表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星間のハンディマン  作者: 空戸之間
5th Verse M.I.A
171/304

M.I.A 16

 ドックの床に飛び散った赤い染み、無残に千切れ飛んだミドルだった物……。

 残された下半身は時折ぴくぴくと痙攣を起こしていて、惨劇に動揺しつつもレオナは即座に銃口をラスタチカに向けていた。


「くそッ、トチ狂いやがったなッ!」


 かといって手持ちの火器では対抗しようがなく、レオナは漠然と狙いを付けて警戒するのが関の山。

 撃つとしたらどこを狙うべきか。

 コクピットか、それともエンジンか? 飛行中ならば後者だろうが、駐機している場合に破壊すべき箇所が彼女には判別がつかなかった。


 と、レオナの警戒を他所に、ラスタチカの機首にあるライトが点滅し、キャノピーが静かに、ゆったりと上がっていく。


 そこに言葉はなく、人で表わすならボディランゲージといったところか。手招きで「乗れ」と言われているような気がするが、そう簡単に信じられる物でもない、なにしろミドルを殺害した直後なのだから。

 当然、レオナは警戒を続けている。するともう一度、機首にあるライトが点滅した。


 短く三回、長く三回、短く三回。


 S・O・Sの信号だって? 馬鹿にするのも大概にしろ。

 こんな見え透いた罠に誰がはまるかとレオナは舌打ちしつつも、かといって武装した戦闘機を放置しておく訳にもいかず、彼女はラスタチカの主翼に飛び乗った。


 必要ならば撃つ準備は整っている、人差し指は銃爪に添えられていた。ところがコクピットを覗いたレオナは、液晶画面に表示された文字に眉根を寄せる事になる。


【撃たないでください 私は味方です】

「文屋バラしといてぬかすンじゃないよ、機械に味方もクソあるかってのさ」

【どうぞ一度 冷静になってミドルを観察してください そうすれば 私が敵ではないと理解していただけるはずです】

「ここじゃ機械は信用できねェ、それさえ分かりゃ充分さ。クソAIが上からご高説垂れようってか、スクラップにしてやるぞ」

【貴女も人間と同じですね とにかく死体を確認してください】


 たかが一言だが、聞き捨てならない台詞が混じっていれば、状況も危険も頭から吹っ飛んでしまう。ゴキブリと同列だと言われて黙っていられるか。


「ンじゃ、テメェは便所だな。クソでも喰ってろ阿呆が」

【貴女が私に向けている差別意識は 貴女が向けられている物そのものです 銃を向ければ狙われるのはよく御存知でしょう】

「……鉛の味もな、味わってみるかベイビー。天にも昇るだろうよ」

【ならば益になる話をしましょう 自身の目で確かめてください 千の言葉よりも一つに真実が貴女には相応しい 納得が出来なければ 撃てば良い 抵抗はしません】


 ラスタチカの意見はどれもこれも合理的で、それがレオナには腹立たしい。

 理詰めではどうしたって勝てはしない相手で、彼女に出来たのは歯がゆさを噛み締めるくらいで、悔しさにつぃと――顔を上げたレオナが見たのは、千切れたミドルの死体だった。


 だが、見慣れた死体とは少しばかり差異がある。人間を撃ち殺しても細切れにしても、そこに金属のパーツは、普通混ざっていない。


「ありゃ、一体……」

【ロボットです 人間の皮膚組織を纏った 暫定的に彼と評しますが 彼は貴女を殺害し 私のコントロールを直接奪う為に送り込まれたようです】

「気色ワリィ……、警備ロボに追わせたのもそれが目的だって?」


 確かに、退く際に選択したルートには道標が所々に表示されていた。しかし――

「アタシは全部蹴ってやったぞ、なんでここに着いてやがる」

【それは船内のコントールの一部を奪取し 貴女に守っていただく為に私が誘導したからです 貴女ならば指示を疑い 逆を選ぶと分かっていましたので しかし 途中で彼と合流する事までは阻止できませんでした】

「一々知った風に喋ンな、頭に来ンだよ」

【それは味方と認識しての言葉と取ってよろしいですね】


 本当に一々癇に障り、その相手を掌で転がすような語り口調は、まるでヴィンセントとの会話を思い出させる。

「それじゃあ何か? テメェは自分かわいさに、ここまで誘導しやがったのか。顎で使おうたぁいい度胸してンじゃねえか、おい」

【勿論 正当な理由があります 現在 電子戦を行っておりますが 先程のように物理的脅威に対して私は無力なのです ですので貴女には 私がヴィンセント達への電子的援護を行う間 脅威の排除をお願いします】

「回りくどいんだよ。要は船が動かねえ原因を片付けりゃいいんだろうが、ンなもん、ハッカー探して一発ドタマにブチ込む方みゃあすむさね」

【単純明快な解決方法ですが不可能です すでに本ドックは包囲されています 直に扉を突破したロボットが私を破壊しに押し寄せるでしょう そして 私が破壊されればアルバトロス号のコントロールは回復せず 脱出は失敗となります 電子戦に対抗可能なのは私だけですから】

「だから守れってか? AIの戯れ言を信じて? テメェが正常だって保証もねえのに?」

【誤解されているようですが 私にとっての最優先事項はダンをはじめとした アルバトロスクルーの生存と脱出にあります 私を守る事はつまり 皆さん全員の脱出の為なのですよ なにより私のAIがすでに侵されているのならば 貴女に対して攻撃を加えていたでしょう 勿論 証明としては不完全ですが貴女には信じていただくしかありません レオナ】


 疑念は捨てきれない。しかし、方々の扉から反響し始めたノック音が彼女に逃げ場がない事を告げていて、まことに業腹ながら、AIの言葉を信じこの場で戦うしか彼女には選択肢が残されていなかった。


「クソだ、こいつはマジでクソッタレだ」

【同感です】と素早く文字が浮かび上がり、そして――【レオナ アルバトロス号との通信が回復しましたので 現状の報告を行ってください 私はこれより全機能を集中した電子戦を開始します その間 敵ロボットの排除をよろしくお願いします 貴女の敗北は私の破壊を意味し 私の破壊は全員の死を意味します】

「縁起でもねえことばっかし抜かしやがるなこのポンコツはよ、ハッピーになれる知らせの一つもねえのか」


 するとはにかむ様な間があってから、ラスタチカはこう告げた。まるで良い知らせを告げるように。

【私は貴女を信じています では健闘を】

「はぁ⁉ おい、ちょっと待ちやがれ!」


 なんてレオナが怒鳴っても、最早ラスタチカはウンともスンとも返さず、その上液晶画面の電源まで落としやがった。更に頭に血を上げるレオナだったが、押し寄せる敵の気配に罵声の一言を呑み込む。

 扉を打ち付ける鉄の拳、決壊は近い。


「ダン! ヴィンセント! 聞こえてンなら返事しな、ロボット共が人に化けてやがるよ!」


 そして一足飛びで機上から飛び降りたレオナは、銃を構えて首を鳴らす。全ての通路を封鎖され、敵が流れ込んでくるのならば対抗策は一つきり。

 いつでもこい、戦意充分に扉を睨む。

 些細な歪みに始まり、綻びは広がり、遂に迎えた決壊の時。鋼鉄の津波がレオナに向けて押し寄せる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ