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星間のハンディマン  作者: 空戸之間
5th Verse M.I.A
169/304

M.I.A 14

 その工場区画の二つ上のフロア、後方一三〇メートル地点。


 バスドラムより低音で大音量かつ大迫力、そして何より刺激的。セミオートの対物ライフルが奏でる強烈なビートは閉鎖的な通路を一つの巨大な打楽器に変える。銃爪が落ちる毎に腹に響く反動と銃声の残響、軽快なハイハットの代わりに鳴るのは銃弾に砕かれたロボットのパーツだ。


 レオナは対物ライフルを抱えて合流地点に向けて通路を駆けていたが、その道はあまりにも遠い、次々に現れる警備ロボットは非武装に違いないのだが、イナゴの軍勢さながらに遮られては正面を突破し、前進する事など不可能だった。相手が生きていて死を怖れているのなら、死体の山を築けば勝手に退いていくものだが、そもそも死という概念も僅かな怖れ存在しない機械兵には撤退の二文字さえ存在していないだろう。しかも、先程まで開いていた筈の扉が閉まっていて、合流地点までのルートを大きく変更する羽目になっていた。歯軋りしながら退くレオナは、かといって大型宇宙船用ドックに戻るわけにもいかず、かなりの大回りをすることになる。しかも、大回りならまだマシでむしろ後退に次ぐ後退で、遠ざかってさえいた。


「アァッ、次から次にクソ鬱陶しい! このポンコツ共が、邪魔だ、退け!」

 睨みを利かせて怒鳴り散らしても、ロボットは怯みもしない。


 唯一幸いなのは通路が狭く、直線であること。対ロボット用に持ち込んだ対物ライフルの破壊力は抜群なので、標的のどこかに当たれば動きを止められる。……とはいえ、劣勢には変わりないが。

 仲間の残骸を無感情に乗り越え迫るロボットにレオナは舌打ち、もう1ブロック後退。


 すると丁字路の電光掲示板に文字が表示されていた。

〈緑のライトに進め〉

「誰が従うかボケ!」


 船内に敵がいるのは明らか、こんな見え透いた罠に誰が引っ掛かるかってんだ。

 レオナは振り返り、弾倉一つをロボットの群れに叩き込むと、指示を無視して逆方向へ曲がる。その先の通路を曲がって順路に戻ろうとするが、扉は固く閉ざされていて開かない。今度は入力装置に文字が表示される。


〈次の角を左へ〉

 うるせえと、レオナは入力装置を殴ってたたき割り、背後の気配に銃を向けると――

「……文屋⁉ くたばってなかったのか」


 青ざめた顔でミドルが立っていた。レオナとの再会で安心したのか、彼は情けない笑みを浮かべている。

「ああ、きみにまた会えるなんて! よかった、もうダメかと……」

「素人のくせにしぶとい野郎だね、ついてきな!」


 走れば走るだけ遠ざかる一方で、分断されていると分かっていながらも流されるばかりの戦況に、流石のレオナも危険を感じていた。それは自分の意思だと思いつつも、その実、上から見下ろすプレイヤーに操られる玉に似ていて、さながらピンボールの鉄球といったところだ。そして反撃虚しく辿り着くのは……


「ダメだ、開かない!」

「遮二無二走ってりゃこうなるってんだよな! 行き止まり(デッドエンド)だ、チキショウめ!」


 分厚い耐圧扉が二人の前に立ち塞がっている、左右に道無し、扉無し、背後に迫るは機械仕掛けの突撃兵。

 見事なまでの雪隠詰めで、レオナは扉の前で反転し腹を決める。退路がないのなら無理やりにでもこじ開けると、思考を潔く切り替えた。


 だが、彼女覚悟を食いつぶすかのように、ロボットの足音は連弾さながらの忙しなさで突撃を敢行している。それは静かで、粛々とした攻撃でありながら、足音一つ毎に二人をすりつぶす挽肉機が稼働する事を示していた。


 レオナの人差し指は銃爪に添えられて、脳からの命令を待っていた。

 近距離かつ対物ライフルの威力ならば一発で三体は抜ける、無駄には出来ない。思考よりも本能が切り抜ける為の策を弾き出し、少ない忍耐力でレオナは我慢していた。


 その時だ、不意に背後の扉が開いたのは。


 咄嗟の時に固まるか、それとも動けるか。命のかかった場面では思考より先に反応する身体の方が大事で、レオナはすぐさまミドルを扉の中へと蹴り込み、足止めの為に数発射撃してから扉を潜るや扉は閉まり始め、先頭にいたロボットの伸ばした腕が、悲鳴を上げながら潰された。

 その力なく垂れた指先を睨み下ろし、レオナは固く奥歯を噛む。


「アタシが同じ相手に二回も逃げうつことになるなんてな。このブリキ共め、次は解体してまとめて溶鉱炉にブチ込んでやる」

「はぁはぁ、ぜひそうして……、きみなら出来るよ……きっと。ここは――?」

「ンなのアタシが知るか。見たトコ、小型船用ドックみたいだけど」


 ついとレオナが首を振った先には白銀の戦闘機と見慣れぬシルエットが二つ、ラスタチカがいるってことは、ここがヴィンセントが飛行機を下ろしたドックなのだろう。


「きみ達の船はどこに?」

「ここにゃねェよ、見りゃわかんだろ。チッ、船の構造がヴィンセントの言った通りなら完璧に逆方向に来ちまったみたいだね。あそこの船はアンタが乗ってたやつでしょ」

「そう、ギブソンの船だ。……どこへ行くんだい」


 停泊中の船には目もくれずレオナは無人のドックを向かいの扉へ進んでいく、彼女の歩幅は大きく、その足並みはミドルを置き去りにする勢いだ。


「用があるのはハッカー野郎さ、戦闘機見つけたって嬉しくも何ともないさね」


 それに――と、言いさしてレオナは口を噤む。

 感覚が認識したからといって口にすれば和らぐものでもない、寧ろ彼女にとっては逆で、言葉にしてしまえば敗北に近づく事になってしまう。


 鋼鉄の身体に、電子の脳味噌。

 姿形が違っていようが、ロボットも、戦闘機もバラしてしまえば同じ機械。血潮を知らぬガラクタだ。ロボットの兵隊に追い回されたせいで、機械ばかりのこの空間がいやがおうにも居心地悪く、殺意を纏った銃弾に身を晒している方がいっそ安心できるくらいだ。


 ラスタチカのAIは自我を持ったと、ダンは言っていた。

 だが、あの巨大な鋼鉄の鳥が自分の意思で空を飛び、自分の意思で銃爪を落とすのならば、これは大きな問題だ。ダンもヴィンセントも、どいつもこいつもどうかしている、喜怒哀楽など存在しない、機械の意思などどうして信じられるというのか。


 足を止め、ラスタチカを真正面から睨め上げるレオナが抱くのは、不信からの恐怖、そして表わし難い怒りだ。

 ただただ気に入らない。実に子供じみた理由であり彼女の言い分はそれに尽きるが、時に理性よりも鋭く、思考よりも素早く真理を射るのが本能だ。


 その本能が告げるのだ、意思を持っているのならば、いかな物であっても信用するなと。操縦者が不在ならば戦闘機は本来飛びさえしないが、今は自らの意思でどこにでも羽ばたく事が出来る。……そして、必要とあらば三〇㎜機銃弾の嘴を以て敵を排除するだろう。


 生物には個別の意思がある、とすれば個別の意思を抱いていれば機械であっても生物と呼べるのだろうか。もしそうだとすれば、今のレオナは矮小な存在に取って代わる。

 それはさながら全長一八メートルの巨大な燕に狙われる芋虫の視点、最上位捕食者としての立場から一気に蹴落とされたも同然だ。


「……チッ、気に入らないね、やっぱりさ。どうしたって機械は機械さ」


 挑戦的な一瞥をくれ、レオナは再び歩き出す。


 元々レオナは宇宙戦闘機――特にラスタチカ――に対して良い印象を抱いているとは言い難かった、というのもヴィンセントの後席収まった初出撃で危うく死にかけたのだから、その気持ちも充分に理解できる物だろう。とはいえである、他の連中がどう言おうと彼女自身が認めてはならないと感じている以上、その意思はそう容易くは揺るがない。


 ガワがいくら違っても中身は機械に違いなく、そして機械の立ち位置は自らが決めるものでは無く、誰が使うかによって決まる。もしも敵対者の手に渡れば一切の躊躇なく牙を剥いてくるだろう。


 長居は無用。

 足を速めるレオナに置いていかれてはたまらないと、慌てるミドル小走りにラスタチカの正面に差し掛かると――


 レオナが険しい表情で叫んだ。

「伏せろ、文屋ァッ!」

「え……」


 彼の表情は困惑に満ち、驚きに硬直していた。

 レオナが彼の姿を認めたのはそれが最後、次の瞬間には反響する発射音に吞まれ、ミドルの上半身が血煙になって消えている。


 あまりの衝撃に目を疑いながらも、レオナの右手はしっかと銃と構えている。その銃口が睨む先――ラスタチカの三〇㎜機銃からは蒸気が一筋、登っていた。


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