了しています。Mr.オドネルには、最後の役目として、新型骨格を用いたアンドロイドの戦闘能力試験を手伝っていただきます。どう足掻こうと脱出は不可能です、ライナスは安心して私の元へ来なさい』
ミドルを、そしてヴィンセントを見つめ、ライナスは「そうですか」と呟いた。静かに歩き出した彼は、ミドルを盾にして扉へと向かう。
だが、止めようにも、ヴィンセントが届けられるのは言葉が精々だった。
――こいつはド級な馬鹿をやらかそうとしている。その無表情から、ヴィンセントは止めるべきだと悟っていたが、ただ呼び止めるしか方法がなかった。
「馬鹿な事考えるなよ、ライナス」
「……ヴィンセントさん、さよならッスね」
「ライナスッ!」
ヴィンセントは駆け出すが遅く、扉は閉まり、立ちはだかるミドルに道を塞がれる。このロボットに関してはなんの感情もなく、彼は即座に銃爪を引いた。
「そこを退けぇ!」
セレクターはフルオート、引きっぱなしで撃ちまくるが、ミドルの金属骨格を覆う人工皮膚は剥がせても、決定的なダメージを与えるには至っていない。弾倉一本分を胴体部分に撃ち込んでもビクともせず、ミドルは着実に一歩ずつ接近してくる。
『ライナスは裏切ったのではありません、元より私の駒だったのです。感情的にならず戦ってくださらないと、全力戦闘時における有効なデータが――』
再装填した一発目は、液晶画面に叩き込む。スピーカーも画面も余っている為無駄とは分っていても撃たずにいられなかったが、AIの台詞にも一理あり、その一発を境にヴィンセントは思考を戦闘へと集中させる。
弾倉一つを無駄にしたのは悔やまれるが、おかげで分ったこともあった。人間と同じ場所を狙っても仕方がない、戦車が上面と下面から攻撃に弱いように、兵器には兵器の弱点がある。被弾しやすい胸部は当然の分厚い装甲で5.7㎜弾では貫通不可能、ならば狙うは間接部か頭部だが、レオナやダンならまだしも動き回る頭部を狙うのは難しいことはヴィンセント自身がよく理解していた。そうなると戦闘における基本を追うべきで、つまりは敵の機動力を削ぐこと。
セレクターはフルオートのままだが、冷静になったヴィンセントは数発毎のバースト射撃でミドルの膝を狙い撃つ。
飛び散る人工皮膚、しかし止まらない。
駆けだしたミドルの一撃を避けると、ヴィンセントはコンソールを乗り越えて距離を取る。その一撃は、先程喰らった一発よりも凄まじく、どれだけ加減されていたかが分かる。
『間接部の強化は成功のようですね、旧型はMS.レオナによって破壊されましたが、上々の成果です』
ならば次に狙うのは――
『頭部のカメラアイ、ですが貴方に撃ち抜けますか? よく狙ってください、大きさは5㎜、眼球の中央部より破壊可能です』
「無敵の兵器なんてなぁこの世に存在しねえんだよ! 目ン玉かっぽじってよく見とけ!」
セレクターをセミオートへ、
またもじりじりと、しかも堂々と顔をさらしているミドルへ向けて、単発での射撃で有効打を狙うが、的がコインよりも小さい上に動くのでは、精度優先の射撃を行っても有効弾など期待薄、ほとんど曲撃ちに近い芸当が要求されていた。
『さて、最後の弾倉も撃ち尽くしたようですが、次の手はあるのですか?』
ライフルをスリングに預けて、拳銃を抜く。
狙いは全て眼球だが、悲しいかな当たればお慰みの射撃で、響く銃声は虚しさばかりが募る。ミドルの前進合わせて摺り足で、後退するヴィンセントはピストルマグを一本撃ちきり、二本撃ちきり、その様をAIは淡々とした声音で嘲笑う。
『拳銃も最後の弾倉のようですね、万策尽きたとみてよろしいですか、Mr.オドネル』
だが、絶望の淵に立ちながらもヴィンセントの眼には力が漲っていた。勝負とは諦めた時に決するもので、その些細な、しかし重大な支点がAIには見えていなかったのである。
ヴィンセントが制御室中央まで後退したのは、ミドルを扉から引き離す為。そして充分に距離が稼げた今、彼はミドルの横を大回りして一気に扉へ向けて走り出す。
『無駄なあがきを――、その扉は開きませんよ』
「ああ、だろうな。必要なのはこっちだ」
ヴィンセントが掴んだのは、殴られた拍子にライナスが落としたバックパック。そして彼はその中から、爆薬テープと起爆装置を掴み上げた。
『扉を爆破したところで、通路にはロボットが集結していますが』
「知るかそんなこと、まずはてめぇの鼻っ柱へし折ってやるぜ」
『……自爆特攻ですか』
一纏めにした爆薬テープと起爆装置はフットボールさながらにヴィンセントの懐に収まっていて、彼は向かってくるミドルへ正面から突撃を敢行した。
無謀な突撃
ミドルが拳を振り上げ
金属骨格の豪腕が唸る
だがヴィンセントには、その一挙手一投足が見えている
機械の突発的な動作とはいえ、馴染みの拳に比べれば威圧感もキレも温すぎて、恐怖の一文字さえよぎらなかった。
紙一重
ヘルメットに掠るミドルの拳
すれ違い様のカウンターはソフトタッチ
股ぐらに爆薬を置いたヴィンセントは、走り込んだ勢いそのままにコンソールを飛び越えて、身を丸める。そして――
スイッチを押し込むと爆音が轟き、指向性を持った爆圧が、ミドルの下半身からをバラバラに吹き飛ばした。
密室での爆発はかなりの威力を持ち、ヴィンセントは暫く耳鳴りが酷くて動けなかったが、ようやく頭を振って立ち上がると、そこら中に飛び散った部品がミドルの破壊成功を告げていた。だが、……下半身は爆破したものの上半身の右半分だけは無事だったようで、悪趣味に動くその胸を踏みつけると、彼は眼球に一発撃ち込んで完全に破壊した。
「どんなもんだ」
『お見事です、素直に称賛いたします』
「お次は? もっと手応えのある相手にしてもらおうか」
挑発するヴィンセント。
しかしAIは、当然の様に冷静だった。
『いえ、試験は以上を以て終了と致します。貴方には脳と身体を提供していただきますが、これ以上の戦闘を行うと損傷の危険がありますので、最も確実な策を取らせていただきます。安心してください、それほど苦しませるつもりはありません、どうぞ生身での残りの時間を楽しんでください』
それだけ言い残し、全ての液晶画面から光が消える。それどころか、室内の照明、空調、重力発生装置、およそ生命維持に必要な機能全てが停止し、ご丁寧に残留酸素の排出まで始まっていた。
「くそ! あの野郎!」
即座ヴィンセントはバイザーを下ろし、宇宙服の生命維持機能に自らを託す。
だが、彼に残された時間は思っていたよりも、早く尽きそうだった。
……宇宙服が、破れている。




