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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
5th Verse M.I.A
172/304

M.I.A 17

 工場から上の階層に上がり、過ぎた通路を戻る。

 ミドルを連れ回す事になったのは大きな誤算だったが、こうして合流してしまった以上放り出すわけにも行かず、新米とお荷物を後ろにして、ヴィンセントは前進しなければならなかった。

 はっきり言って貧乏くじにオマケが付いてきたような物で、とっくに手が塞がっているところに、さらに買い物袋を押しつけれればいつ取りこぼすか分かったものではない。


 おまけに中央制御室へ向かう道すがら、あるはずの物が消えているとなれば、キナ臭さは倍増だ。

「えっとオドネルさん、俺の記憶が確かなら、ここにパイロットの死体があったと思うんスけど……」

「覚えてる。記憶は間違ってねえぞ新人、ただ――」

「死体は見当たらないね」


 銃創から流れた血溜りだけが通路にあり、肝心の死体が消え失せている。

 バイタルゾーンに複数発叩き込んだ上、脈も取って確認したのだ。奴は確実に死んでいた、それは間違いない。もしも、万が一息を吹き返していたとしてもあの重症、一人で逃げるなんてより不可能の筈だ。


 その証拠に……

「見てみろ新人、この痕。誰かが死体を引き摺っていったんだ」

「え、誰がそんなこと……」

「俺達以外の誰かだろ、挨拶してからコーヒーでもてなしてくれればいいんだが、きっとそうはならないだろうな」

「どうします? 探すんスか?」

「いや、とにかく進むぞ、銃は下ろすなよ。――それからオネストさんよ」

「あ、はい! な、なんでしょう」

「戦えとは言わねえから邪魔にならねえようにしててくれ。頭は下げてろよ、お宅も連れて帰らなくちゃならねえんだ、OK? まったくよ、仕事が山積みでいやになるな、しかも残業代も無しとくる、やれやれだ」


 軽口が口を突きつつも神経は研ぎ澄ませたまま前進し、いくつか角を曲がるとこれまた口を開けているエレベーターに乗り込む。ヴィンセントの先導には知らぬ場所だというのに一切の躊躇が無く、流石にライナスも訝しんだ。まるでアルバトロス号を歩き回るように進んでいくのだから、むしろ順調すぎるその歩みに追従する側としては、安心感と共に不信感も芽生えるというもの。


 だがそう感じていながらも口にしないのだから、鉄火場に付き合ったおかげでそれなりの信頼関係が築けてきたようだ。まあそれでも、背中を任せられるかとなれば話はシビアになるのだが、まぁ及第点か。


「お宅はどこまで調べたんだ。この船について、ブラックパレードについて。ただの工場船じゃねえってことは分かってる、誤魔化すな。こっちもかなりのリスクを背負わされてるんだ、ハッキリ言って割に合わねえんだよ」

「船に戻ってから話すんじゃなかった?」

「いいから話せ、これが笑顔に見えるか。あのロボットはなんだ」


 そしてミドルは顔を伏せ、頭を振る。「……分からない」と、彼はそう言った。

「僕たちが追っていたのは、あくまでも噂だった、金星に生物化学兵器が持ち込まれたというね。けれど、調べていく毎に真相に近づいていった。実際には持ち込まれていなかったようだけど、開発はされていてブラックパレードはその兵器の名称だった」

「……その噂は聞いた、やっぱデマだったか」

「その生物化学兵器って、どんなものなんスか、ミドルさん」

「なんでも獣人だけを標的にすることができるとかなんとか。更に致死性が高くて、接触するとまず助からない、それだけでも充分脅威だ」

「ここのロボットは?」

「ブラックパレードについて詳しく調べる調査の途中で近くを通ってたら、この船にいきなり連れてこられたんだ、この船がなにをしてるかなんて知るわけがない」


 エレベーターの扉が開く。先導はヴィンセントだ。

「本当に偶然か? 調査途中でとっ捕まったなら、知っちゃならねえ事を知ったってことだ。あのロボットも無関係とは言いにくい、この船にしたってロボットの生産ラインを積んでるなんて怪しすぎる、ブラックパレードと関係あるじゃねえのか」

「否定はできないけど、分かりません」

「ミドルさんが捕まった時から船は無人だったんスか?」

「覚えてる限りでは誰とも会わなかった、警備ロボットだけで。監禁されてる間のことはよく覚えてませんけど、多分無人だったと思います」

「人がいた形跡はあった。脱出ポッドで逃げたにしては、特に船体に損傷があるわけでもない。それに争った形跡もねえし、これだけの装備だ、海賊に襲われたんでもないだろ。なのに乗組員だけが消えてる、忽然と」


 怪談調に語るヴィンセントが気になって振り返ると、怖気を震ったのかライナスは身震いしていた。まったく、銃撃戦でも頼れるかと思い始めた矢先に、これじゃあ背中を任せるのは当分先になりそうだ。


「幽霊なんかいやしねえし、超常現象だって科学的に解明されて、ウィキペディアでも理論的な説明がされてるだろうが、ビビるなって」

「でもオドネルさん、新しい超常現象だったりしたら……」

「そんなら、お前が記事を更新してやればいい。ネットの世界に名を刻むチャンスだな」


 そして三人は中央制御室に辿り着く、分厚い扉は開け放たれていて侵入者に対する警戒がまるでされていない。

 室内は広く見渡す限りにコンソールが並んでいるが、やはり船内の他の場所と同じく無人なのには変わりなく、いるべき場所に人がいないという違和感は、空間が広いほど存在感を増す。自動化された工場区画ならまだしも、明らかに人が詰めている事が前提の中央制御室が無人というのは、むしろヴィンセントの緊張を煽る。


「やっぱり誰もいないッスね。これだけ機械があると、どれが正解なのか分かんないッスよ」

「ゲートは俺が開ける。新人、廊下の見張りを」

「了解ッス。ミドルさんは、室内にいてくださいッス」


 一つのコンソールへと迷わずにヴィンセントは歩み寄り、操作し始める。

 見る限り、船内の殆どのシステムは停止状態にあって、最低限の生命維持システムと照明が灯っている程度、操船システムに至ってはロック状態にあり低速で移動を続けており、外部への通信は遮断されていた。


 それはいい。さて、問題はゲートがこちらの操作を受け付けるかどうか、開放と書かれた表示触れれば動くはずだ。……レオナが上手い事、ハッカーを排除してくれていなければ、『エラー』とでも表示されるだろう。


 しかし、ヴィンセントの指がコンソールに触れる事はなかった。

 周囲のモニターが一斉に眩しく点灯し、室内が慌ただしくなる。異変に気付いたライナスも顔を覗かせていた。


「なんスか、なんスか⁉ どうしたんスかッ⁉」

「まだ何もしてねえよ」


 まるで玩具を壊した事に慌てているような口ぶりに、口角を吊り上げるヴィンセント。これぐらいで目ン玉ひん回していたら、突然の事態に面した時に今度こそ自分の足を撃つだろう、空戦時のめまぐるしさに比べれば、地に足付いている分落ち着けるはずなのだが。


「どうやら、家主からのご挨拶らしい。新人、気ィ抜くんじゃねえぞ」

「ミドルさん、こっちへ。俺の後ろにいてくださいッス」


 壁を背にするのは正解だ。その位置取りなら唯一の出入り口を見張りながら、ミドルを守る事が出来る。やればできるじゃないか、と関心に頷くと、ヴィンセントの注意は見えない脅威に向けられた。


「そろそろ姿を現したらどうだ、ええ? 今だって見てるんだろ」

「オドネルさん、一体誰に――」

「シッ! 正気だ。黙って待ってろ」


 ヴィンセントには確信があり、ものの数秒のうちに証明がされる。彼の問いかけに対してスピーカーが応えたのだった。それは綺麗な女性の声でこう告げる『ようこそ』と――。


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