M.I.A 13
連なる工作機械の只中、照明は暗く乾いているようで、湿り気のある空気が鉄と油の臭いで充ち満ちている。だが、本来ならば工場が発揮しているはずの活気は、機械が停止しているせいで寧ろ反転し、侵入してきた人物に表わしがたい緊張感を強いていた。
そんな場所でいきなり声をかけられれば誰だって驚く。「おい新人」と背後から声をかけられて、ライナスは驚いた拍子に銃爪を引きそうになった。
「ああ、ビックリした……ッ! オドネルさん、心臓飛び出るかと」
「装備持ったまま勝手にいなくなるんじゃねえよ。戻るぞ、騒がしくなってきた」
「ミドルさんを見かけたんスよ、それで――」
「レオナが連れて帰ったろ、なに言ってんだ」
「だからおかしいと思って追っかけたんスよ、そしたらここに、多分……入ったはずッス。オドネルさん、この部屋見たことないッスか?」
改めて周囲を眺めるヴィンセントが抱いた印象は、やはりライナスと同じものだ。
「……似てるな。ドク達が住んでた小惑星にあった機械と」
「やっぱりそう思うッスよね、オドネルさんも。あそこの組み立てラインより長いし、数も多いッスけど、警備ロボットの組み立て工場っスかね」
「わざわざ宇宙船の中にか? 整備用の設備を作るならまだしも、こいつは完全に生産ラインだ。船内を警備するロボットを、同じ船の中で作るとは思えねえ」
ヴィンセントは鼻を鳴らし、近くのコンソールのスイッチを入れる。するとロボットの骨組みが乗ったライン一列分の照明が灯り、その光の道を二人は辿っていく。それは、まるで人が出来上がっていくような不気味さで、先に進む毎にロボットは組み上がっていき、三〇メートルはある最終工程の機械を通ったロボットは、棺のような箱にしまわれて規則的に並べられている。
どれもこれも気味が悪いが、なによりも二人の胃袋を絞めるのは、ロボットの骨格が人間のそれとほとんど同じ点だ。
「……ブラックパレード、ッスかね。秘密工場でロボットを作って売ってるとか、この箱にいれて出荷するんスかね。ロボットも包装もなんだか悪趣味っすけど」
「ロボットなら、まだマシだ」
「え?」
するとヴィンセントは、最終工程の機械をノックした。この機械だけはそれまでの工程と異なり外から作業の様子が確認できず、同時に毛色が違う。
「新人、箱を開けるぞ」
「了解っす」
そうなれば話は早く、鍵を撃ち壊すと二人は棺を開けた、鉄製の蓋は重いが中身に比べれば大したものじゃない。
顔立ちは美しく艶やかな髪
肌は健康的で触れれば絹のよう
棺の中には、一糸まとわぬ女性が横たわっていた。
「もしかして、ここの棺全部に――」
「死体じゃねえよ、ビビるな」
「でもオドネルさん、どう見たってこれは……」
「ロボットじゃねえ。中身は機械だろうが、外見は俺達が知ってるロボットじゃねえな。生きてるみたいだ……いや、死んでるみたいか」
「眠ってるみたいじゃないすか?」
「それなら呼吸に合わせて胸が膨らむ。どっちかつぅと死んだばかりの死体に近いな」
顔立ちのみならず、胸の膨らみは男の視線を惹き付けるのに充分な魅力を持っていて、一度は目を逸らしたライナスが思わず目を戻したのも仕方がない。
「あ~……、このロボットってあれッスかね、セクサロイドってやつスか」
「リアルで動くダッチワイフだ、恥ずかしがるようなことかよ。見てみろ、肌の質感も本物そっくりだ。温かいし柔らかい」
「ちょ、ちょっとオドネルさん、なに触ってるんスか⁉」
大人の本を覗き見てしまった子供のような反応に、ヴィンセントは呆れて肩を竦めた。修羅場抜けた後に間の抜けた声出しやがって。
「確かめてるだけだ、別に胸触ってるわけじゃねえんだから騒ぐんじゃねえよ」
「そりゃあそうッスけど……。いや、よくない。よくないッス」
「折角だし揉んでみるか? 多分そっちの感触もリアルだぞ」
なんてからかい半分に提案してみれば、真に受けたライナスは阿呆みたいに大口開けて、欲望と葛藤し始めた。しかも目まで地震計の針みたく泳ぎ始める始末なので、ヴィンセントの口からは擦れた空気が漏れる。
「冗談に決まってんだろ。揉むならちゃんと生きた女にしとけ、こんな機械じゃなく。それにもう一つ言っとくと、こいつはセクサロイドじゃない」
すると不思議そうにライナスは首を傾げた。
どこからどうみても、この女性――に見えるロボット――は男性の性的欲求を煽る外見で、ロボットだとしたらセクサロイド以外に思いつかない。
「セクサロイドなら金属骨格を覆ってるのは人工皮膚だが、こいつのは違う。本物の人間の皮膚だ、指紋もあった。セックスに必要か? 違うよな、それにただの大人の玩具工場なら宇宙船に工場を隠す必要もない」
「確かに、違法じゃないッスもんね。じゃあ、このロボットはいったい……、すごい数だし」
「厳密にはロボットでもない」
ヴィンセントの表情は険しい、彼もまだ半信半疑だった。
もしも想像通りだとしたら恐ろしい事この上ない、ブラックパレードとはよく言ったものだと、名付けた者の悪趣味さには寒気さえ覚える。
「こいつは生体パーツを使ったアンドロイドだ、実際にいる人物のコピーだよ」
「え…………」
「行くぞ、脱出するだけじゃ足りないかもな。――ん?」
耳ざとく気配を聞きつけ会話を中断。ハンドサインで隠れるように指示を出すと、ヴィンセントとライナスはそれぞれ近場の物陰に身を潜め、接近する足音に緊張する。
相手は一人だ。
素早く背後へ回り込むと、ヴィンセントは不明者の背中に銃口を突き付けた。
「動くな、両手をゆっくり挙げるんだ。OK?」
「待って待って! 僕だよ、ミドルだよ、撃たないで!」
子供のようにビビリ散らして今にも泣き出しそうな顔を確認してから、ヴィンセントは銃を下ろして、ライナスに影から出てくるように言った。
「ほらね言ったじゃないスか、ミドルさんを見たって。ケガはしてないみたいッスね」
「はぁ……なんでお宅が此処にいるんだよ、レオナと逃がしたろ」
「それが途中でロボットに襲われて……逃げてるうちにはぐてしまって、申し訳ない助けてくれたのに。彼女達と連絡は取れた?」
無線機はライナスが持っている、通信はどうなんだと尋ねる前にライナスは首を振った。
「何回か試したんスけど、レオナさんと別れてからまた無線が通じなくなってるんス。レオナさんも、船もどうなってるか全然分かんないッス」
「大きく出たな、ひよっこが虎の心配か。移動するぞ。ミドル、この船について知っている事を道すがら話してもらうぞ、隠し事はなしだ。ただの宇宙船じゃないのは分かってる」
こんな気味の悪い場所に留まるよりも、先にしなければならない事があり、ヴィンセント達は工場区画を後にした。




